43・異世界チートの憂鬱
ゴズメスが、ゆっくりと腕を組んだ。
感情が読み取れない顔で見下ろしながら、平坦な声で尋ねてくる。
「……何でそう思ったんだ」
「ルキフルとの闘いを見てたからだよ」
太い眉がぴくりと動いた。
あるかなしかの僅かな動揺が、瞳をよぎったように見えた。
「余計な事でもいったか?」
「いってたし、やってたよな」
「何をだ?」
「いいタックルとスープレックスだったよ。ジャブとフックのコンビネーションも完璧だった」
「取っ組み合いや殴り合いくれぇ、ナーロッパにもあるぜ?」
「それは、レスリングやボクシングほど完成されてるのか?」
「……」
「あとはそうだな。『真打ち』と『影打ち』かな」
日本刀を奉納する際、刀匠は必ず何振りか打つ。その中で一番できのいい物を『真打ち』と呼び、御神刀として納める。
対して、それ以外は『影打ち』と呼ばれ、売られたり、譲渡されたりする。
これは、刀匠の世界に古来からあるしきたりのようなもので、刀を武器としてだけではなく、『神器』とも考える独特の文化といえる。
「日本刀がナーロッパにもあるってんなら、話は別だけどな」
「……」
返事はなかった。
代わりに、表情のない顔を下へ向けて、ゴズメスは肩を震わせ始めた。
「ク……ククク……」
「オレの推測、外れてるか?」
「グアァ~ッハハハハハアアァァ~ッ!!」
さっきまでの無表情から一転した大口が、豪快な笑い声を上げる。
答えは、聞くまでもなかった。
「ったくよぉ! トボけたツラして良く見てやがんなオイ! なんなんだオメェは!」
「相手を観察して戦力を分析するのなんか、闘いの初歩だ。この程度の洞察力、あって当たり前だろ」
「んなモン、やった事ねぇよ! メンドくせぇ!」
「まぁ、お前ならそういうと思ってたよ」
「オレァ小細工は嫌ぇなんだよ! とりあえずぶん殴っちまった方が早ぇからなぁ! グハハハハァ~~ッ!!」
戦略を立てるために必要な相手の戦力分析を、面倒の一言で済ます安定の大雑把さを発揮しながらゴズメスはいった。
しかし、だからといって何も見ず、考えずに闘っている訳でもないのがこういうタイプの厄介な所だ。
意識していないだけで、本能的な部分では見て、考えている――いや、正解には、感じ取っている。左脳ではなく、右脳をフルに活用しているのだ。
こうした第六感に頼った闘い方は、一見するとリスキーに思える。
しかし、生来持っている勘の良さに積んできた経験値が加わる事で、実戦でも十分に通用してしまうのだ。
ましてや、ゴズメスくらいのレベルと戦闘経験があれば、戦力把握の精度は並みの使い手を遥かに凌駕するだろう。
その上で組み立てられた戦略ならば、大きくハズれる事はまずないといっていい。
「レスリングとボクシングですか。そういわれてみればあの動きは、確かに……」
ゴズメスらしさ満載の言葉に半ば呆れながらも、得心したようにレイがいった。
「真打ちっていうのは聞いた事があるけど、影打ちってなんだい?」
説明すると、ノエルは何度か頷きながらいった。
「いつも何気なく使っている言葉も、語源は意外と知らなかったりするものだね」
ましてや、普段触れる機会のない日本刀に関する知識なんて、会話に出てきても分かるはずがない。
……あれ?
