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47・異世界ドラフト会議

「で? 話はどこまで進んでんだ?」


 全員が席につくと、ゴズメスがそう切り出した。

 話の腰を盛大にへし折った張本人にしては、やけに堂々としている。


「とりあえず敵の名前と、今ある情報をグラスから聞いた所までだ」


「六人いるんだよな。一人づつ潰していくのか?」


「いや、手分けしようと思ってる。一人相手してる間に残り五人に対策されると厄介だろ?」


「悪くねぇ判断だが、難易度が跳ね上がるぜ?」


「何だよ。ビビってんのか?」


「誰にモノいってんだバカヤロウ」


 そういいながら、半魔の怪物は不敵に笑った。


「ちなみに、サタギアナが他の誰かと組んでるって事はあるかい?」


「それはねぇな。基本的にヤツら互いを敵対視してるし、テメェこそが支配者だと思ってやがる。五分の条件くれぇじゃ手を結ぼうとはしねぇだろうよ」


「情報収集はしてたんですか?」


「ああ、それはやってた。陣頭指揮をザインに取らせてたくらいだ。相当神経を尖らせてはいたみてぇだな」


「好都合だ。じゃ、聞かせてくれ」


「聞かせる? 何をだ?」


「決まってるだろ。お前が持ってる六人の情報だよ」


「ねぇよ、んなモン」


「……はい?」


 速攻で帰ってきた返事が意外すぎて、咄嗟に言葉が出てこなかった。

 変わってレイが質問を続ける。


「そんなはずはないでしょう。四天王なら当然、情報共有はしてますよね?」


「いや、してねぇ。他の連中はどうか知らねぇが、オレはなんも聞いてねぇな」


 真顔でそういい切られては、二の句を継げるはずもない。

 例に漏れず、半開きになったレイの口から次の言葉は出てこなかった。


「そんな大事な事を聞いてないなんて、あり得ないだろ……」


「そうか? ダリぃ会議は全部バックレてたんだわ。まぁ、そん時に話があったのかもしれねぇけどな」


 悪びれた様子もなく、ゴズメスが大口を開けて笑った。

 いくら腰掛けとはいえ、フリーダムすぎだろ、それ……。


「よくサタギアナが何もいわなかったねぇ……」


「命令される筋合いなんざねぇしな。ゴタゴタいってきてもシカトだろ」


 鋼の頑固さを備えたゴズメスならではの主張だった。ある意味、こいつを首輪で繋ぐのは、殺すよりも骨が折れるだろう。

 そもそも、仮にとはいえ所属している組織の敵対勢力だ。その動向を知る知らないって、興味のあるなしを基準に選択するものじゃない。


「……使えねぇなぁ……」


 ジト目を向けつつそういうと、ゴズメスが反論してきた。


「ばっ……! んな事ねぇだろ! サタギアナの情報ならガッツリ持ってんだからよ!」


「そりゃお前が自分で役立てられるってだけだろが。ぶっちゃけ、オレ達にはあんまり関係ないし」


「オレが役立てる? 何でだ?」


「何でって……決まってるだろ。サタギアナの担当がお前とルキフルだからだよ」


 と、いうか、ゴズメスは現在進行形でサタギアナ軍の幹部だ。いくら本人にその気がなかったとはいえ、機密事項の一つや二つ、知っていてもおかしくはない。

 ならばこれは当然の判断だし、異議を挟むべくもない。つまり、確認の必要すらなく全員の認識が一致してるって事だ。

 ただ、ここで問題だったのは――


「そいつぁごめんだ。アイツの相手はしたくねぇ」


 肝心の本人に、掠りもしないレベルで認識の一致がなかった、って事だ。


「はぁ?」


 皆の怪訝な顔が、声と同時にゴズメスへ向けられた。

 これにはさすがに、ルキフルでさえオレ達と同じ表情を浮かべていた。


「相手したくない? 何でだよ?」


「ゴズメスさんなら、サタギアナの事も組織の内部事情も、知り尽くしてますよね?」


「誰がどう考えても適任なのに、どうしてまた……」


