33・修羅羅刹(しゅららせつ)
「……最高だぜ……」
ルキフルの言葉にゴズメスが返したのは、賛辞だった。そこに偽りのない事は、青く染め上げられた貌と、何より、目を見れば分かる。
さながら、魂ごと魅了されたかのように、ゴズメスは笑っていた。
「まったく……最高だ……」
一方でそれは、“笑み”という言葉のイメージからはかけ離れた、凄みのある表情でもあった。
力ある者を渇望する欲求から抑えきれない感情が溢れ出すのに、時間など必要なかった。
「ごぉおらああああぁぁぁぁぁーーっ!!!」
轟音のような雄叫びと共に、ゴズメスが再び赤い激情を放出した。
驚く事にそれは、先程までよりもさらに巨大で濃密な闘気だった。
ズオオオオオオオォォォォォォーーッ!!!
青と赤。
極限の領域にまで足を踏み入れようとしている純粋にして原始的な力が、世界を二つに分けた。
羅刹を射抜く修羅の瞳が、修羅に微笑む羅刹の昂りが、交差し、膨張し、熱を帯び、やがて――
バチッ!
バチバチバチッ……!!
ぶつかり合った闘気が発する電撃のような反発音に、大気は震え、空気が緊張で締め上げられる。
それに拍車をかけるかのように、ゴズメスが吠えた。
「技でもいい! 力でもいい! 何をしても構わねぇ! どんな手を使っても構わねぇ! 殺せ、ルキフル! オレを殺せ! 代わりに……!!」
バチッ……バチッ……!!
「テメェを殺してやるっ!!!」
バチバチバチッ……!!
慟哭にも似たゴズメスの叫びを受けたルキフルの口元が、ゆっくりと弧を描いた。
「元より、出し惜しみする気などない」
バチッ……!
蒼天の夜に走った亀裂のような笑みが、刺し合う命を眼前に剥き出し、晒す。
バチッ……バチ……バチッ……!!!
「ルールなし。それが唯一……」
バッ……!
「殺し合いのルールだ!」
チイイィィィッ!!!
反発音がひとつ弾けるより早く、二つの力は距離をなくしていた。
莫大な量の闘気が渦を巻く危険地帯――巻き込まれた先に“死”が待つ竜の顎を指して、ルキフルは呼んだのだろう。
死地、と。
パパパパパパパパパパパパッ!!!
ぶつかり、互いを削り合う竜巻の中、フラッシュをたいたかのような光が連続して瞬き出した。
それが双方の打撃によるものだと気付くまで、しばらくの時間が必要だった。
「雄雄雄雄雄おおおぉぉぉぉーーッ!!!」
「羅阿阿阿あああぁぁぁぁぁーーッ!!!」
まるで、巨大な線香花火を見ているようだった。
ひとつひとつが必殺の威力を持つ火花が、瞬いては消える。
その異常な速度は、二手二足で生み出せる連撃の範疇を遥かに越えていた。
『ル、ルキト様……何が起きているのですか……?』
グラスが、不安に駆られた声で尋ねてくる。
無理もなかった。
あれを見て、起きている事が理解できる人間が何人いるだろうか。
傍目には青と赤、二つの炎が生み出した竜巻がぶつかり合い、火花を散らしている天変地異にしか見えない。
『闘り合ってるんだよ……人の形をした化け物達……意思を持った二つの災害が……』
それ以外に、表現のしようも、説明のしようもなかった。
元よりあの攻防を、口にしている暇などない。
「うらあぁっ!!」
ドウウウウゥゥゥゥーーッ!!
その時、死の線香花火から火柱が上がった。
『!?』
ゴズメスの前蹴りだった。
反応したルキフルを、ガードごと宙に浮かす。
「ふっ!!」
その力を利用したルキフルが大きく身体を反らし、カウンターの後方回転蹴り――サマーソルトキックを放つ。
ズアアアァァァァーーッ!!
直撃する寸前、ゴズメスが身体を右に回転させた。
背後の地面が、巨大な刃物で斬りつけられたように裂けていく。
「おらあぁぁぁっ!!」
着地しきっていないルキフルの頭をめがけ、裏拳が振り下ろされる。隕石が落下してきたような一撃だったが、しなやかに振るわれたルキフルの左手が、軌道を変えた。
ボッ……!
ゴオオオォォォォーー……ッン……!!
