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178・Mama, I'm Coming Home

 殺意渦巻く黒い瞳が、オレ達を凝視している。

 土足で踏みこんできた無礼者どもを、()(あるじ)たる女王が()めつけていた。


「あれだけの数を、一人で産んだのか……」


「帰ってくる子供(ベイビー)がそのつど破裂するなんざ、過激な家庭もあったもんだ」


「やめてよロメウ。シャレになってないから……」


 糸のような目と白髪を垂らした小さい頭。そこから伸びる長い首と異様ななで肩のせいで、上半身が二等辺三角形のような造形をしている。

 四本の腕は細く長く、曲がった爪の生えた手だけが不自然にデカい。

 下半身はぶくぶくに太った芋虫そのもので、突起物のように短い足が無数についていた。

 人間部分だけで二メートル、芋虫部分がその倍の四メートルーー六メートル程の全身は真っ白だったが、下半身だけは紫色の血管で覆われている。びくんびくんと波打つ柔らかい腹部が、嫌悪感を煽ってくるようだった。


「ニ”イ〜……ニ”イ”ィ〜イ”〜〜……」


 言葉とも鳴き声ともとれる音が、ぱっかり開いた口から漏れてくる。

 四つん這いだったグレイビ・ベイビー達が、のろのろと立ち上がった。


「来るぜ!」


「まずは雑魚からだ。マリリア」


「アイアイサー! 魔法で一気に片付けちゃいましょう!」


「全部は攻撃しなくていいぞ。一部が破裂すれば、後は自動的に自爆するだろうからな」


「分かってるって! これで十分でしょ! 聖流十字(ホーリー・シャワー)!!」


 ズアアアァァァァーーッッ!!!


 ドドドドドドドドドーー……ッッ!!!


 最前列の個体に、光り輝く十字が襲いかかる。身体を貫かれた数体が断末魔の声を上げた。


「ンマ”アァッ!!」


「アバアァァッ!」


「マ”ンア”ァァッ!!」


「さぁっ! 派手に逝っちゃってぇ!! バアァ〜〜ンって……!」


「……マ”……」


「ン”マ……ァ……」


「……ァ”……」


「……あれ?」


 しかし、グレイビ・ベイビー達が破裂する事はなかった。

 そのまま倒れ、力尽きてしまったのだ。


「な、なんで? 爆発しないわよ?」


「ヤツら……自分でコントロールできるのか?」


「……いいえ。本来はできません。死の間際に自爆するのは、彼らの本能ですから」


「じゃあ、なんでよ……?」


「恐らく……」


 裂け目のような目が、じっとこちらを伺っている。

 そんなマザー・クインジーの見つめ返しながら、グラスがいった。


「あの女王(クイーン)は強化固体です。通常より巨大なのが何よりの証拠です。産み出されたグレイビ・ベイビー達も、知能が高い変異種なのではないでしょうか」


「だから共倒れになんねぇように大人しく死んでったってのか。チッ! 面倒なヤツらだぜ」


「鼠や蜘蛛の時と同じだな。って事は……」


「はい。教団の仕業でしょうね」


 やはり裏で糸を引いているのは、白光天神教(はっこうてんしんきょう)ーー迷宮(ダンジョン)を魔改造したのも、奴らでほぼ確定だろう。


「となれば、あやつもしぶとそうじゃのう」


「あぁ。できれば相手したくないよな……」


「なら、俺が出口を探してくるぜ」


「出口を?」


「あぁ。面倒ならスルーしちまえばいい。バカ正直に相手する必要はないだろ?」


 マザー・クインジーの様子をうかがいながら、ロメウがいった。

 細めた右目は、遠くまで見透かそうとしているかのようだった。


「その間、奴らの注意を引きつけといてくれ」


「よし、分かった。こっちは任せてくれ。ビョーウ、前に出て迎え撃つぞ! グラスとマリリアは後方支援を頼む!」


「よかろう。派手に暴れてやろうではないか」


「お任せください!」


「いっちょやったりますか! と、その前に……ほい、っと!」


 パアアアァァーー……!!


