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49・レディ・パーフェクトリー

 そうか。

 チートといったら、忘れちゃいけないのがスキルだ。

 効果的に使われている場合もあれば、逆にクソラノベをクソたらしめる原因にもなる、ある意味、諸刃の剣的な要素でもある。

 そういったお約束に漏れず、並んでいるスキルには、どこかで見た事のあるモノが多かった。

 しかし中には、名前だけじゃ効果の分からないモノもあった。


「下にも続きがあるのか」


 指で触れてみると画面が上にスクロールし、タップで説明が表示される仕組みになっている。


「これはまた、凄い数だね」


「より取りみどりですね」


 ざっと見ただけでも百くらいはあるだろうか。こんなにスキルが必要って、どんだけチートを転生させるつもりなんだよって話だ。


「けど、名前見ても分からないのが結構あるなぁ……」


 行ったり来たり画面をスクロールさせていると、グラスが歩み寄ってきた。


「何か、ご希望の能力はございますか? ルキト様」


 そう声をかけられたが、正直、これといって必要なスキルなんてなかった。

 例の家訓がなければ千里眼が欲しい所だけど、ここはまぁ、身体を張った父さんの助言を聞いとくべきだろう。


「ん~……特にはないんだよなぁ……。戦闘用のはひと通り揃ってるし、補助系も今あるので不便はないし……」


「それでしたら、日常で使えるものはいかがでしょう」


「日常用?」


「はい。この辺にあるものは、覚えておくと便利だと思いますよ」


 グラスがスクロールさせた画面には確かに、戦闘向きではなさそうな名前ばかりが表示されていた。


「便利スキルか……」


「前回の旅で、何か困った事はありませんでしたか?」


「ああ、そういえば、言葉が通じない種族がいたのには困ったかな」


 人間同士ならもちろん、亜人・獣人・魔族とすら普通に話せるってのは、クソラノベにおけるお約束だ。

 しかし中には、分からない言語もあった。

 例えばゴブリンなどの知能が低いモンスターは人型でも駄目だったし、知能が高くてもフェンリルなどの四足の獣やドラゴンとも言葉によるコミュニケーションは取れなかった。


「意志疎通するのに、いちいち大袈裟なジェスチャーするのは面倒だったなぁ」


「普段当たり前にできている事ができないっていうのは、ストレスになるからね」


「ノエルさんもそうだったんですか?」


 画面から顔を上げたノエルが、レイに顔を向けながらいった。


「いや、わたしは大丈夫だったよ。知能が一定以上ある種族の言葉は全て覚えていたからね」


「全部覚えた!? え? それ、何種類あったんです?」


「ん~……どのくらいだろう。三~四十種類くらいかな」


「そ、そんなに……」


「一応、王族だからね。帝王学の一環だよ」


「にしてもそりゃ、数が多すぎだろ。こちとら、日本語覚えるだけで四苦八苦したってのによ」


「ちなみに、イヴも十くらいの言語は話せるよ」


「じゅっ……本当かよ、お嬢ちゃん」


「うん! ノエルと一緒にお勉強したの!」


 ドラゴンの知能が高いってのは有名な話だけど、さらに上位種のエンペラードラゴンともなれば、頭の出来も違うらしい。

 腰にまで達するストレートヘアが黒ではなく金髪だったなら、エルフといわれても納得できる――上位種族特有の美しさを持つイヴは、それに見あった知性も持っているようだった。


