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42・強と強者の叫と共

 腰くらいまで深さのある穴から、ゴズメスが這い出してきた。

 ふらついている原因が、闘いのダメージによる物なのか、はたまたそれ以外なのかは分からなかった。


「お前……死んだんじゃ……」


「お陰さまで今まさに死ぬとこだったぜバカヤロウ!」


 その割には元気いっぱいな様子でゴズメスがいった。

 ていうか、まぁまぁ深い穴を見る限り結構なダメージを負ってなきゃおかしいんだけど、なんでこんなにピンピンしてるんだろうか。


「ルキフルに用があるから来てみたってのに、いきなり攻撃してくるたぁどういう了見だ!?」


「攻撃した? 誰が?」


「知らねぇよ! バカデカい火球ブチ込まれて落とされたんだよ!!」


「バカデカい……火球……」


 相手を確認もせずにそんな真似するヤツなんざ、一人しかいない。

 結論が一致した全員を代表して、レイがいった。


「攻撃しちゃったの、ミルミル……」


「んあ?」


 振り向いたミルミルの表情に変化はなかった。


「おお、(なん)かこっちに向かってふらふら飛んできよったもんじゃけぇ、ブチ喰らわせてやったんじゃ。そしたら、降ってきよった」


「それ……降ってきたじゃなくて、撃ち落としたっていうんだよ……」


 額に手をあてながらレイがいった。

 会話を聞いていたゴズメスが、大股で歩み寄ってきた。鬼の形相を浮かべ、ミルミルの前に立ち塞がる。


「テメェの仕業か……小娘えぇ……」


「あん? なんじゃあ、デカブツ。(きったな)ぁ顔しよってからに」


「誰のせいだと思ってんだ! あぁ!?」


「そがぁな事、知るか。あむ。ふぁふふるひいんじゃ、ふぁっひひけや」


 皿からお菓子をつまみ、もぐもぐと口を動かしながらミルミルがいった。


「テ……メエェ……」


 顔をひきつらせたゴズメスが、身体を震るわせ始めた。

 流石にこれは、止めなきゃヤバい。


「おい、ゴズメ……」


「はい、ストップ。そのくらいにしておきなよ」


 声をかけようとしたその時、いつの間にか前にいたノエルが、イヴを守るようにしながらいった。

 ゴズメスが、殺気だった視線を向ける。


「あぁ? 誰だ、オメ……」


 しかし、そこまでいって口を閉じてしまった。代わりに、目を見開いてノエルを凝視している。

 しばらくそうしていたかと思うと、今度はレイをまじまじと眺め、続いてルキフルとオレを順番に見ていった。


「……おい、ルキト」


「なんだよ?」


「どうなってやがんだ。びっくり箱でも開けたのか」


「何いってんだ、お前は。意味が分からないぞ」


「意味が分かんねぇのはオメェらだろ。なんでバケモンがこんなにゾロゾロいやがんだよ」


 ゴズメスが、もう一度ぐるりと顔を見回した。視線の中には、ミルミルとイヴも入っていた。


「オレ達三人とはさっき会っただろうが。ルキフルと闘う前に」


「あんときゃ遠すぎて気づかなかったんだよ。すぐにおっ(ぱじ)めちまったしな」


 いいながら、腕を組んで顎をぽりぽりかいている。

 なんか、もうミルミルの事は忘れてるみたいだな、こいつ。


「なるほどなぁ。こりゃあ、ヒルケルススやジジイじゃ手に負えねえわ……」


「お前とザインは別なのか」


「ザインならそこそこ()れんじゃねぇか? まぁ、そこそこ以上はねえってのを、オメェが証明しちまってんだけどよ」


「いうほど楽勝でもなかったんだけど」


「もうちっとマシなウソつけよ。そのツラ近くで眺めたら、アイツが()られたってのも信じる気になったぜ」


「今まで信じてなかったのかよ」


「半分な。なんせ、オレのストレス解消に付き合えるくれぇには強かったんだからよ」


