32・真打抜刀(しんうちばっとう)
「ごおおおおああああぁぁぁぁぁーーっ!!!」
なおも迸るゴズメスの闘気は、燃えたぎる業火と見まごうばかりだった。地響きが、その迫力に怯えた大地の震えのようにさえ思えた。
ドドドドドドドドドドドド……!!!
『なんだ、ありゃ……まだ質量が増してるぞ……』
「ああ……凄まじいな……」
赤く染まったルキフルの顔は、嬉しそうだった。
おもちゃを与えられた子供のように。獲物を見つけた獣のように。無邪気で獰猛な本能を剥き出しにした歓喜に溢れていた。
ゴズメスが排出する底なしの闘気を前にして浮かべる表情じゃない――目にした誰もがそう思うだろう。
「ああああああああぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
ガカッ……!!
「!!?」
『!!?』
『!!?』
ドオオオオオォォォォーーッン……!!!!!
「ぐっ……!!」
『うおぁっ!!』
『きゃあぁっ!!!』
ンン……ンンン…………
やがて、闘気の量と密度が臨界点に達し、空間の許容量を越えて大爆発を起こした。
余震に揺れる大地から、もうもうと煙が沸き立つ。
『ル、ルキフル! 大丈夫か!?』
「ああ。問題ない」
眼前に手をかざしながらルキフルはいった。
巻き上がる砂煙の中、闘気の柱は消えていた。代わって、クレーターからゆっくりと、“何か”が浮き上がってきた。
「ふうううぅぅぅぅ~……」
閉ざされた視界にうっすらと影を写した“何か”が、大きく息を吐いた。
それだけのリアクションでありながら、すでに目を釘付けにする存在感がある。
「あぁ、スッキリしたぜ……」
地面に降り立ち、こちらに向かってくる“それ”の声は確かに、ゴズメスだった。
しかし、現れたのは――。
『なんだ……あの化け物は……』
毛皮を鞣した鎧の下から覗く浅黒い肌。みっちりと筋肉を纏った巨体。背中にまで達する獅子のような金髪。強い眼光を放つ青い瞳。武骨な顔つき。半獣の面影を残す二本の角。下半身は、人のそれになっている。
外見は獣人だった。
しかし、あれはそんな生易しい代物じゃない。
なぜなら、常識の範疇を遥かに越えた力を秘めているのが、遠目にも分かったからだ。
獣人の姿を借りた、獣人ならざる怪物――肉体的な威圧感もさることながら、内包した闘気はまるで、大質量の恒星だった。
姿が変わったゴズメスを見て、デジャヴのような感覚をオレは覚えた。
この感じは、そう――ルキフル達を、初めて見た時と同じだった。
『冗談だろ……あきらかにザインを越えてるぞ……』
数値化して比べるまでもない程に、ゴズメスの圧力は凄まじかった。
まさかここに来て、四天王のリーダー以上が出てくるとは思ってもみなかった。
「正体を現した、という訳か……。ふっ……我を相手に猫を被っていたとは、こしゃくな……」
猫にしては凶悪すぎる被り物だったが、あれに比べれば可愛いもんだ。
『笑ってる場合か。今になってまさかのラスボス登場だ。気を抜くと、ヤバいぞ』
「ああ……分かっている……」
ゆっくりと進めていた歩みを、ゴズメスが止めた。その立ち姿はまるで、軍神ででもあるかのようだった。
「ザインに付き合ったのなんざ、暇潰しのつもりだったんだけどな。まさか、この姿で闘れるヤツがいるたぁ思ってもみなかったぜ」
そういうと、ゴズメスはニヤリと笑った。
「それが本来の姿か?」
「ああ、そうだ。いつ以来だろうな、『変装』を解いたのわよ」
「変装?」
「オレぁ純粋な魔族じゃねぇんだよ。だから、普段はそれっぽい格好をしてるって訳だ」
「なるほどな」
「おら。オメェも早く準備しろよ」
「準備? なんのだ?」
「しらばっくれんじゃねぇよ」
ゴズメスが、すっと目を細めた。
「抜け。本身で殺り合おうぜ」
「……木剣で斬り合っていたつもりはないのだがな」
「いい方が悪かったか。真打ちを抜け、って意味だ」
「影打ちでは、満足できないか」
「あれはあれで悪かなかったな。だがよ、所詮は対人用の技だ。オレは殺れねぇよ。斬って殺せねぇ斬擊なんざ、斬擊じゃねぇだろ?」
「我の技が貴様に通用しないというのか」
「技うんぬんの前に、そのままじゃ話しにもなんねぇよ。役不足で釣りがくらぁ」
「ほぅ……」
今度は、ルキフルが目を細めた。
瞳に殺気が宿る。
動く。
そう思ったと同時だった。
ピッ!
