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177・現実(リアル)で聞く日が来ようとは

 内部に飛びこんですぐ、飛翔(フライ)を発動した。落下速度が緩やかになると、安堵の声が聞こえてきた。


「ふぅ〜……心臓によろしくないぜ、こりゃ……」


「しっかりつかまってれば落ちないから、平気だよ」


「分かっちゃいるんだがな……足が地面についてないってのがまた、どうにも居心地悪くてよ」


「大丈夫。薄気味悪さですぐ気にならなくなるよ」


 その根拠を目で示すと、周囲を見渡したロメウがしかめっ面を浮かべた。今度は、ため息が聞こえてくる。


「どうせなら、もう少しさわやかな灯りにしてもらいたいもんだぜ……」


肉汁赤子(アレ)の趣味に合わせてるんだ。そりゃこんなライティングにもなるさ」


 巣の内部はかなりの広さがあった。直径十五から二十メートルといった所だろうか。

 暗闇じゃないのは良かったが、灯っていたのは赤い光だった。蛍光塗料を塗ったように、内部全体がぼんやりと灯りを帯びていたのだ。

 そのせいで、陰鬱な空洞内がますますホラーな雰囲気になっている。


「は、早く降りましょうよ。こんなとこにいたら気が滅入っちゃうわ」


「なんでしょう。イヤな匂いがしますね。生臭いような……」


「空間そのものが濁っておるの。空間が纏わりついてくるようじゃ」


「長居は無用だな。よし、一気に降り……」


 ヒュンッッ……!!


「……え?」


 パアアアァァーー……ッン!!


「!??」


 皆の意識と視線が下に向くのを待っていたかのようなタイミングだった。

 すぐそばを掠めて落ちてきた何かが、下方で破裂したのだ。

 ロメウの身体がビクっと硬直した。


「な……なんだ、今のは……よく見えなかったが……」


「ウッソだろぉ……あんなん降ってくるか、普通……」


「おい、ルキト! どうなって……」


「気をつけろ! 上じゃ!!」


「う、上……?」


「!!!??」


 咄嗟に見上げ、忠告の意味が分かった。

 赤い薄明かりの中、ぼんやりと姿を現したのは……


「……ァ”〜……」


「……ンマ”ァ〜〜……」


「ンンバアァァ〜〜……ッッ……」


 次々に落ちてくる、グレイビ・ベイビーの群れだった。


「クッソ! 追いかけてきやがったのか!」


「端に寄るんだ! ここにいちゃマズい!」


「マ”ン”マ”ア”ア”アァァァァァァ〜〜ッッ!!!」


 ヒュッッ……! ヒュヒュンッ! ヒュッ! ヒュンッ……!! ヒュヒュヒュヒュッッンンン……!!!!


 バパパパパパパアアアアァァァーーー……ッッンンン!!!!


「うおおおぉああぁぁぁーーっ!!」


「きゃあああ〜〜っ!! なんなのよこれはぁ〜〜っっ!!」


 まるで、頭上から爆撃されているかのようだった。

 投下された赤ん坊型の爆弾が次々に襲いかかってきたのだ。


「マ”ンマァ〜〜ッ!!」


 ビュボッ……!!


「うぉ! あっぶな!!」


 パアアァァーー……ッン!!


「熱っちぃっ!」


「ンババアアァァ〜〜ッ!!」


 ビュオッ……!!


「ァアバマ”ア”アァァ〜〜ッッ!!」


 ビシュッ……!!


「くっ……おぉぉ……!!」


 バパアアァァァーー……ッン!!


 すれ違いざまに牙をむき、爪を伸ばし、それを避けるとすぐに破裂する。飛び散る赤い酸に意識を向けると、隙をつくように次の攻撃が襲ってくる。


「なんて執念深えヤツらだ……自爆特攻なんてするかよ、普通……」


「下手に攻撃できないから、なおさらたちが悪いな……」


 勝手に自滅する敵に攻撃の必要はない。躱す事だけに神経を集中できるのが唯一の救いだった。

 反面、飛び散る酸の範囲が広く、動けるスペースが限られるのは厄介だった。

 そこかしこで破裂するグレイビ・ベイビーを見て、しみじみとロメウがいった。


「にしても、きたねえ花火だ。迷宮(ダンジョン)であんなもん見る日が来るなんて、思ってもなかったぜ……」


「……同感だ。オレも思わなかったよ」


 現実(リアル)でその台詞を聞く日が来るなんて、ねぇ……。


「このままチンタラやってちゃジリ貧だ。なんとかなんねえのか、ルキト」


「ならば、ヤツら以上の速度で落ちるしかないな」


「逃げるが勝ちってか。いい判断だ」


「グラス! ビョーウ! 全速力で下に向かうぞ!!」


「わ、わかりました!」


「承知した!」


「フルスピードで行く。しっかりつかまっててくれよ」


「了解し……うわっ!!」


 ボッッッ……!!