 なかなかにふざけた根拠だったが、ルキフルとの闘いを見た今なら、説得力は十分だ。


「こんな連中を呼び寄せたって(こた)ぁ、マジで皇魔六帝(あいつら)()り合うつもりでいるみてぇだな」


 今度はグラスを見ながら、ゴズメスはいった。なぜか、面白がっているような口調だった。


「で? 結局、何しに来たんだお前は」


「いったろ。ルキフルに用があんだよ」


「再戦か。面白い」


 話の続きを聞きもせず、ルキフルがずいと前に出てきた。

 ついさっきまで死ぬほど闘ってたってのに、早くもリベンジマッチを受けるつもりでいるらしい。

 呆れるのを通り越してもはや感心するレベルの無茶っぷりだったが、そこはゴズメスが否定した。


(ちげ)ぇよ。借りたモンを返しにきただけだ。再戦(そいつ)はまた日を改めてやろうや」


「借りた? 何をだ?」


 答える代わりに、何かを投げてよこす。受け取ったルキフルの手を覗き込むと、小瓶が三本あった。


「これは……」


 中身はカラだったけど間違いない。回復薬が入っていた小瓶だ。


「ルキフル、お前……」


「……どうやら、落としたようだな」


「……ぷっ!」


 これには、全員で吹き出してしまった。


「こんなものを、わざわざ返しに来たのか」


 照れ隠しのつもりなのか、普段より三割増しくらいのぶっきらぼうさでルキフルがいった。


「こう見えて、オレぁ律儀なんだよ」


「入れ物だけでは意味がなかろう」


「中身はもうちっと貸しといてくれ。ぼちぼち返していくからよ」


「返す? どうやってだ」


皇魔六帝(バケモン)退治に行くんだろ? オレも混ぜてくれや」


「なんだと?」


「はあぁ?」


 今度は、全員が揃って素頓狂(すっとんきょう)な声を出した。

 しかし、当の本人は気にする素振りすら見せなかった。


「ちょっと待て。何でお前がついて来るんだよ」


「そりゃあ、借りを返すためだろ」


 こんのヤロウ……。

 よくもまぁ、いけしゃあしゃあと……。


「ウソつくな。大方、面白そうだからとかそんな理由だろ」


「分かってんなら訊くなよ」


 にやりと笑って、ゴズメスは認めた。

 まるで悪びれた様子のない、ふてぶてしい笑顔だった。


「お前なぁ……ウソを隠すポーズくらいは見せろよ……」


「どうせすぐバレんだ。隠しても無駄だろ」


「相手の事は知ってるんだろ? 面白そうで命張るバカがいるか」


「逆だ。命張るから面白ぇんじゃねぇか」


「そうじゃなくて……面白いって発想がバカだっつってんだよ……」


 クソデカため息が出た。

 考え方の次元が違いすぎて、こいつやルキフルと話してる内に、宇宙人を相手してる気分になってくる。


「なるほどね……」


「これは、ルキフルさんと気が合う訳ですねぇ」


 聞いていたノエルとレイが、納得したようにいった。

 (じか)に見たゴズメスから受けた印象は、二人とも同じだったみたいだ。


「いいコンビになりそうだけど、まかりなりにも君はサタギアナ直属の四天王だよね」


「まぁ、一応そういう事になってんな」


「おいそれと仲間にできると思うかい?」


 柔らかい口調で、ノエルが核心をついた。

 誰もが考える、当然のツッコミだった。


「そんなもん、形だけだ。別にオレぁサタギアナに忠誠を誓ったわけじゃねぇからよ」


「じゃあ、なんで四天王に?」


「退屈しのぎさ。ヤツの下にいると、名を挙げようって連中がちょくちょく来るんだよ。自称勇者や英雄気取り程度じゃ暇潰しにしかならねぇが、何もないよりはマシだからな」


 それはまぁ、当たり前の話だ。

 ゴズメスを満足させられるレベルがゴロゴロいたら、ナーロッパは大変な事になっているだろう。