 一斉に入れられたツッコミに、ゴズメスは苦虫を噛み潰したような顔を返した。


「ヤツとは相性が(わり)ぃんだよ」


「相性が悪い?」


「仲間として、上手くいってなかったんですか?」


「いや、そっちの意味じゃねぇ。闘いの相性だ。オレやルキフルじゃ絶対に噛み合わねぇよ」


「ああ……そういう事か……」


 “聖魔帝”の二つ名が示すサタギアナの強さは、白黒どちらの魔力も持っているという点に集約される。ならば当然、魔法をメインにした闘いをするはずだ。

 対して、ルキフル・ゴズメスコンビは、揃ってゴリゴリの武闘家(マーシャル・アーティスト)タイプだ。魔法を多用した搦め手でこられると、本来の実力を発揮しづらい。


「それに、闘い方うんぬんを別にしても、どうも()る気になれねぇキャラしてやがってよ……」


戦闘中毒(バトルジャンキー)のお前がその気になれないって事は、いかにもな強者(こわもて)って感じじゃないのか?」


「戦闘力でいったら、間違いなく天災クラスのバケモンだ。こんなのが現実世界にいていいのかって、初めて見た時は思ったな。けどよ……」


 大きく仰け反らせた身体を背もたれに預け、頭の後ろで手を組んだゴズメスがしかめっ面のままでいった。


「それでも闘いてぇと思った事は一度もねぇ。ビビってるとか、面白くなさそうだとか、そういう事じゃねぇんだ。とにかく、()る気になんねぇんだよ……」


 こいつにしては珍しく、歯切れの悪いいい方だった。

 恐れている訳ではないが、苦手意識を持っている――そんな印象を抱かせる口調だった。


魔術師(ウイザード)タイプは知略を駆使した闘いを好む傾向があるから、気持ちよく殴り合い、って訳にはいかないだろうな」


「インテリは苦手そうだもんね、ゴズメスって……」


「やっぱり、ルキフルさんも闘いたくない感じですか?」


 話を振られたルキフルが、表情を変える事なくいった。


「我に得手不得手はない。挑み挑まれたなら、後は滅するのみだ。ただ、これまでの話を聞く限りではまぁ……興が乗るとはいえんがな」


 ルキフルのいい回しは控え目ではあったが、言葉以上にテンションが下がっているのを見て取れた。

 二人揃ってモチベーションが上がっていない状態でサタギアナにぶつけるのは、懸命な選択とはいえないだろう。


「じゃあ逆に、誰となら()りたい?」


「“神喰(かみばみ)の灰竜”だ」


 返答に迷いはなかった。

 そしてこれに速攻で食いついたゴズメスも、ズーズの存在を知っていたなら同じ答えを返していただろう。


神喰(かみばみ)? 何だそりゃ?」


 それは、凄いスピードで前のめりになった事から、容易に想像ができた。


「神様だった両親を喰い殺した竜だそうだ」


「はあぁっ!? そんな美味しそうなのがいたのかよ! クッソ、早くいえってんだザインのヤロウ! 使えねぇヤツだぜっ!!」


「いや、お前それ、自業自得じゃ……」


「決まりだっ!!」


 力任せに机を叩き、ゴズメスが勢いよく立ち上がった。

 ミルミルと、同じく待ちくたびれて眠っていたイヴが、揃って目を覚ました。


「……ん……」


「……なんなら……メシの時間か……?」


 寝ぼけ(まなこ)をこするミルミルに不機嫌な様子はなかった。

 安堵しつつも、今度は頑丈そうな大型の円卓がミシミシいっているのが心配になった。


「だからやかましいってんだよお前は。テーブル壊すつもりか」


「おお! ぶっ壊してやらぁ! その神殺しのドラゴンとやらをなぁっ! このゴズメス様が直々に()ってきてやるよっ!!」


 さっきまでのローテンションはどこへやら、ノリノリのゴズメスが暑苦しいくらいの気炎を上げている。

 それこそ、やる気スイッチを一ダースくらい押しちゃったんじゃねぇかって勢いだ。

 こんなん見せられたんじゃあ、ダメともいえねぇよなぁ……。


