18・リッチースレイヤー
トップギアに入ったオタ魂を止められるブレーキなんて、チートといえども造り出す事はできない。
ましてや、楽しんでいるのを隠そうともしていないチートオタの加速なんて、キュバイツアでも止められはしないだろう。
「普通のヒュドラじゃありませんよ! 見てください、頭が……十五もついてる! 亜種ですかね!?」
物理的に無理、というのもそうなんだけど、子供みたいにはしゃぐレイを見てると、水を差すのが悪い気さえしてくる。
もういいや。
好きにやらせよう。
「あんなサイズ、初めて見ましたよ!」
『それにしてもでかすぎだろ。山が動いてるみたいだぞ』
一般的にヒュドラの頭は、三~五くらいが普通だ。上位種でも、せいぜい七~八。頭の数が多い程身体も巨大化し、それに比例して戦闘力も上がる。
しかし、十五頭なんて見たことがない。生態系もクソもないくらいの、圧倒的なでかさだ。
『この世界には、あんなヒュドラいるの?』
『いえ。少なくとも、自然発生する大きさではありません』
『て事は、天然じゃないな』
「身体強化されているのかもしれませんね。それにしても、凄い大きさだなぁ!」
「クカカカカッ! ワシのペットは、お気に召しましたかな?」
会話に割り込むように、乾いた声が空に響き渡った。
魔法で拡散したみたいな不自然にエコーのかかった声だった。
『うわ、うるっさい! 誰だ?』
「あれじゃないですかね」
ヒュドラを指差しつつ、レイがいった。しかし遠すぎてよく分からない。
『誰かいるのか?』
『寄ってみますね』
グラスが映像をズームした。
すると、ヒュドラの頭に人間が立っているのが分かった。
そいつは、フードのついたボロボロの黒いローブに魔法の杖を持った、皮が張りついているだけの骸骨だった。
首からじゃらじゃら下げている禍々しい装飾品には、様々な色の石がはめ込まれている。
正解には元人間、といった所か。
『ああ、ベタベタのリッチーだ。あれが肉球に入ってたっていう大将か。なんて名前?』
「知らないです」
名乗りもせずに始めたのか、聞いていなかったのか。
いや、あのタイプは勝手に名乗るだろうから、恐らくレイの耳に入っていなかったんだろう。
興味がない事にはとことん興味を示さない。
こいつ、おそらくA型だな。
「し、知らないだとぅ! ワシの名を忘れたか!」
ただでさえ耳障りな声が、ひときわ大きく響いた。
大体、人間辞めてリッチーになるようなヤツなんざ、上昇志向の塊と相場が決まっている。名前を忘れられるなんて、プライドが許さないだろう。
まぁ、実際は聞いてすらいなかったんだろうから、それ以前の問題なんだけど。
『おいおい、なんでオレ達の会話聞こえてんの』
『声を拡散するだけでなく、収集する能力もあるみたいですね』
すでにこの時点で面倒くさい事極まりない骸骨だったが、嫌な顔ひとつせずにレイは応じた。
律儀なのはいい事だ。
ただ、問題なのは対応の仕方だった。
「いえ、ちょっと聞いていませんでした」
全くオブラートに包まず、素直に、どストレートに答えちゃったのだ。
無論、本人に悪気はないんだろう。
しかしこのシチュエーションでこの返しは、煽り倒しているようにしか聞こえない。
「き……いて……なかった……?」
「はい。すみません」
「こ……この不死王と恐れられるワシの名を……は、話を……聞いていなかった……だと……?」
「ええ。ですので、もう一度お願いできますか?」
「きき……き……きぎぎきき……!」
「次はなるべく覚えておきますので。本当にごめんなさい」
「ぎいぃざあぁまああぁぁぁ……!」
「いやぁ……どうも、興味が湧かない事は耳を素通りしちゃうタチでして……」
「ぎいいいいいいいいぃぃぃぃっ……!!」
おい……もうやめてやれよ……。
闘う前からじいさんのHP、0になっちゃってんじゃねぇか……。
あらゆる状態異常に絶対耐性を持つリッチーのメンタルを、こうもあっさりズダボロにするレイの戦闘力は、ある種驚愕に値するといえるだろう。
「若僧がああぁっ! ならばワシの偉大さを身体に叩き込んでくれるわぁっ!!」
震える怒声を合図に、ヒュドラが前進を始めた。
一歩足を踏み出すたびに、地面が揺れる。
歩みは遅いが、サイズがサイズだ。すぐに、傀儡兵団の鼻先まで迫ってきた。
『あ~あ。じいさん、キレちゃったよ。どうするんだ、あれ』
「傀儡じゃ相手になりませんよね。じゃ、こちらも助っ人を呼びましょうか」
『まさか……ブラックドラゴンじゃないよな?』
「ブラックドラゴン?」
『いや、違うならいいんだ』
キャラかぶりすると、後でややこしくなりそうだからね。
そんなどうでもいいこちらの都合など知るよしもないレイが、目を閉じて精神を集中し始めた。




