39・“座して世界を滅ぼす災厄”
とりあえずグラスの家に移動し、食事を摂りながらルキフルを待った。
ランチの話題は当然、四天王との激闘……ではなく、先ほどの醜態だった。
ミルミルもイヴも、初めて顔を合わせたオレとグラスを、まるで旧知の仲ででもあるかのように容赦なくいじり倒してくる。それにノエルが乗っかり、レイがフォローになってないフォローを入れる。
しかもミルミルには、個人的に説教までされる始末だった。
幼女に色恋沙汰のダメ出しされるオレって一体……。
針のむしろに座っているような気分で食後のお茶を飲んでいると、ドアが開いた。
「ルキフル!」
「待たせたか。すまんな」
いいながら、大股で室内に入ってくる。空いた椅子を引き卓についた魔神王が、救いの天使に見えた。
「いや、それはいいんだけど、もう大丈夫なのか?」
「ああ。ひと眠りして回復薬も飲んだ」
確かに、出血は止まっているし、顔色も足取りも問題ないようだった。
しかもなぜか、ボロボロだった鎧と衣服まで新調されている。
「なんだ、着替え持ってたのか」
「ああ。黒渦の中にあった」
「黒渦?」
「アイテムの収納スペースだ」
そういわれて、さっき回復薬を取り出した黒い穴の事だと分かった。
オレの『悪食の法印』と同じ、要はアイテムボックスのような物だろう。
「お食事になさいますか?」
問いかけながら、グラスが立ち上がった。
「いや、いらない」
「ルキフルさんも、こっちに来てから何も食べてないんでしょう? お腹は空いてないんですか?」
「空腹感はない。我には元々、食料は必要ないのだ」
「え? じゃあ、食事はしないのかい?」
「するにはする。が、味を楽しむためだけだ。この身体は、栄養を摂らずとも問題ないのでな」
流石は魔神王。メシなしで生きていられるとか、何とも便利な構造だ。
「それでは、グリーンティーだけでも召し上がってください。各種薬草を煎じて神水で淹れてますので、治癒効果があります」
そういえば疲労がなくなったと思ったらなるほど、このお茶のおかげだったのか。
草木を司る女神が煎じた薬草とか、そりゃあ効果は抜群だろう。
「分かった。貰おう」
「はい。少しお待ちください」
キッチンに向かうグラスを見送りながらオレはいった。
「ていうか、直接、回復魔法かけてもらえよ」
「今さらだ。必要ないだろう」
「またお前は、そういう事を……」
「いや。本当に必要なさそうだよ、ルキト」
「え?」
「ステータスは半分くらいまで回復してるよ。後はこれを飲めば大丈夫じゃないかな」
ノエルがカップを掲げながらいった。
どうやら、ルキフルをサーチしたらしい。
「え? あれだけのダメージがもう回復してるんですか?」
「うん。信じられない事に、ね」
「マジかよ……」
今更っちゃ今更だけど、このデタラメなタフネスぶりには驚かされる。
「ところで、見ない顔がいるな」
そんなオレ達の呆れ顔をよそに、ミルミルとイヴを見ながらルキフルが話題を変えた。
レイとノエルがそれぞれを紹介すると、目が僅かに険しくなった。
「なるほど。聖霊王とドラゴンか」
「……あぁん? なんなら、その目は?」
「……」
ミルミルが反応して身を乗り出し、イヴが怯えてノエルに身を寄せる。
あるかなしかのごく微量な殺気を、二人は敏感に感じ取ったようだった。
「やめろよ、ルキフル。悪いクセだぞ」
「ミルミルもダメだよ。仲良くしなきゃ」
二人を諌めると、のんびりした口調でノエルがいった。
「怖がらなくても大丈夫だよ、イヴ。ここにいるのはみんな、わたしの友達だから」
優しくイヴの頭を撫でるノエルに、毒気を抜かれたんだろう。場の緊張がすっと消えた。
「そうだな。すまなかった」
「心配いらんわいや、レイ。こがぁな事でウチがキレるわけないじゃろうが」
まるで説得力のないセリフだったが、考えてみれば、聖霊の中でも炎の一族は好戦的な種族だ。つまり、ルキフルと性質が似ている。