「転生してまでお勉強か。地位があるってのも大変だよなぁ……」


「そんな大袈裟なものじゃないよ。全部覚えるのに一日もかからなかったし」


 ドヤる訳でもなく、いたって涼しい顔でノエルはいった。

 それはもう、自然すぎて腹も立たないくらいの無自覚マウントだった。


「おま……マジかよ……」


「どんな頭してんだオメェは……」


「ル、ルキフルさんはどうだったんですか?」


 ノエルの場合、次元が違いすぎて参考にもならなかった。

 そこでルキフルに話を振ったんだろうけど、正直、ノエル以上に相手が悪かった。


「我に言葉の壁はない」


 ……ハイ、終了。


 人の姿をしちゃいるが、ルキフルはれっきとした“神”だ。

 そりゃまぁ、こういう答えが帰ってくるわなぁ……。


「あ……そ、そうなんですか……」


 明らかに振る相手を間違えたレイに、今度はオレが訊いてみた。


「お前はどうだったんだ?」


「ボクですか?」


 すると、意外な答えが帰ってきた。


「最初は苦戦しましたけど、ミルミルが仲間になってからはそうでもなかったですね」


「へ? 何で?」


「知らない言葉もすぐに覚えて通訳してくれてたんですよ。ね、ミルミル」


「まぁ、レイも覚えるんが早いけぇ、いつも始めの内だけで済むんじゃがの」


(すげ)ぇじゃねぇか、ミルミル」


「頭いいんだな。何か、イメージと違うけど」


「というより、炎の一族は元々、言語感覚が優れているんですよ」


「へぇ。それは初耳だね」


「なんか理由があるのか?」


「闘いに必要だからじゃ。相手が複数だった場合、話しちょるんを聞きゃあ分かる情報もあるし、訊きもせんのに自分の能力をベラベラしゃべりよるヤツもいるけぇの」


「なるほどねぇ……」


 コミュニケーションが目的ではなく、倒すのが目的で相手の言葉を覚えるってんだから恐れ入る。

 ここまで戦いに特化しているのだ。

 ミルミル達の戦闘力が他の精霊より頭ひとつ抜けてるのも納得できる。


「ボクの“口調”も、すぐに覚えちゃいましたしね」


「口調? 何の事だ、そりゃ」


 あ、そうか。

 ゴズメスとルキフルは知らないんだった。


「ミルミルの喋り方だよ。レイがブチ切れた時に出る方言を、聞いて覚えたって話だ」


「あぁ、だから標準語じゃねぇのか。しかし何だってまた、そんなもん真似してんだよ」


「旦那さんの国の言葉じゃけぇの。妻なら覚えとかにゃあいけんじゃろうが」


「そいつぁ殊勝なこったな。なるほど、旦那の…………旦那?」


 ゴズメスから表情が消えた。そのまま無言で、レイに顔を向ける。

 何気にルキフルも、無表情な顔でレイを見ていた。


「ち、違うんですよゴズメスさん、ルキフルさん! これはですね、ミルミルが勝手にいってるだけなんですよ!」


「勝手じゃないわい。ウチとレイはもう、肌を重ねた仲じゃけぇ」


「…………」


「…………」


「そのいい方だと誤解されちゃうでしょミルミル! ちょっと、お風呂に入ったってだけでですね、決して、あの……」


「……それ……言葉通りじゃねぇか?」


「あ! そそ、そうじゃなくって、ほら、同じパーティーにいたら、そんな事もあるじゃないですか!?」


「パーティーメンバーと風呂でイチャつく? ねぇだろ、普通」


「ああ。ないな」


「イイ、イチャついてたんじゃなくって! せ、背中を流してもら……」


「もうキスもしちょるけぇ、夫婦みたぁなもんじゃ」


「ミルミルっ!」


「まぁ、ナーロッパにゃあ、結婚に年齢制限がある国の方が少ねぇから別にいいんだけどよ……オメェ、元は日本人なんだよな?」


「性に奔放な神々の中にも、幼女趣味はあまりいないのだがな。目的を果たせぬ生殖行為を背徳感に抗ってまで行わんとする欲深さこそが、人の人たる所以、か……」


「いや、(なん)か、哲学的な感じで分析するのやめてもらっていいですか、ルキフルさん!」


「ぎゅっと抱きしめたウチの身体に……レイが口移しで……体液を……」


「回復薬を体液っていうのはやめてえええぇぇぇっ!!」


 やぶ蛇を拗らせた結果、必死で否定すればするほどさらに深い泥沼にレイは沈んでいった。

 あの無神経なルキフルとゴズメスが軽く引いてるくらいだ。ここからの逆転は、まぁないといっていいだろう。


「その辺にしといてあげなよ、二人とも。自由恋愛って事でさ、当人達に任せておけばいいじゃない」


 苦笑いを浮かべたノエルが、見かねた様子でフォローを入れる。

 HPが0になったレイからは、魂的な物が半分くらい抜けかけていた。


「それで、あの、ルキト様……スキルの方は……」


「おっと、そうだった」


 盛大に脱線した話を、なぜか申し訳なさそうにグラスが戻してくれた。

 この、『本題と関係ない話の方が盛り上がる現象』って、名前はなんていうんだろう。


「あれだ、言葉を翻訳できるスキルがあったら、欲しいかな」


「でしたら、こちらですね」


 いいながら、グラスが画面をスクロールさせ、表示された項目のひとつをタップした。

 別枠で開いたウインドウには、説明書きが載っていた。



億舌(おくぜつ)(ことわり)


