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36・魔神王は異世界の夢を見るか?

 風が吹いた。

 それは、勝者と敗者を隔てなく撫で、そして、激闘の熱をさらっていった。

 地に伏すゴズメスの傍らで、微動だにせずルキフルは佇んでいた。

 黄金の瞳に、何かを映しながら。


「久しく、なかったな……」


 ぽつりといった言葉は、独り言のようだった。


『……本物と出会ったのが、か?』


「ああ」


『最後は、いつだったんだ?』


「お前の師に会った、遠い昔だ……」


『……そうか……』


 ならば拳帝(ししょう)もまた、ルキフルの中に見た事だろう。

 ゴズメスと同じ物を。


『……ん? 遠い昔?』


 聞き流しそうになったが、セリフの中にあった言葉が引っ掛かった。

 これまでの話から察するに、ルキフルが拳帝(ししょう)に会ったのは恐らく、二十年以上は前の事だと思う。

 父さん達がパーティーを組む以前なら多分、そのくらいのはずだよな。

 オレ達人間からすれば確かに遥か昔だけど、ルキフルは人間じゃない。神話の時代から生きる魔神王だ。

『遠い昔』という表現には、違和感を感じる。


『ルキフル、お前が拳帝(ししょう)に会ったのって、何年くらい前?』


「……覚えていないな。二~三百年程度だろう」


『二~三百年前!? 人間がそんなに生きられるかよ』


 まぁ、あの人だったらそのくらい生きてるっていわれても納得できる部分はあるんだけど、それでも一応は人間で、もちろん、元気に存命中だ。考えるまでもなく、そんな筈はない。

 しかし、ルキフルに冗談をいっている様子はなかった。


『なんか、頭がこんがらがってきたな……』


「何も不思議な事じゃない。我はここに来るまで何度も転生しているのでな。間に時の流れが早い異世界を挟んだ、というだけの話だ」


『時間の流れが早い? え? 違いなんてあるの?』


『それぞれの世界によって、早さが異なります』


 ルキフルに変わって、グラスが答えた。


『つまり、ここでの一年が、他の世界だと十年になるとか、そういう事?』


『はい。場合によっては、数千年単位で違ってきます』


『ちょっと待って。召喚で転移したのと違って、転生時には新しい身体と寿命になるんだよね。って事はルキフル、その度に赤ん坊から人生やり直してたのか?』


「いや、このままだ」


『そんな事、できるの?』


『ルキフル様のようにご自身の力で転生なさる場合、元の身体を失わないような術を施せば、可能です』


 考えてみれば、ルキフルは神話時代の『神』だ。そのくらいできるのは当然なのかもしれない。

 とはいえ……。


『お前……何でもありだな……』


 その“何でもあり”も恐らく、人間として生きている今は大分押さえられているんだろう。

 じゃあ、『人』という(かせ)が外れたら、どうなるんだろうか。

 ある意味、ノエルやレイよりもヤバいのは、コイツかもしれない。


『っと、いけね!』


 質問している内に、ついつい話が長くなっていた。それどころじゃない事をようやく思い出した。


『話してる場合じゃなかったんだった。身体は大丈夫か、ルキフル?』


 ――大丈夫だ


 これまでと同じ返事が帰ってくる。そう思っていた。

 しかし、今回ばかりは違った。


「…………」


 無言のまま、ルキフルの身体が前のめりに傾いていったのだ。

 そしてそのまま、うつ伏せに倒れてしまった。


『ル、ルキフル様っ!!』


『おい! しっかりしろ!』


「……大丈夫だ」


 しかし、ゴロリと転がりながら出てきたのは、やはりお馴染みのセリフだった。仰向けになり、手足を大の字に伸ばす。


『どこが大丈夫なんだよ!』


 他にねぇのかよってくらい、ルキフルは同じ返事を返す。

 ゴズメスに余力が残っていなかったとはいえ、最後に心臓をぶっ叩かれたのだ。平気とは、到底思えなかった。


『そうだ! ノエルかレイに来てもらおう!』


『あ、そうですね! その方が距離的にも早くここに……』


「いらんといっている」


『何で意地張ってんだバカ! 無鉄砲も大概にしろっ!』


 つい感情的になって、オレはいった。

 今までにも散々、闘いは見てきた。しかし、これほどのダメージを負っていながら涼しい顔をしていたヤツなんて、他にいなかった。

 ルキフルの精神と肉体が非常識なくらい頑強だと頭では分かっていても、痩せ我慢をしているように感じるのは仕方がない事だ。

 しかし、荒げたオレの言葉に、なぜか当人は目を閉じて微笑んでいた。


『な、なんだよ。変な事いったか、オレ?』


「我に説教をした人間など、久しくいなかったのでな。今日は、同じような事がよく起こる」


『説教じゃなくて説得だよ! 手間かけさせんな!』


 そもそも、治療するのにそんな事しなきゃいけない意味が分からない。

 と、ここでふと、素朴な疑問が浮かんだ。


『……ちなみにさ、前に説教した人間って、誰?』


「お前の師だ」


『あ、やっぱり……』


「魔神王たる我を怒鳴り飛ばすとはな。そろって不埒(ふらち)な師弟よ」


『誰のせいだと思ってんだ! どうせ拳帝(ししょう)にどやされたのも、お前が原因だろ!』


「ふふ……。まあ、いい」


 満身創痍の身体じゃ話すのもキツいはずだったが、ルキフルの表情は終始穏やかだった。

 精神的な満足感が苦痛を和らげている――そんな風に見えた。


『とにかく、すぐ戻ってくるからそのままじっとしてろ。いいな?』


「治癒なら、何かあったはずだ」


 ルキフルが、宙に伸ばした手を現れた黒い穴に突っ込んだ。無造作に取り出したのは、緑色の液体で満たされた小瓶だった。


『ひょっとしてそれ……回復薬?』


「そうだ」


『あるなら早く使えよ!』


「合わないので、できれば使いたくない」


『身体に合わないのか。副作用でもあるの?』


「いや、甘ったるくてな。口に合わん」


『おまっ……! いい……!!』


 加減にしろよっ! って言葉が、最後まで出てこなかった。

 ノエルといい、レイといい、ルキフルといい、なんかもう、この連中にツッコむのは疲れた。


『……はああぁぁぁ~~…………』


 本日二度目のため息が出た。

 一度目より、深くて重いのが。


「なんだ、お前こそ大分消耗しているようだな。よほどの強者が相手だったのか?」


『いや、まぁ……それなり、だったかな……』


 ダメージの半分くらいは、コイツらに受けた精神的な疲労が原因だ。

 これじゃあ、ザインも浮かばれねぇよなぁ……。


『んじゃあ、先に戻ってるから……』


 なかば投げやりにオレはいった。


「ああ。一休みしたら行く」


『よし。帰ろう、グラス』


『あの、ルキフル様は、本当にこのままで……?』


 心配するグラスを他所に、ルキフルは寝息をたてていた。それはもう、安らかな顔で。

 どうやら聖霊王や魔神王には、どこでも寝られる特殊能力があるようだ。


『あの寝顔なら平気だよ』


 まるで日向ぼっこをしているような様子で、ルキフルは眠っている。

 見ているのは、これまで巡ってきた世界の夢か。あるいは、これから訪れる世界の夢だろうか。

 風が、変わらず穏やかに吹いていた。

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