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52・始まりの街

 オレ達が最初に訪れたのは、カロンという街だった。

 各大陸を納める五大国の一つ、リーベロイズ王国の領地であり、東西を運河に挟まれた場所に位置している。古き良きヨーロッパといった風情の、賑やかな所だった。

 グラスの説明によると、船を使って大量の物質を輸送できる利便性と比較的温暖な気候から、自然と人が集まり出したそうだ。結果、街ができてわずか三十年程度で、一大商業都市にまで発展したとの事だった。

 特性上、商売関係者の出入りが盛んなんだろう。一般用と分けて設けられた商人専用の検問所には、長い列ができていた。

 街を出入りするには、出身国で発行される通行証が必要との事だったが、そんな物、オレ達が持っているはずがない。

 と、いう訳で。

 衛兵の目を盗んで防御壁を乗り越えたオレとグラスは、穏やかな日差しの下、大通りを街の中心に向かって歩いていた。


「代表者選挙制度?」


 すれ違う人々に目をやりながら、オレはいった。道幅はかなりの広さがあったが、気をつけていないと肩をぶつけるくらいに往来が激しい。


「はい。ここカロンの領主は、選挙で選ばれます。そして選定後、リーベロイズ国王から正式に承認される事で統治権を得るのです。任期は三年で、満期に伴って選挙を行い、次の領主が決まる仕組みになっています」


「投票で選ぶのか。意外と近代的だな」


「莫大な利権を生み出す街の特性上、富と権力が個人に集中しないための施策なのです。定期的に王国からの監察が入ってはいるようですが、それでも離れていては目の届かない部分も出てきますので」


「なるほどねぇ」


 国王が独断で任命するよりも、住民達に選ばせた方が領主に人心が集まりやすい。さらに元から居住しているとなれば、街の内部事情や特性なども把握しているため、統治しやすいだろう。

 この合理性が、カロンを急速に発展させた要因の一つでもあるように思えた。


「いずれ、その領主とは会う機会がありそうだな。ともあれ、まずは情報収集か……」


 ならば、最初にやる事はただ一つ。

 そう。冒険者登録だ。

 ベタではあるが、世界中に張り巡らされている彼らのネットワークは、情報の量・質共に侮れない。

 しかも、身分証代わりにもなる冒険者登録証(ライセンス)が手に入り、旅費まで稼げるのだ。こんなん、クソラノベの為にあるといっても過言じゃない制度だ。


「ここ、冒険者ギルドってあるよね? 場所は分か……ん?」


 実は、街に入ってからずっと気になっていた。グラスが、妙にそわそわしているのだ。

 きょろきょろと辺りを見回し、露店や店先に並んだ商品、街並みなどを物珍しそうに眺めている。


「ひょっとして、この街に来るの初めて?」


 すれ違った馬車が積んでいた大量の花からこちらに顔を向け、グラスは照れ笑いを浮かべた。


「……はい」


「ははっ、それでテンション上がっちゃったんだ。普段、遊びに来たりしないの?」


「基本的に女神は、下界との接触は禁止されているのです。ですので、特別な理由がない限り、降りて来る事はありません」


「いつも神域(あそこ)に籠りっきりか。そりゃキツそうだなぁ」


「空から様子を眺めるくらいはしていたのですが……街中を歩いたのは初めてですね」


 いくらいい場所(ところ)とはいえ、話し相手すらいないまま一人で過ごしていたら、そりゃあ退屈だろう。

 使命を忘れて羽を伸ばしたくなる気持ちも分かろうってもんだ。


「じゃあ、ちょっと観光しようか」


「え? よろしいのですか?」


「うん。ナーロッパに来て初めての街だし、オレも色々見たいからさ」


「はい!」




 ギルドを探す道すがら、オレ達はあちこち見て回る事にした。

 今歩いているこの大通りは、いわゆるメインストリートなんだろう。

 左右にズラリと軒を連ねる商店。時折かけられる売り子の声。露店で話す買い物客達。通行人の会話。人の流れを縫って行き来する荷台や馬車。荷物を担いだ行商人。それらが入り交じり、溢れる活気に拍車をかけている。

 軽やかな足取りで語りかけてくるグラスは、縁日の屋台を前にした子供のようだった。心底楽しそうな顔に、押さえきれない好奇心が溢れている。

 しばらく歩いて道を折れると、やけに若い子達が目につく通りに出た。理由は、少し歩いてすぐに分かった。

 洋服や装飾品を扱う店やレストラン、オープンカフェ、さらには遊技場やイベントホールとおぼしき物まで、若者向けの店や建物が並んでいたからだ。


「娯楽施設まであるのか。凄いな、ここ」


「観光目的で訪れる人も多いので、豊富な物資を活用したレジャー産業にも力を入れているのです。今の領主が掲げた公約の一つですね」


「なかなか、やり手なんだな」


「元は、異国で財を築いた豪商だった人物らしく、この街に移住してすぐ領主になりました。統治者としての手腕を高く評価され、二期続けて当選しています」


「商業都市の頭にはぴったり、って訳か」


 そんな事を話しながらウインドウショッピングをしていると、すれ違う人々からチラチラと向けられる視線が気になりだした。往来が激しい大通りではさほど気づかれずにすんでいたが、ここではそうもいかないらしい。

