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53・路地裏に出会いを求めるのは間違っているだろうか

 曲がり角まで来てみると案の定、品のない連中が喚いているのが目に入った。

 鷲鼻の赤毛と痩せぎすの黒髪と坊主頭のデブ。揃って薄汚れた革の鎧を身につけている事から、下級の冒険者か賞金稼ぎ、あるいはお尋ね者のチンピラといった所だろう。


(なん)のつもりだテメェ! あぁ!?」


「ブチ殺すぞ、この野郎!!」


 三人がかりで囲まれているのは、白いマントを身につけ、ローブをすっぽりと被った人物だった。

 腰が抜けでもしているのか、薄暗い路上にへたりこんでいる。


「あ……あ……」


「あ、あ、じゃねぇんだよ!」


 会話ができないほど怯える相手に逆上した赤毛が、腰にしていた直剣(ショートソード)を鞘ごと抜き、振りかぶった。


「まずいっ!」


 あれで頭でも殴られたら、ただじゃすまない。

 反射的に、オレは駆け出していた。


「二度とふざけた真似ができねぇようにしてやらぁ!!」


「ひっ……!!」


「待てっ!!」


「!?」


 間一髪、振り下ろす前に声をかけた。

 四人の顔が、一斉にこちらを向く。


「なんだぁ、テメェは?」


「そんなもんで殴ったら死んじゃうだろ。もう許してやれよ」


「はあぁ? 何いってんだ、こいつ」


「邪魔すんのか、あぁん!?」


「事情も知らねぇでしゃしゃってくんな、小僧!」


 へたりこんだ人物の顔は、路地裏の薄暗さとフードのせいで良く見えなかった。

 しかし、胸元にまで達する綺麗に巻かれた金髪と質の良さそうなマントから、裕福な女性である事が見て取れる。

 連中のビジュアルと合わせて考えれば事情なんて想像できるんだけど、一応訊いてみた。


「なら聞いてやるから、話してみ……」


「テメェに説明する義理があるかっ! ふざけんじゃねぇぞっ!!」


 えぇ~……。


 どうやらこいつは、髪だけじゃなく頭の中も赤信号のようだ。

 つまり、会話ができる人種じゃない。


「んじゃあ、どうしろってんだよ……」


「すっこんでろや、ボケっ!」


「お前がその物騒な得物をすっこめて消えるってんなら、口は出さないよ」


(なん)だと、この野郎……」


 赤毛の目が据わった。

 鞘から直剣(ショートソード)を抜き放ち、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 付き従った後ろの二人も、それぞれ短剣(ダガー)戦斧(バトルアックス)を手にしていた。


「ルキト様……」


「大丈夫だ。離れてて」


「は、はい……」


 怯えるグラスを下がらせ、三人の動きに注意をはらう。

 敵が複数いる場合、一人だけに意識を向けてはいけない。一点集中するのではなく、全体をぼんやりと見るようにするのが多対一の闘いにおけるコツだ。

 これは、『周辺視』と呼ばれる、野球や剣道などで使われる集中の仕方を応用した技術だった。

 投手が投球モーションに入った時点では、球ではなく肘を中心とした広い範囲をぼんやりと見るようにする。

 それにより、情報の変化を視覚ではなく感覚で捉えるられるようになり、『無意識の反射』と『予測的反応』を意図的に生み出せるのだ。

 結果として、反応速度が上昇し、球の到達地点が予測しやすくなる。

 要は、感じ取る能力を最大限に引き出し活用する技術、といった所だろうか。

 それだけ聞くと、反射に頼っているだけのようで心もとなく感じるかもしれない。

 しかし、『意識する』という行程をすっ飛ばせる分よりスピーディーに動けるといった、科学的な根拠も伴った考え方なのだ。


「この俺様に喧嘩を吹っ掛けてくるたぁ、いい度胸だ……」


 三人同時にかかってくるかと思いきや、痩せぎすとデブは歩みを止めていた。武器を弄びながらにたにたと笑っている所を見ると、丸腰相手なら赤毛だけで十分と判断したんだろう。

 好都合だ。

 意識を赤毛一人に集中し、攻撃に備えた。


「死ねやオラアァァッ!」


 捻りのない掛け声を発しながら、直剣(ショートソード)が大きく振り上げられた。

 初太刀で大上段からの斬り下ろし――お粗末すぎて話にならない。

 一足跳びに間合いを詰めた。


 ドンッ!!


