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50・クソラノベは女神とともに。

 そして今、オレ達の目の前には四つの転移門(ゲート)が開いている。

 行き先は、それぞれが闘う相手のいる場所から最も近い街。当面の軍資金と、敵の情報を記憶した小さな水晶が入った革袋を、レイ、ノエル、ルキフルには渡してあった。


「おっしゃあっ! んじゃ行くぜヤロー共っ!!」


「オォーーッ!!」


「おぉ~~っ!」


 ヤロー共ならぬ幼女コンビがゴズメスの気合いに応じた所で、いよいよ出発だ。


「いっとくけどゴズメス。あんまり派手にやるんじゃないぞ」


「あ? 何でだよ」


「決まってるだろ。無節操に暴れまくったら、お前らが魔王と勘違いされかねないからだよ」


「バッカオメェ、オレらがんな真似するわきゃねぇだろ。なあ、ルキフル?」


「我がついている。心配無用だ」


 いや、だから余計に心配なんだけどな……。


「まぁ、そこの所は上手くやってよ」


「何気に、この中で一番旅慣れてるのはルキフルさんですからねぇ」


「お前達こそ、油断せぬようにな」


 余裕の笑みを浮かべたルキフルが、ぐるり顔を見回していった。

 この辺の風格は、流石に魔神の王といった所だった。


「うっし! オレらが一番手だ! 全部終わったらルキト。分かってんな?」


「ああ。ご褒美にフルボッコしてやるよ」


「余裕こいてられんのも今のうちだぜ。んじゃあちょっくら、なんたらいうドラゴンぶっ飛ばしてくらぁ!!」


「おう! 行ってこい!」


 オレの言葉を最後まで聞かず、ゴズメスは転移門(ゲート)に飛び込んでいった。

 思い立ったら猪突猛進。

 いつでもブレないアイツの(しんねん)はきっと、神喰らいの竜にも届くだろう。


「ルキト」


 残ったルキフルが声をかけてきた。

 向き直ると、黄金の瞳がこちらを見ている。


「この闘いで、我はさらに強くなる。あるいは、お前の師を越える程に」


「奇遇だな。オレもそのつもりだよ」


 ニヤリと笑ってそういうと、小さな笑みが返ってきた。


「その時は、立ち会いを申し込む。お前からの勝利を、我が(ほまれ)としよう」


「オレも負けるつもりはない。どっちが拳帝の一番弟子か、白黒つけてやるよ」


 いいながら突き出した拳に、ルキフルが拳を合わせてきた。

 硬く、重い拳だった。


「行ってくる」


「ああ」


 くるりと背を向け、ルキフルが転移門(ゲート)に入っていった。

 姿が見えなくなると徐々に小さくなり、やがて転移門(ゲート)が消えた。

 ルキフル達を見送ると、振り向いたレイがミルミルにいった。


「じゃ、ボクらも行こうか」


「おぅっ! 一番乗りで魔王をシバきあげちゃらぁ! ゴズメスに負けちゃおれんけぇの!!」


 ミルミルがキャラ通りの気炎を上げる。

 戦闘特化型の精霊からしてみれば、闘うことは生き甲斐のような物なんだろう。


「ちゃんとレイのいう事を聞くんだぞ、ミルミル」


「心配いらんわい。旦那さんの面倒を見るんは妻の務めじゃけえ!」


「いや、どっちかっつぅと、ミルミルが見てもらう方なんじゃないかと……」


「そがぁな事あるかいや。旦那さんは尻に敷かれちょるくらいで丁度ええんじゃ」


 いや、微妙に会話が噛み合ってねぇな、これ……。


「さ、ちゃっちゃか行こうで!!」


「ちち、ちょっと待ってミルミル。ボクも皆に一言……」


「レイ」


 名前を呼ぶと、腕を組んだまま転移門(ゲート)に引きずり込まれそうになっていたレイが振り向いた。

 その肩に手を置いて、オレはいった。


「約束、忘れるなよ?」


「はい。もちろんです」


「もし(なん)か問題が起きたら、すぐに知らせてくれ。いつでも手を貸すからさ」


「分かりました」


「よし。んじゃ、行ってこい!」


 景気付けにばんっ! と背中を叩くと、レイが笑顔で応えた。


「はいっ!! 皆さんも、お気をつけて!」


「うん。また会おう」


「レイ様、ミルミル様。ご武運をお祈りしております」


「またねぇ、ミルミル~」


 手を降るイヴに不敵な笑みを返して、ミルミルがレイごと転移門(ゲート)に突っ込んでいった。


「おおっしゃあ! 行っくでえぇ~~っ!!」


「う……わわ……わっ……!」


 二人の声は、すぐに聞こえなくなった。


「さて、と。わたし達も行こうか」


 転移門(ゲート)が閉じるのを待ち、のんびりとノエルがいった。まるで、散歩にでも出かけるような口調だった。


「うん! 早く行こっ!!」


 元気に返事をしながら、ぴょんぴょんとイヴがとび跳ねる。

