21・君の名は?
「ミルミル!」
レイの声が聞こえた。
はじめ、何をいっているのか分からなかった。
『ミ、ミルミル……?』
「こっちだよ! 出ておいで!」
クレーターに向かって呼び掛けているのを聞いて、あの娘の名前だと分かった。
声に反応したミルミルが、ふわりと浮き上がった。その姿が、レイの方を向いた瞬間、ふっと消えた。
『え?』
「レイイイィィィィィッ!!!」
「ぐはああぁぁぁっ!」
映像が、二人の声が聞こえた方に向いた。しかし、いるはずの場所にレイの姿がない。
どこへ行ったかと見回すと、高速タックルをかましたミルミルと共に遥か後方まで吹っ飛んでいた。
「黙っていなくなるけぇ、心配しよったじゃないかぁ!」
「うぷっ! ミ、ミルミル! 分かったから! は、離して……!」
「ウチを置いて今まで何しちょったんならぁ!」
「今までって、ほんの一日じゃ……ぐ、苦し……」
がっちりと頭をロックされたレイが、足をバタつかせている。それでも離す気配がなかったので、近づいて声をかけてみた。
『その辺にしといてやれよ。死んじゃうぞ』
「あん?」
ミルミルが顔を上げ、不思議そうに周囲を見回した。力が緩んだ隙に、レイが両腕から頭を抜いた。
「ぶはぁっ!」
「おい、レイ。今、声が聞こえよったんじゃが……」
「あ、ああ。それなら、ボクの仲間だよ」
「仲間? 誰もおらんじゃないか」
『離れた所から見ながら話してるんだよ。オレはルキト。よろしくな』
『グラスと申します。よろしくお願いいたします』
ミルミルが目を見開いた。ころころと表情が変わる、実に感情豊かな娘だった。
「なんじゃあ、隠れてウチを見よるんか。けったいな奴らじゃのう」
そして、実に口が悪い。
「こら、ミルミル。すみません、ルキトさん。この娘はミルルミル・ラミューガ。ボクのパーティーメンバーです」
なるほど……ミルルミルだからミルミルか……。
見た目だけならまぁ、合ってはいる。しかし、さっきの闘いとこの漢らしい口調からは、想像できない呼び名だ。
『人間じゃないよな。何者だ?』
「炎の精霊王です」
『お前……精霊王とパーティー組んでるのかよ』
「はい。といっても、次期、なんで、正解にはまだ王じゃないんですけどね」
冗談みたいなレベルの魔術師と、あくびしながら太陽を生み出せる精霊王を敵に回した魔王様、か。
少し同情したくなるくらいの不運さだな。
『ところで、なんで広島弁なんだ? この娘』
「ああ、それはですね……」
「レイが使いよるけぇ、覚えただけじゃ」
本能的にオレ達の位置を察したのか、こちらに顔を向けてミルミルがいった。
化け物じみているのは、精神的肉体的な強靭さだけじゃないらしい。
『いや、レイの言葉使いって、標準語なんだけど……。てか、なんで真似する必要があるの?』
「そがぁなもん、決まっちょろうが。夫の国の言葉ぁ覚えるんは妻として当然じゃ」
『妻ぁ~!?』
『お、夫……?』
思わず、素っ頓狂な声が出た。
ドヤ顔で小さな胸をはるミルミルの隣で、レイが凄い勢いで両手を振りながらいった。
「ち、違うんですよ! これにはですね、事情があって……」
『あ? 違うってなんなら。ウチとキスしたじゃろうが』
『キスしたあぁぁ!?』
『……』
オレは、再び声を上げた。
対して無言のグラスからは、ドン引きしている気配がありありと伝わってきた。
「だ、だから、そういうんじゃなくて! あの、緊急事態で、ボクしかいなかったし、薬を飲ませなきゃ、ミルミルが危なかったし……!」
「照れんでもええじゃろうが。もうすぐ夫婦になるんじゃけえ」
慌てふためくレイと強引に腕を組んで、ニコニコしながらミルミルがいった。
『あ~……うん。好みは人それぞれだから……そこに口を出すつもりはないよ。国によって法律も違うだろうから、違法じゃないなら……な、なぁ、グラス』
『お二人が……それでいいのでしたら……はい……』
さすがにコレは、男のオレから見てもアレだ。まして、女神とはいえグラスは女性だ。気持ちはよく分かる。
いくら何でもありのクソラノベとはいえ、ハーレム入りが許されるのは、『少女』までがギリだろう。
「そ、そうじゃなくって! 違うんですって!」
『ま、まぁ、なんだ。心配すんなよ。こんな事くらいで友達やめたりしないから。大丈夫だよな、グラス?』
『……ええ……』
「いや、待って! グラスさんの反応リアルすぎて地味に刺さるんですけど!」
「レイのツレならウチのツレっちゅう事じゃけえの。祝言の時はお前らも呼んじゃるわいや」
『お、おぅ……』
『あ……ありがとうございます』
「聞いてくださいよおおおぉぉぉっ!!」
闘いじゃなくて茶番で受けるっていう斬新なダメージに、魂の叫びが木霊した。
しかし、どこからともなく聞こえてきた笑い声が、緩んだ空気を不穏な気配で塗り替えた。
「……ひひ……ひひひ……」
『!?』
オレと同時に、レイとミルミルも反応した。
スイッチを入れたように二人の表情が切り替わる。
『……生きてたのか』
「みたいですね」
「しつっこいジジイじゃのぉ……」
目を向けると、燃え盛る炎の向こうで黒い霧が立ち昇っていた。
それは、生の終わりと死の始まりを告げる、不死者の息吹に違いなかった。




