54・受付嬢さんは有能じゃありませんので
中に入ると、石造りの室内には行列ができていた。
並んでいるのは冒険者とおぼしき連中で、真正面に受付が五つあるのを見て取れる。
そろそろ陽も傾いてきた今の時間ならさしずめ、報酬を受け取るための手続きをしてるんだろう。装備に泥や血がこびりついた者も少なくなかった。
「かなり広いね」
高い天井と飾り気のない部屋を見回しながら、オレはいった。
前の世界でもお世話になった馴染みの雰囲気に、どこか懐かしさのような物すら感じた。
「これだけ栄えた街ですので、冒険者も多いのです。カロンのギルドは規模でいうと、リーベロイズ王国内でも五指に入ります」
グラスの言葉を裏付けるかのように、人の出入りで背後のドアが頻繁に開閉している。
建物は奥行きもあるらしく、受付の背後には事務スペースがあり、さらに上階と地下に続く階段が見えた。
受付カウンターの手前左側はテーブルと椅子が置かれた休憩スペースのようになっており、バーカウンターが備え付けられている。今日の仕事を済ませた連中が、さっそく一杯、飲っていた。
一方、右手は一面壁だった。開かれたドアの向こうから、こちらとは違った種類の喧騒が聞こえてくる。
覗いてみて、理由が分かった。酒場になっているのだ。
十分にスペースが取られた大部屋はほぼ満席の様子で、酔客の間をウエイトレス達が忙しなく歩き回っていた。
「その日の報酬ですぐ飲めるのか。良くできてら」
「繁華街が近いのも、そういう理由だったんですね」
「稼げてるみたいだな。冒険者が繁盛してるって、いい事なのか悪い事なのか……」
軽口を叩くと、グラスが苦笑いを浮かべた。
「そうですね。雇用は生み出せますが、それだけ一般の住民では解決できない問題が起きている、という事ですもんね」
冒険者というと、モンスターと闘うだけの仕事だと思われがちだが、実際は違う。
命の危険を伴う迷宮や塔の攻略、モンスター討伐で食っていけるのは、ある程度の経験があり、かつ、パーティーを組む相手がいる場合に限られるからだ。
では、その条件を満たせなければどうか。
当然、それ意外の依頼を受けざるを得なくなる。
遺跡や墳墓の発掘、未開拓地の調査、増えすぎた獣の間引き、傭兵、貴族や商人の護衛。そのくらいまでなら『冒険者の仕事』と呼べるが、それすらできない者も少なくはない。
そういった、下級の冒険者ともなると、日雇い人夫や運び屋、人探し、はては、害虫駆除や用水路のドブ浚いですら、仕事として受けなくては食っていけない。
モンスターを倒し、迷宮を攻略し、お宝と報酬をたんまりゲットする――そんな、一攫千金を夢見て始めた冒険者稼業も、結局の所、運と実力がなければただの便利屋にしかすぎない。
人が集まれば需要が生まれ、供給も生まれる。と同時に、トラブルも発生する。そのトラブルに解決方法を供給するのもまた、冒険者の重要な役割なのだ。
「まぁ、仕事にあぶれないで済むなら、ありがたいけどね。さて、とりあえず登録したいんだけど、こんなに混んでるんじゃ時間が……ん?」
五つある受付の内、四つには長蛇の列ができていた。しかし、よくよく見ると、一番左側だけは違っている。カウンター越しに受付嬢と話している男の後ろには、誰も並んでいなかった。
「あそこだけ空いてるな。なんでだろ」
「受け付けている内容が他のカウンターと違うから……でしょうか」
「ああ、そういう事か。なら、ちょうどいいや。ぱぱっと登録してきちゃおう」
「はい」
そう結論づけ、受付に向かう。
並んでいるテーブルの脇に差し掛かった時だった。
「待ちなよ、兄さん」
不意に呼び止められた。
立ち止まって顔を向けると、一人の男がこちらを見ている。
「兄さんて……オレの事?」
「ああ。後ろのべっぴんさんに声をかけても良かったんだが、ちと無粋に過ぎると思ってよ」
木製のジョッキを片手に、男がニヤリと笑った。
緩くウェーブのかかった黒髪をオールバックにした、なかなかにハンサムな男だった。顎髭を生やし、左目は閉じられている。
日に焼けた肌と引き締まった身体つきから、ベテランの冒険者である事が伺えた。左目は、負傷による物なんだろう。年の頃は、二十代後半から三十代前半って所か。装備を見る限り、剣士か軽戦士、あるいは盗賊といった前衛職のようだった。
「……どういったご用件で?」
初めて訪れた街で、見ず知らずの男に声をかけられたのだ。少なからず緊張を覚えてオレはいった。
正装とはいえ、闘いで汚れたこの格好なら金を持っているようには見えないだろうが、人拐いの可能性だってある。