「分かった分かった。ならもう、それでいいよ……」


 ため息を漏らしたオレの気持ちを、ノエルとレイが汲み取ってくれた。


「まぁ、適材適所、かな」


「なんですかね、お二人がドラゴンと殴り合う姿って、まるで違和感がありませんよ」


 常識的に考えて、ドラゴンって殴り倒す相手じゃない気もするんだけど、そこはなんかツッコんだら負けみたいな空気が出来上がっていた。


「と、いう訳だ。ズーズは任せるよ、ルキフル」


「分かった」


 平静を装ってはいたが、ルキフルの口元は小さく弧を描いていた。

 こっちはこっちで、どつき合いを楽しむつもりなのが手に取るように分かる。

 ホント、兄弟みてぇだよな、こいつら……。


「なら、代わりといっちゃあ何だけど……」


 マッスルブラザーズのお陰さまで順調に感覚が麻痺してきているオレ達が全力で常識をスルーしていると、小さく右手を挙げながらノエルが切り出した。


「わたしをサタギアナの担当にしてくれないかい?」


「お前を?」


「うん。実はさっき皆にお願いしたいっていったのはこの事だったんだよ。ゴズメスがいるからルキフルに任せようと思ったんだけど、やらないならわたしに任せて欲しいんだ」


「何でサタギアナと()りたいんだ?」


「聖魔二つの力を操るっていうのに興味があってね。少なくとも、わたしがいた世界ではあり得ない能力だ。ぜひとも、この目で見て体験してみたいんだよ」


 世界を亡ぼすといわれている魔帝の実力(ちから)を、好奇心から『体験』してみたいなんて、普通の人間じゃまず考えないだろう。

 しかし、相手がノエルとなると話は別だ。バカげてると一笑に付す気にはならない。


「レアな能力だからね。できれば、身につけておきたいし」


 それは、簡単に出てきた『身につける』って言葉にしても同様だった。

 仮に、ヒルケルスス戦のナメプを表面だけ見ていたならば、この発言には不安が残っただろう。

 しかし、ノエルが常に計算して力を加減している事が分かった今なら、過度の油断はないと断言できる。

 ならば、反対する理由もない。


「オレは別に構わないよ。皆はどうだ?」


「もちろん、意義なしですよ」


「おお、いいんじゃねぇか?」


「異論はない」


「わたくしも、賛成です」


 同じ結論に達したんだろう。

 各々、返答に逡巡はなかった。


「じゃ、サタギアナはノエルに任せるよ」


「ありがとう」


 にっこり微笑んで礼をいうノエルを、寝起きのイヴがポケ~っとした顔で見上げていた。


「で、お前はどうする? レイ」


 オレ自身はこの時、誰と()るか決めていなかった。

 なので、とりあえず三人に選ばせてから、残った内の誰にするかを考えようと思っていた。


「バロモア……ですかね」


 少し考えた後、レイがいった。

 これには、誰もが納得したようだった。


「やっぱりな」


「うん。そうだと思ったよ」


「あれ? 予想できちゃいました?」


「魔導を極めた元人間なんていわれて、キミが興味を示さない訳ないからね」


「さっきのリッチーじゃ役不足だったけど、こっちは次元が違うだろうからな」


 頭をポリポリかいただけで、レイは何もいわなかった。

 ただ、一瞬グラスに送った視線が、少し気になった。


「……?」


「それで、ルキトはどうするつもりだい?」


 ノエルに声を掛けられると小さな違和感はすぐに消えた。

 代わりに首をもたげてきたのは、当初から抱き続けている迷いだった。


「ん~……実は決めかねてるんだよなぁ……」


「誰と闘いてぇとかはないのかよ」


「興味があるって意味なら全員にあるんだけど、これはゲームじゃないからな。無闇に闘う訳にもいかないだろ。できれば後々の事まで考えて優先順位をつけたいんだけど……残り三人の内、誰からがいいとか、ある?」