 自由落下に飛翔(フライ)の速度を合わせ、一直線に下を目指す。

 高速飛行の最中、ロメウに声を張った。


「後ろは付いて来てるか!?」


「あ、あぁ! 大丈夫だ!」


「っしゃ! このままヤツらを振り切るぞ!」


 飛翔(フライ)で飛行している分、ただ落ちてくるだけのグレイビ・ベイビーよりオレ達の方が速い。これなら追いつかれる心配はないだろう。

 後は、このまま降りるだけ……


 ドッ……クンッ……!!


「……ん?」


 の、はずだった。

 しかし、その考えが希望的観測だった事をすぐに思い知らされた。


「様子がおかしいぞ……」


「おいおい、今度はなん……」


 ビシュッ……!!


「うわっ!!」


「!!? き、木の枝っ!?」


「いや、違う! これは……!」


 ビシュッ! ビッ!! ビビッッ!! ビシュシュシュッ!!!


「巣の攻撃だっ!!」


 ビュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッッ……!!!!!


 薄明かりの中、横から襲ってきたのは鋭く尖った無数の枝だった。

 いや、正確には、巣の側面から伸びてきた枝のような何かか。

 一本一本が意思を持っているかのようにうねりながら、オレ達を狙って来る。


「上と横から挟み撃ちかよ! 笑えねぇぜクソッタレ!!」


「ギアを上げるぞ! 舌を噛むなよ、ロメウ!!」


 通常の動きではこれだけの数は躱しきれない。

 スキルを発動し、機動力を上げた。


高速(ハイ・スピード)っ!!」


 ビュボッッ……!!


「うっ……ぉ……!!??」


 ビュボボボボボボボッッ……!!!


