41・とある世界の魔帝目録
しばらく、誰も何もいわなかった。
グラスが告げた六つの名、そのどれかに力の均衡が傾いた時、ナーロッパに暗黒の時代が訪れる――皆が同じ事を思っていたんだろう。
そんな中、最初に言葉を発したのは、以外にもルキフルだった。
「世界を統べる程の力がこうまでひとつ所に集まるとはな。面白い」
本心からいっているのが、うっすら浮かんだ笑みから見て取れる。
「面白がってる場合か。向こうは六人、こっちは四人だ。気を引き締めていかなきゃマズいぞ」
「何人いようと関係ない。まとめて屠り去ってくれるわ」
強がっている訳でも、油断している訳でもない。本気でそう思っている。
己の最強を一片たりとも疑わないこの自負心こそが、ルキフルを支える強さの根源なんだろう。
「倒すのは六人じゃないよ。それぞれに部下がいるだろうから」
「ピンで残ってるのは、サタギアナだけですよね」
「魔力ってのは分かるけど……聖なる祝福って、どういう事?」
皆がグラスに目を向けた。
「神聖魔法と暗黒の邪法、どちらも操る事ができるのです。相反する二つの力は本来なら一つの肉体に宿るはずはないのですが、サタギアナはそれを可能にしました」
「つまり、正邪どっちの力にも対応できるのか」
「だから聖魔帝、ですか」
「シンプルだけど、強力な能力だね」
「そんな力、どうやって身につけたんだ?」
「何らかの秘術を使ったのか、あるいは突然変異体なのかは、不明です」
一瞬だけグラスに送った視線をすぐに戻したノエルが、囁くようにいった。
「なるほど……ね」
奇跡を見せれば神と讃えられ、破壊の力を見せれば悪魔と恐れられる。
戦闘時もさることながら、異なる文化や価値観、宗教観を持つ多様な種族を支配するには、この上なく便利な能力といえる。
「上級魔族にイカれた水魔族、上昇思考丸出しの不死者に戦闘中毒の半魔人。あれだけバラエティーに富んだ連中を束ねていられたのも、その二面性の成せる技だったって訳だ」
グラスが頷いた。
「そのため、唯一サタギアナだけが、聖なる結界に守られたこの地に配下を送ってこれたのだと思います」
「神域の結界すら開けられるって事は、相当上位の神聖魔法を使えるんですね……」
「いずれにせよ、白と黒、どちらも使えるなら、魔法で挑むのは得策じゃないね。攻守のバランスが取れていそうだ」
「ならば、殴ればいいだけの話だろう。白も黒も関係ない」
おもむろに、ルキフルがいった。
「お前……大雑把だなぁ……」
やっぱりこいつの思考パターンって、ミルミルと同じだよな。
しかし、こと戦闘に関していえば、ルキフルのセンスは目を見張るものがある。
考えなしに聞こえるこのシンプルな闘い方が、実は一番効果的なのかもしれない。
「ルキフルにはサタギアナよりも、ズーズの方が向いていそうだよね」
「いえてますね。神を食べたなんて、随分と物騒なドラゴンですけど」
小さく肩をすくめただけで、ルキフルは何もいわなかった。
「しかし、なぜ両親を食べるなんて真似をしたんですか?」
レイの問いかけに、困惑したような表情でグラスがいった。
「それは、分かっていません。次の神竜として生まれながら、ある時ズーズは神を……父と母を喰らい、その力を取り込んだといわれています」
「力が欲しかったとか、そういう事ですかね?」
「下らんヤツだ」
腕を組んで聞いていたルキフルが、吐き捨てるようにいった。
他者の力を奪うという安易な考えが気に食わなかったんだろう。瞳の中を、獰猛な光が過ったように見えた。
「まぁ、性根の良し悪しは別にして、強さでいえば神以上って事か」
「ドラゴンならば、元々の能力も相当でしょうしね」
