181・I've Seen It All
どうやら、何か考えがあるようだ。ロメウがニヤリと笑ったならば、任せておいて間違いはない。
「っし。ならオレは奴の相手をしてくる」
「お、おい、動いて平気か? スゲェ音してたんだが……」
「問題ないよ。ああ見えて防御はしてたからね。それより今の話、よろしく」
「分かった。任せとけ」
ロメウをその場に残し、ビョーウの元へ向かった。
微かにめまいが残っていたが、気にする程ではなかった。これならすぐに回復する。
それよりも気になる事があった。あるいは攻略の糸口になるかもしれない、一つの事実。
確かめてみる価値はあった。走りながら両手持ちで直剣を振りかぶった。
「瞬煌一閃刃!」
ビュボッ……!!
刀身に纏わせた闘気を一直線に放った。力の刃が女王を背後から強襲する。
バキイィィーー……ッン!!
しかし、一閃が届く事はなかった。真後ろに振り抜かれた拳で打ち消されてしまったのだ。やはりこちらが見えている。奴の視野に死角はない。
「ふっ!!」
ドガアァァッ!!
そのタイミングでビョーウが踵落としを叩きこんだ。ガードした女王の右腕が大きくしなる。左手をついて上半身を支える。蹴った勢いそのままにビョーウが上に跳んだ。空中で身を翻してオレの隣に降り立った。
「ルキト!」
「まだだ! 来るぞ!!」
「ヒュっハァっっ!!」
ジャッ……!!
手をついた低い体勢からマザー・クインジーが身体を反転させた。伸ばした右腕を大きく振り回す。ビョーウが上空へ避けた。左から開いた爪が迫って来る。
「ふぅっ!!」
バキイイィィーー……ッン!!
あえて躱さず直剣を合わせた。そのまま爪を受け流す。やっぱりそうだ。こいつの手は……
ズンッッ!!
下がらず震脚で地を踏みしめた。右。二撃目が迫ってくる。殺気を纏って。空気を切り裂いて。長く鋭い爪が。四肢に。全身に。力をこめた。
「ア”ア”ァァァ〜〜っっ!!」
「うっ……!!」
ガッッ……!!!!
「おおぉぁぁぁーーっっ!!!」
ギイイイイィィィィーー……ッッンンン!!!!
狂声が木霊した。金属音が響いた。振り抜いた刃。両腕に手応えがあった。宙を舞っている。女王の指が。切り飛ばした四本の凶爪が。
「っっギィっ……!??」
「ビョーウ!」
「!?」
「手を狙え! そこなら斬れる!!」
「イギャァア”ア”ァァァ〜〜っ!!」
額に拳を受けて分かった。違和感の正体ーー硬度。奴の腕は手首から先だけ鱗が硬いのだ。
「承知」
「イ”イ”ィィっ……ア”アァァ〜〜っ!!」
落下してくるビョーウに手負いのマザー・クインジーが反応した。広げた両腕。掌で挟み撃つつもりだ。蚊を叩き潰すかのように。
しかしそれは、ビョーウにとって悪夢とはならななかった。
むしろ、逆ーー
ギキンッッ……!!
「……っヒ!???」
飛ばされた両手と共に女王が見た、自身にとっての悪夢だった。
「ギャア”ア”ァァァ〜〜っっ!!!」
「シュッ!!」
直剣を突き出した。大きく開いた口を狙って。今なら直接頭部を貫ける。
ガキンッ!!
しかし、残った右手に反応された。刃が弾かれる。
「ひゅっ!!」
ビョーウが地を蹴った。真下から振り上げた右脚。顔面に吸いこまれていく。
ガシィィッッ……!!
「っっィギィィっ……!!」
鮮血が散った。手のない右腕が蹴りをガードする。そのまま横に振り抜く。力に乗ってビョーウが跳んだ。追撃しようと刃を引いた。視界の上方。何かが映った。
「イッタいわね……このぉっっ!!」
ブォッッ……!!
「えっ!??」
「ギっ!??」
ガッ……オオォォォーーッン!!
