46・格闘戦士のやり直し
「魔族ってなぁもれなく頭が狂っちゃいるが、強さだけは飛び抜けてるからな。なんせ、生まれたての小悪魔でさえ、そこらの騎士以上の力がありやがる。そんなもんに生まれ変わってもつまんねぇだろ?」
肩をすくめて、ゴズメスが同意を求めてきた。
誉めてるんだかけなしてるんだか分からない主張に、レイが不思議そうな顔を返す。
「強いのが嫌なんですか?」
「違ぇよ。始めから強いんじゃ面白くねぇだろって話だ」
「要は、自分の力で強くなりたかった、って事かい?」
「強者“だった”と、強者に“なった”じゃ意味合いが違うからな。オレぁ、後者がよかったんだ」
「確かに、初めからレベルがカンストしてるゲームなんて、やってもつまらないですよね」
腕を組んでうんうんと頷きながらレイがいった。
力は貰う物ではなく掴み取る物――実にゴズメスらしい考え方だった。
「なら、何で人間じゃなかったんだ?」
「寿命が短けぇからだよ。どんなに鍛えた所で、人が肉体的なピークを保っていられるのなんざ、せいぜい十年がいいとこだ。そこを過ぎたら、あとは技術と経験で騙し騙しやっていくしかなくなるし、新しい技も身につけられなくなる。それじゃあ、強さを極める事なんざできやしねぇ」
「まぁ、正論だな。“老い”にだけは、どんな達人でも勝てない」
「だろ? オレがここに来る時につけた条件は二つだ。一つは、寿命が長い種族にしてもらう事。ただし、余計な力はなしでな。そしてもう一つは、前世の記憶と技術をそのまま引き継ぐ事。そうすりゃあ、身につけた技や知識をそのまま使って、なおかつ、さらに磨けるからよ」
「だから、寿命だけは長くて、能力は人間の半魔人にしたのか」
「そういうこった」
「亜人や獣人にしなかったのは何でですか?」
「魔族の世界の方が殺伐としてそうだったんでな、相手に困らねぇと思ったんだよ」
「肉体はどうしたんだい? 大人のままだったの?」
「いや。赤ん坊からやり直した。その方が、一から積み上げ直せるからな」
「魔族でもないのに魔族の世界でリスタートしたのかよ。よく今まで生きてこれたな」
「不思議だろ? オレもそう思うぜ」
真顔で答えるゴズメスからは、冗談をいっている様子は伺えなかった。
つまり、これまで死なずに済んだ事を本気で不思議がっている。
「自分でいってりゃ世話ないよ。どんだけハードモードだったんだ」
「人間だった頃のオレはジムのホープでよ。将来を嘱望されてたんだ。テメェでも思ってたよ。数年後にゃあ巻いてんだろうってな」
腰の位置で手をベルトの形に動かしながら、ゴズメスはいいきった。
驕りでもなければ思い上がりでもない。それが確信であろう事は、顔を見れば一目瞭然だった。
「でもよ、小悪魔の身体じゃあ、技術があろうが才能があろうが関係ありゃしねぇ。人間相手ならいざ知らず、魔族どもに歯が立つわけねぇからな。まずは生き残る事に必死でよ。毎日が命懸けのサバイバルゲームだったな」
「両親はどうしたんだ?」
「殺された。そっからは、一人で生きてきた」
ゴズメスの声が、わずかに低くなる。硬い声音が、触れられたくない心情を表しているようだった。
皆も察したんだろう。深く訊く事は誰もしなかった。
「どうやって生き延びてきたんですか?」
「とりあえず大人の知恵だけはあったからな。大抵の魔族は、頭が悪ぃって致命的な弱点があるからよ」
「肉体的な強さにステータスを全振りしてる種族だからね」
「純粋な戦闘じゃ逆立ちしても勝てねぇような奴らが、口八丁で何とかなっちまうんだ。強さ以外に関していえば明らかに劣等種なのが、魔族の面白ぇトコだよな」
なるほど。
こいつの口が達者なのは、劣悪な環境の賜物だった、って訳か。
「だがまぁそんな小細工も、死にかけた回数を両手で数え切れなくなった頃にゃあ必要なくなってたがよ」
強さを求めた前世から、さらなる強さを求めて異世界へ――ただ『最強』の二文字のみを得るべく、ゴズメスは生まれ変わった。
そこには妥協もなければショートカットもない。ひたすら愚直に積み上げた二百年が、今のゴズメスを怪物たらしめているんだろう。
「そのストイックさは、どこからくるんだよ」
「仕方ねぇのさ。オレは持ってたんだからよ。『強さ』って才能をな。ならば、天辺を目指すしかねぇだろ。だから求めた。前世では『格闘家』として、そして今世では『戦士』として、地上最強の称号を、な」
「それだけの理由で命懸けの二百年か……」
「オメェらなら分かるんじゃねぇか? 強さの頂きに立つ夢を一度は見るのが、男ってもんだろ」
にやりと笑ってゴズメスはいった。
誰も、何もいわなかった。
いや、いう必要がなかった。