 直接接触した生物と会話によるコミュニケーションを取る事が可能になる。

 習得できる言語数は、職業(クラス)熟練度の上昇に応じて増えていく。


習得難易度:C

習得適性職:魔獣使役師(ビーストテイマー)

習得条件:実戦経験による職業(クラス)熟練度の習得認定レベルへの到達

発動タイプ:常時発動型

使用制限:なし

使用条件:なし



「自動翻訳スキルか。なるほど、これは便利だな」


「常時発動型ですので、身につけておけば常に効果が現れます」


「習得難易度Cって事は、あんまりレアじゃないんだ」


「スキルはEからSSSまでですので、下から三番目のランクですね」


 使役する獣とのコミュニケーションが必須な魔獣使役師(ビーストテイマー)にしてみれば、わりと初歩的な能力、って事なんだろう。


「だけどオレ、魔獣使役師(ビーストテイマー)って職種変更(クラスチェンジ)した事ないんだけど、大丈夫なの?」


「はい。特例措置が適用されますので、ご心配はいりません」


「そうか。よし、決めた。これにするよ」


 本来なら覚えるのに時間が必要な他種族の言語を、苦もなく覚えられるのだ。

 そう考えてみるとこの『スキル』って、存在自体が結構チートだよな。


「皆はどう?」


 三人に声をかけると、画面に目を落としたままでノエルが応じた。


「うん、決まった。わたしはこの、〈孤高の灯火(ともしび)〉っていうのにするよ」


「また、効果の分からん名前だな。どんな能力?」


「あらゆる生物を拒絶する、だってさ。盗賊(シーフ)のスキルみたいだね」


「拒絶……? 存在を消せる、みたいな事?」


「と、いうよりも、相手が近づいてこなくなるみたいだよ」


「補助系か? 何か地味だな。必要なのか、それ」


「立場上、色々な人達が近づいてくるんでね。いちいちお断りするのもなかなか大変なんだよ」


「あ、なるほどね」


 王族であるノエルの周りには、政治的な意味でも物理的な意味でも、お近づきになりたい連中が寄ってくるんだろう。

 それを避ける事の出来るこのスキルは、おあつらえ向きという訳だ。


「でもそれだと、必要な人も寄って来なくなっちゃうんじゃないの?」


「そこは大丈夫みたい。熟練度が上がると、適用対象や適用条件を細かく設定できるようになるらしいから」


 例えば、『今まで交流した事のない人物』とか『悪意のある人物』、あるいはダイレクトに特定の個人を設定すれば、ピンポイントに効果を付与できるって事か。


「ぼっちになるにもスキルが必要って、王族ならではだよなぁ」


 ノエルの顔に小さな笑みが浮かぶ。


「ぼっちとはまた面白い発想だけど、その通りかもしれないね」


 当の本人にしてみた所で、スキルに頼らなきゃならないくらい人が寄ってくる人生なんて、転生前には想像すらできなかった事だろう。


「レイは決まった?」


「……」


 今度はレイに声をかけてみた。しかし、反応がない。

 魂が抜けきっちゃったかな?

