34・交混業命(こうこんごうめい)
ゴガガガガガガガガガガガガッ……!!!!
生物兵器の着弾は、凄まじい衝撃波を生み出した。
爆心地から波紋状に広がったそれは、大地を波立たせ、砕き、引き裂き、瞬く間に視界を破壊の痕跡で埋め尽くした。
ゴオオオォォォォゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!!
余震と呼ぶには巨大に過ぎる揺れの中、尚も渦巻くゴズメスの闘気が二人の姿を隠していた。
惨劇の中心、震源地の様子は――ルキフルの安否と同様、不明だった。
『あ……ああ……そん……な……』
グラスの声が絶望に染まるのも無理はない。
数トンクラスの爆弾が炸裂したそのど真ん中にいたようなものなのだ。ましてや、ゴズメスの拳が直撃したならば、あれだけの破壊を行った力が体内に撃ち込まれた事になる。
大抵の生物なら、チリすら残らないだろう。
『……グラス』
『は……はい』
『ごめん。ここから出発するの、少し遅れるかもしれない』
『何故……ですか……?』
『もし、あの中からアイツが生きて出てこなかったら……』
もし……兄弟子が敗れたならば……。
『次は、オレがゴズメスと闘る』
『ルキト様……』
『ほら、一応は兄弟弟子な訳だし。仇はちゃんと取らないと、オレが拳帝に殺されちゃうからさ』
『…………』
努めて明るくいったつもりだった。
しかし、グラスにとって慰めになったかは、分からなかった。
『そ、そのような危険な事……わたくしは……!』
「いらぬ気遣いだ」
『!?』
『!?』
口にしかけたグラスの言葉が、声に遮られた。
それは、ぶっきらぼうで飾り気のない、聞き覚えのある声だった。
オオオオ……オオ……ォォォォォ……
ようやく揺れが収まると共に、赤い熱と煙が晴れてきた。
薄ぼんやりと浮き上がってきたのは、修羅を屠った羅刹の立ち姿――であるはずだった。
「……じょ……冗談やめろよ、おい……」
しかし、勝利に佇む羅刹はなく、地に伏す修羅もまた、そこにはなかった。
「これを止めるだとおおぉぉっ!!?」
ゴズメスの拳は、地表に届いてはいなかった。眼前で交差したルキフルの腕に止められていたからだ。
『ル、ルキフルッ……!!』
『ルキフル様ぁっ!!!』
「敗北などしようものならアイツの事だ、地獄まで追ってくるだろう」
十字を描く両腕の隙間から、黄金の瞳が覗く。揺めき、燃え立ちながら。
「ちいいぃぃっ!!」
今度は、ゴズメスが守りに転ずる番だった。距離を取ろうと後方に大きく跳び退く。
その動きに合わせてルキフルも跳んだ。初めから予期していたかのように。
動揺がゴズメスの反応を遅らせた。時間にして、コンマの更に数分の一にも満たない空白――ルキフルにとっては、十分すぎる猶予だった。
「シュッ!!」
ドドゥッ!!
「ぐっ!!」
黒い閃光が二つ、ゴズメスに向かって真っ直ぐに走った。
狙いは肩関節――肩甲骨と両腕の付け根部分だった。
「くそっ!」
蹴技、伏影矢。
ダメージを与える技じゃない。正面からあそこに足先蹴りを入れると、腕に力が入らなくなるのだ。
つまり――
「!??」
つかの間、防御する術を奪う事ができる。
「う、腕が、動かね……」
「はあぁっ!!」
ズンッ!
震脚を地に刻み、踏み込んだルキフルが上段の前蹴りを放った。
「うおっ!?」
ズシュウウウゥゥゥーーッ……!!
超人的な反射を見せたゴズメスが大きくのけ反り、紙一重で避けた。二人の背後、遥か上空の雲が二つに分断される。
同時に、ざっくり裂けた頬から、血が飛び散った。
バオオォォォッ!!
鮮血の赤と対を成すように、高々と天を衝いたルキフルの左足が青い炎を纏った。
鮮やかに尾を引く彗星のごとく、それが垂直に振り下ろされる。
「おおぉぉっ!!」
ゴガアアァァァッ!!
