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55・五番目のマリリア

 気を取り直して受付に向かうと、ちょうど話が終わったようだった。

 くるりとカウンターに背を向けた男が、大股でこちらに歩いてくる。

 顔を見て分かった。

 あれは、話し合ってたんじゃない。揉めてただけだ。


「ふざけやがって、あのアマ! クッソオォォ……!」


 相当イラついているんだろう。すれ違い様、毒づいているのが聞こえた。

 二人で揃って見送っていると、声を潜めてグラスがいった。


「ルキト様……あそこで登録して、大丈夫でしょうか?」


 気持ちは十分に分かった。

 さっきはああいったものの、ここに来てオレの中にも不安が頭をもたげてきたからだ。


「う~ん……」


 ひょっとしてこれ、自ら地雷を踏みに行ってるんじゃないだろうか。

 手間と時間を惜しむあまり、かえって面倒な事になるのは、避けた方がよさそうだった。


「そうだね。やっぱり別の受付にいこ……」


「いらっしゃあぁ~いっ!!」


「!?」


「!?」


 その時、背後からデカい声がした。

 一歩下がりながら振り向くと、例の受付嬢がニコニコしながら立っていた。


「いつの間に……」


 気配を感じなかった。あえて消しているような様子がないにも関わらず、だ。

 まじまじと彼女を眺めた。

 ギルドの制服に身を包んだ、愛嬌のある()だった。顔だけ見れば、人懐こい笑顔の美少女、といった感じだ。

 しかし、帽子の下の髪型を見ると、一般的な少女とは少しばかり違うんだろうなってのが分かった。

 眉毛の位置で揃えた前髪パッツンのロングヘアーは明るいピンクで、深紅のメッシュが入っていた。腰まである髪は、半分くらいは細かく編み込んであり、残り半分は緩く巻かれている。

 ドレッドとウェーブの組み合わせはいかにも奇抜で、白い肌とピンク色の唇が相まって、かなり派手だった。

 つまり、中々にイカれたビジュアルをしているのだ。

 そんな個性的な見た目と、何より発する空気から、気配を消せる程の使い手とは思えなかった。華奢な体格と雰囲気は、明らかに魔法使いタイプだ。

 魔法詠唱士(マジックキャスター)召喚士(サモナー)精霊使役士(エレメンタラー)、あるいは、それら全てに精通した魔術士(ウイザード)か、僧侶(クレリック)あたりだろう。黒魔法(ブラックマジック)を使うような、陰気な感じではなかった。