「オイオイ、そう硬くなんなよ」
「あなたに話しかけられる理由が思いつかないもんでね。警戒してるんですよ」
「おっとっと。良いのかい、そんなネガティブな対応で。ひょっとしたら、美味しい儲け話が聞けるかもしれないんだぜ」
「ホントに美味しかったら、他人にペラペラ話したりしないですよね?」
男が、面食らったようにきょとんとした。
しかし、すぐに吹き出し、笑い始めた。
「はぁ~っはっはっは! そりゃ違いねぇ! いやぁ、兄さん、ズバッと来るねぇ!」
さも愉快そうにいい、喉を鳴らして酒を呷る。ジョッキを勢い良くテーブルに置いて、再び目を向けてきた。
「まぁ、そんな話なら、オレが聞きてぇけどな」
「で? 何の用ですか?」
問いかけると、男は心持ち前のめりになった。これまでとは一転して、潜めた声で先を続ける。
「いやな、用って訳じゃねぇんだ。ただ、忠告しとこうと思ってよ」
「忠告?」
「ああ。左側の受付で登録するつもりなんだろ?」
「そうですけど……問題でも?」
「おおありだ。何であそこだけ空いてると思う?」
ちらりと左に視線を送りながら、男がいった。
つられて目を向けると、さっきの冒険者がまだ受付嬢と話していた。
「報酬の受け取り手続きをしてないからじゃないんですか?」
「ハズレだ。問題は、あの嬢ちゃんだよ」
再度、受付に目をやった。
制服に身を包んだ件の受付嬢をよく見てみる。
しかし、一見して変わった所はなかった。
「どこが問題なんです?」
「ここの受付嬢達は、全員が元冒険者なんだよ。ギルドで受けた依頼を、登録されてる冒険者の実力に応じて割り振るって業務があるからな。経験がなきゃ、そんな真似できねぇだろ?」
「あの娘達が……元冒険者?」
首を伸ばして列の隙間から見てみると、なるほど、全員がそこそこの歳に見えた。
娘、というより、お姉さん、といった方がしっくりくる。
「彼女達には、成功報酬の数パーセントが歩合として入るんだ。だから、内容と難易度に合った人選をする。おかげでここは、依頼達成率が高いんだよ」
「人を見る目の賜物、って訳ですか」
「何より、現場経験を積んでるってのが大きいな。個人の能力ってのは、理屈だけじゃ計りきれねぇからよ」
「確かにそうかもしれませんね。で? それとあの娘の問題と、どんな関係があるんですか?」
「できねぇんだよ」
「できない?」
「ああ。あの嬢ちゃんには、ベストなマッチングができねぇ。つまり、依頼内容と受けた人間の能力が噛み合わねぇんだ。結果、大した事もねぇ依頼を、ちょいちょい失敗するのさ」
「だから、誰も彼女から仕事を受けない?」
「その通り。で、ここからが重要なんだがな。このギルドでは、登録手続きをした受付嬢が斡旋の担当になるんだ。つまり、あそこで登録すると、あの嬢ちゃんからしか依頼を受けられなくなる」
「担当が固定になる? 何だってそんな制度があるんですか?」
「仕事を途中で投げ出せないように、らしい。半端でほっぽり出して、別の受付嬢から違う依頼を受けちまうヤツが結構な数いたんで、出来たルールなんだと」
「そういう事か……担当は変えられないんですか?」
「特別な事情があれば別だが、通常はできねぇ。それを認めちまうと、受付嬢同士で優秀な冒険者の引き抜き合いが始まっちまうからな」
「なるほどね」
そんな事が日常的に行われては、空気もギスギスしてくるだろう。さらに確執が生まれでもすれば、お互いが足の引っ張り合いをする可能性だってある。
ギルドにとっても冒険者にとっても、いい事なんか一つもない。
「悪い娘じゃないんだけどな。なんつうか、生来の大雑把さと、現場経験の足りなさがもろに出ちまってるんだよ。おかげで、成績は万年最下位っつう体たらくだ」
肩をすくめながら男がいった。
いわれてみれば確かに、五人の中で彼女が一番若いようだった。年齢的には、オレと大して変わらないように見える。
「そんなに仕事ができないのに、何でクビにならないんですか?」
「代えがいないからさ。冒険者なんて、いっちまえばアウトローの集まりみたいなもんだ。まともなヤツの方が少ねぇだろ。一定以上の現場経験があって、なおかつ堅気の仕事ができる女なんて、そうそう見つからねぇ。後は、まぁ……」
言葉を切って、男がジョッキを傾ける。残りを喉に流しこみ、大きく息を吐いた。
「……っぷはぁ~!」
「後は、何です?」
「マスターのお気に入りなのさ」
「マスター? ギルドマスターの事ですか?」
「そうだ。気が合うんだろうな。妙に仲が良くてよ。リーベロイズでもトップクラスの剣士相手に、全く臆する様子がねぇんだ」