「ぐっ……あっ……!!」
角の間を縫って、踵落としが脳天を直撃した。割れた額から血を撒き散らしたゴズメスが、がくんと膝を折った。
「おああぁぁぁっ……!!」
そのまま頭を踏み台に、ルキフルが跳んだ。地を蹴った右足もまた、蒼炎の刃と化す。
『垂首! いや……!』
踵落としで相手の頭を下げ、カウンターの蹴り上げと上下から挟みこむ、蹴技、垂首。
しかし、振り上げたルキフルの右足は垂直ではなく、右に大きく弧を描いている。
表の技じゃない。
あれは――。
『剛式、裏垂首……!!」
「ああああぁぁぁぁっ!!!」
パッ……!!
『十字訃夕!!』
キイイイィィィィ……ッン……!!!
「……か……っ!!!」
何かが割れるような音が、ゴズメスの頭を貫いた。
拳・掌・肘・蹴・極・投。
極武蜃氣流はこの六つを基本とした、いわば総合武術だ。
そして、それら基本技は、連撃の連、複合技の重、相手の力を利用する柔、そして、闘気や魔力を使う剛と、特性や組み合わせによってさらに分けられ、この概念を『式』と呼ぶ。
しかし、この六技四式には、さらに『裏』の技が存在する。
その多くは闘魔二つの“気”を使用するもので、表を対人用とするなら、裏はそれ以外――いわば、人外の生物を対象に練られた技術体系だ。
つまり――
ズグンッ……!!!
『ひっ!!』
今のゴズメスでも、斬れる。
「……ぶっ! ……ごぼっ……!!!」
目から。耳から。鼻から。そして、口から。
鈍い破裂音と共に、ゴズメスが血を吹き出した。
脳天と耳孔から十字を切るように叩き込まれた闘気が頭蓋内でぶつかり、頭部を内側から破壊する。
描かれた十字が告げるのは生命の落日――すなわち、“死”だ。
「ごっ……ぶふっ……!!」
再び吐血したゴズメスが、ストンと両膝をついた。電池の切れた人形のように、そのままの姿勢で動きが止まる。
一方のルキフルも、着地したまま微動だにしなかった。
遠目に見ると、立ち尽くす勝者と跪く敗者――しかし、返り血と自らの出血で全身を朱に染めたルキフルもまた、立っているのがやっとの状態だったのだろう。
「ご……ぼっ……!!」
直後に血を吐き出し、力なく数歩後ずさると膝をついた。口元を濡らした吐血が、血溜まりを作る。
『やっぱり、タダですむわけがないよな……』
ガードしたとはいえ、あれを喰らってノーダメージはありえない。
むしろ、直後に見せた神速と技のキレは、称賛に値するといっていい。
ルキフルは分かっていたんだろう。受けたダメージが甚大である事を。身体の自由が効かなくなるまでのタイムラグを利用し、攻撃に打って出たのだ。
それが、ダメージをさらに増幅させると分かっていながら。
『い、いけない! 急いで治癒を……!』
『……まだだ』
『えっ!?』
『まだ、終わっちゃいない』
ゴ……ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴ……
未だ残る破壊の残り香が、空気を震るわせる。
大地の怯えに呼び覚まされたかのように、両者が再び動き出した。
「ぐ……う……おお……」
「う……ぐあぁ……あ……あ……」
血濡れの地を踏みしめ、時折よろめきながら、スローモーションのようにゆっくりと腰を上げていく。
ほぼ同時に、二人は立ち上がった。
満身創痍の五体は血染めの紅――しかしどちらの目も、死んではいなかった。
瞳に宿る光は死の淵で一層ギラつき、漂う殺気はさらに濃くなっているようにさえ思えた。
言葉を交わす事すらせず、しかし呼吸を合わせたかのように、二人は揃って闘う姿勢を取った。
己が命を、互いの手が届く場所に晒して。
『ル、ルキフル様っ!!』
震える大地よりもさらに怯えた声でグラスが叫んだ。
しかし、ルキフルの反応はない。
それが、彼女の不安さらに大きくしたようだった。
『もうお止めください! それ以上はっ……!!』
『やめろ、グラス!』
『!?』
反射的に、オレは叫んでいた。
『命をかけた果たし合いだ。決着は、当人達にしかつけられない』
『し、しかし……』
『ルキフルの誇りに泥を塗るような真似はするな!』
『!!』
できれば、グラスの気持ちを汲んでやりたかった。
しかし、それは……そればかりは、できない。
何より、ルキフル自身が、グラスの希望を叶える事を望んではいないだろう。
『……わ……分かり……ました……』
消え入りそうな声だった。
グラスには、召喚者としての責任と、この世界を救わなくてはならないという、女神としての使命がある。
しかし今、目の前でルキフルを見殺しにしなければならなくなるかもしれないのだ。苦渋の決断を迫られた心中は、察して余りある。
しかしそれでも、この闘いに水を差す事はできない。いや、許されない。
それが愚かな行為だと分かっていても、だ。
『信じろ、グラス。ルキフルを。そして、アイツを選んだ、自分を』
それは、オレが自身にかけた言葉でもあったのかもしれない。
『……この闘いを見届ける事。それが、今、わたくしが成すべき使命なのですね』
『ああ、そうだ。大丈夫、心配するな』
何故かは分からない。
しかしオレは、まるで一片の疑いもなく、断言していた。
『ルキフルは、負けない!!』
会話の終了が合図だったかのように、二人が同時に足を踏み出した。
その時、ルキフルの口元が、小さな笑みを湛えているように見えた。
「う……お、おお、お、おおおおおおーーっ……!!!」
「があ……あああああぁぁぁーーっ!!!」
ギャウッ!!!