「しかも次代の神候補だったなら、基礎能力そのものから、そこらのドラゴンとは比べ物にならないよな」
「生来の力に物をいわせて押してきそうだよね。そう考えると、六人の中では比較的分かりやすいんじゃない?」
「確かに、ややこしい闘い方はしなそうですね。ただ、その押すっていうのが、まぁ、アレなんでしょうけど……」
当然、あり得ないくらいの“力”で、って事になるだろう。
「神を喰らった竜と力くらべか……悪くないな」
ルキフルが、真顔で呟いた。
考えてる事がこれほど分かりやすいヤツってのも、そうはいないよなぁ……。
「お前……ゴズメスん時と同じ事しようとしてるだろ」
「それはない。相手が相手だ、殴り合いは分が悪かろう。闘るなら、最初から正攻法だな」
うん。ウソつけ。
「まぁ、ルキフルの場合、その正攻法っていうのも肉弾戦な訳だから、あまり違いはなさそうだけどね」
噛み合わせがいいのか、悪いのか。闘いを楽しむタイプは、その判断が難しい。
相手に全力を出させた上での勝利にこだわるため、思わぬ苦戦を強いられる事がよくあるからだ。
「組み合わせに関しては後で相談するとして、倒すのが面倒なのはやっぱり、戦闘スタイルが想像しにくいヒルギュラとロンボロイドかな」
「黒浄王と淀みの亡帝、ですか」
「どちらも、生者より死者に近しい存在のようだね」
ノエルの言葉を引き取るような形で、グラスが補足した。
「おっしゃる通りです。双方共に、元いた世界では表、すなわち、生ける者達の支配は配下に任せて、自身は裏……死者や亡者の住まう異界を支配していました」
「闇属性の暗黒魔法や死霊術なんかを使う、不死王か屍霊魔術師タイプですかね」
「不死者系は何でもありなのが多いからなぁ。得手不得手は想像できるけど、どんな闘い方してくるかはやってみないと分からないよな」
正体が霧だったリッチーなんかは、そのいい例だ。
「対してバロモアは、わりと正統派の魔術師タイプかな?」
「てか、“こじゅおう”って、なんだよ」
他の五人は分かるけど、この二つ名だけは、聞いただけじゃ何の事かさっぱり分からなかった。
「『古き魔樹の翁』とも称される魔導師です。元は人だったともいわれています」
「元、人間?」
「真相は定かでありませんが、魔導を極めるための永き時を欲したバロモアは、永遠の命を宿す古代樹と同化する事によってその願いを叶えた、と」
「つまり、人間やめて、樹になっちゃった?」
「自らの意思と力はそのままに、古代樹の身体と能力を取り込んでいますので、半樹人、という感じでしょうか。大地から魔力を吸収する事で永久に活動できるのですが、反面、魔力が枯渇してしまうと生命を維持できなくなってしまいます」
「それならここは、おあつらえ向きだね」
「はい。前の異世界はバロモアによってボロボロにされてしまいました。彼にとって世界とは、ただの食糧でしかないのです」
「他種族に害を加えはしないけど、代わりに世界そのものを蝕みながら生きてるのか」
「支配欲がないから執着もない、か。逆にやっかいだね」
「まるで、寄生虫ですね」
世界を使い捨てする前提って、寄生虫が可愛く思えてくる質の悪さだよな。
「で、最後がンデューラか」
「悪魔なのに“聖天”っておかしくないですか?」
「ホント。まるで、天使みたいだよね」
「それに、残り香の“魔王“とかじゃなくて、ただの“悪魔”ってのもしっくりこないな」
「ンデューラがいた世界では、悪魔に序列がなかったのです。そのため魔王や公爵、元帥などといった肩書きもなく、悪魔は全て、ただの『悪魔』でした」
「つまり、上下関係がないの?」
「はい。そのような関係性すら構築できない混沌の世界で、ンデューラは生きてきたのです」
