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44・童子切安綱

「アメリカ?」


 久しぶりに聞いた意外な単語に、思わず聞き返した。


「お前、日本人じゃなかったのか」


「ああ。産まれも育ちもアメリカだ」


 家に戻ったオレ達が最初にしたのは、ゴズメスをキレイにする事だった。

 身体を洗い、ルキフルから借りた衣服に着替えたゴズメスが、今はグラスの治癒魔法を受けている。

 回復薬の効力で大分マシになってはいたものの、頭と内臓に内側からダメージを受け、さらにミルミルからオマケをもらっているのだ。治療にはもうしばらくかかるだろう。


「それが、何だって転生なんかするハメになったんだ?」


「いや、実はよく分からねぇんだけどな……」


 困惑の表情を浮かべながら、ゴズメスは首を捻った。


「これでもオレぁプロの格闘家だったんだよ。学生時代にアマレスとボクシングをやっててな。大学を出てすぐジムに所属して、プロデビューしたんだ」


「ジムって事は、ボクシングか?」


「いや、MMAだ」


「そっちか」


「MMAって、何ですか?」


「ミックスド・マーシャル・アーツ。総合格闘技の事だよ」


「あぁ、年末とかにテレビでやってるあれですか」


「金網に囲まれたリングで闘う、何でもありのやつかい?」


「日本の総合じゃ、金網(オクタゴン)は使ってないけどな。一応禁じ手はあるんだけど、撃つ・極める・絞める・投げるはオーケーだ」


「実戦形式の闘技という事か」


「ざっくりいやぁ、そんな所だわな」


 興味をそそられたのか、レイとノエルとルキフルが熱心な視線を向けてくる。

 対して、グラスは治癒を続けながら聞き役に徹し、イヴはよく分からないといった顔をしている。

 ミルミルにいたっては、こっくりこっくりと舟を漕いでいる有り様だった。


「でまぁ、オレのいたジムは日本にも支部があってよ。ちょくちょく練習に来てたんだわ」


「それで日本の文化に詳しくなったのか」


「ああ。初めは空手や柔道、相撲から入ったんだけどよ、武術・武道なんて元を辿りゃあ戦場格闘術だろ? その内、剣術や忍術なんかにも興味が出てきてな。その流れで日本刀に関する知識もついたって訳だ」


「それはまた、ディープな所まで行ったね……」


「武士や忍や刀匠の世界は独特ですからね。外人からしたら興味深いんでしょう」


「そうなんだよ!」


 膝を叩いたゴズメスが、嬉しそうな顔でレイを指差した。


「ヨーロッパには騎士道精神ってのがあるじゃねぇか。あれは何となく分かるんだよ。でもよ、武士道精神ってのはよく分からなくてな。滅びの美学なんて本当にあるのかってよ。で、興味が涌いて調べてる内に、日本の文化にどハマリしてたんだよ」


「確かに、『武士道とは死ぬことと見つけたり』とかいわれても、ピンとこないよな」


「おぉ! 『葉隠(はがくれ)』か! 」


 目を輝かせ、ゴズメスが顔を向けてくる。

 その名前が出てくると思ってなかったオレは、少々面食らった。


「お前……そんな事まで知ってんのかよ」


「あれを読みたくてな。学生時代より真面目に勉強したぜ。お陰で日本語の読み書きは完璧よ!」


 流石は大学出。

 意外とインテリだな、こいつ。


「葉隠って、忍者の?」


 疑問を呈したノエルと一緒に、全員が顔を向けてくる。

 一般的には、忍術とか武道の流派を連想するこの反応が普通だよな。


「いや、それとは別物だよ」


 葉隠は、武士の心得が記された江戸時代中期の書物だ。

 肥前国藩士・山本常朝(やまもとつねとも)の口述を、同藩士・田代陣基(たしろつらもと)が書き留めてまとめたとされ、『葉可久礼』、あるいは、『葉隠聞書』とも呼ばれている。