 マリリアが短鎚矛(ショートメイス)を一振りすると、全員の身体が淡く光を纏った。

 内から、力が湧き上がってくる感覚があった。


「身体強化か! 助かるぜ」


「気をつけてね、ロメウ」


「安心しろ。女王(ママ)がヒス起こす前に帰ってくるからよ」


「アレのヒステリー? 見たくないわぁ……」


「破裂はしなさそうだけど万一がある。ナメてかかるなよ、ビョーウ!」


「誰に向かっていうておる。お主こそ、油断するでないぞ!」


「っしゃあ! んじゃ、行くぜ!!」


 気合のこもった掛け声を合図にダッシュした。オレとビョーウは正面に、ロメウは大きく迂回する。

 女王(ママ)の目が不穏な光を放っていた。赤子(ベイビー)達が一斉に走り出した。(スウィートホーム)の大掃除が始まった。




「マ”ァンアァァ〜ッ!」


「ア”ァ”! アバアァァ!!」


「ン”ンマア”ァァァ〜〜ッ!!!」


 距離を詰めると、待っていたかのように跳びかかられた。

 牙を剥いて爪を伸ばしてくる、老人顔の肥満児達ーー見た目からは想像できない俊敏な動きは、確かに野生の獣を彷彿とさせた。


「しっ!!」


 ザシュンッ!!


「ギァッ!!」


「ふうぅっ!!」


 ドシュッ!!


「ア”ァ”アッ!!」


「フジュウゥッ!!」


 ビシュッ!!


「うわっ……と!!」


 ひっかきと噛みつきに気を取られ、危うく酸液を浴びる所だった。かなりの飛距離があるため、注意が必要だった。


「あっぶね。忘れてた」


 ザシュンッ!!


「ビヒィィッ!!」


 グラスの忠告を思い出し、距離感を調整し直す。

 視界の隅に、ビョーウの姿が入った。


「ふっ!!」


 キキキキキッッンン!!


「ンマ”ッアァッ!!」


「ア”ン”マア”ァァ〜〜ッ!!」


「アバゥア”ア”ァァ〜〜ッッ!!!」


「小賢しい! 失せよっ!!」


 キュキキキキキッッ……ンンン……!!!


 案の定、相手になっていなかった。鋭い牙も鋭利な爪も、厄介な飛び道具ですら問題にしていない。

 酸を吐き出す前に、首を飛ばしていたからだ。


「流石だな……」


聖流(ホーリー)……十字(シャワー)アァァッッ!!!」


 シュドドドドドドドドッッ……!!!


 一方後方では、マリリアが魔法で応戦していた。オレ達が仕留め損なった敵を、近づかれる前になぎ倒している。


「こっちも問題ないか。後は……」


 ロメウが向かった先に目をやった。

 姿は見えなかったが、マザー・クインジーに反応がない所を見ると上手く動けているようだった。

 隠密行動のプロフェッショナルーー盗賊(シーフ)の上位職、掠手(ピック・ハンド)の名は伊達ではないようだ。


「マンマ”アア”ァ”ァ”〜〜ッ!!」


「アイ”ィア”ア”ァ”〜〜ッ!!」


「!!?」


 逸らした意識が、濁った鳴き声に呼び戻された。左右から、グレイビ・ベイビーが同時に飛びかかってきたのだ。

 直剣(ショートソード)を振り直す。横に()ごうとした、その時ーー


朝霧(あさぎり)御雫(みしずく)!!」


 ドドドドッッ……!!