否定できる男なんていやしないだろうと思わせる程に、その言葉が核心を突いていたからだ。
「地上最強、ですか……」
「使い古された言葉だよね。しかし、未だ手にした人間がいない称号だ」
“強さ”による序列の付け方は、最も原始的でシンプルな方法だ。
その頂点に登り詰めようとする行為は、原始的であるがゆえに太古から繰り返され、シンプルであるがゆえに誰でも挑む事ができる。
しかし、同時にそれは、挑んだ者と同じ数の敗者を産み出してきた。
道半ばで倒れていった者達の無念が折り重なり、さらに高みを増した“武“と”暴”の頂は、一生をかけて目指すにふさわしい場所なのかもしれない。
「だからこそ、命を懸ける価値がある、か。それも、正論だ」
「オメェとルキフルにゃあ、特に響くんじゃねぇか?」
ルキフルが、小さな笑みで無言の内に肯定した。
分かっているんだろう。己が有資格者である事を。
そしてそれは、オレも同様だった。
「お前の当面の目標はルキフルだろ? ボコボコにされたばっかだからな」
からかい半分でいったオレに、ゴズメスが真顔を向けてきた。
「もちろんだ。借りはきっちり返さねぇとよ」
「で、その後でさらにデカい山が控えてるって訳だ。良かったな、一生楽しめそうで」
「何だオイ、自分と闘れんのはルキフルをクリアしてからとでもいいてぇのか」
「ああ。それができたら相手してやるよ」
「随分と上からいうじゃねぇか」
「そりゃそうだろ。いっとくけど強いぞ、オレは」
「ほぉう……そいつぁ楽しみだぜ……」
牙を剥いて笑うゴズメスは嬉しそうだった。
まるで、高難易度のゲームを買い与えられた子供が、攻略する日を楽しみにしているかのように。
「くくく……」
腕組みをして聞いていたルキフルの肩が、小さく震え出した。
不敵に笑う魔神王が、黄金の瞳で見つめてくる。
「面白そうな話をしているな。我も混ざっていいか?」
顔に浮かんでいたのは、ゴズメスと同じ表情だった。
二人の顔を見て、オレの中にも込み上げてくるものがあった。
「望む所だ」
「上等だぜ」
言外の宣戦布告を、オレとゴズメスは即座に受けて立った。
その熱が飛び火したんだろう、ノエルとレイが揃って口を開いた。
「誰もが認める唯一無二の称号か。悪くないね」
「何もそれは、戦士や武道家でなければいけない訳じゃないですよね」
静かに渦巻いていたのは、疑う余地もない強者達の自負と誇り、そして、隠しきれないさらなる強さへの欲望だった。
冷静を装おっちゃいるが、ノエルとレイもまた、最強に焦がれる想いをしっかりと内に抱いているのが分かった。
「あ、あの……」
そんなバトル・ロワイアルな空気の中、控え目に声がかけられた。
ふと我に帰り、オレ達がそろって目を向けると、気圧され気味にグラスがいった。
「ゴズメス様の治療が終わりました……」
「お! マジか!」
そこで初めて傷が完治している事に気づいたゴズメスが、身体のあちこちを擦った。
確認がすむと、腕をぐるぐる回しながら背後を振り返る。
「本当に治ってやがる! 凄ぇな、女神のネーチャン!」
「あ、もう一ヶ所残っていました」
正面から顔を見たグラスが、右頬の傷に手を伸ばした。
それを遮るように、ゴズメスが軽く手を上げた。
「いや、これはいい」
「え?」
「消さねぇでおいてくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ」
ざっくりと縦に裂けた傷口を指で撫でながら、ゴズメスはいった。
グラスが、不思議そうな目を向けてくる。
「何で治さないんだ、それ」
「戒めさ。敗北の、な」
そういったゴズメスの目は、ルキフルに向けられていた。
対してルキフルは目を閉じ、口元に微かな笑みを浮かべただけで何もいわなかった。
「それ以上悪人ヅラにハクつけてどうすんだよ」
「名誉の負傷ってやつだ。リベンジが済むまでは刻んだままにしとくぜ。オレより強ぇヤツがいた証だからな」
「なんだ、一生残しとくつもりか……」
「んなわきゃねぇだろ! すぐに消してやらぁ!」
勢いよく膝をばんと叩きながらゴズメスが息巻いた。
皆の顔に、自然と笑みが浮かぶ。
「色々と大変そうですねぇ、ゴズメスさん」
「退屈がなさそうな人生だね。楽しそうで羨ましいよ」
二人の冷やかしに、ゴズメスの口元が歪む。その様子を、困ったような笑顔でグラスが見つめている。
どうやらゴズメスの立ち位置は、いじられキャラのムードメーカー、といった所に落ち着きそうだった。
「さて、と」
頃合いを見計らって、脱線しまくった話を元に戻すべく、オレは皆に声をかけた。
「ゴズメスも復活した事だし、そろそろ作戦会議を再開するか」