「いうなれば、武士道精神の教科書みたいなものかな」


 説明すると、ノエルとレイの顔にわずかな驚きが浮かんだ。


「ん? どうした、二人とも」


「いや、ルキトこそ、よくそんな事知ってるね」


「結構、博識ですよね、ルキトさんって」


「そうか?」


 オレには、興味が沸くとのめり込むクセがある。

 それは雑学に関しても同じで、知ってたからって役にも立たない事でも、気づくとなぜか真剣に調べてたりする。

 そのせいで専門的って程でもない、広く浅い知識があるだけの話だ。


(いくさ)好きなら、レイもその辺の事、詳しいんじゃないの?」


「ボクの興味は戦術や戦略の事だけですからね。武士や侍の文化とかはあまり知らないんですよ」


「そうなのか。意外と、ルキフルの方が詳しかったりする?」


「え? ルキフルさんが? 何でですか?」


 キョトンとした顔で、レイが疑問を口にした。ルキフルとオレを交互に見比べている。


「ここ以外にもいくつかの世界を転生してるっていってたでしょ。その中に、日本もあったって事じゃないかな」


 ノエルには驚いた様子がなかった。

 どうやら、気づいていたらしい。


「えぇ!? そうだったんですか?」


「ああ」


「お前が転生したのって、いつの時代?」


「文明はまだ発達しきっていない印象だったな。平民は粗末な格好をして、畑を耕している者が多かった。騎士とは違う鎧を着けた者、帯刀している者もいたな。武者、あるいは武芸者などと呼ばれていた。貴族の女が、着物を幾重にも重ね着するといった独特な服装をしていた」