真上からマザー・クインジーが強襲された。光の塊が降って来たのだ。咄嗟に上がった左腕。受けた巨体がガクンと沈む。さらに込められた圧力の正体ーー
「このまま潰れちゃいなさいっ!!」
マリリアだった。
「ギキっ……キギイ”イ”ィィ……!!」
ミシ……ミシミシミシミシッッ……!!
手にした短鎚矛、その先端には黄金の光球が輝いていた。
魔力付与武器――付与した高質量の魔力球がマザー・クインジーに圧力をかけている。
「ヒュ”……ギ……キギ……キ……ギギギィっ……!!」
「へっ!!?」
しかし、それも通用しなかった。
魔力量から、光球の質量は相当であるはずだ。そんな重さにすら指を斬り飛ばされた腕で耐えているのだ。マリリアにしてみれば想定外だったろう。
「ギキャア”ア”アァァァ〜〜っっ!!」
「わわっ……わっ!!」
「ヒュラ”ァっ!!」
「!!?」
押し上げられたマリリアが空中で体勢を崩す。無防備な獲物を女王が狙う。振るった右腕、その爪が風を斬る。咄嗟に剣を振った。
「させるかっ!!」
ガギィーーッン!!
腕を弾くと、巨体が正面に開いた。醜い顔に怒りが浮かぶ。
反撃が来る!!
備えた、その時だった。
ビュオッ……!!
バシイイィィィーー……ッン!!
「……っっィ”っ!??」
「!??」
緑光が走った。マザー・クインジーの左腕が何かに叩かれる。
視線をやった。長く伸びていたのは、女神が振るう聖なる鞭ーー
「させませんっ!!」
グラスの魔力付与武器だった。
「ア”ギャア”ア”ァ”ァ”ァ”〜〜っ!!!」
ブフォッッ……!!
「!!?」
「危ないっ!!」
女王の怒り、その矛先が変わった。グラスに向けて腕を振るったのだ。
伸びた凶腕が猛威を振るう。
しかし……
「はっ!!」
ビシイイィィィーー……ッン!!
バックステップで躱され、同時に鞭で迎撃される。
絶叫が空気を引き裂いた。
「ギイ”イ”ィィヤ”ア”ア”ァ”ァ”ァ”〜〜っっ!!!」
ビリビリビリビリビリッッ……!!
落とされた手首と指。深手を負った傷口を二回、鞭で叩かれたのだ。奴は今、気を失う程の激痛に苛まれている。
千載一遇のチャンスだった。
「フウゥッ!!」
「はぁっ!!」
「しっ!!」
アイコンタクトーー三人同時に動いた。オレの突き出した刃が口に、マリリアの振り回した光球が腹部に、ビョーウの蹴り足が顔面に。三方向からの攻撃がマザー・クインジーを襲う。
キマる!!
確信はしかし、直後に落胆へと変わった。
ガギギャアァァーー……ッッン!!!
「っ!!?」
「え”っ!??」
「チッ!!」
これさえも、女王は防いで見せたのだ。
四人がかりの総攻撃ですらクリーンヒットが取れない理由ーー頭部の目玉が忙しなく動いている。あるいは意識せずとも周囲を見、反応できる構造なのかもしれない。
「ギュアァっっ!!!」
バフオオォッッ……!!
