57・黒い星の伝説
「といっても、一国の話じゃなくて、世界各国で同時多発的に起きた闇ギルドのクーデターなんだけどね」
正面からまっすぐに目を向けて、マリリアはいった。
青みがかった紫色の瞳はどこか神秘的で、吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「闇ギルドっていうと……」
「聞いた事くらいあるでしょ? ゴロツキやチンピラ、指名手配犯なんかが集まった非合法の冒険者ギルド。要は犯罪者の集団ね」
「そいつらが反乱を起こしたっての?」
「そ。殺人、暗殺、誘拐、強盗、恐喝、詐欺……そんな事を生業にしてる連中だからさ、協調性なんてないわけよ。だからまぁ、悪事を働きはするものの、組織として大きくなる事はなかったらしいの。せいぜいが十人くらいの、名ばかりギルドよね。ところが……」
一息置いたマリリアが、背もたれに寄りかかって足を組んだ。
「三闇星……『オプスキュリテ』って呼ばれる三人組が、そいつらをまとめちゃったのよ」
「三闇星……」
「闇ギルドというと、無数にありますよね。それら全てをどのように……?」
「力と恐怖、でしょうね。獣以下の連中を従わすとしたら、他に考えられない」
「たった三人でやったのか。相当な実力だな」
「元々パーティーだったそうよ。七金星が一人と、九金星がニ人だって」
「金の三人組か。最上位クラスじゃん、それ……」
力の使い方を誤ってさえいなければ、英雄のパーティーと呼ばれていたであろう実力者達――闇堕ちした理由は定かでないが、結果的に残した物は、輝かしい英雄譚ではなく血塗られた悪名だった、って訳だ。
「で、一大勢力になった闇のギルドを率いた彼らは、表の世界を支配すべく宣戦布告した。五公星の一人を暗殺するという、暴挙をもって」
「殺された? 五公星が?」
「そう」
「闇ギルドが反乱を起こしたというのは聞いた事がありましたが、そのような大事件があったなど……」
「知らなかったでしょ? それもそのはず、当時、超厳戒な箝口令がしかれたらしいから。殺された五公星も、急病で亡くなったって発表されてるしね」
詰まる所これは、正悪二つのギルドが起こした内輪揉めだ。
冒険者なんて、ただでさえ荒っぽい連中が多いのだ。その上、さらにヤバい奴らがいて戦争を仕掛けてきたなんていったら、冒険者の存在そのものが危険視されかねない。
そこでもってトップが殺られた事実が知れては、闇ギルドの優勢を宣伝する事になり、既存のギルドが抑止力として機能していないとも取られてしまう。
公表なんて、できる訳がない。
「そこから全面戦争になったのか」
「といっても、表だっての衝突は局地的だったそうよ」
「なぜですか?」
「あんな連中が、正々堂々と闘いを挑んでくると思う?」
「あぁ、そういう事か」
ある意味、説明の必要もないくらいに当たり前の話だった。
さぞかし陰湿な闘いだったんだろう事は、想像に難くない。
「元々、闇ギルドの方が数は少ないから、ゲリラ戦だったらしいの。表のギルドにも暗殺者や盗賊はいるけど、大半の冒険者は闇討ちや不意討ちみたいな闘いに慣れてないでしょ。一時は結構押されてたらしいわ」
「そこから、どうやって制圧したんだ?」
「下っぱといくら闘ってもキリがないと判断した五公星は、頭を取ろうと考えた。そこで、『暗水衆』を動かして、三闇星と十三人の幹部、『十三黒点』の居所を突き止めたの」
「暗水衆って?」
「情報収集のエキスパート。いくつかある五公星直属の専門部隊よ」
いくつかあるという事は、他にも私兵を抱えているんだろう。
冒険者達を動かせる権限と合わせて考えると、五公星とやらのナーロッパにおける権力は、相当な物でありそうだった。
「なるほど。で、一気に攻め込んだのか」
「いいえ」
マリリアが、ゆっくりと首を振った。
「目立った動きをしたら、気付かれちゃうでしょ? 社会の闇で生きてる連中だからね、深い所に潜られちゃったら、探しだすのにまた時間がかかる。そんな事態は避けなきゃならなかった」
「では、どのように……?」
「驚異的、としかいいようがないよね。何故なら、ある人物がたった一人で実行し、成功させちゃったんだから。目には目。歯には歯。そして……」
その先の言葉は、出てこなかった。
いわなくても伝わると思ったんだろう。
「まさか……」
小さく息を吐いて、マリリアが頷いた。足組を解き、身を乗り出す。
「ご想像の通り。三闇星と十三黒点は、この世から消えた。おかげで表と裏の戦争は、程なく終息したのよ」
二人の九金星と七金星が一人、さらに幹部達までを単独で暗殺したとなると、確かに常人ではたどり着けない場所にいる人物といえるだろう。