 盗み見がバレてあからさまに彼女から不機嫌な顔をされているカップルの男。数人で歩いている買い物中の男の子達。中には、それまできゃいきゃい盛り上がっていた女子グループが、会話をやめて見ている事すらあった。

 彼らの視線が向けられた先――いうまでもなく、グラスだった。

 街に入る前、一応は幻覚(イリュージョン)をかけておいた。ただでさえ破壊力のあるビジュアルが、あのドレスみたいな服装では余計に目立つからだ。周りの人には、今のグラスはごく普通の旅装束を着ているように見えるはずだった。

 しかし、当然ながら本人の見た目までは変わらない。人目を引く美貌だとは思っていたが、ここまでとは予想外だった。

 まぁ、考えてみれば、そこそこ見慣れているオレと違って、普通の人は女神を見た事なんてないのだ。ぽかんと口を開けている青少年の反応も、決して大袈裟じゃないのかもしれない。


「こんなことなら、顔にもかけておくべきだったか……」


「え? 何かおっしゃいましたか?」


「いや、こっちの話だよ」


 そういえばオレも、式典用にあつらえた正装のままだった。

 グラスと揃って、実用的かつ目立たない装備を早めに整えておいた方が良さそうだ。


「あ、見てください、ルキト様! 」


 周囲から向けられる羨望の眼差しなど、当の本人は気づいてさえいないんだろう。通りの突き当たりにある広場を指差しながら、無邪気な笑顔を向けてくる。


「噴水に虹がかかっています!」


 見ると確かに、青空をバックに虹が出ていた。その下では子供達が水遊びをし、近くのベンチで母親達がおしゃべりをしている。


「きれい……」


 うっとりと呟くグラスを眺めながら、改めて思った。


 なんだこれ可愛いすぎかよ。


 淑女の美しさと少女の愛らしさが同居する横顔は、陽光が霞む程に輝いて見える。

 こんなん、連邦の白い悪魔が宇宙戦艦のリーサルウエポン抱えてるみたいなもんだ。戦闘力でいったら、一年戦争ですら一週間程度で終わらせちゃうレベルだろう。

 そんな埒もあかない事を考えながらぼ~っと見ていると、ふいにグラスがこちらを向いた。

 はっとして我に帰ったオレの目を、深く澄んだ緑瞳(グリーンアイ)が覗き込んでくる。


「どうかなさいましたか?」


 思わぬ不意打ちに内心どきまぎしながら、なんとか取り繕っていった。


「あ、歩き回ってたら、喉が渇いたなぁ、なんて思ってさ」


「それでしたら、冷たい物でも買ってまいります。ベンチでお待ちになっていてください」


「あ、ならついでに、冒険者ギルドの場所も訊いてきて」


「分かりました!」


 いうが早いか、グラスがくるりと背を向ける。小走りで向かった先は、広場の片隅にある屋台だった。

 微笑ましい気持ちで見送りながら、近くのベンチに腰を下ろした。小さく息を吐いて顔を上げると、快晴の空が眩しかった。

 平和な日常。平和な風景。平和な時間。

 当たり前のようにゆっくりと“今”は流れ、そこに暮らす人々の人生を未来へと運んでいく。

 しかし、永遠に続くかと思える穏やかな日々も、戦渦という名の津波には容赦なく飲み込まれてしまう。

 破壊され、蹂躙され、翻弄され、行き着く先に待つ未来が悲しみに満たされた時――人は、絶望する。夢見た未来を、思い出す事すらできないままに。

 ならば、オレが盾になろう。

 命が生まれ、生き、眠りにつく最期の瞬間(とき)まで、柔らかな笑顔とささやかな幸せに、満たされるように。

 何者かになりたかった。

 何者にもなれなかった。

 そんな半端者でも、守れる命がある。救える命がある。

 転生してオレが得たのは、勇者の名を継ぐ資格でも、英雄になる力でもない。

 生きた証を残す(すべ)