 闘う恐怖に好奇心が勝っているんだろう。瞳が、黒い宝石のようにキラキラと輝いていた。


「気をつけてな。ノエルから離れちゃダメだぞ」


「イヴ、子供じゃないのよ? 迷子になんてならないんだから」


「ははっ、そうか。ごめんごめん」


「も~」


 白い頬が、ぷっくりと膨らむ。

 イヴの頭をぽんぽんと叩いたノエルが、右手を差し出してきた。


「それじゃあ、また」


「ああ」


 オレ達は、がっちりと握手を交わした。


「祝杯用に、いい酒用意しといてくれよ?」


「もちろん。その時は、秘蔵の美酒をご馳走するよ」


 そういいながら、ノエルがすっと顔を近づけてきた。柑橘系の爽やかな香りが鼻先を掠め、耳元で囁く声が聞こえた。


「くれぐれも、気をつけて」


「え? なんだよ、改まって……」


 投げ掛けた疑問に答えを返す事なく、ノエルは離れていった。


「あ、おい」


 深紅のマントを翻えし向けた背中から、肩越しに小さい笑みが返ってくる。しかし、何もいう事なく軽く右手を上げたまま、ノエルは転移門(ゲート)に入って行った。


「それじゃあ、またね~! ルキト、グラスのお姉ちゃん!」


「あ、ああ。またな、イヴ」


「お気をつけてくださいね」


 大きく手をふりながら、イヴがノエルの後を追う。

 三つ目の転移門(ゲート)が閉じると、残ったのはオレとグラス、二人だけだった。


「….……」


 姿が見えなくなっても、ノエルの言葉が気になった。

 オレの力を知っていてなお、忠告してきたのだ。ただ単に、油断するなと念押ししただけなのか、あるいは別の意味があったのか。

 どちらとも取れる、微妙ないい回しだったように思えた。


「……ルキト様?」


 まぁ、分からない事は考えていても仕方がない。

 とりあえず今は、ノエルから忠告があった事を忘れないようにする、くらいに留めておこう。

 そう決めて、気持ちを切り替えた。


「何とか全員、出発できたな」


「はい」


 見送りは済んだ。

 いよいよ最後はオレの番だった。

 ここから先は、おふざけなし。

 魔帝達との死闘を前に、小さく気合いを入れ直す。


「うっし! じゃ、出発だ」


 四つ目の転移門(ゲート)に目を向けながら、グラスに右手を差し出した。

 革袋のずっしりした重さが手に……伝わってくるかと思ったらそんな事は一ミリもなく、代わりに、温かくて柔らかい何かが乗せられた。


「……ん?」


 不信に思い、右手を見る。

 すると、乗っていたのは白い手だった。

 顔を上げると、頬を染めたグラスと目が合った。


「あの……え?」


 咄嗟に出たのは、間の抜けた疑問符だった。

 そして返ってきたのは、回答にならない台詞だった。


「ふ、ふつつか者ですが……よろしくお願いいたします」


「い、いや、そうじゃなくて……なんで?」


「なんで……と、おっしゃいますと?」


 きょとんとした顔で問い返され、困ったオレはとりあえず頭に浮かんだ言葉を口にした。


「あの、革袋は……」


「あ、それでしたらわたくしがちゃんとお持ちしていますので、大丈夫です!」


 アホ毛をピコピコ動かしながら、ドヤ顔でグラスが答える。

 聞きたかったのはそこじゃないってのと合わせて、やっと気がついた。

 これ、意志疎通できてねぇだろ。


「え……っと……まさかとは思うけど……ついてくる気……じゃないよね?」


 おっかなびっくり訊ねてみた。

 グラスが僅かに目を見開いた。


「あ、そ、そんな訳ないよね! ごめん、ひょっとしたら、なんて思っちゃっ……」


「もちろん、お供いたします!」


「……はい?」


 力強い宣言と共に、グラスの右手がガッツポーズを取っている。

 想定外の申し出に、一拍置いて驚きが押し寄せてきた。


「えぇ~~っ!?」


 いやいやいやいや。

 それはダメだろ。


 確かに、女神との旅自体よくある展開だし、そうじゃなくてもチョロインが付属してなきゃ成立しないのがクソラノベだ。

 と、いうか、クソラノベの九十九割くらいはチョロインでできているといっても過言じゃない。

 ペラチートの宇宙人みたいな言動を理解もできないまま見てるくらいなら、可愛い女の子を眺めてた方が遥かに楽しいだろってなもんだ。

 それは分かる。

 分かるけど、実際問題として、付き合ってもいない男女が二人っきりで旅するなんて、普通に考えたら完全にアウトだ。

 だってさ、旅してりゃ野宿する事なんかざらにあるし、宿に泊まるにしても、別々の部屋が取れない事もあるんだぜ?

 そこで起きた間違いを、ま、いっか、で済ませられる程、オレはいい加減な男じゃないんだよ!