 そう思ってたら何の事はない、リストを熟読していただけだった。

 中々にクリティカルなダメージを受けてたはずなんだけど、意外にタフなヤツだ。


「……ボクはこれにしますよ。〈森羅(しんら)伊吹(いぶき)〉」


 しばらく無言のままだったが、ややあってスキル名が返ってきた。

 しかし例によって、聞いただけじゃ内容が分からなかった。


「森羅って……随分と凄そうだけど、どういう効果があるの?」


「吸いこんだ空気を体力に変換できる、って書いてあります。習得適性職は森林特殊兵(レンジャー)ですって」


「それ、回復系?」


「ん~……感じとしては、体力の減少を和らげる、くらいじゃないですかね」


「そうなの?」


 問いかけてみると、うなずきながらグラスが答えた。


「はい。持久力を補助するスキルですね。迷宮探索や遺跡調査のような、長時間活動する際に効果を発揮します」


「元々、歩き回るのがあまり得意じゃないもんで。闘いの時とは別な体力が必要じゃないですか」


「ああ、それ分かるわ。周りを警戒しながらだと、妙に疲れるんだよな」


 敵に集中でき、なおかつ比較的短時間で済む戦闘時とは違い、四方を警戒しながら長時間歩き回るのは精神的な疲労が大きい。それが身体に及ぼす影響も馬鹿にはならず、結果、思った以上に体力を消耗するハメになる。


「ましてやボク、魔術師(ウイザード)ですからね。肉体的な消耗を軽減できるのはありがたいですよ」


「確かにそうかもな」


 持っている才能じゃ足りない部分を補うって意味でいうと、これがスキル本来の正しい使い方なのかもしれない。


「こうして見ると、やっぱりスキルって便利だよな。で、お前はどうだ? ルキフル」


 目を向けてみると、画面をいじっていたのはゴズメスだった。

 肝心の本人は、腕を組んでそれを後ろから眺めている。


「しっかし、こんだけの数、どこのどいつが考えたんだ?」


「神、だろうな。こういった、本来ならなくても問題がない要素をこだわって創造するのが好きな変わり者が、どの神界(せかい)にも必ず一人はいるものだ」


「人間とあんまり変わらねぇんだな」


「やりたい事を好きなだけやれる力がある分、人間よりも(たち)が悪い。何せ、世界のバランスすら崩壊させる余計な事を、戯れにやってのけるのだからな」


 (なん)か、ただの雑談になっちゃってるんだけどこれ、考えてすらいないよな、ルキフルのヤツ。


「おい。スキルは決まったのかよ?」


 確認してみると、魔神王はキョトンとした顔でいった。


「我に必要なスキルなど、あるわけなかろう」


 いやぁ……そこまでいい切られると、いっそ清々しいまであるなぁ……。


「ま、まぁ、せっかくだからさ、(なん)か選んどけよ」


「むぅ……そうはいってもな……」


 元々、ガチンコの肉弾戦を好むルキフルは、スキルをあまり使わないんだろう。

 ましてや正体が正体だけに、後付けの能力自体、必要ないというのも頷ける。

 本気で困っている様子のルキフルに変わって、画面を見たままでゴズメスがいった。


「なんか、面白そうなんねぇのかよ、ルキト」


「お前の選択基準って、どうなってんだよ……」


 どうもこいつの行動・思考原理は、面白いかどうかっていうのが大部分を占めているようだ。

 アウトロー気質、とでもいうんだろうか。感覚を優先する生き方は、刹那的ですらあった。


「適当に選んでくれ、ルキト。お前に任せる」


 ゴズメスに乗っかる形で、ルキフルが丸投げしてきた。

 まぁ、この二人にとってみれば、余計な能力は闘いを楽しむのに必要ないって事なんだろう。


「まったく、お前らは……」


 グラスに顔を向けると、困ったような笑みが返ってきた。

 効果によっては垂涎モノのレアスキルが、商店街の福引きで当たっちゃったいりもしない景品みたいな扱いになっているのだ。

 これも一種の(バチ)当たりっていうんだろうか。

 ホントにこの二人を組ませて大丈夫かなんて今更な不安を抱きつつ、画面を見直してみる。

 すると、あるスキルが目に入った。


「んじゃあ、これでいいんじゃないか? 〈模写の神眼〉」


 適当なノリでいうと、二人が揃って顔を向けてきた。


「お、(なん)か凄そうじゃねぇか。ルキフルに合ってんのか?」


「いや、名前に『神』とか入ってるから、丁度いいんじゃないかと思ってさ」


 一拍置いて、ゴズメスが小さく頭を振った。ため息と一緒にダメ出しをしてくる。


「遊びじゃねぇんだぞ? 真面目に選べよ……」


「お前にいわれたくないわっ!!!」


 いつも思うんだけど、クソデカブーメランがぶっ刺っている事に本人だけが気づかないってのは一体、どういった理由なんだろうか。


「落ち着け、ルキト」


 いたって冷静な口調で、ルキフルが声をかけてきた。

 いやいやまるで他人事みたいだけどこれ、お前の話をしてるんだからな?