「あなた達、初めて見る顔ね。登録に来たの?」


 真っ直ぐに向けられた青紫色の瞳には、好奇の色が浮かんでいた。

 派手なヘアースタイルと対象的な薄化粧であるにもかかわらずちぐはぐな感じがしないのは、表情豊かなこの瞳がバランスを取っているからのように思えた。


「あ、ああ、うん、そう」


「ようこそ、カロン冒険者ギルドへ! わたしはマリリア! 歓迎するわっ!!」


 訊いてもないのに名乗ったマリリアに、腕を捕まれた。

 今の今まで揉めていた事など綺麗さっぱり忘れているかのようなハイテンションで、戸惑っているオレをぐいぐいと受付の方に引っ張って行こうとする。


「じゃ、手続きしましょうか。こちらへどうぞ~」


「ちょっと……待って待って!」


「ん? どしたの?」


「い、いや、まだ君に頼むとはいってな……」


「おっと。()れ言はそこまでだ」


「ざ、戯れ言……?」


 歩みを止めて振り向いたマリリアが、顔を近づけてきた。

 素早く周囲に目を配り、ひそひそと声を潜める。


「あなた達、訳ありなんでしょ?」


「訳あり? なんで?」


「格好を見れば分かるわよ。二人揃って正装してるんだもん」


「は? オレはともかく、彼女はただの旅装束でしょ?」


「そんな綺麗なドレスで旅? 冗談いわないでよ」


 オレの肩をバンバンと叩きながら、半笑いでマリリアがいった。しかしすぐにはっとして、再び声を潜めた。


「っと、大きい声出しちゃマズいよね。ごめんごめん」


「ちょっ……と、待って」


 正直、これには驚いた。

 グラスの服がそう見える、って事は――


「ドレスって、どういう……」


「どうもこうもないでしょ。そんな格好でギルドに来るなんて、普通じゃないわよ?」


 マリリアには、幻覚(イリュージョン)が通じていない。

 オレは元々、幻覚系の魔法はあまり得意じゃないが、それでも、見破られた事はなかった。

 そもそも、こういった精神に作用を及ぼす魔法は、自分より低レベルの相手にならほぼ確実に通用するものだ。

 その理屈で考えると、マリリアはオレと同格以上の使い手って事になる。

 しかし、いくら冒険者経験があるとはいえ、流石にそこまでのレベルとは考えられなかった。


「まさか……ねぇ……」


「何をぶつぶついってんの?」


「ああ、いや、何でもないよ、うん」


「とにかく! 他の人じゃ怪しまれちゃうだろうけど、わたしなら大丈夫! 上手くやってあげるから、任せなさい!!」


 自信に満ちたドヤ顔だけ見ると、トラブルを起こしたダメさは微塵も感じられない。

 しかし、だからといって任せる気にもなれなかった。


「あ~……ごめん。ちょっと待っててもらえる?」


「へ?」


 マリリアをその場に残し、少し離れた場所でグラスに相談してみる事にした。


「あの()、どう思う?」


「良い方のようですが、一緒にお仕事をするのは……」


「だよねぇ」


「しかし、ルキト様の魔法を見破れるのであれば、先程お話で聞いたよりも遥かにレベルの高い冒険者だった、という事ですよね」


 どうやらグラスも、幻覚(イリュージョン)の件は気になったようだ。


「そこが謎なんだよね。どうしてもそうは見えないし、じゃあさっきの話が嘘だったかっていうと、それも考えにくいし」


「わたくし達に嘘をつく理由が、あの方にはありませんものね」


 男の真意は分からないが、普通に考えればもっともな意見だった。

 考えあぐねて冒険者の列に目を向けると、やはり何人かはグラスをちらちらと盗み見ている。

 しかしそれが、服装を見ているのか顔を見ているのか、判断はできなかった。


「魔法が解けてるって事はないはずだしなぁ」


「幻覚系に耐性がある方なのでしょうか?」


「だとしても、それはそれで並みじゃない耐久値だ。ギルドの受付やってていいレベルじゃないよ」


 オレ個人としては正直、彼女に興味が湧いていた。なんなら一緒に飯でも食って、話を聞いてみたいとすら思っていた。

 しかし、それとこれとは別だ。

 仕事を仲介してくれる相手として見ると、踏ん切りがつかないのだ。


「さて、どうしたも……」


「い~つまでやってんの~?」


「うぉっ!?」


 再び、後ろから声をかけられた。

 背後に意識を残していたにもかかわらず、またもや近づかれた事に気付かなかった。

 やっぱりこの()、普通じゃない。


「早くしてくれないと~受付終わっちゃうんですけど~」


「ああ、うん……」


 隣に目をやると、グラスが小さく顎を引いた。

 君子、危うきに近寄らず。

 カロンには、来たばかりなのだ。色々と分からない事ばかりの今の段階では、不確定要素は極力排除しておいた方がいいだろう。


「せっかくのお誘いで悪いんだけど、さ。この話はなかったこ……」


「あなた達、出身は?」


「出身?」


「そう。出身」


「それは……」


「どこから来たの?」


「わ……わたくし達は……え……と……」


「答えられないんでしょ? それじゃ、登録できないよ?」


「え? 何で?」


「最初に申し込み用紙に必要事項を記入してもらうんだけど、出身国を書く欄があるの。空欄だと無条件でさよならよ?」


「そうなの……?」


「そうなの。でもまぁ、事情がありそうだから、わたしが便宜を図ってあげるっていってんのよ。他の()じゃこうはいかないからね」


 身元不詳の転生者にとって一番イタいのが、出身国うんぬんの部分だ。ここを突かれては、何もできない。


「どうする? イチかバチか、あっちでお願いしてみる?」


 指差す方を見るまでもなかった。

 どのみちオレ達には、選択肢がないんだから。


「いや、あの……お世話になります……」




 最初に見せられたのは、文字が書かれた紙だった。

 といっても、現代で使われている物とは明らかに手触りが違う。表面はつるつるしているが、所々ざらついた部分があるのだ。植物の繊維を使った紙ではなく、動物の皮を使った、いわゆる羊皮紙――いや、獣皮紙、とでも呼べばいいだろうか。


「契約用紙を取ってくるから、この利用規約、読んでおいてね」


 そういって、マリリアは奥に行ってしまった。

 しかし、オレには書いてある事が分からなかった。


「まだ文字読めないんだよなぁ……」


「それでしたらご安心ください。少し見ていれば読めるようになりますから」


「え? そうなの?」


「はい。スキルがありますので」


 いわれるままにしばらく眺めていると確かに、だんだんと書いてある事が読めるようになってきた。

 つい今まで分からなかった内容が徐々に理解できるというのは、何とも不思議な感覚だった。


「ホントだ、読めるようになったわ。こりゃあ便利だ」


「同じ人間の言葉でしたら、聞く・話すくらいは街を歩いているだけで覚えてしまえますし、読み書きもあっという間ですよ」


「ああ、だから会話はできたんだ」


「はい。他種族の場合でも、人型であればさほど時間はかかりません。ルキト様の場合、魔獣使役師(ビーストテイマー)の資格はありませんが、職業(クラス)熟練度は最高値扱いになっていますので、覚える言語数に制限もありません」