「!?」
ドウウウウゥゥゥーーッン……!!
『!?』
『!!?』
ルキフルの頬が裂け、遥か後方にあった岩山に大穴が穿たれた。
銀髪がパラパラと舞い、見開かれた目の中で金色の瞳に驚愕が浮かび上がる。
『い……今……何が……?』
『指弾だよ』
『指……弾?』
『親指で闘気の塊を弾いて飛ばしたんだ』
『指で弾いただけで、あのような力が……?』
大砲みたいなサイズと、徹甲弾並みの貫通力、そして、あのルキフルが反応すらできなかった砲口初速――近代兵器の長所を全て併せ持っているかのような一撃だった。
まかり間違っても、挨拶代わりに放つ攻撃じゃない。
『いったろ? ありゃ、化け物なんだよ。下手すりゃオレ達と同じレベルだ』
『ル、ルキト様と同じ? ルキフル様は、大丈夫でしょうか?』
『あのままじゃ無理だ。ゴズメスのいった通り、お話しにもならない』
その先があるのなら、ルキフルは出さざるを得ない。
しかし、もしもないのなら――アイツの旅は、ここで終わりだ。
「どうだ? 目は覚めたか?」
指一本動かしただけの威嚇に、脅威と絶望をたっぷり詰め込んだゴズメスがいった。
あんなものが直撃したら、目覚めるどころか永眠させられかねない。
それは、未だ微動だにしないルキフルが誰よりも分かっているはずだった。
「……いいだろう」
やがて、静かにルキフルがいった。
その声はまるで、神託を告げるかのような厳かさすら漂わせていた。
「貴様の望み通り、死地にて、『しあう』とするか……」
「試合うだぁ? いまさら何いってやがる。殺し合うの間違いだろ?」
ゴズメスの言葉に応じる代わりに、ルキフルは深く息を吸い、長く、大きく吐いた。
「ふううぅぅぅ~……」
一瞬の間。
静寂。
そして――。
「はあああぁぁぁぁーーっ!!!」
ドオオオオオォォォォーーッ!!!
「おぉっ!?」
『うあっ!!』
『きゃっ!!!』
ルキフルが、内にある力を一気に解放した。
上空に放出した“それ”の生み出す上昇気流が、漂っていた砂煙を砕かれた地面の破片ごと空に舞い上げる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
『青い……闘気?』
『あれが、ルキフルの力か……』
莫大な量の闘気が天を衝く様は、さながら、逆流した蒼炎の大瀑布だった。
再び震え出した大地が、二体目の怪物もまた規格外である事を必死に伝えようとしているかのようだった。
「何が『試合う』だ……」
ゴズメスの顔に、笑みが浮かんだ。彫りの深い顔が、期待と歓喜、そして殺意に塗り潰される。
「殺る気まんまんじゃねぇかよ、おい……」
図らずもそれは、先ほどのルキフルと同じ反応だった。
強きがゆえに、強者に飢えた二体の怪物。
人を越え、獣を越え、闘神の域にまで達した二人のいる場所はすでに、この世ではないのかもしれない。
「さあ、始めるか」
青い爆流の中、金色の瞳が光を放ち、抜かれた刀身が剥き出しの殺意を放つ。
「ここからは命を刺し合う闘い……『刺合い』だ」