「ごっ……!!」


 身につけているのは、胸当てしかない鎧だ。それで振りかぶるなんて、腹部を攻撃してくれといってるのと変わらない。

 ご要望通り、がら空きの鳩尾(みぞおち)に足先蹴りを叩きこんだ。


「……っは……かっ……あ……」


 腹を押さえた赤毛が前のめりになって両膝をつく。その背中を踏み台にして跳んだ。痩せぎすとデブの顔が驚愕に凍りつく。角度的にも速度的にも、赤毛が何をされたか分からなかったんだろう。反撃どころか反応すらできていない所に、左右の二連蹴り。こめかみから入った衝撃に意識を抜かれた二体のゴム人形が、ぐにゃりと崩れ落ちた。


「っと」


 着地し、残心。

 チンピラ三人に蹴りを三発。時間にして三秒ってところか。

 まぁ、こんなもんだろう。

 地面にうずくまる赤毛に反撃の意志がない事を確認し、金髪の女性に声をかけた。


「大丈夫ですか?」


 返事はなかった。

 目の前で起きた修羅場のショックが、少々強すぎたらしい。


「ルキト様」


 駆け寄ってきたグラスを見て、このまま立ち去ろうかと考えた。怯えきってはいるものの、彼女に怪我はない様子だったからだ。

 しかし、立ち上がる事さえできないでいる女性を放っておく訳にもいかないと、考え直した。

 オレは右手を差し出し、もう一度声をかけた。


「立てますか? もう心配はいりませんよ」


 彼女が手を差し出してきた。小さく震えているのが分かった。


「あ……あり……」


 そして、細く応える声も同様に震えている。


 ……あ。

 これ、例のパターンだ。


 デジャヴのような感覚を覚えた。以前いた世界でも、同じような事があったからだ。

 チンピラに襲われていた所を助けた()が震えて立てなかったので、手を貸そうとした。するといきなり抱きつかれ、なんかこう、色々と柔らかいものを押し当てられつつお礼をいわれるっていう、あの展開。

 いわば、クソラノベ的チート接待イベントの発生だ。

 これが一人の時ならば、ご褒美として受け取っておく所なんだけど、今はダメだ。グラスの前でそれは、ちょっとマズい。

 と、気づいた時には、すでに遅かった。

 右手を、ガッ! と握られた。


 ……ん?

 ガッ! と……?


「あ“りがどうございまずうううぅぅぅっ!!」


「!!?」


 お礼の言葉と同時にフードの下から出てきたのは、白く小さい顔に蒼く大きな瞳、筋の通った鼻と桜色の唇が魅力的な、金髪の令嬢……ではなく。

 ゴツいおっさんだった。


「だずげでぐれでえぇ! ばりがどおおぉぉっ!!」


「い”ぃっ!?」


 オレの手をガッツリ握った腕は、みっちりと筋肉で覆われていた。

 マントと長い金髪のせいで気づかなかったんだけど、良く見りゃ女性のガタイじゃない。

 と、いうか、身につけていたワンピースをはち切らんばかりに押し上げているのは全て、鋼のような筋肉だった。それこそ、チンピラの二人や三人、素手で絞め殺せるんじゃねぇかってくらいには鍛え上げられている。


「ごわがっだあああぁぁぁっ!!!」


 ちょっと待って!

 こっちは現在進行形で怖いんだけどっ!!