 それこそが、本当に欲しかったオレの、オレだけの、特別な賜物(ギフト)だった。




「お待たせしました」


 遠くにあった意識を目線と共に戻すと、そこにグラスがいた。

 空より眩しい笑顔に迎えられたような気がした。


「どうぞ」


「うん、ありがとう」


 差し出されたのは、アイスクリームのようだった。受け取って、一口食べてみる。


「お、うまい」


 バニラ味のアイスは、ジェラートに似た滑らかな舌触りだった。中に入った甘酸っぱい果実が、程よいアクセントになっている。

 見た目はオレンジ色のブルーベリーみたいだったが、柑橘系の爽やかな香りがした。


「お口に合いましたか? よかった」


「この果物、なんていうの?」


「ジュピーという樹の果実です。香りがいいので、ジャムやお酒の原料にもなるんですよ」


「確かに、いい香りだ。バニラの甘さによく合ってる」


「お菓子にも合いますので、良ければ今度、お作りしますね」


「マジで!? いいの?」


「はい!」


 グラスの料理は、お世辞抜きで美味かった。ならば当然、お菓子も美味いだろう。

 何より、女子の手料理ってだけでテンション爆上がりするのが男って生き物だ。我ながら単純だとは思ったが、嬉しいもんはしょうがない。


「それにしても、アイスなんて作れるんだ。電気はないよね。どうやって冷やしてるの?」


「魔法の効果を封印しておける石を使っているのです」


「魔法を封印する石?」


泪晶石(るいしょうせき)という、魔力を吸収する性質のある石に魔法を封じ、自由に引き出す方法を発見した人物がいるのです。純度が高く大きいほど強力な魔法を封じられますので、氷を作り出す事も可能です」


「って事は、その石があれば、火をおこしたり松明を持ったりする必要もないのか」


「はい。石に触れ、設定された言葉(ワード)をいえば効果が発動します。魔法がつかえなくても、冷気や熱、光や闇、風や水ですら誰でも簡単に産み出せるのです」


「そいつぁ便利だ。なんて人が発見したの?」


「メルメス・ヴァンリーフという、魔導研究の第一人者です。魔法を封じた泪晶石(るいしょうせき)は、メルメスの魔導石、あるいはメルメスストーンと呼ばれています」


 そういえばここは、世界を覆う魔力濃度が高いって話だった。そんな環境だからこそ特殊な性質を持つ石が生まれ、その恩恵を最大限に生かす技術も生まれたんだろう。


「ちょっと見てみたいな、その石」


「でしたら、後ほどショップに寄ってみましょう。専門店があるはずですから」


「そうだな。どのみち、装備を整える必要があるから、買い物はしなくちゃだしね」


 話を聞く限り、迷宮(ダンジョン)攻略や旅の助けになるような石もありそうだった。

 そういう意味では、道具として幾つか持っておいた方がいいだろう。


「おっし。それじゃあ、そろそろ行こうか」


 グラスが食べ終えるのを待って伸びをしながらいうと、元気に応じる声が返ってきた。


「はい! 冒険者ギルドの場所は訊いてきましたので、案内はお任せください!」




 と。

 張り切って請け負ったグラスの案内で公園を出てから、どのくらい街をさ迷っただろうか。

 お目当ての冒険者登録所には、未だたどり着けていなかった。


「あれ? ここ、さっき通らなかった?」


「そ、そういえば……通ったような気が……」


「場所はこの辺りで間違いない?」


「はい……繁華街の裏通り沿いにある石造りの大きな建物、と……」


「戻って来ちゃったって事は、通りを一周したのか。それらしい建物はなかったよなぁ……」


 今いる場所は、さっきの公園からメインストリートを挟んだちょうど反対側、大きな繁華街の裏手に位置していた。

 いわゆる、歓楽街を含んだアダルトな一角で、細かく分かれた路のせいでことさらごちゃごちゃしている。


「こりゃ、誰かに訊いた方がいいかな」


「すみません……お役に立てなくて……」


「気にする事ないよ。初めての街でこれだけ入り組んでたら、誰でも迷子になるって」


「……」


「どっちにしろ今日は登録だけにするつもりだったからさ、急ぐ事もないし。のんびり行こうよ。ね?」


「……はい……」


 すっかり意気消沈しているグラスを慰めつつ、辺りに人影を探す。

 しかし、歓楽街が目を覚ますには時間が早すぎるせいか、人っ子一人歩いてはいなかった。


「表通りの方に行ってみよう。あっちなら誰かいるでしょ」


 ちょうど通りかかった脇道を目で指すと、申し訳なさそうにグラスがいった。


「かえって時間がかかってしまいまして……すみません……」


「気にしすぎだよ、グラス。ちょっと道に迷ったくらいどうって事ないって」


「はい……ありがとうございます……」


 せっかく楽しんでいた所に水を差したような形になったのが、逆に申し訳なかった。

 しかしまぁ、目的地に着きさえすれば、グラスのテンションもまた上がるだろう。

 そう考えるながら薄暗い路地を先に進んでいると、突然、怒鳴り声が聞こえてきた。


「ナメてんじゃねぇぞ、テメェ!!」


「オレ達をハメるたぁいい度胸してんじゃねぇか、あぁん!?」


 どうやら、すぐそこの角を曲がった先から聞こえてきたようだ。


「ルキト様……あの声は……」


(なん)か、揉め事みたいだな」


 断続的に聞こえてくる怒声の下品さから、タチの悪い連中が絡んでいるのが察せられる。

 ならば、見て見ぬフリをする訳にはいかない。


「行ってみよう」


 早足で、オレ達は声のする方へと向かった。

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