お互いの“強さ”に反応するのは、仕方ないのかもしれない。
「お待たせしました」
トレイにポットとカップを乗せて、グラスが戻ってきた。
カップを受け取ったルキフルが、一口飲んで顔をしかめた。
「……甘い」
「美味いよな、これ。ほんのり甘くて、後味もいいし」
「甘すぎる」
「え? いや、それほどでもないだろ」
しかしルキフルは、明らかに気乗りしない顔をしている。
「お口に……合いませんでしたか?」
申し訳なさそうにグラスがいった。
普段無口なくせに、こういう事だけズバズバいうってのが、何ともルキフルらしい。
「お前の舌も、大分偏ってるな」
「そんな事はない」
「まぁ、普通の回復薬と違って美味しいし、ちゃんと飲んだ方がいいよ」
「甘い良薬なんて、そうはないでしょうしね」
ノエルとレイにも促され、再びルキフルがカップに口をつけた。
「残しちゃダメだぞ。全部飲め」
「……分かった」
小さく吐いた息と共に、ルキフルはいった。
「さて、と……」
全員が揃った所で、ようやくここから本題だ。
察したグラスが席につくのを待って、話に入った。
「それじゃあ、今後の事について話しておこうか。一応聞くけど、ルキフル、レイ、ノエル。グラスの依頼を受ける気はあるか?」
それぞれの顔を見てオレはいった。
「それはまた、今更だね」
「乗りかかるなんてレベルじゃないくらい乗っちゃってますからねぇ、この船」
「愚問だな」
「じゃ、やるんだな?」
三人が揃って頷いた。
グラスに目を向けると、安心したように微笑み返してきた。
「分かった。それで、これからどうするかだけど……」
「待ちいや、ルキト。依頼ってなんなら?」
いわれて気がついた。
そういえばミルミルとイヴは、オレ達が召喚された理由を知らないんだった。
「あ、そうか。二人にはまだ説明していなかったですね」
「この世界の大魔王を倒すために、わたし達は呼ばれたんだよ」
「大魔王? それ、怖いの?」
ノエルを見上げながらイヴがいった。
ヒルケルススと闘り合っていたドラゴンの時とは違い、人型になるとおっとりした性格になるんだろうか。表情には不安が滲み出ている。
そんなイヴに、優しく微笑んでノエルが答えた。
「そうだね。しかし、大丈夫だよ。イヴにはわたしがついているから。ね?」
「うん!」
父娘のように会話を交わす二人を見ると、いかにノエルがイヴを大切にしているかが伝わってくる。
彼女の存在は、『王族』という重責がつきまとうノエルにとって、一種の癒しなのかもしれない。
「ほうなんか? なら、ちゃっちゃかシバき倒して来ちゃるわい。 行こうで、レイ」
対照的にこちらの幼女には、臆するという事がないらしい。
いうが早いか席を立とうとするのを、レイが引き留めた。
「慌てないで、ミルミル。行動を起こすのは、グラスさんから情報を貰って、作戦を立ててからだよ」
「そがぁなモン、いらんわい。メンドくさぁだけじゃ」
「落ち着けって、ミルミル。そもそも、相手がどこにいるのか、分かってるのかよ?」
「魔王城に決まっとる」
「その魔王城は、どこにあるの」
「探しゃあええじゃろうが。それっぽいの捕まえてボテクリ回しゃあ、すぐに分からぁや」
うわぁ……。
雑だなぁ……。
分かっちゃいたけどこの娘の猪突猛進っぷりは、想像の遥か上を行くレベルだ。
まぁ、大抵の問題を力づくで解決できる実力があるからって事なんだろうけど、それにしてもこれはヒドい。
「んな適当な……」
「適当じゃないわい。それが一番早いじゃろうが」
「でも、ほら、急がば回れっていってさ」
「何を寝ぼけた事いっちょるんなら、ルキト。急ぐんなら真っ直ぐ行った方が早いに決まっとるじゃないか」
「いや、だから、そういう意味じゃなくてね……」
「まあまあ、お二人さん」
噛み合わない会話に、見かねた様子でノエルが割り込んできた。