「そのスキル、どのような能力なのだ?」


 それを分かってか分からずか、続けてルキフルが訊いてきた。

 タップして詳細を確認する。


「相手のしぐさや所作をコピーできる、だってさ。熟練度が上がれば、体術なんかもイケるみたいだ」


「体術という事は、闘った相手の技を身に付けられる、という訳か」


「便利っちゃあ便利だな。けどよ……」


 簡単に技術を模倣できるスキルなんて、そりゃあ便利に決まってる。

 しかし、こいつらがそんな安易な方法で強くなるのを望んでいるとは、とても思えなかった。


「いや、どっちかっていうとこれ、しぐさを覚えるってのがメインなんじゃないか? 適性職が吟遊詩人(バード)になってるし」


 確認の意味を込めて顔を向けると、グラスが補足してくれた。


「はい。熟練度が上がると、応用して敵の技を覚えられるようになりますが、本来は儀式等の所作やテーブルマナー、舞踏会のダンスなどを身に付けるためのスキルです」


吟遊詩人(バード)ってより、貴族用みたいだな」


「戦闘時には技や体術の他にも、敵の動きそのものも付与効果ごとコピーできます。幻惑や混乱の踊りですとか、味方を鼓舞する戦士の舞いなどですね」


 ……ん?

 幻惑や混乱の……踊り?


 想像してみた。

 あのワイルド系イケメンのルキフルが、神話の魔神王が、『不思議な踊り』的なおもしろおかしい特殊技をクソ真面目な顔で披露する姿を……。


 …………。


 超見てえええぇぇぇーーーっ!!!


「……これにするといいよ、ルキフル」


 淑女にパーティ用のドレスを勧める紳士みたいな誠実さで、オレはいった。それこそ、ありったけの誠意をかき集めて。

 しかし、そんなイケメン丸出しな提案にも、ルキフルが返してきたのは渋い表情だった。


「気乗りせんな。必要になるとも思えん」


「いや、そうでもないぞ」


 この反応は想定内ーー問題は、ここからどうやって丸め込……説得するか、だ。


「お前、ただでさえ無愛想なんだからさ、女性をリードして踊れるくらいできるようになっといた方が、後々、便利だろ?」


「我が踊る? ある訳がなかろう」


「ほら、そういうとこだよ。意固地になってたら、いらん波風も立つってもんだ」


 目には力を込め、そして頭を、ホットチョコレート好きな名探偵が持つ灰色の脳細胞ばりにフル回転させながら、オレはいった。


「これから冒険を進めていく中で必ず関わってくるのが、上流階級の人間達だ。権力者が持つ情報やネットワークは、一流の冒険者と比較しても遜色ないからな。彼らとの距離を詰めようと思ったら、彼らの中に入っていく必要がある。つまり、貴族や王族の文化や習慣に合わせる必要がある訳だ。その時に、ダンスのひとつもできませんじゃ、話にならないだろ?」


「……ぬぅ……」


「これはな、ルキフル。好きとか嫌いとかじゃないんだ。必要だから身につけるべき、いや、身につけなくちゃいけないスキルなんだよ」


「……なるほどな。一理あるかもしれん……」


 必死の屁理く……説得に、ルキフルは納得したようだった。

 しかし、腕を組んだゴズメスは、今ひとつしっくりこない様子だった。


「いってるこたぁ分かるけどよ、何も無理して合わせる程じゃなくねぇか?」


「そこはバランスの問題だよ。あくまで自然に溶け込むための手段として、あっていいスキルだろ、って話しだ」


「そんなもんかねぇ……」


 半ば強引にゴズメスをねじ伏せると、ルキフルの腹も決まったようだった。


「いいだろう。ルキト、お前の言に乗るとしよう」


「よっし! 決まりだな!」


 ……そのうち酒でも呑ませて、『不思議な踊り魔神王バージョン』見せてもらおっと。


 こうして、別の楽しみを周到に用意しつつ、旅立ちの準備は整った。

 不安材料や不確定要素もまぁまぁあったが、一応は『レディ・パーフェクトリー』って事で、良しとしておこうか。

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