と、ここで、疑問が浮かんだ。
でも、ルキフルはあの時、ゴズメスと話が出来てたよな……。
目線を送ると、気づいたルキフルが問いかける前に小さく顎を引いた。
――我はここに来るまで何度も転生しているのでな
ああ、そうか。
さっきの言葉を思い出し、理解した。
あるいは歴史の表に出てこなかった強者の中に、ルキフルも名を連ねていたのかもしれない。
「と、いう事はゴズメス。キミもわたし達と同じ目的で転生してきたのかい?」
「だとすれば、人類側なんですね」
物思いに沈んでいた意識が、ノエルとレイの声で現実に引っぱり上げられた。
オレの考えていたのと同じ結論に、二人も至ったみたいだった。
「あ! そうか……!」
すると今度は、何かに気づいたような声でレイがいった。
ゴズメスに向かって、ちょっと食い気味に問いかける。
「サタギアナについていたのも、仲間になったフリをして倒す隙を伺っていたんですね!」
「ああ、そういう事だったんだね」
これにはノエルも納得したようだった。
と、いうか、普通に考えれば、それ以外の理由なんてちょっと思いつかないよな。
ただし――
「それなら納得でき……」
「んなわきゃねぇだろ」
「……え?」
「……ん?」
あくまでそれは、『普通』だったらの話で、残念ながらゴズメスは普通じゃない。
何いってんだお前ら、といわんばかりのあきれ顔が、言外に語っている。
「誰がそんなダリぃ真似するか。闘りたきゃとっととサタギアナんとこ行ってぶちのめしゃあいいだけの話だろうが」
「でもそうすると、四天王にも邪魔され……」
「眼中ねえって。あいつらじゃオレの相手はできねぇよ。いないのと同じだぜ」
言葉に詰まったレイが二の句を継げずにいると、代わりにノエルが念を押した。
「それじゃあ、本当に……?」
「退屈しのぎだよ。本当にな。さっきからそういってんじゃねぇか」
腰に手を当て、ゴズメスが大きなため息を漏らした。
なんだろう、どう考えてもまともな事をいってる二人が、説教されてるダメな子達みたいに見えるのは気のせいだろうか。
「……ルキト」
ノエルが顔を向けてきた。
呆れや驚きを通り越した、何かを悟ったような表情だった。
「キミのいった通りだ。彼にわたし達を裏切る気はない」
せっかく、配下になったフリをしてるんだと勘違いしてくれたのだ。ハイっていっときゃ疑いは晴れた。
それを、わざわざバカ正直に否定してるあたり、ゴズメスに嘘がつけないのは明白だ。
「ああ……騙し討ちなんて器用な真似、こいつには出来ないよ」
「ですね……」
「グハハハハッ! 誉めても何も出ねぇぞ、オメェら!」
「……一応、ツッコんでおこうかな。誉めてないよ?」
「回復薬の借りを身体で返すっていってるお前から出るもんなんか、バカ笑いくらいだろうが……」
「そら違ぇねぇ! グハハハハハァ~~ッ!!」
「ホント……ルキフルさんとは気が合いそうですよねぇ……」
「聞き捨てならんな。我はヤツほど単純ではない」
愉快そうに笑うゴズメスとは対照的に、渋い顔をしながらルキフルはいった。
「で、どうする? こいつ仲間にするか?」
問いかけに、顎をポリポリとかきながらレイがいった。
「ん~……ボクはまぁ、ルキフルさんがいいなら……」
「同意するよ。パートナーになる本人の意向を汲もう。どうだい? ルキフル」
決断を迫られたルキフルに迷う様子はなかった。間髪入れずに即答する。
「問題なかろう」
「おっ! 流石はルキフル! オレが信用できるってか! どうよ、オメェら!」
謎のドヤ顔でゴズメスがいった。
レイとノエルの顔に苦笑いが浮かぶ。
「それなら、いいですよ」
「わたしも文句はないよ。ルキトは?」
「そうだな、オレの前に……グラス」
「は、はい」
事の推移を黙って見守っていたグラスに声をかけた。
成り行きでオレが仕切る流れになってはいるけど、今回の件、責任者はグラスだ。最終的な判断は、彼女に委ねるべきだろう。
「どうかな」
ふいに話をふられて面食らっていた顔が、すっと引き締まった。
神妙な面持ちで、はっきりとグラスはいった。