「取り敢えず話はわたし達だけでしておくからさ、ミルミルは他の部屋で休んでなよ」
「そうですね。細かい事は後でボクが伝えればいいですし」
ノエルの提案にも、ミルミルはいまいち納得できないらしい。何となく不満げな表情を浮かべている。
「あ、そうだ」
ここで助け船を出したのは、グラスだった。
「キッチンに焼き菓子がありますので、良ければ召し上がってください」
「焼き菓子?」
分かりやすい反応を見せたミルミルが、グラスに顔を向けた。
「はい。先ほど焼き上がった物が、テーブルの上に置いてあります」
「ほうか! なら、それ食って待ってらぁや!」
それまでのしかめっ面はどこへやら、ニッコニコしながらミルミルが立ち上がった。
「イヴも行っておいで」
「いいの?」
「二人で仲良く分けるんだよ」
「うん!」
椅子から飛び降りたイヴと並んでドアに向かいながら、肩越しに振り替えってミルミルがいった。
「んじゃあ、後でな、レイ」
「分かった。行ってらっしゃい」
「ねぇねぇ、ミルミル。お外で食べない?」
「そうじゃな。天気もええし、そうするか」
「うん! 早く行こ!」
どうやらあの二人は気が合うみたいだ。
性格は反対で種族も違うけど、見た目の年齢が近しい幼女同士、通ずる物があるんだろう。
「さて。今度こそ、本題だ」
ドアが閉まる音を聞きながら、再びオレは切り出した。
思えば最初にグラスが話そうとしてからここまで、ホンット~~~~…………に。
長かった。
「グラスの依頼は、大魔王の討伐だ。で、どうやって攻略していくかだけど……」
続く言葉を待たずに、レイがいった。
「といっても、四天王は全部倒しちゃったんですよね?」
「うん、後は大魔王だけだね。なら、魔王城の場所さえ分かれば、ミルミルのいった通りすぐに終わるんじゃないかい?」
「このメンバーですからねぇ。仮に四天王の上がいたとしても、問題はなさそうですよね」
「なら話す事などなかろう。すぐに出立すべきだ」
三人のいう事は、一理ある。
しかし、ここから出発する前に、確認しておかなきゃいけない事があった。
「まぁ、それはそうなんだけどさ……グラス」
「はい」
「最初に説明聞くとき皆が不思議がってたと思うんだけど……オレ達が全員で闘わなきゃいけないくらい強いの? ここの大魔王って」
「あ、そういえば、そんな話してましたね」
全員の視線を集めたグラスが、口を開いた。
「……はい。『座して世界を滅ぼす災厄』といわれる程の、強大な力を持っています」
「災厄、ですか……」
「それはまた、大きく出たね」
「ならば、尚更だ。早急に動いて、奇襲をかけるべきだろう」
ルキフルの提案に、ノエルとレイが頷く。
「確かに、四天王を送ってきた手際も考慮すると、ぐずぐずしてる暇はないかもしれないね」
「このまま後手に回るのは、マズいですよね」
「初手から奇襲、か……」
奇策ではあるが、策としてはあるように思えた。
最高戦力である四天王がいない今、魔王城は手薄になっているハズだ。後はザコ敵を殲滅できれば、一気に頭を取れる。
「悪くないな。グラス」
「はい」
「敵の拠点は、分かるか?」
「おおよその場所は。ですが……」
「ですが?」
「…………」
「?」
何事かをいいよどんだまま、グラスは黙ってしまった。
奇襲をかけようって提案に、問題でもあるんだろうか?
「どうした? 気になる事でもあるのか?」
先を促すと、いいづらそうな様子でいった。
「実は……六人、いるのです……」
「六人?」
「え? それって、どういう意味ですか?」
「四天王の他に幹部クラスの部下が六人、とういう事かい?」
無言のまま、グラスが首を横に振った。
それを見て、ようやくオレ達は意味を理解した。
「まさか……六人、って……」
「……はい。現在このナーロッパには、大魔王クラスの実力者が六人いるのです。『皇魔六帝』と、女神達は呼んでいます」