 …………多分。


 と、妄想まじりにあれやこれや考えていたのが顔に出たんだろう。

 オレに向けられたグラスの表情には、不安が滲んでいた。


「あの……ルキト様?」


「あ~……グラス」


 結論からいってしまえば、大変もったいな……申し訳ないけど、この申し出は断っておくべきだろう。


「気持ちはありがたいんだけどさ、相手が相手だけに今回はかなり危険な旅になると思うんだ。だから、ついて来るのはやめておいた方が……」


「大丈夫です! こう見えてもわたくしは女神です! ルキト様の足を引っ張らないように、精一杯がんばります!」


「で、でもさ、危ない目にあう事もあるだろうし……」


「か、覚悟はできています。皆さんだけを危険にさらす訳にはまいりませんので!」


 命の危険もさることながら、貞操の危機もあるって事に、本人は気づいていないらしい。

 てか、どっちかっていうと、後者の方が重大問題だって説すらある。


「そうはいってもな……」


 しかし、グラスがここまで頑なに主張してきたのには面食らった。

 普段おっとりしているだけに、いつもとのギャップがより一層それを助長しているんだろう。


「……ルキト様は、わたくしと旅をなさるのは嫌……ですか……?」


「えっ!?」


 俯いたグラスが、上目遣いで訊いてきた。

 これまでの押しの強さがすっかり影を潜めた、悲しげに曇った顔だった。


「い、嫌って訳じゃなくてさ、ほら、二人で旅すると、色々と問題があるからさ!」


「問題……?」


「その、なんだ……例えば、寝る時、とか……」


「それでしたら平気です! わたくしはどこでも眠れますので!」


「いや、そうじゃなくて……お、同じ部屋で寝なくちゃいけなくなったりも……するだろうし……」


「……同じ……部屋で……?」


 いわんとしている事がやっと伝わったんだろう。グラスの顔が、耳まで真っ赤に染まった。


「ね? マズいでしょ? だからグラスはここで留守番してい……」


「わたくしは……それでもいいのですが……」


「!!!?」


 ……さぁ、困った。


 いうまでもないが、二人で旅するのが嫌な訳じゃ、決してない。

 何なら、こちらから土下座でお願いしたいくらいでさえある。

 ってか、グラスに誘われたら(ヤロー)はもちろん、女性ですらふたつ返事でイエスと答えるだろう。

 ただ美しいだけじゃない。

 神々しさすら漂う美貌は、種や性別の違いうんぬんをも越えたレベルで、見るものを惹き付けるに違いないからだ。

 しかし!

 だからこそ、今回は駄目だ。


 なんでって?


 だってさ、いくら恋愛劣等生のオレとはいえ、グラスの魅力を前に何もせずにいられるかってぇとそいつぁムリな話だからだ。

 つまり、ハッキリいって。


 間違いをおかす自信がある!(どんっ!!)


 って訳だ。

 そもそも、そんな事にうつつを抜かしてちゃ勝てない怪物達を全て倒すのが、旅の目的だ。

 グラスの身を危険にさらすような真似は、したくない。

 いや。

 しちゃいけないんだと、自分にいい聞かせた。


「で、ですからお願いします! わたくしも連れていってください!」


 逡巡するオレに、必死ともいえるくらい真剣な顔をグラスは向けてきた。想いと覚悟、そして勇気が、澄んだ瞳を熱で潤ませている。

 この時、オレは気づいていた。

 自分の気持ちに。

 気づいていながら、グラスの身を案ずるふりをしていた。

 本心をさらけ出す勇気もない己の臆病さから、目を背けるために。


「……どうしてそんなに、来たがるんだ?」


 本当は、訊かずとも分かっていた。


「……皆さんを危険な目に合わせて、自分だけ安全な場所にいる訳にはまいりません。わたくしも、共に闘いたいのです。それに……」


 しかし、グラスの口から答えを聞きたいと……いや、自分からではなく、彼女にいわせようと思ったオレは……


「それに……ルキト様と、い、一緒に……いたい……のです……」


 ただの、卑怯者だ。


「……分かったよ」


 グラスが最後まで離さなかった手は、小さく震えていた。

 それは、ありったけの勇気を振り絞って、卑怯者の問いに答えてくれた証だった。

 自分に、嫌気が差した。

 こんな時にすら、こんなに一途なグラスにすら、姑息な計算をしながらでしか接する事ができない、矮小な自分に。


「行こう。二人で、一緒に」


 もう、よそう。

 格好つけて、言い訳をならべて、本心を隠して、下らない駆け引きに腐心するのは。


「はっ……!」


 グラスと、一緒にいたい。


 それだけでいい。

 それだけで、守りたい女性(ひと)が隣にいてくれるだけで、きっと強くなれる。

 ならば今、オレに必要なのは、たくさんの勇気を持った少し天然の女神――グラスだ。


「はいっ!!!」


 それは、訪れた春に祝福された世界を照らす、陽光のようだった。

 この笑顔を、オレは一生、忘れないだろう。


 そう……生涯、忘れない。


 例え旅の先に、どういう結末が待ち受けてようとも。

 運命によって、宿命によって、希望が閉ざされた未来を迎える事になろうとも。

 咲く花が放つ生命(いのち)にも似た光の記憶が、きっと導いてくれる。

 そして、再び帰ってくるんだ。

 全てが始まった、この場所に。


 クソラノベは、女神とともに。


 しっかりと握った手を、握り合った手を離す事なく、オレ達は旅の扉をくぐった。

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