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27・彼の地の記憶

 リーン……ゴーン……

 リーン……ゴーン……


 レイの背後で扉が閉まる寸前、鐘の()が響いた。

 最後に聞こえてきたのが悲鳴でも嘆きでもなかったのは、何かの暗示なのだろうか。

 それすらも聞こえなくなると、折り重なった魔方陣が上から順に消えていった。


 ズズ……ズ……

 ズズズズズズズズズ……


 紅宮が、ゆっくりと地に沈んでいく。慟哭が、阿鼻叫喚が、暗い場所に飲み込まれていくかのように。

 あれだけ勢い良く燃え盛っていた炎も、いつの間にか消えていた。

 深紅の棺が姿を消すと、残されたのは、抉られた大地と余韻のようなマグマだけだった。


「ふぅ……」


 レイが小さく息を吐いた。


『大丈夫か?』


「ええ。平気です」


 応える顔に浮かんでいたのが、元の無害な表情だったのを見て安心した。


「実は、あの呪文が成功したの、初めてなんですよ」


『え! マジで!?』


「はい。以前、レベルが999になった時やってみたんですけど、失敗しちゃいまして」


『お前……そんなんここで使うなよ……』


「いやぁ、魔力不足が原因だったんで、そこだけクリアできればイケるかな、と思いまして。なんせ前回は、詠唱すら唱えきれなかったので」


 頭をポリポリかきながら、レイが小さく笑った。

 死神の微笑を浮かべていたのと同一人物とは思えない、妙に幼い笑みだった。


『レイ様、あの……』


「はい?」


『先程の呪文は……どこで身につけられたのですか?』


 硬い口調でグラスがいった。

 それまで緩んでいたレイの顔が、すっと引き締まった。


「ひょっとして……『彼女』をご存知で?」


『……はい』


「やはり、そうでしたか。ボクに『彼女』の事を教えてくれたのも女神様だったので、あるいは、と思ってたんですけど……」


『女神から、お聞ききに?』


「ええ。魔王討伐を終えた後に。実は、ボクがグラスさんのお願いに応えようと思った理由は、『彼女』に……いえ、『始まりの魔導師』にあるんです」


『!?』


 グラスの動揺が伝わってきた。

 しばらく続いた沈黙が、その心中を表しているかのようだった。


『……その二つ名も、女神から?』


「いえ。『彼女』……ヌウノ・メヌゥの記憶から知りました」


『それではレイ様のいらした世界には『()の地』があったのですね?』


「はい。呪文も、そこで手に入れました」


『そう……ですか……』


 二人の会話には、ただならぬ気配が漂っていた。

 疑問はあった。思う事もあった。しかし、訊ける雰囲気じゃなかった。


『ヌウノ・メヌゥの記憶には、魔導師の名はありましたか?』


「いいえ。『彼女』の記憶自体、召喚魔法の術式以外は断片的な物でしかありませんでした。ですので、他は切れ端みたいな情報しか読み取れなかったので、名前は分かりません。ただし……」


『ただし?』


「『魔導師の瞳』に関しては、ある程度の情報がありました」


『そ、そんな事まで……!?』


「と、いっても、核心部分はやっぱり読めなかったんで、大部分は想像で補うしかないんですけど、ね」


『……『()の者ら』の名前が、()み名である事は……?』


「もちろん、知っています。神々ですら()れようとしない存在である事も」


 内容が突拍子もなさすぎて、頭がついていかなかった。

 彼の地? 魔導師の瞳? 忌み名? 神々?

 こんなヤバそうな会話、聞いてていいんだろうか?

 しかし、そう思う一方で、ヌウノ・メヌゥと二人が呼ぶ異形に対しては、畏怖以上の好奇心があった。

 そして、恐らくは『彼女』と同格の存在であろう、その『始まりの魔導師』に対しても。


「なんせ今のレベルですら、鏡に写った無限にある右手のひとつを召喚するので精一杯ですからね。実体が顕現したらどうなるのか、想像もできませんよ」


『そ、それはいけません!!』


 グラスが声を荒げた。

 努めて冷静に話していたのであろうこれまでの雰囲気から一変した、感情的な声だった。


「も、もちろん、そんな事をしようなんてつもりはありませんよ?」


 レイが、慌てて両手を振った。


『あ、す、すみません。取り乱してしまいまして……』


「いえ、言葉のあやとはいえ、こちらこそすみません。本当にそんな気がある訳じゃないんです。ボクがいいたかったのはそういう事じゃなくて、その……グラスさんに、お願いがありまして……」


 レイの口調が改まった。その表情からは、真剣さが伝わってきた。


『お願い……ですか?』


「はい。大魔王の討伐はお引き受けします。代わりに….」


 そこでレイは言葉を切った。

 いいよどんだ後、意を決したように続きを口にした。


「水しょ……」


「レイイイィィィィィィィーーッ!!!」


「ごはあああぁぁぁぁぁぁーーっ!!」


 と、思った矢先。

 消えた。

 文字通り、ぱっと。


『…………え?』


『…………は?』


 グラスと二人、反応できずにいると、遠くから声が聞こえてきた。


「いつの間に終わっとったんじゃいやぁ!」


 え……。


「起こしてくれてもええじゃないかぁ! つれないのぉ~!」


 ええぇ~……。


 ハイテンションなミルミルの声が、高らかに響き渡る。

 そこでやっと、オレは理解した。

 再び、歓喜の殺人タックルが炸裂したのだ、という事を。

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