踏みしめた地を吹き飛ばし、両者が間合いを詰めた。
一切の躊躇もなく互いの制空圏を侵犯し、拳で死の言葉を交わす。
ズギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャアアアアァァァァーーーッッ……!!!!
正拳がめり込み、貫手が突き刺さり、手刀が肉を断ち、蹴り足が骨を砕く――。
一撃ごとに飛び散った血を放たれる“気”が蒸発させ、二人を包む血霞が拳風に巻かれて鮮やかに、紅の暴風を生み出す。
大地を、大気を、肉を、骨を、血を、命を、魂を。
己と世界を形作る全てを差し出した二つの業が、交差し、混ざり、さらに濃く、罪深く、しかし決して褪せる事のない光を放つその姿を、オレは見ていた。
そう。
ただ、見ていたんだ。
『ど……うして……』
泣き出しそうな、グラスの声が聞こえた。
『なぜ……あのような苦しい思いをしてまで闘われるのですか? 倒れてしまえば……楽になれるのに……』
『……馬鹿だからだよ』
己が内に呑んだ信念――一本の刃を錆びつかせんがため、ただただ、磨き続ける。
賭した命が削れ、磨り減り、無くなる事さえ本望と断ずる生き方を、この先もずっと、あの二人は続けていくんだろう。
『本当に……馬鹿なヤツらだ……』
だけど――。
心のどこかでそれを羨ましく感じているオレも、多分、アイツらと同類だ。
「ぐるあああああぁぁぁぁぁぁーーっ!!!」
永遠に続くかとさえ思えた命の削り合いに終止符を打ったのは、ゴズメスだった。吹き荒れる“死”の狭間を縫って、両手を天にかざす。
灼熱の闘気が二本の腕を中心に集まり、渦巻き、圧縮され、吹き上がるマグマのような“兵器”が作り出された。
「!!?」
反応したルキフルが後方に飛び退く。
しかし、音速を越えた攻防中にあっての判断は、退くタイミングをわずかながらに遅らせてしまった。
「遅せええぇっ!!」
吠えたゴズメスが、高々と掲げた“兵器”を力任せに振り下ろした。
瞬間、視界の全てが赤い閃光に取って変わられた。
「ナパーームッ……!!」
ボッ……!!!
「デエエエェェェェーーースッ!!!!」
ドオオオオオォォォゴアアアアァァァァァァァァーーー……ッ!!!!!
『うああああぁぁぁぁっ!!!』
『きゃああああぁぁぁぁぁーーっ!!』
例えるならそれは、巨大な灼熱の城壁だった。
万里に伸びる焼夷弾が轟音と共に大地にそびえ、天を衝き、空を焼き、ルキフルを剛炎の内に飲み込んでしまった。
『あ……ああ……』
『ル……キフル……』
ゴオオオオオオアアアアアァァァァァーーーッ……!!!!
言葉が出なかった。
それほどに、燃え上がる業火が生み出す“絶望”は巨大だった。
しかし、その時――。
「!!!?」
ゴズメスの顔に浮かんでいたのは、歓喜でも、勝利の余韻でもなかった。
「……ぅ……ぉ……」
そして、その耳に届いていたのもまた、祝福の女神が奏でる歌声ではなかった。
「バ……カな……」
「ぉぉ……ぉ……ぉぉぉおお……!!」
天地を震わせ、炎の城壁を二つに割って――
「そんな……!!」
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!!」
「バカなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!!!」
血染めの修羅が上げる、それは、死闘の終幕を告げる咆哮だった。