「ギャッ!!」


「マ”ア”ァッ!!」


「!?」


 緑色の光弾に貫かれ、二体が後ろにふっ飛んだ。

 攻撃の来た方に目を向ける。

 グラスの放った遠距離魔法だった。


「お気をつけください! ルキト様!」


「サンキュー、グラス!」


 左手を上げて応える。

 三ヶ所同時の殲滅戦で、グレイビ・ベイビーの数は見る見る減っていった。


「どうする、ルキト。このままあやつに斬りこむか?」


 やがて、ビョーウが背中を合わせてきた。

 周囲にいる赤子(ベイビー)達は二十体程度で、残りは女王(ママ)(そば)に控えている。

 直接攻撃でカタをつけるのも可能な状況だった。


「それもアリだけど……不死身だと厄介だ。ロメウが戻るのを待ちたいな」


「こちらがその気でも、あちらに待つ気はなかろうて。見よ」


 ビョーウの指摘に呼応するかのように、マザー・クインジーが動き出した。

 上半身をゆっくりと起こし、四本の腕を大きく広げたのだ。


「……ニ”……イ”ィ”……ィ”……!!」


「くくく……このまま黙っておる気はなさそうじゃぞ……」


「イ”ニ”ャア”ア”ア”アァァァ〜〜ッッ!!!」


 身体を大きく見せるポーズと、威嚇の鳴き声。

 どうやら、闘争本能に火がついてしまったようだった。


「マン”マ”アァ〜〜ッッ!!」


「マ”ァ〜ア”マァァ〜〜ッ!!」


「アマ”アァ”ァ”ァァ〜〜ッッ!!」


「マ”ァ”〜〜ア”ア”ァァァ〜〜ッッ!!!」


「!!? これは……」


 そしてそれが、グレイビ・ベイビー達にも飛び火した。遠巻きに様子をうかがっていた残りが、奇声を上げながら走り出したのだ。

 しかも、最悪の戦術を(たずさ)えて。


「学ばぬ奴らよ。どれ……」


「待て。接近戦はマズい」


「なぜじゃ?」


女王(ママ)から命令が出てる。魔法で()るから上空(うえ)に逃げててくれ」


「? 承知した」


 ボッッ!!


「グラス! 物理結界で身を守っててくれ!」


「分かりました!!」


 ビョーウの姿が視界から消え、背後に魔力の波動を感じた。意識を集中する。古代語(エンシェント・ルーン)の一節を口にする。


「リュー・アード・メルシエルサ・ヒュー・ルーイ・ルシュアルテ……」


 ブォッッ……!!


 スキル、『億舌(おくぜつ)(ことわり)』が教えてくれたのは、マザー・クインジーが下した(めい)ーー


()の地に閉じし風牢(ふうろう)よ! 開きて解放(はな)て! 吹きて乱れる(たけ)(あぎと)慟哭(どうこく)を!!」


 殺意と保身に脳を灼かれた黒い母の、醜い意志だった。


 ォォォオオ……

 オオオォォォォーー……ッッ!!!


 古代の詠唱が禁地の牢獄を開け放った。風が渦巻く。すぐに乱れて吹きすさぶ。姿を成した流獣(りゅうじゅう)が、ゆっくりと(あぎと)を開いた。


封牢(ギリー)……」


 ギャウッッ!!!


風印喰啀(ジーン)っ!!!」


 ギャガガガガガガガガガーーッッ!!!


 ババババパパパパパアアアァァァーーッッ……ンンン!!!!


 封牢風印喰啀(ふうろうふういんさんげ)が呼び出したのは、一陣(いっとう)(けもの)ーー青い牙の一閃で、グレイビ・ベイビーが全滅した。断末魔の酸液を撒き散らしながら。


 ビュゴッッ……!!

 オオオォォォォーー……ッッ!!!


 しかし、彼らの自爆が功を奏する事はなかった。

 吹き荒れる風が、全て吹き飛ばしてしまったからだ。

 ビョーウが降りてきた。


「道連れ戦術に戻しよったのか……よく気づいたの」


「グラスにもらったスキルのお陰だ。異形の言葉が何となくだけど分かるんだよ」


「なるほどの」


「さて。スッキリした所で、女王(ママ)はどうすると思う?」


「愚問じゃな」


「ギギ……ギ……! キリキリキリキリ……!!」


 歯ぎしりが聞こえた。四本の腕が地を掴む。二十の爪が石床に食いこむ。醜い身体がブルブルと震え出す。


「ギニ”イ”ィ”ィ”ニ”ャア”ア”アァァァ〜〜ッッ!!!」


「やっぱりこうなるよなクソッタレ!!」


 顔に憤怒を、瞳に憎悪を、全身に殺意をみなぎらせながらーーマザークインジーが突進して来た。

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