「重ね着……十二単(じゅうにひとえ)の事かな?」


「平安時代くらいですかね。じゃあ、その頃の日本文化には詳しいんですか?」


 ルキフルが首を振った。


「あまり人とは関わらずにいたのでな。よく分からん」


「何だ、強いヤツと闘うために全国を渡り歩いてた、とかじゃないの?」


「自ら動く必要はなかった。相手が勝手にやって来ていたのだ」


「え? 何で?」


「当時の我は何とかいう都に程近い山中に居を構えていてな。どういう訳か、頻繁に武芸者が訪れて来たのだ。そのため、闘う相手には事欠かなかった」


「山の中に、わざわざ闘いに来てた? お前、何しでかしたんだ?」


「何も。日がな一日酒を飲んでいただけだ。強いていうなら、たまに人里に降りて、酒を買っていたくらいか」


「……その時ってさ……ちゃんと人の格好してた?」


「そういえば、気にしていなかったな」


 ああ……そういう事か……。


 ここまで聞いてピンときた。

 ノエル、レイ、ゴズメス、グラスも、気づいたようだった。


「それ、武芸者が来てたのって、力試しじゃありませんよ」


「では、何が目的だ?」


「討伐だろうね」


「討伐? 討たれるような事などしてはいなかったぞ」


「でも、角とか隠さずに人間と会ってたんだろ?」


「ああ、そうだ」


「だからだよ」


「?」


 ルキフルが困惑の表情を浮かべた。本人的には、全く心当たりがないらしい。


「角を生やした大男でしょ? 日本ではそれを鬼って呼ぶんだよ。いわゆる、モンスター扱いだね」


「!?」


 ノエルの言葉がよほど意外だったのか、ルキフルが目を見開いた。


「そうだったのか……」


 いわれるまでもなく、周りの反応を見れば分かりそうなもんだけど、そこに気づかないのがルキフルなんだよなぁ……。


「今は角がないのに、何でその時は出しっぱなしだったんだ」


「今世では『人』として、平民の暮らしを送るつもりだったのでな。角はなくし、羽も尾も出さないようにしているのだ」


「時代や世界に関係なく、人間界で生きるならそれはしまっておくべきだったね」


「ぬぅ……」


 平均身長が低かった昔の日本なら、ルキフルの長身は立派な大男だ。

 その上、金色の瞳で銀髪で角を生やしているとなれば、鬼と間違われても仕方ない。出くわした人達は、さぞかし仰天した事だろう。


「で、鬼退治で名を挙げようって連中と()り合ってた訳か」


「正直、闘いと呼べるようなものではなかったな。大抵は軽く撫でただけで、場合によっては我の姿を見ただけで、どいつもこいつも逃げ出していった」


 目を閉じてゆっくりと首を振りながら、ため息を吐くようにルキフルはいった。


「要は、ゴズメスさんと同じような事をやって……」


「分かるぜ、相棒!」


 突然、膝をバンと叩き、ゴズメスが身を乗り出した。

 驚いて集中が切れたんだろう、グラスの治癒魔法が中断した。


「向かい合った瞬間、びびって引かれるあの虚しい感じ! テンションだだ落ちだぜクソッタレっ!」


 何故か無駄に勢いのある声だった。

 反応したミルミルの目が、うっすらと開いた。


「……やかましいのぉ……」


 あからさまに不機嫌な、低い声だった。眉間にはがっつりと皺が寄っている。


「な、何でもないから! 寝てていいよ、ミルミル!」


 慌てたレイのフォローで、瞼が再び閉じる。

 この()の寝起きの悪さを知っているオレ達は、揃って胸を撫で下ろした。


「いきなりデカい声出すなよ。驚くだろうが」


「いや、オレはただ、人間共のヘタれっぷりをだな……」


「それが普通なんだよ。お前らとタメ張れる猛者がホイホイいてみろ。今頃、あちこちに修羅の国が出来上がってるわ」


 下唇を突き出しただけで、何もいわずにゴズメスは引っ込んだ。

 わんぱく坊主に向けるような笑顔で、グラスが治療を再開した。


「でもそれじゃあ、闘っても手応えがなかったんじゃないですか?」


 ルキフルが、思い出したようにカップを口に運んだ。

 一口飲んで、小さく息を吐く。


「正直、飽いていたな。この世界には、我を満足させるに足る強者はいないものだと思っていた。しかしある時、五人の武者がやって来てな。考えが変わった」


「強かったのか」


「個々のレベルでいえばさほどでもなかったが、連携が取れた闘い方をするバランスのとれたパーティーでな。久方ぶりに熱くなれたのを覚えている」


「この世界でいう所の、勇者のパーティーだったんですね」


「さしずめ、ルキフルは大魔王って所かな?」


「そういえば、我を奇妙な名で呼んでいたな」


「奇妙な名前?」


「ああ。よく覚えていないが……しゅ……何とかといっていた。幼子(おさなご)につけるような呼び名だったが……」


 …………ん?


 …………。


 ……んん~~……??


「……なぁ、ルキフル……」


「何だ?」


「その闘いでお前……首、斬り落とされなかった?」


「……なぜ、知っている?」


 ……う……う~ん…………。


 ルキフル程の強者だ。表舞台に姿を表していたなら、間違いなく名が残る。しかし、それらしい人物がいないという事は、表に出てこなかったという事だ。

 と。

 今までは思っていた。

 違った。

 流浪の魔神王は、名ではなくその存在自体を、しっかりと歴史に刻み付けていたようだった。


「首を落とされて、平気だったんですか?」


 ある意味で伝説の存在に、友達と話すような気軽さでレイがいった。

 まさか日本に、リアルクソラノベエピソードがあったなんて思いもしないだろうから、まぁ、当然といえば当然の振る舞いではあった。


幻覚(イリュージョン)だ。本当に斬られた訳ではない」


「つまり、負けたフリをしたって事かい?」


「そうだ」


「どうして、そんな真似したんですか?」


「命のやり取りをする内に、滅ぼすのが惜しくなってしまったのだ。今思えばあれこそが、武士道を体現した真の強者(つわもの)……武士(もののふ)、といったか。それだったのだろう。本物に出会えたと考えれば、あれはあれで悪くなかったな」


 語り終えたルキフルの顔に浮かんでいたのは、ゴズメス戦の直後と同じ表情だった。

 英雄、英傑、豪傑、剣豪。

 呼び名こそ様々だが、皆一様に名を、命を、誇りをかけて闘い、時代を創った。

 そんな先人達の偉大さを、垣間見た気がした。


「……どうやら、話が逸れたようだな」


 程なくして、ルキフルが静かな声でいった。

 皆が思い出したように、揃って我に帰った。


「そうだよ。え~っと……何だっけ?」


「ルキトさんて色んな事知ってるなぁ、って話でしたよね」


「ああ、そうだ。葉隠うんぬんってとこだったな」


「しかしよぉ、オレがいうのも何だが、葉隠の作者なんざ知ってるヤツの方が少ねぇぜ? どんだけハマッてんだよ、ルキト」


 背もたれから背中を放し、テーブルで手を組んだオレに、しみじみした口調でゴズメスがいった。


「きっかけはお前と同じようなものだよ」


「それにしても、マニアックですよねぇ。いや、それこそ、ボクがいうのも何ですけど……」


 無言で肩をすくめたオレに、ノエルがぼそっと呟いた。


「女性との接し方も、そのくらい知っていればねぇ……」


「やかましいっ!」


 知らねぇ訳じゃねぇんだよ知ってても実践できねぇから困ってんだよホントにマジでガチで察しろよお前は!

 見ろ、グラスが顔真っ赤にして下向いちゃってんじゃねぇか……。


「オ、オレの事はいいんだよ。今はゴズメスの話だろうが」


「ああ、そうだったね」


 ノエルが、優雅に組んだ膝をわざとらしくぽんと叩いた。


「それで? どうして転生を?」


 脱線しまくった話を戻したレイが先を促す。

 顎を撫でながら、ゴズメスが再び語り始めた。

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