28・やっぱり物理が最強説
話の腰を一撃で粉砕する愛情表現に、会話が強制終了した。
ていうかミルミル……また寝てたのかよ……。
「やっぱりレイはブチ強いのぉ~! さすがウチの旦那さんじゃわいっ!!」
「もごっ……ごっ……! ま、待って、ミルミル……今、だ、大事な……はな……」
「腹ぁ減ったけぇ帰ろうやぁ! メシ食ぅたら、また背中流しちゃるけぇの!」
「いや、そうじゃなぐ、で、は、話……の……むがっ……ま、前……に……は、放じて……い、息……が……」
近づいてみると、お馴染みのやりとりが始まっていた。
恐る恐るといった様子で、グラスが声をかける。
『レ、レイ様……?』
「それとも、キスの方がええか? なら、今すぐしちゃるわいやぁ!」
「グラ……スさ……ぐっ……もごっ……!!」
『あの……』
「なんじゃあ、照れんでもええじゃろうがぁ! 頑張ったご褒美じゃけぇ!」
「ちが……ぐ……もが……がっ……! は、離じで、ミ……ルミル……く、ぐ、ぐぐ……るじ……」
『あ……あの……』
『無駄だ、グラス』
ため息と一緒に、声をかけた。
ミルミルの控え目な胸の中では、レイの手足が空を掻いていた。ああまでガッツリ極まってたんじゃ、話なんかできるはずがない。
『なんか重要な事だったみたいだけど、あの状態じゃ無理だよ』
会話どころか、生命活動を維持できるかすら怪しいシチュエーションだ。
それにしても、ホールドする力に関しては控え目じゃないって所が、さすがは聖霊王だよな。
『とりあえず、闘いが一通り片付いてから、改めて話した方がいい』
『そう……ですね。分かりました』
後ろ髪を引かれているような口調から、グラスにとって、いや、女神という存在にとって重要な話だったのだろう事が想像できた。
レイが口にしかけたお願いと合わせて、内心、オレも興味を持っていた。
しかし、話すのは今じゃない。こんな状況で話していい内容でもなさそうだし。いずれ、時間を取る必要があるだろう。
『……にしても……』
それはさておき、ひとつ疑問があった。
思わず漏らした呟きに、グラスが反応した。
『ルキト様も、何か気になる事が?』
『あ、いや、大した事じゃないんだけどさ……』
なぜミルミルは、レイからこうもあっさりとマウントを取れるのだろうか。
リッチーの猛攻を苦もなく躱し続けていた動体視力と反射神経、危機感知能力、さらに、それらを最大限に生かせる速度をもってしても、ミルミルの殺人タックルに対しては反応すらできていない。
常人ならば内臓が破裂してもおかしくないだろうあれをくらってピンピンしてるってのもまあまあ異常ではあるんだけど、それにしてもどういう事なんだろうか。
『!?』
しばらく考え、ようやく気がついた。
『そうか……』
どんなチートが相手だろうと、あっさり懐を取れる豪傑がクソラノベには存在する。
ヒロインだ。
オレにとってのグラスしかり。
そして――。
『そういう……事か……』
レイにとってのミルミルしかり、という訳だ。
考えてみれば、幼女が戦争で敵をガンガン攻めるって話は知ってるけど、恋愛でチートをガンガン攻めるって話は聞いた事がない。
『ヌケないエロ小説』として知られる名作ですら、少女以下は主要小道具としては配置されていないくらいだ。
その辺は、創造主としてのプライドもクソもあったもんじゃない御方様とはいえ、敵に回していい相手と悪い相手の区別はちゃっかりとしている。
職業ハーレムビルダーのペラチートに無双させられるのなんざ、自分を上げるための舞台装置がせいぜいだってのは、今さらいうまでもないって話だ。
しかし、それらのタブーを、レイはあえて破ろうとしてる。男の気概と、覚悟をもって。