闘気を纏った拳圧が標的を失い、大地を蹂躙する。
強度があるはずの岩盤を、幼子が戯れで掻き乱す砂場のように吹き飛ばした破壊力は、もはや兵器だった。
「ちぃっ!!」
豪快に空振りしたゴズメスが、舌打ちと共にガラ空きの身体を正面に晒した。
ルキフルが踏み込み、上げた右足を身体に引き付けた。地についた爪先を中心に、身体を捻り、腰を切る。
蹴り足を出そうとした――その時だった。
ビビビビッ!!
「!!?」
ドドドドウウウゥゥゥゥーーッン!!
「くっ……あっ……!!」
『えっ!?』
『!??』
攻撃に転じていたはずのルキフルが爆風に飲まれ、弾き飛ばされた。
辛うじて着地し顔を上げたと同時に、次の攻撃が着弾する。
ドガガガガアアアァァァァーーッン!!
「ぐっ……!!」
「ガードしたか! いい反応だ!」
ダメージを確認しながらゴズメスがいった。すぐに、追撃体制を取る。
「そんじゃあ、これならどうだっ!?」
親指に四本指を引っかけた奇妙な形の両手を、ゴズメスが突き出した。
その指先に集中した闘気が圧縮され、球形を成していく。
「パラベラム・デリンジャー!!」
ビビビビビビビビッ!!!!
「くっ……!」
ズドドドドドドドドオオオオォォォォーー……ッン……!!!
『ル、ルキフル様っ!!!』
不意をついて襲いかかった攻撃の正体は、先ほど威嚇で見せた指弾だった。
ノーモーションで放たれるそれは避けにくく、しかし威力は十分にある。遠距離からの狙撃にも使える上、予備動作がいらないため、接近戦でも使える。指の数だけ撃てるなら、連射も可能だ。
「うららららららああああぁぁぁぁぁーーっ!!!」
ドドドドドドドドドドドドドドウウウウウゥゥゥゥゥーーーッン!!!
離れた位置から攻撃できる文字通りの隠し弾――組技中心だった半獣の時と違い、打撃と、何より飛び道具を使える今のゴズメスは、技術的にも遥かにレベルが高い。
「ぐっ……う……くっ……!!」
少しずつ押されながらも、ルキフルは耐えていた。放出していた闘気を体内に留め防御に回す事で、致命傷は避けているようだった。
『ル、ルキト様! あのままではルキフル様が……!』
『……大丈夫だ』
『し、しかし……』
『大丈夫だ。アイツを、信じろ』
一方的に蹂躙されているように見える。
しかし、ルキフルの目はまだ死んでいなかった。
攻撃、特に遠距離からの飛び道具は、威力があればあるほど派手になる。それに比例して、隙も大きくなるものだ。
今はまだ無理に反撃する時じゃない――そう考えたルキフルは、ガードを固め隙を伺っている。
「どうしたぁっ! もう終わりかぁっ!!」
ゴズメスの指先からは、止まる事なく指弾が連射されている。
小型拳銃とは名ばかりの機関銃――しかも、威力はライフル弾以上だ。
闘気で身体を守っているとはいえ、これ以上の被弾は危険だった。
「それじゃあ、トドメと行くかぁっ!」
両手撃ちを片手に変え、ゴズメスが右手を握りしめた。
集中した闘気が拳を覆い、さらに赤々と染め上げていく。
「はあああぁぁぁぁ~っ!!!」
ズズズズズズズズズズズ……ッ!!!
見る間に、右拳が灼熱の金属と化していった。
同時に、全身の筋肉が鎧をはち切らんばかりに盛り上がる。
ルキフルと同じく、闘気の放出を止めて体内に巡らせたゴズメスの身体は、数倍の大きさにも見えた。
『マズいっ! あれが入ったら……!!』
ガードごと粉砕されかねない。
それほどの力が、灼熱の拳には集結していた。
「こいつで終わりだぁっ!」
叫ぶと同時に、ゴズメスが消えた。
いや、正解には、跳んだ。
自ら放った残りの指弾よりも、早く。
瞬きの間すらなく、二人の距離がなくなった。
「喰らいやがれええぇぇぇっ!!」
「!!!?」
身体ごと捻り込むように振り下ろされたのは、拳という名の破壊兵器だった。
「コクーン……!!」
ズッ……!!
「バレットオオオオオォォォォォォッ!!!」
ドオオオオオオオオオオォォォォォォォォォーーー……ッンンン……!!!!
『うあああぁぁっ!!』
『きゃああああぁぁぁぁっ!!!』
空、大地、空気。
あるいは、『世界』という空間。
炸裂したのは、それら全てを震わす一撃だった。