 今までのやり取りを加味すると、ウソをついているとも思えなかった。


「……そんな理由で……」


 妙に説得力のある説明に皆が納得する中、ふいにレイがいった。

 らしくもない、低く沈んだ声だった。


「何人も殺したんですか……?」


 様子が変だった。

 それは、人当たりのいい柔らかさが消えた、表情のない顔を見れば明らかだった。


「……あ?」


 漂う不穏な空気に、ゴズメスが反応した。

 目を細めて聞き返す。


「何がいいてぇんだ?」


「遊び半分で人を殺すような『生物』を、仲間にしたくありません」


 キッパリとした、強い口調だった。しかし、対するゴズメスは気にした様子もなかった。


「人間に害を与えりゃ悪者ってか。そういうオメェは、モンスターや魔族を殺した事はねぇのかよ」


「ありますよ。正当化するつもりも、目を背けるつもりもありません。闘いとはそういう物だと思ってますからね。ですので、仇討(あだう)ちなら受けますし、敵と見なされて他種族に襲われたら、迷わず倒して自分を守ります。逆に……」


 何かで締め上げたように、空気が強張っていく。

 イヴがノエルにしがみつき、ミルミルが手にしていた皿を地面に置いた。


「人類に敵する存在がいたら、遠慮なく排除します」


「……なるほど。筋は通ってんな」


 レイの醸し出す殺気を受け止めながら、ゴズメスはいった。組んでいた腕をだらりと下げ、首をゆっくりと回す。


「待てレイ、ちょっと落ち着け。おい、ゴズメス!」


「なんだよ」


「ここで暴れるつもりなら、オレ達も黙ってるわけにはいかない。お前を敵と見なす」


 呼応したルキフルとノエルの“気”が、戦闘モードに切り替わった。

 ミルミルに至っては、既にレイ以上の殺気で全身を包んでいる。


「上等だよ。オメェらみてぇに美味しそうな連中と()れるなんざ、願ったり叶ったりだぜ」


 そういったゴズメスの顔には、例の獰猛な笑みが浮かんでいた。


 マジで()り合うつもりか、このバカヤロウが……。


 できればリンチのような真似はしたくなかったが、場合が場合だ。ゴズメスの力を考えたら、綺麗事などいってはいられない。

 火種が燻るように、ジリジリと時間が過ぎていった。

 誰かが動いた瞬間、闘いが始まる。

 一瞬即発の緊迫感に、場が満たされていった。

 しかし――


「と、思ったんだが」


 力の抜けたゴズメスの一言に、あっさりと肩透かしを喰らわされた。


「誤解から始めた喧嘩なんざ気持ち良くねぇよな。オメェ……レイっていったか?」


 オレ達を舐め回していた視線が、レイの方を向いた途端、不敵な光を消した。

 代わりに出てきたのは、気が抜ける程にのんびりした声だった。


「そうおっかねぇツラで睨むなよ。別に、殺しちゃいねぇよ」


「…………へ?」


 レイが、拍子抜けした声を出した。

 いや、レイだけじゃない。

 同様にオレ達も、意図せず間の抜けた声を出していた。


「殺してない……?」


「ああ。オレァ、人間は殺さねぇ事にしてんだよ」


「どうしてですか?」


「もったいねぇからだよ」


「も……もったいない?」


「人間ってのは変わった種族でよ。ひとつの勝利、ひとつの敗北で、見違えるほどレベルアップするヤツがいるんだよ。それこそ、子猫が一夜で虎に化けるみてぇにな」


 肩をすくめながら、ゴズメスは続けた。


「全部が全部じゃねぇ。が、伸び代って意味じゃあ人間が一番だ。ゴブリンやオークにゃあそんな知性はねぇし、エルフやドワーフ、魔族じゃあ、種として完成されすぎちまってるせいか、目を見張る程の成長がねぇ。オメェら、ブチギレると戦闘力が上がったりするだろ? 感情の振れ幅がデカい分、肉体(フィジカル)精神(メンタル)に左右されやすいんだろうな」


