22・二つ名は。
エクストララウンド突入のお知らせに、地の底まで落ちていたレイのテンションがまた上がった。
「さすがはボスキャラ! 最終形態があるんですね!」
『楽しそうにするなっつぅの』
「チッ! 今度はきっちりトドメ刺してやらぁや」
ミルミルがずいと一歩足を踏み出す。その肩に手を乗せ、レイがいった。
「待って、ミルミル。次はボクが闘うよ」
「何でじゃいや。喧嘩売られたんはウチじゃろうが」
「まぁまぁ。ヒュドラは倒したんだしさ、いいじゃない」
「ジジイが生きちょったら意味ないじゃろうが。ウチが闘るいうたら闘るんじゃ」
「そこをさ、譲ってよ」
「えぇ~……」
ミルミルの頬が、ぷっくりと膨らんだ。
「お願い。ね、いいでしょ?」
「それじゃ、また添い寝してくれるんなら譲っちゃるわ」
「なな、何いってるのミルミル!」
「それとも、風呂の方がええかの」
「か、勘違いされるから! そういう事いわないでよ!」
「勘違いってなんじゃいや。洗いっこしたじゃろうが」
「あ、あれはミルミルがいきなり入ってきて抱きついただけで……」
『お~い』
キリがなさそうだったので声をかけた。
分かりやすくどもりながら、レイが応じた。
「ごごご、誤解しないでくださいよ? ほら、野営したりすると寝る場所がなかったりすると一緒に寝たりすると……」
『うん。のんびりイチャついてる場合じゃないぞ』
「イ、イチャついてなんかないですよ! ちょっと、あの、ミルミルを説得してただけで!」
『どっちでもいいんだけどさ、あれ、そろそろ襲ってくるんじゃないの?』
黒い壁のようだった霧が、一ヶ所に集まり始めていた。何かを産み出そうとするように蠢く様は、邪悪な意思そのものの胎動にも見えた。
『まぁ、ここはロリ……レイに譲ってあげなよ、ミルミル』
「ちょっ……! 心の声漏れちゃってるじゃないですかルキトさん!」
『空耳だ。気にするな』
「え~……なんでじゃいやぁ……」
『旦那様を立てるのも、妻の役目だろ?』
「おお、それもそうじゃの。ええ事いうじゃないか、ルキト!」
『よし、決まりだな』
輝くミルミルの笑顔と正反対の表情で、レイが言葉を絞り出した。
「ボ、ボクのキャラが……ああ……」
「本当に……ふざけた奴らじゃ……」
意図せずレイをヘコませていたオレ達の会話に被って、声がした。
地の底から響いてくるような、殺気を含んだ声だった。
「ワ……ワシの接近に備えるどころか……気づきもしないとは……こ、このワシに……見向きもせず……みみ……見向きも……せず……」
いつの間にか、リッチーがクレーターのこちら側に移動していた。
底無しに黒い眼窩には憤怒が、霧に包まれた全身には憎悪が、凶悪に渦巻いている。
「キイイィィィ~っ!! 皆殺しにしてくれるわあああぁぁぁっ!!」
奇声を上げたリッチーから、黒い霧が吹き出した。みるみる異形へと変わった姿には、見覚えがあった。
それは、黒い骨でできた闇の化け物だった。
『最終形態、って訳か……!』
五つの頭と長い首を持ち、どす黒い血から沸き立っているかのような霧のローブを身に纏っている。
五頭の巨大なリザードマンゾンビ、いや、人型のヒュドラゾンビ、といった方が正しいだろうか。
『ヒュドラを取り込みやがったのか。なんて奴だ』
「ミルミルの一撃を食らってまだあれだけ魔力が残ってるなんて、すごいですね」
「……いや、違うのぉ」
低い声で、ミルミルがいった。細めた目で、霧と炎を見透かすように見ている。
「違う?」
「ああ、違う。ありゃあ、ジジイの魔力じゃないわい」
『どういう事だ?』
《ぎいぃ、ぎ、ひひ、ひっ! よぐ、分がっだのう、ごご、小娘ぇ!》
ゾンビ特有の聞き取りづらい声が、頭に直接響いてきた。
常人なら、会話だけで精神に異常をきたしそうな声だった。
《わが、不死の軍勢にば、ゴブリンやオーグ、コ、ゴボルト、トロールぼ、含ばれでおる! ぜ、 『生命』を、ぼぼ、持っでいる者、ぼな! なんの、だ、だめだど、思、う?》
「!?」
『あの野郎……』
『まさか……命を……』
「クソが……ヘドが出らぁや!」
この場にいる誰もが、リッチーのいわんとしている事を理解した。
不死者が生命力を必要とする理由なんて、他には考えられない。
《ご名~答~! ご名答ご名答ご名答、ごご、ご名答、じゃああばばばあぁぁっ! ばやづらば、ワジ、に、生命力、ぼ、供給するだ、だべど、びわば、生け贄よおぉっ!》
朽ちかけた屍人の発する言葉など、聞き取れはしなかった。
しかし、背後に転がっているであろう部下の命を道具としか思っていないゲスの主張だ。耳に入れずとも、容易に想像できる。
胸糞が悪くなると分かっていても、だ。
《びゃびゃびゃびゃばばばばあああぁぁぁ~っ!!
