17・オタクに真面目は難しい
このウインドウを出す能力がスキルなら、レイに触ればコピーできる。
しかし今は触れないので、目で見て記憶する方法を取る事にした。
『順番にページ見れる?』
「オートで開くように設定しときますよ」
『分かった。よろしく』
オレはスキル〈瞬間記憶〉を発動した。順番に開いていくウインドウを一瞥し、端から記憶していく。
映像は〈図書館〉に保存しておいた。
これは、記憶の保管庫とでもいうべき物で、しまっておけば、本を引っ張り出すようにいつでも閲覧できるスキルだ。
『よし、オーケー ……ん?』
全ての記憶が終わった所で、最後の項目が気になった。
改めて内容に目を通す。
『なぁ、レイ』
「はい?」
『この最後にあるやつって、実戦で使われた記録あるのか?』
「ああ、それはないです。ボクが考えた戦術ですから」
『考えた?』
「はい。八門金鎖の陣っていうのがあったと思うんですけど、それの改良版、てとこですね」
そういえば、そんな名前の戦術が載ってたな。確か、三國志に出てきたっていうやつだ。
しかしまぁ、好きが高じて自分で考え出しちゃうなんて、オタの見本みたいなヤツだ。
『でもこれ……できるのか? こんな事』
「人間の兵では無理でしょうね。いくら練兵してもその動きはできないでしょうし、何より、恐怖心があったらすぐに総崩れしますよ」
『なんだ、机上の空論か』
「いえいえ、そうでもありませんよ。一糸乱れぬ動きをしてくれて、なおかつ恐怖を知らない彼らになら可能な戦術です」
戦場を見ながら、レイはいった。
「あぁ、そうか」
傀儡を使えば問題は解決する訳だ。
しかし、そうすると別の問題が発生する。
『でも、大量の傀儡を動かせる術者が必要だよな』
「はい。なので、できる人はあんまりいないとは思いますけどね」
いやいやいやいや。
『そんな真似ができるバカげた魔力の持ち主なんて、お前以外にいるかっつぅの』
「そうですかね? このくらいなら他にも……あれ?」
ウインドウに戻していた目を、レイが再び戦場に向けた。
つられて見てみると、戦況に変化が起きていた。
『中央の敵兵が……引いてる?』
「少しづつ下がってますね。こちらの思惑に気づいたかな?」
さっきまで密集していた敵中央の陣形が、いつの間にか縦に伸びている。どうやら、後方から撤退を始めているようだ。
「いい感じで釣れてたと思ったんだけどな。敵さん、思ったよりも慎重みたいだ」
『追撃するのか?』
顎を指で撫でながら、レイは考えていた。
しかし、すぐに結論を下した。
「いえ、やめておきましょう。魔法のトラップでも仕掛けられていたら、壊滅的なダメージを負いかねない。後方には細工するスペースが十分にありますしね」
『そういえば、なんで魔法なしでやり合ってるんだ?』
「特に理由はないです。あちらが使ってこないんでボクも使ってないだけで」
「相手って確か、リッチーだったっけ?」
「はい。そういってました」
『て事は、元人間か。大方、どこぞの国で軍師でもやってたもんで、用兵なら負けねぇぞ、ってとこかな』
「そういえば、そんな事もいってたような気がしますね」
様子を見ながら話している内に、中央の敵兵が続々と退却していく。
前後から挟み撃ちしていた敵左翼の残兵も、陣形を崩して散り散りに敗走している。
どうやら、第三ラウンドもレイの勝利で終わったようだ。
「さて。次は何が出てきますかね?」
戦場を眺めながらレイはいった。
攻めようとする素振りを見せないあたり、まだ付き合うつもりでいるみたいだった。
『もういいだろ。さっさと終わらせちゃえよ』
ため息まじりにオレはいった。
しかしレイは、まだ遊び足りないといった顔をしている。
「う~ん……。それじゃ、直接行ってきましょうかね」
動く様子のない相手を見て、諦めがついたのだろう。レイは全てのウインドウを閉じた。
と、その時だった。
陣形を整え直して待機していた中央軍の眼前に、巨大な穴が口を開けた。
『なんだ?』
『転移門……でしょうか?』
「ええ、あちらさんの転移門ですよ。凄いや。さっきのより大きい」
まさかの第四ラウンド突入に、再び目をキラキラさせながらレイがいった。
どうでもいいけど、何面クリアしたらボスキャラと闘れるんだ、これ。
「さぁて、何が出てきますかねぇ」
出現した転移門は、まだ大きさを増していた。今や、ちょっとした山くらいなら通れそうなサイズにまでなっている。
「……ロ……ゴロロロロロ……」
やがて、視界の大半を覆うほどの大きさになった転移門の中から、獣の唸り声が響いてきた。
腹の底まで響くような、迫力満点の重低音がだんだんと近づいてくる。
そして、黒く空いた空間の中から、ゆっくりとそいつは姿を表した。
「ギギャアアアアアーーッ!」
「ギャシャアアアアーーーッ!!」
「シャギャアアアアアアアアーーッ!!」
『きゃっ!』
『でかい! なんだありゃ!?』
複数の頭が鳴き声の大合唱を上げた。
大気を振動させたその怪物の身体はひとつしかなかったが、長い首についた凶悪な頭が続々と姿を見せた。
「おぉっ! 中ボス出てきたぁ!」
分かりやすい台詞。そして、リアクション。
レイには、緊迫感が欠片もなかった。代わりに、違う意味のやる気に満ちていた。
不真面目を大真面目に貫くこの姿勢を指して、真面目、と表現していいものだろうか。
わりと真面目に、オレは考えていた。




