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20・幼女炎姫

 仁王立ちしたまま、少女はゆっくりと辺りを見回していた。

 獣の皮でできた腰巻きに、丈の短いシャツを身につけただけの姿だった。

 年齢は、人間でいうと七~八歳くらいか。腰まで届く髪は流れる炎のようで、意思の強さを感じさせる瞳は灼熱の宝石のようだった。褐色の肌が、鮮やかな赤をより強調している。

 少女というより幼女といった方が正しい見た目だが、額とこめかみから後ろに向かって生えた三本の角が、人間ではない事を物語っていた。


「あがああああぁぁぁぁーっ!」


「ギギャアシャアアアアーーっ!!」


 悲鳴と絶叫と燃え盛る業火を背に、幼女はしばらくキョロキョロと辺りを見回していた。状況が掴めず困惑しているのだろう。

 しかし、大きくあくびをすると、両目をこすって再び横になってしまった。


『おいおい。また寝ちゃったぞ』


 あんな修羅場で二度寝できるなんて、どういう神経してんだよ……。


『いくらなんでもマズいだろ、あれ』


「あの()、寝起きが悪いんですよ。もう少し寝かせてあげれば機嫌も治りますから、心配いりません」


『そっちの心配じゃねぇよ!』


「キアアアアァァァァーッ!!」


 まるで噛み合っていないやり取りが、金切り声に遮られた。魔属性特有の障気が、黒い突風のように吹き荒れる。

 身体を焼く炎と炎柱を吹き飛ばしたリッチーの歯軋りが聞こえた。


「ぐぎぎぎいぃいいいい……!」


 ダメージは受けているようだが、炎に弱いはずのアンデットにしては軽傷で済んでいる様子だった。

 それはヒュドラも同様で、所々皮膚が焼けてはいるものの、致命傷という程ではないように見える。


「こ……このガキがあぁ……ふざけた真似をしおってえぇ……」


 リッチーのこめかみには、ミミズのような血管が浮かび上がっていた。

 どす黒い所を見ると、流れているのは血液ではない何かのようだ。


「食い殺せええぇぇっ!!」


「ゴガアアアアァァァーーッ!!」


 寝息を立てる幼女に向かって、ヒュドラが首のひとつを伸ばした。鋭く生え揃った巨大な牙が、唸りを上げて襲いかかる。


『ひっ!』


 そこで、映像が途絶えた。

 見かねたグラスが目を背けたせいだろう。


『大丈夫か? グラス』


『は、はい、大丈夫です。すみません……』


 戻った視界に飛び込んできたのは、無惨に噛み砕かれている幼女――ではなく、頭のひとつを失って暴れているヒュドラだった。

 首の断裁面から、高熱に焼かれた筋肉が赤いゼリーのように垂れている。

『砕いた』でも、『斬った』でもなく、『溶かした』。

 失った頭は、チリすら残さず焼き払われたようだった。


「アアアンギュアアアアーーッ!!」


「ギャースカやかましいトカゲじゃのぉ……。()れんじゃろうが」


 あぐらをかいたまま、寝惚け眼で幼女がいった。ボリボリと頭をかきながら、大きくひとつ、あくびをする。


「きさ、貴様! 何者じゃ! なんだ、この力は!?」


「あぁん? なんなら、小汚なぁ骨じゃのう」


「ほほ、骨ぇっ!? 」


「ウチは眠たいんじゃ。ペットの散歩なら他所(よそ)でやれや、骨ジジイ」


「こ……こここ……このガキがあっ! ワ、ワシを誰だと……だ、誰だと思うておるのじゃ!?」


「そがぁな事知らんわいや。ええからあっち行け」


「こここここ、殺してくれるわ貴様あぁっ!」


「……あぁん?」


 幼女の瞳がギラリと光った。ぼんやりしていた表情が、一瞬にして殺気に塗りつぶされた。


「なんじゃあいうとんなら、ワリャア……」


 立ち上がり、ゆっくり二度三度、首を回す。

 本職の方々みたいな仕草がここまで似合う幼女なんて、他にはまずいないだろう。


「死ぬ前に火葬されたいたぁ、変わったジジイじゃのう。じゃまぁ、ペットごと灰にしちゃるわい」


「生意気な口を利くでないわ! こいつはワシが造り上げた最高傑作じゃ! 貴様など(なぶ)り殺しにできるのだぞっ!」


「そがぁなトカゲに……ウチの(たま)()らせるじゃとぉ……?」


 幼女の目が据わった。不穏な空気が辺りに立ち込める。

 凶悪な気配が熱を帯び、すぐにチリチリと周囲を炙り始めた。


「カバチたれなよコラアアアァァ!!」


 怒号と共に、幼女の全身から業炎が吹き出した。幾筋もの炎は渦を巻く巨大な炎球に姿を変え、一斉にヒュドラに襲いかかった。


 ゴバアアアァァァ!!


「ぬっ……あぁ……!?」


 ズドドドドドドドドドドドドドッ!!!


「ぐあああああああぁぁぁっ!!」


「グギャアアアアアアアァァァーーッ!!」


 ドドドガガガガガガガガガガガガッ!!!


 リッチーとヒュドラが、炎と爆発に包まれる。十四の頭ごと、巨体が後ろにズレていく。

 ひとつひとつが、直径にして三メートルはあるだろうか。そんな炎球が、息つく暇もなく高速で撃ち込まれているのだ。至近距離からミサイルの速射を浴びせているような、圧倒的な火力だった。


「ギャアアアアアアアアァァァーーッ!!!」


 爆発音と絶叫の大合唱が響き渡る。爆風が吹き荒れ、飛び散った炎が地形の変わった大地を火の海に変えていった。


「これで(しま)いじゃあ……」


 幼女が掲げた右手の先。上空には、別の炎球が出現していた。

 空を覆う程に巨大なそれは、炎球というよりはむしろ、小さな太陽といった方が正しいサイズだった。

 炎の蛇のようなプロミネンスが、餌を求めるかのごとく吹き出し、蠢いている。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!


「死ねやオラアアアァァァッ!!」


 幼女が右手を振り下ろした。浮力を失った炎球が徐々に速度を増しながら、真っ直ぐに落ちてきた。


 カッ……!!


 ズゴゴゴゴゴゴゴオオオオオォォォォォ……ッ!!!


「うわっ!!」


『うおおぉっ……!!』


『きゃあああっ!!』


 もはや、魔法といっていいレベルじゃない。災害か天変地異の類いだ。

 離れているとはいえ、レイの身が心配になるくらいのインパクトだった。

 と、いうかコレ、あの()は大丈夫なのか……?

 直撃を食らったリッチーとヒュドラは、声さえ上げなかった。いや、上げている暇すらなかった。

 いくら高度な耐火(レジスト・ファイア)とはいえ、限度がある。ヒュドラ共々リッチーも、宣言通り灰となって消えたようだった。


『う……わぁ~……』


 さっきまでオレがしていた心配りがバカらしくなるような惨状だった。地鳴りと共に大地は揺れ、辺りは一面、業火の海と化している。

 仮にも女神の納める神域がここまで破壊されるなんて、どう考えても問題だ。

 しかし、当人にそんな自覚はないだろう。自分がどこにいるのかも分かっていないんだから、仕方がないといえばまぁ、仕方のない事ではあるけど。

 さらに数倍も大きく深く抉られたクレーターの中、燃える炎の化身のように幼女は佇んでいた。


「腹ぁ……減ったのぉ……」


 剥き出しの腹をぽりぽりとかきながら呟く顔には、殺気の欠片すら残ってはいなかった。

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