オレ達を追い払うかのように、爪の残った右腕が振るわれた。後ろに逃れて距離を取る。
マリリアが驚愕の声を上げた。
「なんなのよアイツは!? どういう身体してるワケ!?」
「視覚と触覚が個別に働いてるように見えるな。身体に激痛が走っても影響されず、常に上下左右を監視できるんだ」
「つまり、痛みですら気を引けぬ、という訳か……」
「あんなのどうしろっていうのよ!?」
「ロメウに考えがあるらしい」
「そういえば姿が見えぬな」
「皆さん!!」
「グラス! 身体は大丈夫?」
「はい! 治癒と回復はしてありますので大丈夫です!」
「そうか。なら安心した」
「で? ロメウの作戦ってなんなの?」
「知らん。訊いてない」
「ちょっ……! あんたねぇ〜〜……」
「とりあえず今は奴の気を引いておくんだ。あの目さえ封じれば、魔法でなんとかできる」
「では再開といくかの。あやつも待ちかねておる」
マザー・クインジーが、肩で息をするような仕草をしていた。失った腕はすでに再生している。
「ィイだいぃの”ぉ……ヤあぁぁ〜〜……ギボヂぐな”い”ぃの”ぉ……ヒぃ〜〜……ヒぃ〜〜……ヤ”ァ”ぁぁぁ〜〜……」
口からは、呪詛のような呟きが漏れていた。上半身がゆっくりと前に倒れてくる。広げた腕で身体を支える。腹這いのような姿勢は、飛びかかる寸前の猛獣を彷彿とさせた。
「よぐもぉ……イダぃのぉ……よよぐも……よぐぅぅも”……オ”ォ”ぉぉぉ〜〜……」
謎の行動に隠された意味はすぐ分かった。
頭頂部をこちらに向け、全ての目玉でオレ達を見られるようにしたのだ。
瞳の色が変わっている。充血したかのような深紅が、心情を如実に表していた。
「死んでョも”お”ぉぉぉ〜〜っっ!! 死んで死んぇ”死死んで死んえ死んで死んで死んで死んんぇエ”エ”エ”ええぇぇぇ〜〜っ!! ア”っア”っア”っア”っア”〜〜っっ!!!」
顔を下に向けたまま、狂気じみた怒りをぶち撒ける。広げた爪が地面を鷲掴みにしている。
凶獣と化した憤怒の女王が一瞬、身体を沈めた。
「っっキャア”っっっ!!!」
ギャウッッ……!!
「!!!??」
真っすぐに巨体が跳んだ。速い。これまでよりもさらに。瞬時に巨大化したかのような錯覚すら覚えた。低空で飛ぶ弾道弾さながらの突進を、散り散りになってオレ達は躱した。
「……くっ……!!」
ブオオォォォーー……ッッ!!
ギャギャギャギャギャッッ……!!
風圧ごと通り過ぎた狂威がすぐさま方向を変えた。ドリフトのように滑った巨体が再びこちらを向く。
赤く燃え立つ瞳がオレを見ていた。全ての憎悪が集中している。オレに。オレだけに。獲物は定まった。奴の目には今、オレしか映っていない。
全神経を集中した。そうする必要がある動きだった。女王の身体が再び沈む。
来る!!
直剣を握り直した。と同時に聞こえてきた。
誰かの、声が。
「やっと一箇所を見やがったな」
「!??」
マザー・クインジーの頭を何かが覆っていた。薄く柔らかいそれが、ぴったり張りついて狂気の瞳を隠している。
パンッ!!
異変に気づいた女王が動く前に、頭上で破裂音がした。飛び散った液体が頭部全体を覆う。
「……っイ”!???」
何が起きているのか。奴は理解していない。
ただ、一つだけ分かっている事があった。
それはーー
「ィイ”イ”イ”ィィィ〜〜っ!??」
突如として視界が闇しか映さなくなったという、異常な現実だ。
狼狽える女王の背から、人影が飛び降りてきた。
「ロメウ!!」
「上手くいったぜ」
「あ、あれ、何を被せたの?」
「紙だよ」
「か、紙?」
「奴の頭は潤滑油で覆われている。そこに紙を張りつけて、粘着液をぶっかけたのさ。即効で固まる強力なやつだ。これでしばらくやっかいな目は利かなくなる」
「ザロメに使ったあの魔法球か……まだ持ってたんだな」
「ふっ……器用な男よ。たかだか数枚の紙切れで視覚を封じるとはの」
「あんだけいっぺんに見てたんだ。もう満足しただろ」
閉じた左目に指をあて、ロメウがニッと笑った。
「目玉なんざ一つありゃあ十分だ。欲張ると、碌な目に遭わねぇってこった」




