56・クソラノベはSランクがお好き
「あれ、ないじゃん。どこいった?」
「あの、すみません」
がさごそと何かを探しているマリリアを眺めていると、思い出したようにグラスが口を開いた。
「なに?」
「登録料はお支払いしなくて良いのですか?」
「あぁ、うちは無料よ。お金はかからないわ」
「そうなのですか」
「うん。いらない」
「へぇ。珍しくない?」
「以前は有料だったらしいんだけど、今のマスターが無料にしたのよ。食い詰めて冒険者になろうって人も多いから、お金は取れないって」
なるほど、話に聞く細剣の使い手は、剣の腕だけじゃなくギルドマスターとしても人としても、中々の人物のようだ。
「でもそれだとさ、冷やかしで登録するヤツとかいるんじゃない?」
「大丈夫。そんな不届き者には、マスターのキッツ~……いお仕置きがあるから。そうと知ってやる勇気のある人なんて、まずいないでしょうね」
「そんなにキッツ~……いの?」
顔を上げたマリリアが、不吉な笑みを浮かべた。
「有名な話よ。その辺の冒険者に聞いてみなさい。冷やかしなんてする気なくなるから」
細剣使いのお姉様からのお仕置きって、人によっちゃあご褒美みたいな響きがある。
だがしかし、この顔を見れば、そんな嬉しい内容じゃないのは容易に想像できた。
「あ、それから、わたしの事はマリリアって呼んでね。さんとか付けられるの、好きじゃないのよ」
そういいながら、再び引き出を覗き込む。
「そうなのか。分かった」
「分かりました」
いかにも陽キャな要望だった。
底なしの明るさに加えて、開けっ広げで飾らないこの性格が、ミスしても何となく許される空気を生み出しているんだろう。
「あれぇ……捨てちゃったかなぁ……」
そんなマリリアだったが、安定のやらかし癖を発揮しながら尚も何かを探していた。
「あぁ、あったあった」
しばらく引き出しを引っ掻き回した結果、やっとお目当ての物を見つけたようだった。
取り出したのは、九つのマークとそれぞれの横に一文が書かれた獣皮紙だった。
「この世界の冒険者には、階級があるの。それを説明しとくから」
「……ん?」
「どうかした?」
「……いや、何でもない。続けて」
「?」
僅かに怪訝そうな顔をしたマリリアだったが、すぐに気を取り直して本題に入った。
「え~っとね、階級は全部で九つ。一銅星から九金星よ。これはその一覧。下に行くにつれて上がるわ」
聞きながら用紙に目を向けた。
縦に並んだマークの横にあるのは、階級を表す名前のようだ。
上から順に、
一銅星
ニ銅星
三銅星
四銀星
五銀星
六銀星
七金星
八金星
九金星
と表記されている。
しかし、肝心のマークはというと、星の数が増えていくといったデザインにはなっていなかった。
「名前と違って、マークは星の数じゃないんだ」
「そう。増えてくのはここ。先っぽの尖った部分よ。点って呼ばれてるわ」
「点……」
「一銅星だと、尖ってるのは一ヶ所だけでしょ? で、下に行くに従って増えてくの。九金星になると、点が九つになるって訳」
確かに一番上のマークは、一ヶ所だけが尖った水滴のような形の上に、数字の『Ⅰ』と表記してある。
二番目は上下が尖ったアーモンド形に『Ⅱ』、三番目は三本足の星形に『Ⅲ』、四番目は十字の星形に『Ⅳ』、五番目は通常の星形に『Ⅴ』。以下、六・七・八・九と、星の足と数字が増えていっている。
「色は金が上級、銀が中級、銅が下級ね」
「どの辺りから一人前って認められるの?」
「三銅星かな。ニ銅星までは一定数の依頼をこなせば自動で上がれるけど、三銅星からは内容が求められるようになるから」
「そこまでいってやっとスタートライン、って訳か」
「そゆこと。大抵は一年くらいで三銅星にランクアップするわね」
要は、まともに稼げるのは三番目から、って事なんだろう。
「ちなみにさ、九金星って何人くらいいるの?」
「カロンにはゼロ。リーベロイズ国内で一人。全世界でも七人しかいないわ」