「それをやったのが、最後の黒星……か。名は、何ていうんだ?」
「ギルド狩りのファルガ」
静かな声で、マリリアはいった。
「伝説的な功績から、冒険者の間ではそう呼ばれてる」
「フルネームは?」
「不明よ。ただし、闇ギルドの連中からは、こうも呼ばれてるわ」
目を逸らさず語るマリリアの瞳に、室内の灯りが映っていた。
淡く揺れる二つの光に、伝説といわれる暗殺者の、真の呼び名が照らし出されたかのようだった。
「忌み名のファルガ」
「忌み名……」
反射的にグラスを見た。
しかし、無言のまま小さく首を振られただけだった。
あの“忌み名”とは関係がない、という意味か。あるいは、現時点では分からない、という意味か。どちらであるかは、判断できなかった。
「他に分かってる事は?」
マリリアに目を戻し、訪ねた。
半ば予想してた通りの答えが帰ってきた。
「なし。二つのあだ名とファルガって名前以外、何も、ね。双剣使いだとか、投げナイフの達人だとかいわれてるけど、真偽は定かでないわ」
「事件があったのは、何年前ですか?」
「十年くらい前だと思ったわ。その後、黒星の称号を得て間もなく、ファルガは表舞台から姿を消した。一説によると、闇ギルドの残党が莫大な懸賞金をかけたかららしいの。今だに彼の首を狙ってる連中がいるなんて話もあるくらいよ」
「十年も経って、まだ狙われてるっていうのか」
「闇の連中からしたら、それほどの恨みだったんでしょうね。何せ、陽の当たる世界に出られるチャンスを潰されちゃったんですもの」
組織として機能し始めていた闇ギルドは三つの頭を失い、烏合の衆に戻ってしまった。
それは同時に彼らが、カモを奪い合い、お互いを喰い合わなくては生きていけない、暗い場所に逆戻りする事を意味していた。
無念はやがて怨嗟となり、ファルガの身に降りかかる結果となった。
積年の恨みを今だに引きずっている連中がいたとしても、不思議じゃないように思えた。
「と、まぁ、こんな感じでさ」
昔話は終わりとばかりに、マリリアが大きくのけ反った。
頭の後ろで手を組み背もたれに身体を預けると、今までの重い雰囲気を払拭するような明るい声でいった。
「文字通り人間辞めちゃったのが、黒星って人種な訳よ」
「確かに、一つの道を極めてないとたどり着けない境地だな」
「でしょ? 人のまま目指せる階級じゃないのよ」
「ああ……まったくだ」
口では同意しながら、悪い癖が頭をもたげてきたのを感じた。沸き上がって来たのが、諦めじゃなかったからだ。
強さを欲する欲望と、強者を求める渇望――黒星を目指してみたい。黒星と闘ってみたい。純粋に、オレは思った。
しかし今は、どちらも求めてはいけない。
階級はそこそこ、活躍もそこそこ。本来の目的を果たすためには、オレ達の存在が敵にバレないよう、実力を隠す必要があるのだ。
小さく首を振り、昂りかけた感情に蓋をした。
「と、つい話が長くなっちゃったね」
そういいながら、マリリアが室内に目を向けた。
つられて振り向くと、あれだけいた冒険者達の姿がまばらだった。
いつの間にか、受付業務が終わる時間になっていたようだ。
「今日の所はこのくらいにしときましょうか」
「そうだね。じゃ明日、また来るから」
「了解~」
「本日は、ありがとうございました」
「うん」
グラスの会釈に短く応えたマリリアが、オレ達を順番に指差しながらいった。
「それから、二人ともその服、何とかしときなさいよ?」
「分かってるって」
思わず、苦笑が出た。
席を立つオレ達に、にっこり笑いながらマリリアが手を振る。
「じゃあね~。お疲れ~」
小さく右手を上げて応え、カウンターに背を向けた。
入り口に向かって歩きかけた時だった。
「おらぁっ!!」
バアアァーーンッ!!
突然、扉が蹴り開けられた。
残っていた冒険者達と受付嬢達の顔が、一斉に入り口を向いた。
「邪魔するぜえぇっ!!」
怒鳴りながら入ってきたのは、モヒカンのサイドにタトゥーを入れた、戦士風の大男だった。
室内を睨めつける巨体の後ろから、三~四人の集団がドカドカと付き従ってくる。
「おう。どいつだ?」
モヒカンが背後に問いかけた。
一歩前に出てきた男の顔に見覚えがあった。
さっき、マリリアと揉めていた冒険者だった。
「あの女です!」
迷う事なく、男が指差した。
マリリアを……ではなく。
手前にいた、グラスを。
「テメェかぁっ! ウチのもんにナメた真似しやがったのはぁっ!!」
モヒカンが、大股でこちらに向かってくる。
見るからに沸点が低そうな顔そのままの、粗暴で粗野な振る舞いだった。
「ル、ルキト様……」
「大丈夫だ」
誤解を解くために必要な人類の言葉が、果たしてあれに通じるだろうか。
怯えるグラスを背後に下がらせながら、オレは考えていた。