「魔獣は使えないのに、熟練度は最高なのか。変な話だなぁ」


 無駄口を叩きつつ、手元に目を落とす。

 改めて読んでみた規約を要約すると、受けた依頼は最後までやる事、他人の仕事を横取りしない事、報酬から仲介料が引かれる事、死んでも責任は負えません、云々――といった、想像してた通りの内容が書かれていた。


「お待たせ~」


 読み終わるのを待っていたかのようなタイミングで、マリリアが戻ってきた。手には二枚の獣皮紙を持っている。


「じゃ、これ書いてね」


 名前、性別、年齢、と記入して、職業の欄があった。とりあえずは、『魔法剣士(ルーンファイター)』にしておいた。

 その他、希望の依頼内容や仕事の得手不得手、パーティー経験やこれまでの実績など、書き込む事は以外と細かい。

 これだけを見ても、冒険者の管理をしっかりしてるんだろうなってのが分かった。


「これでいいかな」


「書き終わった?」


「わたくしも、できました」


 頬杖をついて待っていたマリリアに用紙を渡した。


「え~っと、ルキトとグラスね。冒険者経験はないけど、登録する職業(クラス)は……魔法剣士(ルーンファイター)と、僧侶(クレリック)か」


 どうやらグラスは、僧侶(クレリック)にしておいたようだ。

 流石に女神(ゴッデス)と書くわけにはいかないにしても、実力的にいったら女教皇(ハイプリエステス)でもいいくらいなんだけど、まぁ、妥当な選択だろう。


「あなた、剣と魔法どっちもいけるんだ」


「得意なのは剣の方だけどね。魔法も一応はいける」


「見栄を張ってできない事書くと後で大変だけど、大丈夫?」


「うん、大丈夫。やっぱり、嘘を書くヤツっているんだ」


「職業と経歴は結構多いわね。ま、大抵はすぐにボロ出して、ブラックリスト入りする羽目になるけど」


「ブラックリストに入ると、どうなるのですか?」


「しばらくは、ドブ浚いとか害虫・害獣駆除とかを専門にやってもらうわ」


 嘘つきは雑用係の始まり、って訳だ。


「ま、本当ならそれでいいわ。と、すると、二人でもバランスは取れたパーティーなのね。ふ~ん……」


 しばらく、マリリアは記入事項に目を通していた。

 一通り読み終えると、顔を上げた。


「出身国はなし、か。やっぱり、訳ありじゃない」


「そこはお任せしますよ。頼れる受付嬢さんの手腕に」


「もぉう~。仕方ないなぁ~」


 いや、最初(ハナ)から分かってた事だろって話なんだけど、やれやれってポーズを取りつつ、満更でもない顔でマリリアはいった。

 以外とチョロいな、こいつ。


「それじゃ、国はどこにしようか。ん~……」


 オレとグラスを交互に見ながら、マリリアは考えている。

 やがて、カウンターをぽんと叩いていった。


「じゃ、イルドラド辺りにしとこうか」


「イルドラドというと……東の大国ですか?」


 応える前に、グラスが応じてくれた。

 なぜと考え、理解した。

 大国といわれる程の国を知らないでは、いくらなんでも怪しまれる。オレがボロを出さないよう、フォローしてくれたんだろう。


「そう。あそこって島国だから、以外と情報が出てこないじゃない。素性を隠すには丁度いいでしょ。ま、それらしく振る舞っときなさいよ」


 マリリアは、オレ達がこの世界に住んでいなかった事までは知らない。訳あって出身国を隠している出奔者だと思っているのだ。

 つまり、出自がバレないように上手い事やっとけ、っていいたいんだろう。


「分かった。それで頼むよ」


「じゃ、そう書いといて」


 再び渡された用紙の空欄を埋める。

 渡しながらマリリアに聞いてみた。


「ところでさ、何でイルドラドなの?」


「何となくよ。ルキトってさ、黒髪で黒い瞳で良く見ればそこそこイケメンだけど、ぱっと見とぼけた顔してるじゃない? 東の人っぽいかな、と思って」


「そ、そうか……」


 誉めるのと貶されるのを同時にやられては、返す言葉も見つからない。

 まぁ何となく分かっちゃいたんだけど、ズバズバくるタイプなんだね、やっぱり……。


「ま、グラスはイルドラドって感じじゃないけどさ、細かい事は気にしなくていいでしょ」


 ケラケラ笑いながら友達のように話すのを見て、さっき男がいっていたのを思い出した。

 悪い()じゃないけど、大雑把。

 聞いたまんまのキャラクターだった。


「じゃ、記入はこれでオッケーね。登録して身分証明のカードを作っておくから、明日また取りにきて」


「了解」


「後は……と。あ、星の話か」


「星? 何それ?」


「ちょっと待ってね」


 そういって、マリリアは引き出しを開けた。

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