 予想外の怪物(モンスター)を前に、オレは竦み上がっていた。

 そんなこちらの気持ちなど気にもせず、おっさんが立ち上がった。

 唖然と長身を見上げていると、腕をぐいとひっぱられた。


「ここで出逢ったのも何かの縁よねっ! お礼をしなくちゃねっ!」


「いや、ちょ……」


「お礼は、こ・れ・よ♥」


 巻かれた金髪に不釣り合いな逞しい顔が、ゆっくりと近づいてくる。真っ赤な口紅の塗られた唇を突き出して。


「ん~……♥」


「ん~……じゃねぇよっ!!!」


 オレは必死で抵抗した。

 左手で顔面にアイアンクローをかまし、近づく悪夢を死に物狂いで遠ざけようとした。

 しかし、おっさんの力と圧力はハンパなく、徐々に距離が縮む。


「まま……待って待って!!」


「も“ぉう……で、照れなくで……いいの……よ……」


「マジでやめて!」


「わだじの……センチメンタル・キッスから……逃れたメンズは……いない……わ……諦めて……大人しくしなさい……」


「お礼要素どこ行った!!?」


 体格が違う上に、あっちは体重を乗せてのし掛かってくる。明らかに力比べでは分が悪い。

 恐怖にかられたオレは最後の手段を取った。

 鳩尾(みぞおち)めがけて、右膝を突き上げたのだ。


 ドゴオオォォッ!!


「ぐはあぁっ!」


 おっさんの身体から力が抜けた。

 その隙に、右腕を振り払った。

 後ろに飛び退き、立ち尽くすグラスを抱き上げる。


「きゃっ!」


「逃げるぞ!!」


 そのまま全力でダッシュした。

 背後から追ってくる不吉な台詞が、薄暗い路地に響き渡った。


「ああ、待って! お姫様抱っこなら、わたしを……」


 悪夢を振り払うように、全速力で逃げた。

 今度捕まったら……確実に喰われる!!

 必死だった。

 狭い路地をデタラメに走っていると、グラスに声をかけられた。


「ル、ルキト様……」


「どうした!?」


「あの方が……追いかけてきます……」


「!!!?」


 振り向く余裕はなかった。

 しかし、注意してみると確かに、足音と怒声が迫って来ているのが分かった。


「待てやグオォラアアアァァァッ!!!」


「かっ……!」


 スキルを使って空に逃げる事さえ忘れ――


「勘弁してええええええぇぇぇぇっ!!!!」


 この時出していたスピードは、サンダーボルトをも凌ぐレジェンド級オリンピアみたいなレベルだっただろう。

 飢えた獣から、文字通り脱兎の如くオレ達は逃げた。




「はぁ……はぁ……うっぷ……はああぁぁぁ~……」


 どのくらい走ったか分からなかった。

 迫りくる恐怖から逃れ、オレは肩で息をしていた。

 こんな、ちょっと吐き気がするくらいのダメージを受けたのなんて、いつ以来だろう。


「だ、大丈夫ですか……?」


 降ろしたグラスが心配そうに覗きこんでくる。

 ようやく息を整え、無理やり笑顔を作って答えた。


「あ、ああ、大丈夫。グラスこそ、怪我とかない?」


「はい。わたくしは、平気です」


「そうか。なら良かったよ、ははは……」


 それにしても……


 怖かったああああぁぁぁっ!!!


 いきなりあんなんとバトるとか、難易度調整どうなってんだって話しだ。

 ひょっとしたら、とんでもない魔境に迷い混んじゃったんじゃないか、これ。

 改めて異世界(ナーロッパ)の脅威に戦慄していると、複数の足音が聞こえてきた。金属が擦れ合うガチャガチャいう音に混じって、男女の会話が耳に入ってくる。


「お、見てみろよ、あれ」


「ひゅ~……。すげぇいい女」


「あんた達! 鼻の下伸ばしてないでさっさと行くよ! 受付閉まっちゃうじゃない!」


「今日の報償金貰えなくなっちゃいますよ?」


「へ~いへい」


 顔を上げた先、名残惜しそうにこちらを見ている男が二人、仲間とおぼしき二人の女に急かされている姿があった。

 それぞれが鎧やマント、ローブを身につけ、武器を携帯している。


「あれ? あの人達……」


「ルキト様! あちらをご覧ください!」


 その時、興奮ぎみにグラスが声をかけてきた。

 指差す方に目を向けると、石造りの頑丈そうな建物があった。両開きの扉を開け、四人が中に入っていくのが見える。


「あそこ、ひょっとして……」


「はい! 冒険者ギルドです!」


 不幸中の幸いだった。

 意図せず中々にハードなクエストをクリアした末、ようやくオレ達は目的地にたどり着く事ができたのだった。

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