 答えあぐねたオレが顔を向けて問いかけると、考えをまとめながらといった感じでグラスが応じた。


「今のところ、六人に大きな動きはありません。お互いを牽制しつつ地盤を固めている段階、といった状態でしょうか。他種族に対しても、小競り合い程度の干渉しかしてはいないようですので、早急な対処が必要という程ではないと思います。ただ、一点だけ……」


「気になる事でもあるのか?」


「はい。ここ数年、人間界で妙な噂が広まっているのです。ある地に神が降臨した、と」


 唐突に出てきた話題は、まさかの天孫降臨だった。

 常人ならいざ知らず、神が存在している事を知っているオレ達にしてみれば、噂話と流す訳にもいかない内容だ。


「それって、さっきいってた神様が地上に降りたって事?」


「確認してみた所、そのような事実はないとの返答でした。しかし、本当かどうかは……」


「ああ、信憑性には欠けるね」


「真偽が定かでないなら気にする事もないと思うんですけど……他に懸念材料があるんですか?」


「はい。問題は、降臨した神の代理を名乗る人物が立ち上げた、新興宗教です」


「新興宗教?」


 少し間を置き、グラスはいった。


「噂自体が眉唾物ですので、世間的には神の名を(かた)った紛い物との見方が大半を占めています。しかし一方で、一部の人間達が熱狂的な支持者となって、急速に信者を増やしているのです」


「つっても、所詮は宗教だ。問題視する程の事じゃなくねぇか?」


「教団の本拠地となっている街は比較的新しい商業都市なのですが、これまで宗教とは無縁でした。そのため、住民の大半が無宗派だったので、勧誘しやすかったのでしょう。今では国の中枢に影響を及ぼすまでに大きくなっています」


「国策に干渉してるっていう事かい?」


「はい」


「それは確かに、宗教団体の域を越えてるな……」


「いわゆる、カルト教団なんですか?」


「カルト……というほど表立って害を及ぼすような活動はしていないようです。ただ、密教にあるような秘匿性を持っているらしく、活動内容自体が謎に包まれている部分が多いのです。一神教であるという意外、詳しくは分かっていません」


「一神教……って事は、唯一神を信仰してるのか。何て名前の教団?」


「『白光天神教(はっこうてんしんきょう)』です」


「うわぁ……ベタな名前ですねぇ……」


「その、白光天神ってのを崇めてるのか」


「崇拝の対象には神の名がついているのですが……教団にある偶像の姿は、そう見えないのです」


「神様じゃない? じゃあ、何なんだ?」


「天使です」


「天使?」


「はい。教団側は神といっていますが、あの姿は紛れもなく、天使そのものです」


 全員が揃って黙りこんだ。

 何が頭に浮かんでいるのか、言葉にせずともすぐに分かった。


「怪しい宗教屋が崇める天使か。キナ(くせ)ぇなぁ」


「天使をもじって天神……って事ですかね?」


「これまでの話の流れから、天使と聞いて思いつく物は一つしかないよねぇ……」


 ノエルの言葉が、全てを語っていた。

 グラスがこの場で口にする程の懸念を抱く、新興宗教が崇める天使――虐殺の悪魔を連想せずにはいられなかった。


「決まりだ」


 恐怖でもなく、武力でもない。

 噂を利用して信仰で人々を操り、国そのものを掌握しようと蠢いているのが、天使の名を冠した悪魔――


「詳しく調べてみるよ。その白光天神様とやらが、ただの信仰対象ってだけならそれでよし。ただし、皆の頭に浮かんでるヤツがバックにいたなら……」


 骸香聖天ンデューラであったのなら。


「オレが、倒す」


 天を堕とした死臭ごと、この世界から消してやる。

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