「たったそれだけか……」
「七金星や八金星ですら、報酬も難易度も桁違いだからね。災害級モンスターの合同討伐とか、王族の身辺警護とか、他種族との戦争とか。国から指名で入ってくる依頼も少なくないわ。それこそ、九金星なんていったらもう、英雄扱いだから」
今回の旅は、冒険者として成功するのが目的じゃない。魔帝の討伐が目的だ。
理想としては、あまり有名になりすぎず、それでいて必要な情報を入手できるくらいの階級で止めておきたい。
その調整をするのに、ナーロッパのレベルを知っておく必要があった。
できれば最上位の九金星を実際に見てみるのが手っ取り早かったが、七人しかいないとあってはおいそれと会う事はできなそうだ。
ならば、しばらくは周りの様子を伺いつつ、目立つ言動は避けていく事にしておこう。
「といっても、実はもう一つ、上があるんだけどね」
「え? 九金星の上に?」
意外な発言に、思わず聞き返した。
マリリアが無言で頷く。
「ここには書いてないけど、伝説級の階級があるの。その名も、『黒星』」
「ブラック・スター……黒星か。それは、あれかい? 点が十になってるとか?」
「さぁ。マークそのものが、星をいじった形じゃないらしいわ」
「ん? らしいって……?」
「わたしも見た事がないのよ。っていうか、マークも保持者も、見た事があるって人がほとんどいないの」
「おかしな話だな。階級としてあるって事は、『黒星の冒険者』ってのもいるんでしょ? なのに、マークすら分からないなんて……」
「いえ、黒星の冒険者は、現存してないらしいわ。最後に確認されたのが、七~八年も前って話だし。そもそも、保持者の名前すら詳しくは知れてないから、その辺を歩いてたとしても分からないのよ」
「それ……ある意味なくない?」
「そうね。だから、都市伝説なんじゃないかって人もいるんだけど、間違いなく存在はしてるのよ。審査方法も一応は知らされてるし」
「やはり、特別なのですか?」
「他の階級はギルドマスターの推薦を国が承諾すれば上がっていけるんだけど、黒星だけは審査基準が違うらしいの。聞いただけで、ゲッソリするくらい厳しいんだから」
マリリアが、鼻の頭に皺をよせた。
そうしていると、ただでさえ童顔なのが、さらに幼く見えた。
「何でも、相応の実績があって、五公星全員の推薦があり、尚かつ、彼らが所属する国の国王総てに認められて、初めてなれるらしいわ」
「五公星というと……世界中の冒険者ギルドを統括する五人のグランド・ギルドマスター、五公星の方々ですね」
グラスが、さりげなく補足説明をしてくれた。
って事は、この世界における一般教養なんだろう。
「そう。彼らに合格がもらえる功績なんていったらそれこそ、十回転生して修行しても届かないくらいの“偉業”だから。通称、『人間卒業試験』なんていわれてるわ」
「…………」
「ん? 何?」
「ああ、いやいや。そんなん、クリアできた人いるの?」
「階級制度が整備されてから五十年以上経つらしいけど、黒星までいったのは四人だけだって」
「十年に一人もいないのか……」
「そう。ちなみに……」
人差し指を突き立てたマリリアが、もったいぶるようにいった。
「最後の黒星が成し遂げた功績って、何だと思う?」
「そりゃあ……最高難易度の迷宮をソロでいくつも攻略したとか?」
「ブ~。それじゃ弱いわ」
「では、伝説級のアイテムを入手した、などですか?」
「ブ~。そのくらいなら、七金星や八金星クラスでもやってるわよ」
「分かった! 魔王を討伐したんだ!」
「ブブ~ッ。自称魔王や魔神の討伐も、九金星が何回かやってるし」
「ラスボス討伐以上の功績なんてあるのかよ……」
「正解はね」
両手で頬杖をついたマリリアが、上目遣いでいった。
「クーデターの制圧」
「クーデター?」
およそクソラノベの世界観とかけ離れた意外な単語に、思わずオレは聞き返した。