「それと殺さないのと、どういう関係があるんですか?」


「生かしときゃ、強くなってまた挑んでくるかもしれねぇじゃねぇか。そうすりゃ二度美味しい思いができるってのに、一度で殺しちまったらもったいねぇだろ?」


 レイが、目を見開いた。

 信じられないモノを見ているような目だった。


「それって、つまりあの、特別な思いがあるとか、誓いを立てたとかじゃなくて、ただ楽しむためだけに、って事ですか……?」


「他に何があんだよ」


「レベルアップして命を狙ってくるかもしれない相手を逃がすなんて、そんな……遺恨を残してわざわざリスクを負うなんて、聞いた事ありませんよ!」


「遺恨じゃねぇよ。いったろ? 残してんのはいわば酒だよ。そのままじゃ若くて旨かねぇから、樽に詰めて熟成させんだよ」


 腰に手をあて、ゴズメスはいった。

 当たり前の事を子供に教えているような口調だった。


「……レイ」


 あんぐりと口を開けたままでいるレイの肩に手をおいて、オレは声をかけた。

 唖然とする気持ちは、痛いほどよく分かる。


「ルキトさん……あの……え? ど、どういう……」


「考えちゃダメだ。理解しようともするな」


「いや、でも……」


「いいか、レイ。そういうものと割り切るんだ。それ以上でも以下でもない。考えるな。考えたら敗けだ。分かったな?」


「あ……えっ……と……はい……」


 考えるなといわれて、はいそうですかと納得できるはずもないが、他にいいようがなかった。

 そもそも、オレ自身がゴズメスの思考を理解できないのに、レイに理解させるなんて、不可能な話だ。


「っつぅ訳で、問題はねぇよな。ま、よろしく頼むぜオメェら! グハハハハッ!!」


 大口を開けて笑いながらゴズメスがいった。

 なんか、こいつの中では、問題が解決した事になってるみたいだ。


「待て待て待て待て、そんな訳にいくか! お前まだ、サタギアナの部下だろうが」


「だから、部下じゃねぇって。ただの居候みてぇなモンだよ」


「そう思ってるのはお前だけだろ。サタギアナからしたら裏切者だ。激怒して襲ってくるぞ」


「ちょうどいいじゃねぇか。出向く手間が省けるってもんだ」


 あぁ、やっぱり……。

 常識的な考えが一ミリも通用しねぇ……。


「まぁ、サタギアナがどう思うかは置いとくとして話を戻すと、キミがわたし達を騙そうとしてるんじゃないかっていうのが問題なんだよ」


 いたって冷静な口調で、ノエルが話を進めてくれた。

 ゴズメスが、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。


「オレが裏切り者のフリしてるってか。んなかったるい真似するかよ」


「その言葉が本当かどうか、わたし達には確認できないからね。嘘ではないと証明できるなら、話は別だけど」


 騙し討ちのような真似ができるタイプでも、器用な闘い方ができるタイプでもないだろうってのは、ここまでのゴズメスを見ていれば誰にでも分かる。

 しかし、だからといってハイそうですかと信じる訳にいかないのも事実だ。

 万が一を考えた場面、獅子身中の虫では済まない戦闘力をこいつは持っている。


「確かにそりゃそうだけどよ。証明っていわれてもな……」


 困り果てた顔で、ゴズメスが頭をボリボリとかいた。

 ノエルが警戒するのは、十分に理解できる。むしろ、当たり前の考え方だ。

 しかし、オレはある理由から、ゴズメスを信用してもいいと思っていた。

 それは、恐らく間違っていないであろう推測に基づく理由だった。あっていたなら、ゴズメスが本気で人類に敵対する事はないだろう。


「ノエル」


 振り向いたノエルの顔を見、続けて皆の顔を見回して、オレはいった。


「信用して大丈夫だ。ゴズメスは、オレ達を裏切ったりはしない」


「どうして、いいきれるんだい?」


 僅かに目を見開いて、ノエルがいった。他の皆も、同じような顔を向けてくる。


「多分だけど……ゴズメス」


 顔を向けると、真顔でゴズメスが見つめ返してきた。


「お前も、転生者(チート)なんだろ?」

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