「悪魔に協調性なんて求めてもしょうがないけど、それでも普通は強いヤツが群れのボスになるもんだよな。それすらないって、獣以下じゃんか……」
「まさしく、その通りです。各々が支配者を公言してはばからないため、誰かの下につくという考え自体がなく、結果、『組織』を作れずにいる、というのが現状のようです。しかし一方で、そうした性質のおかげで悪魔達が団結する事もなかったため、天界としては御しやすくもありました。いくら強いといっても、単体では限度がありますので。しかし……」
「ンデューラは、例外だった?」
「はい」
カップに口をつけて喉を潤し、グラスは続けた。
「何を思ったか単身で天界に乗り込み、百億といわれる天使の実に半数を手にかけた、といわれています」
「ご……五十億の天使を……たった一人で……?」
「はい。軍勢を率いない悪魔によるこれほどまでに大規模な天使の虐殺は、どの異世界においても例がありません」
「天界は、壊滅状態だったろうね……」
「動機は、分かってないんですか?」
「不明です。そもそも、どのようにして天界に侵入したのかすら判明しておりません。そのため、あるいはンデューラが堕落した元天使なのでは、という説もあるのです」
「死臭を纏った天使……だから、骸香聖天、か……」
同じ『強い』でも、具体的な数字を出されるとイメージしやすくなるものだ。
そしてそれは、ンデューラと同格の他五人の強さも、同じくまざまざとイメージさせてくれる。
つまり。
「どいつと闘るにしても、一筋縄じゃいかないな、こりゃ……」
理由がなんであれ、一人で天の軍勢に戦争を仕掛けるって時点で完全にぶっ壊れてる。
そんな真似のできる化け物六人が、むざむざと討伐なんてされてくれるハズがない。
「誰が誰に当たるか、慎重に決めないとだな……」
組み合わせの如何によっては、最悪の相性で闘う羽目になる。いくらオレ達がチートとはいえ、このレベルを相手にそれは、命取りになってもおかしくない。
「その事なんだけど、ひとつ、皆にお願いがあるんだ」
手元でカップを弄びながらノエルがいった。
全員の視線が集まる。
「お願い?」
「うん」
「どんなお願いですか?」
「わたしの担当を、サタ……」
ズドオオオォォォォーー……ンッ!!
「!!!?」
その時、爆発音と共に部屋が揺れた。
咄嗟に、全員が立ち上がった。
「なんだ!?」
「表からです!」
「敵襲か!?」
「行ってみよう!!」
同時に駆け出したオレ達が外へ出ると、立ち尽くすミルミルとイヴの背中が見えた。その向こうでは、煙が立ち昇っているのも見える。
「ミルミル! イヴ! どうした!?」
呼び掛けると同時に、戦闘体制を取った。
しかし、お菓子の乗った皿を手に振り向いた二人から帰ってきたのは、場違いな程にのんびりした返事だった。
「あ、ルキト」
「何か降ってきよったんじゃが、なんなら、アレ?」
揃ってきょとんとしながら、地面に開いた大穴に目を戻す。表情には、緊張感がまるでなかった。
「こっちが聞きたいよ。何があったんだ?」
「分からん。どうなっちょるんなら」
「分からん、って……」
「ど……どうなってんだは……こっちのセリフ……だぜ……」
「!!?」
要領を得ないミルミルとのやり取りの最中、ふいに穴の中から声がした。
再び、緊張が走った。
しかし――
「いきなりなんて真似しやがんだゴラアアアァァァァーーッ!!!」
立ち上がった絶叫の主が、緊張感をきれいに吹き飛ばしてしまった。
「ゴ……!」
焦げ跡と汚れで黒くなった姿に、見覚えがあったからだ。
「ゴズメス!?」
なんで生きてんだよ、なんてツッコむのが野暮に思えるくらいのイキオイで仁王立ちしていたのは、復活したゴズメスだった。