「ここのギルドマスターって、そんなに強いんですか」
「ああ、強いな。“流剣のヴェルベッタ”っていやぁ、知らねぇヤツの方が少ねぇだろうよ」
「流剣のヴェルベッタ……」
女性でありながら荒くれ者達をまとめているなら、実力は相当なんだろう。
その考えを肯定するように、男が補足した。
「“流剣”の呼び名が示す通り、流れるような太刀筋は美しくすらある。細剣をあそこまで使いこなす剣士なんて、中々いるもんじゃねぇ。あれとマブダチだってんだから、ある意味、肝の据わった娘だよ」
男がのけ反り、背もたれに身体を預けた。ベルトに吊るした革のバックから何かを取り出し、口に咥える。
パチンと鳴らした指先に、小さな火が点った。どうやら、タバコらしい。穂先を焙り、吸った煙を吐き出す。
「忠告は以上だ。質問あるか?」
「つまり、あの娘からの依頼は無茶振りが多い、って認識でいいんですね?」
「そうだ」
「経験の浅い冒険者に、高難易度の仕事を割り振る事もあるんですか?」
「しょっちゅうだ。それで何人か死にかけてる」
手元に灰皿を引き寄せ、灰を落としながら男がいった。
オレは、小さく笑った。
「好都合だ」
「はぁ?」
通常、登録したての新人には、報酬の高い仕事は回ってこない。簡単な依頼をこなし、少しずつランクを上げていくもんだ。
そのセオリーを無視してくれるなら、かえって都合がいい。
「好都合? どういう意味だ?」
「下積みを飛ばして、稼げる仕事ができるんでしょう? 手間が省けてちょうどいいって事ですよ」
「おいおい。まさか、あの嬢ちゃんを専属にするつもりか?」
「そのまさかです」
「兄さん……オレの話、聞いてた?」
「もちろん、しっかりと。ついでに、もう一つ聞いていいですか?」
「あ? あぁ……」
「わざわざそんな事を教えてくれたのは、何でですか?」
「理由を聞きたいか?」
「知りたいですね」
糸のように細く煙を吐き、男はタバコを灰皿に押し付けた。
「無茶させられて薄汚れちまったら、台無しになるだろうが。ドレスも美人もよ」
グラスに目をやり、答える。
見え見えの嘘だったが、何でだろう。不思議と、不快な気分にはならなかった。
「何だ、心配してくれたんですか」
「どうだ。優しいだろ、オレ」
「どうせ、美人限定なんでしょ?」
「いやいや。女性全般が対象だ」
「スケベなだけじゃないですか」
「そういうなって。一応、兄さんの心配もしてんだぜ?」
「そりゃどうも」
再び、男がニヤリと笑った。
それを見て、オレは気が付いた。
いつの間にか、始めに持っていた警戒心が薄れている。
ついさっき会ったばかりなのに、旧知の間柄であるかのような安心感を抱かせる男だった。
良くいえば、人間的な魅力がある。
悪くいえば、人たらしの能力がある。
どちらにせよ、印象的な出会いだったといえるだろう。
「親切な先輩からの忠告だ。参考にさせてもらいますよ。ありがとう」
「いいって事よ。オレもここに来てまだ日が浅い。よそ者同士、助け合わねぇとな」
「カロンには、仕事で?」
「ん~……まぁ、仕事っつぅかなんつぅか……。ちょっとやる事があってよ」
「そうなんですか」
気になるいい方だったが、あえて詳細は訊かなかった。
本人的にも話したくなさそうな様子だったし、何より、他人の事情を無遠慮に詮索しないのが、この業界のルールだからだ。
「しばらく滞在してるから、また会う事もあるだろうぜ」
「ええ。それじゃ、また」
「おう。べっぴんさんも、気をつけてな」
閉じた左目が、ウインクをしているようだった。
一方で、残った右目に宿る知性的な光が、どことなく崩れた、ともすればチャラい言動を帳消しにしている。
つくづく、掴み所のない男だった。
「はい。ご親切に、ありがとうございます」
グラスが一礼するのを見届け、受付に向かう。
少し歩いて、お互い名乗っていない事に気が付いた。
足を止め、振り向いた。
「そういえば、名前を聞いて……」
しかし、問いかけた先に男の姿はなかった。
灰皿の上、燻ったままのタバコから上がる煙が、ゆらゆらと漂っているだけだった。
「え!?」
遅れて振り向いたグラスが、小さく声を上げた。
狐につままれたような顔をこちらに向け直す。
「あの方は……?」
目を離して、ほんの数秒くらいだろう。煙が宙に溶けて消えるように、男の姿も消えていた。
「参ったね……」
実際会った人間といい、話に聞いた人間といい、どうやらここは、一筋縄じゃいかない連中が多いらしい。
「初日からこれって……先が思いやられるな、こりゃ……」