「皆さんがいいとおっしゃるのであれば、わたくしは賛成です」
「一応、サタギアナの部下って事になるんだけど、それは大丈夫?」
「はい。お話を伺って事情も分かりましたし、何より、ゴズメス様から敵意は感じられません。問題はないと思います」
「まぁ、悪人ヅラではあるけど、敵意がないのは確かだと思うよ」
いいながら目を向けると、鼻の頭に皺を寄せながらゴズメスが応じた。
「オメェは一言多いんだよ。頼れる仲間が増えたんだからよ、素直に喜べや」
「だから、素直な見解だよ。良く見てるだろ?」
「ツラじゃなくて中身を見ろってんだよ!」
「ふふふ……」
口元に手をやり、グラスが小さく笑った。
ゴズメスが怪訝な顔を向ける。
「何が面白れぇんだ?」
「あ、いえ、失礼いたしました。お二人の仲がよろしいので、つい……」
「「よくねぇよ!!」」
速攻で出た否定が、見事にハモる。
グラスの笑みが広がったかのように、皆も笑いだした。
「こっちはこっちで、いいコンビじゃないですか」
「まぁ、ルキトとも上手くやっていけるなら何よりだよ」
「ふっ……」
見た目のイメージとは裏腹に、ゴズメスは意外と口が達者らしい。ペースに巻き込まれると、途端にショートコントみたいなやり取りに付き合うハメになる。
そういう意味では、口下手なルキフルのパートナーとしてはいいかもしれない。
「まぁ、なんだ」
緩みきった空気を引き締めるべく、小さく咳払いをして襟を正した。
脱線した話を元に戻す。
「皆が賛成なら、オレも異議はない」
何より、直接拳を交えたルキフルが、自身の背中を任せられると判断したのだ。反対する理由はないだろう。
「お前が信頼したなら、それを信じるよ。任せて大丈夫だな?」
念押しすると、いたって真面目な顔でルキフルがいった。
「心配はいらない。こいつを信じるがいい」
拳を握りしめて即答する様子は、不器用ながらもゴズメスをかばおうとしているかのようだった。
「分かった」
何となくほっこりした気分で、オレは頷いた。
「んじゃまぁ、よろしく頼むぜ相棒! グハハハアァ~ッ!」
「それにしても、この短い時間でそこまで信頼関係を築けるなんて、すごいですね」
「ある意味、命をかけて構築した友情だからね。絆の深さでいったら、もうわたし達では及ばないかもしれないよ」
「ははっ。そんな所も、お二人らしいといえばらしいですね」
同じく強者を求める者同士、ルキフルとゴズメスには通ずる部分が多いんだろう。
無骨で愚直な格闘バカ――しかし、そうであればあるほど、魂が放つ輝きは見る者を魅了し、何より、互いを惹き付け合う。
拳で交わした会話に信を置く二人の心情は、闘いを見ていたレイやノエルにも理解できたみたいだった。
「考えてみれば、ルキフルさんは最初から反対してなかったですし」
「裏切りはないって確信があったんだろうね」
「オレなら安心して仲間にできると思ってたんだろ? なぁ、ルキフル」
「ああ。心配はしていなかった」
「そうかそうか! やっぱりオメェは見る目が……」
「いざとなったら、拳で分からせればいいだけの話だからな」
「…………は?」
「…………え?」
「…………んん?」
後出しのようにそういったルキフルに、申し合わせたような困惑顔を三人が浮かべた。
「拳……? え……?」
「ルキフル? えっと……大丈夫なんだよね?」
「だ、大丈夫だって。オレぁ信頼されてるからよ。だよな、ルキフル?」
「ああ。我は拳に絶対の信頼をおいている。大船に乗ったつもりでいるがいい」
宣言のような力強い言葉と共に、固く握った拳が突き出された。
「いや、ちょっと待て。お前のいう、信頼できる『こいつ』って……」
オレの問いかけに、無言のままルキフルが大きく頷いた。
意味を理解した途端、全員が揃ってフリーズした。
思考もさることながら、物理的な身体の動きまで、全てにおいて。
「……一応……ツッコんどくけどよ……」
オレ達が尚も動けずにいる中、やっとといった様子でゴズメスが口を開いた。
「オレぁ……ペットとは違うからな?」
真顔を崩す事なく、ルキフルが再び頷いた。