蟲が這いずるような笑い声を上げながら、リッチーはオレ達を見下ろしていた。
こんな状況、ミルミルに我慢できるはずがない。そう思って見てみると、案の定、幼女の形をした殺気が今にも飛びかかろうとしていた。
横槍を入れようものなら喰い殺されてしまいそうな形相からは、止める術などないだろうと思えた。
しかし――。
「……がって……」
「!!?」
レイがぼそりと何かをいった瞬間、ミルミルが消えた。
まるで、手品のように。
『えっ……!?』
慌てたグラスが映像をリッチーに向けたが、姿はない。
そのまま周囲をぐるりと見回す。
『あそこだ、グラス』
遥か後方、岩の上にミルミルはいた。
こちらに向かって、両手で大きく手招きをしている。
『なんだ、どうしたんだ、ミルミルは?』
レイに問いかけた。しかし、返事がない。
『レイ様?』
グラスの呼び掛けにも反応がない。ただ、無言でうつむいているだけだった。
『ど、どうなさったのでしょうか……?』
『とりあえず、あそこに行ってみよう』
『分かりました』
レイの様子が気にはなったが、理由を聞いても答えてくれそうにない。仕方なくミルミルの元に向かった。
『二人共、どうしたんだ?』
「近寄るな」
『え?』
険しい表情でミルミルがいった。
問いの答えになっていないばかりか、言葉の意味すら分からない。手招きしといて近寄るなって、おかしいだろ。
『どういう意味だよ。ちゃんと説明してくれ』
「今のレイには近寄らん方がええ」
『ああ、レイにって事か。でも、なんで?』
「口調が変わったからじゃ」
『口調が、変わった?』
確かに、レイは何かをいっていた。
しかし、聞き取れなかったので内容は分からなかった。
『話が見えないぞ。それと近寄るなってのが、どう関係してるんだ?』
「ウチと同じしゃべり方しよった。ブチギレちょるわ。ヤバいで、ありゃあ」
「キレた? いきなり、どうして?」
「以前、なんかあったらしくての。裏切りに対しては異常なまでに怒りよるんじゃ。ジジイのやらかした事なんぞ、論外じゃわいや」
そういえばあいつ、勇者のパーティーから追い出されたってグラスがいってたな。
なるほど、その時のトラウマがスイッチになってる訳か。
『一応聞くけど……キレるとあいつ、どうなるの?』
「人じゃなくなる」
『いくらなんでも、それは大げさじゃ……』
「ウチを含めた五大精霊王が束になっても敵わんのじゃ。人間って呼べるか?」
もちろん、そんなデタラメな生物を人間とは呼ばない。
『も……元に戻す方法はあるのかな?』
「ジジイが死ねば戻るじゃろ」
『なら、先にミルミルがあいつを……』
「そがぁな事できるか。あれを見てみい」
促されるままに、映像が向きを変えた。
化け物と向き合っていたのは、ブラックホールのように底のない魔力の塊――異次元の怪物だった。
「巻き添え食ったらウチが死ぬわいや」
うん……オレもそう思う……。
「魔術士なんて名乗っちゃいるがの、そう思うちょるんは本人だけじゃ。レイの二つ名、知っちょるか?」
『二つ名……あだ名か。いや……なんて呼ばれてるの?』
「魔導煌帝……エンペラー・ロードじゃ」