ならば、オレが口を出すのは野暮を通り越して、その漢気に泥を塗る行為、いわば愚行という事になるだろう。
「ル、ルキト……ざん……何とか、じ、で……ぐ……せ、背骨……が……」
「ほらぁ、レイぃ、こっち向かんとキスでけんじゃろうがぁ。ん~……♥」
いつの間にか、レイはキス責めにあっていた。
ミルミルに押し倒され、ガッチリとベアハックを極められたままで。
『ミルミル……そんなに締め付けなくても、大丈夫だよ……』
「んあ?」
声をかけると、ミルミルは腕の力を緩め、怪訝そうな顔を向けてきた。
解放されたレイが、空気を貪っている。
「がはっ! はっ! はっ! はぁ……はぁ……はあぁ~……」
「大丈夫ってなんなら?」
『そんなにガツガツ行く必要はないって事さ。メインヒロインたるもの、もっとどっしり構えてないと』
「めいんひろいん? なんじゃあ、それ?」
『ん~……まぁ、正妻って意味だよ』
「おお! そういう呼び方もあるんか! ルキトは物知りなんじゃのう!」
太陽みたいな笑顔だった。
激情家なだけあって、裏表のない感情表現は実に分かりやすく、ストレートだ。
「ちち、ちょっと、ルキトさん! ミルミルに変な事教えないでくださいよ!!」
一方のこちらも、極めて分かりやすい。
思っている事が言動に直結する、嘘をつけないタイプ。情に流されやすく、人を疑うという事をしない。
狐と狸が化かしあう政治の世界で、レイの利用を禁じた四大王家とやらの判断は、正しいといえるだろう。
『心配すんな。いったろ? この程度で友達やめたりしないって。ただな、レイ。くれぐれも放送コードには気をつけるんだぞ。それから……』
「ほ……放送コード……?」
『一戦交える時は……『装備』を忘れずに、な……』
「え、なんで!? 人生の先輩に助言されてるみたいになっちゃってるんですけどっ!!」
『ふっ……。まぁ、なんだ……。つまりは、小細工なしの肉弾戦がやっぱり最強……ってこったよ……』
「謎にニヒルな雰囲気醸し出してますけどそれ、いってる事がおかしいですよね!? というか前提として、ミルミルとボクの関係、完全に誤解してますよね!?」
友が達成せんとしている偉業だ。できる事など何もありはしないが、せめて、温かく見守ってやりたい。
そう思ったオレは、早々にこの場から離れる事にした。
『と、いうわけで、ロリ。オレ達はルキフルんとこ行くけど、お前はここら辺、修復しとくように』
「いや、せめて! せめて心の声を隠す努力くらいはしましょうよ!!」
『それじゃ、ミルミル。後はよろしくな』
「おう。レイの面倒はしっかり見とくわいや。任せとけ!」
『ま、待って! これで終わっちゃったらボクの立ち位置が……立ち位置がああぁぁぁ~~っ!!!』
最後に聞こえてきたのが勝者であるはずの魔導煌帝の絶叫だったのは、何かの暗示……な訳がないんで聞かなかった事にして、オレ達はレイの元を後にした。
今いるここは、グラスが納める地。いわば、『神域』だ。
女神の住まう土地にして、秩序の象徴ともいえる、神聖な場所だ。
だからこそ、ザインとの闘いを長引かせまいとしたし、レイに荒れた戦場を元通りにするよういってもおいた。
オレの考え方は正しいと思う。
うん。
普通はそう考えるよな。
てことは、だ。
敵であるデカブツは別として、ウチの魔神王様は、普通じゃあない、ってこった。
まぁ、ある程度予想していた事ではあるんだけど、それでも、ルキフルが闘っている場所についたオレとグラスの反応は、以下のようなものだった。
『…………』
『…………』
無言。
いや……だってこれさぁ……。
他にリアクションの取りようがないだろ……。