「うおおおぉぉぉーー……っっ!!!」


 常人なら気絶してもおかしくない速度で動き回る、死のジェットコースター。無理やり乗せられているロメウにしてみれば、生きた心地がしないだろう。

 しかし、気遣う余裕がオレにはなかった。

 行く手を遮る攻撃から身を躱すのに、いっぱいいっぱいだったからだ。


「ど……どこまで続いてんだ……この巣は……」


 やがて、切れ切れの呟きが聞こえてきた。

 そろそろ限界か。

 これ以上の負荷は、ロメウにとって危険だろう。

 いや、ロメウだけじゃない。マリリアも同様のはずだ。

 巣の側面をぶち抜いて内部から脱出するか。そんな考えが頭を掠めたその時ーー


「!!?」


 ようやく、終わりが見えた。

 地面があるのを、確かに確認できたのだ。


「着いたぞロメウ! 底だ!!」


 徐々に落下速度をセーブしながら、最後の攻撃をかいくぐった。

 ようやく到着した巣の底に降り立つと、ロメウがその場にへたりこんだ。


「くっ……はああぁぁぁ〜〜……」


「大丈夫?」


「な……なんとかな……それより、みんなは無事か……?」


「……あぁ。心配なさそうだ」


 ロメウの言葉を受けて見上げると、まずはグラスが降りてきた。

 続いて、ビョーウとマリリアが降り立つ。


「ルキト様! ロメウ様! ご無事ですか!?」


「うん、大丈夫」


「ち、ちとキツかったが……な……」


「そうですか……安心しました……」


「グラスも怪我はないみたいだね。良かった。ビョーウ……はまぁ心配いらないとして……マリリア」


「……じっ……!!」


「生きてるか?」


「死”ぬがど思っだあ”あぁぁぁ〜〜……!!」


 息も絶え絶えに、マリリアが悲痛な声を上げた。

 まぁ、ビョーウの動きに付き合ったのだから、当然といえば当然の反応だった。

 むしろ、気絶していないだけ大したものだ。


「お主ら、休んでおる暇などないぞ」


 と、青ざめた顔で座りこむ二人に、冷静な声がかけられた。

 マリリアのHPにリーチをかけた本人だった。


「すぐにヤツらが落ちてくるじゃろうからのう」


「!!? そ、そうだったわ!」


「ゆっくりしちゃいられないな。さっさと出ようぜ!」


「って……あ、あれ?」


 慌てて立ち上がったマリリアが、周りを見てさらに焦り始めた。

 出入りできそうな穴や裂け目がどこにもなかったからだ。


「出口どこよ!?」


「ちょっと待て。ここ、完全に塞がれてないか?」


「そんなハズないでしょ! 先に進めないじゃない!」


「まさか……このルートもフェイクだってんじゃねぇだろうな……」


 最悪の展開ーーロメウの指摘通りなら、オレ達はまんまと罠にはまった事になる。

 上に戻らない限り、このままなぶり殺しにされるだろう。


「じ、冗談じゃないわよ! ここまで来て今さ……」


 パァァァーー……ッン!!


「っ!!??」


「ヤバいぞ! ヤツらが落ちてきやがった!!」


「ちちち……ちょっと! どうすんのこれ!?」


「ここにいてはいけません! 出口を探しましょう!!」


 一斉に走り出すと、それまでオレ達のいた場所に肉の爆弾が次々と降り注いできた。


 パンッ! パパパンッッ!! パンッ! パアアアァァーー……ッンンン!!!


 破裂音と酸が飛び散る音にビクつきながら、巣の内部を一周した。

 しかし、出口はおろか、身を隠せるような場所すら見当たらない。

 その間にも、落ちてくるグレイビ・ベイビーは数を増し続けていた。


「イヤあぁぁ〜〜っ! もうカンベンしてええぇぇ〜〜っ!!」


「逃げ場がねぇぞ! どうする、ルキト!!」


「くっ……グラスの結界で身を守るのも限度がある。なんとか巣の外に出ないと……」


「なれば、わらわに任せい」


「な、何か方法があるの!?」


「知れた事よ。こうするのじゃ!」


 ヒュッ……キキキキキンッッ!!


 閃光が走った。

 空間を裂いた白い軌跡が、不気味に光る巣の側面を斬り刻む。

 ぽっかり開いた穴から、外の光が差しこんできた。


「ほれ。出口じゃ」


「よっしゃ! でかしたぞビョーウ!!」


「急げっ! もう限界だっ!!」


「きゃあああぁぁぁぁぁ〜〜っっ!!!」


 バパパパパパパアアアーーー……ッッンンン……!!!


 バシャシャシャシャシャ……ッッ!!!


 じゅじゅじゅうぅおおおぉぉ〜〜……っっっ!!!!


 間一髪だった。

 脱出したのとほぼ同時に、まとめて降ってきたグレイビ・ベイビー達が一斉に破裂したのだ。

 ビョーウが作った穴から、濁った煙がもうもうと立ち昇っている。


「たっ……助かったあああぁぁぁぁぁ〜〜……」


 マリリアが声を絞り出した。

 溶けた地面を唖然と見つめる顔からは、完全に血の気が引いていた。


「……一息ついてる所すまねぇが……」


 そこに、追い討ちがかかった。

 ロメウが発した声は硬く、それだけで事の重大さが伝わってきた。


「悪いお知らせがあるぜ、マリリア……」


「へ?」


「そうですね……助かった、というには、少し早いかもしれません……」


「グ、グラス? え? どうしちゃったの?」


「……なるほど、ね」


 二人の見つめる先を見て納得した。オレにも、いいたい事が分かったのだ。

 同じように、目を向けたマリリアがようやく意味を悟った。


「う”ぇっ!!???」


「なぁ、ロメウ……これって、やっぱり罠でしたってオチなのかな……」


「考えたくないが……その可能性はあるよな……」


「な……なによ、アレ……」


「くく……さしずめ、肉塊どもの親玉、といった所かのう……」


「はい。その通りです」


 オレ達の行く手を遮らんと待機していたのは、無数に蠢くグレイビ・ベイビーの群れ。

 そして……


「あれは、マザー・クインジー。グレイビ・ベイビーの女王(クイーン)です」


 女性の上半身と芋虫の下半身を持つ、異形の化け物だった。

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