175・魔法じかけのオレンジ
到着した攻略は、入口が分厚い鉄扉で閉じられていた。ギルドが設置したらしく、鍵はかかっていないという。
建てられた石板に、強めの文言で注意喚起が記してあった。誰でも入れる特性上、軽い気持ちで挑んで事故る例が後を絶たないのが理由らしい。
「さて、と。入る前に、役割の確認をしとくか」
扉の前でオレ達に向き直り、ロメウがいった。
このメンバーで迷宮攻略をするのは今回が初めてだ。あらかじめ担当を決めておくのは当然の事だった。
「先行は俺が引き受ける。索敵や罠の解除は任せてくれ」
「分かった。なら、オレ、マリリア、グラスの順番でついていくよ。ビョーウ、殿を頼まれてくれるか?」
「よかろう」
「戦闘時はどうする?」
「オレとビョーウが前衛、マリリアとグラスが後衛だ」
「なら、俺も前に出るかな。撹乱と攻撃担当って事で、どうだ?」
「オーケーだ。前三人、後ろ二人でいこう」
「決まりだな。じゃ、入るとしようぜ」
背後を指差し、ロメウが頷く。
自分に気合いを入れる意味で、声を出した。
「っしゃ! 行くぞ、みんな!」
「はい!!」
「おぉーーっ!!」
「くく……さて、何が出るかのう……」
扉に手をかけたロメウが、力を込めて引いた。
後に続いて、オレ達は迷宮に足を踏み入れた。
「なんだ、結構明るいんだな……」
中に入ると、緩やかな下り坂が真っ直ぐに伸びていた。
道幅は五〜六メートルといった所か。ひんやりした内部は入り口の割に広く、灯りを必要としないくらいには視界が利いた。
「アレのおかげよ」
マリリアにいわれて周囲を見渡した。壁や天井の所々で、光源がぼんやりと浮かび上がっていた。
「なるほど。光ゴケか……」
「そこかしこに生えてるから、かなり明るいわね」
「松明は必要なさそうだな。これも、迷宮核の記憶って訳か」
「そうね。地面は平らにならされてるし、壁面や天井も凹凸がほぼないわ。こんなの、天然じゃあり得ないでしょ?」
確かに、円形にくり抜かれただけの洞窟と違い、床、壁、天井がちゃんとできている。岩で造られた建築物の中を歩いているような感覚だった。
「この感じだと仕掛けも色々ありそうだから、気を抜かない方がいいわね」
「そういやここってさ、ロックスタ達が最下層まで進んでるんだろ? 罠は解除してあるんじゃないの?」
「一度誰かが引っかかったり解除したりしても、すぐに手直ししちゃうのよ。だから、一日もすればまた復活してるってワケ」
「そうか。迷宮核が生きてる限り、修復できちゃうんだな」
「そゆこと」
数メートル先を、ロメウが先行している。後ろ姿を見ながらオレ達はついて行った。
と、その足が止まった。しゃがみこみ、道の先を見始める。
「何かあった?」
早足で近づき、隣でしゃがんだ。前を向いたままでロメウがいった。
「罠だ。が……妙だな」
「妙って?」
「依頼書の地図じゃ、こんな所に仕掛けはなかったはずだ」
いわれてみれば確かに、坂を下った先まで罠はないと記載されていたはずだった。
「つまり、新しく造られたって事?」
「そういうこったろうな」
細めた右目が遠くを見ている。やがて、こちらに顔が向いた。
「地図は頼りにしない方がいいかもしれん。最悪、迷宮の構造が変わってる可能性もあるぜ」
「て事は……」
「あぁ。様子を見て平気そうなら担いで飛んでもらおうと思ってたんだがな。やめといた方が良さそうだ」
どうやらロメウも、オレと同じ考えだったらしい。
しかし、何があるか分からない現状では、そのショートカットは使えそうになかった。
「仕方ない。地道に歩くか」
「だな。まぁ、どのみち調べながら進む必要があったから、そうそうすっ飛ばす訳にもいかなかったんだけどよ。じゃまぁ、ちゃちゃっと罠をクリアして、先に進むか」
立ち上がったロメウが、サッカーボールほどの石を持ってきた。勢いをつけ、前方に放り投げる。
ズボッ!!
バキバキバキッ……!!
「!?」
石の重みで地面が沈んだ。近づいて見ると、直径二メートル程の穴がポッカリと口を開けている。
底には、先を鋭く尖らせた木杭が敷き詰めてあった。
「落とし穴か……」
「なんてこたぁない罠だが、壁や天井の光ゴケを見ながら歩いてると、案外気づかないもんなんだよ」
「どうしてここにあるって分かったの?」
「一部だけ地面が暗かったからさ。そうなるようにコケを生やしてんだろうぜ」
「なるほどね……」
「適当なように見えて、その実、きっちり計算してやがる。意外に面倒な迷宮核かもしれねえな」
「警戒は怠らない方がいい、か」
「あぁ。油断してると、足元をすくわれかねん」
穴を迂回して先に進んだ。そこからは罠もなく、平坦な道が続いた。
しばらく歩いていると、周囲に目を配りながらマリリアがいった。
「……なんか、変じゃない?」
「えぇ。変ですね」
確かに、奇妙だった。
落とし穴を回避してからここまで、何も起きていないのだ。
敵も出なければ、罠すらない。不気味なほどに変化のない一本道が、先まで続いている。
「何も出てこぬではないか。どうなっておるのじゃ」
「侵入者を察知してるにも関わらず、ノーリアクションか……あからさまに怪し……ん?」
見ると、立ち止まったロメウが小さく左手を上げている。ストップの合図に、オレ達は従った。
周囲を見回していた顔が右に向いて止まった。何かに気づいたのか、壁に歩み寄る。光ゴケがへばりついたした壁面をナイフの柄で叩き、しゃがんで地面を見ている。
一通り調べ終えると、手招きをした。
「なんかあったの?」
「もしやと思ったが、当たりだったようだ。仕掛け扉だよ。このさきに隠し部屋か通路があるぜ」
「え?」
ぱっと見、なんの変哲もない壁だった。色が違うとか、境目があるといった目印は何もない。
「扉があるの? ここに?」
「ただの壁にしか見えないわよね……」
「良く見てろよ?」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!!
そういって、ロメウが壁を強く蹴った。何度か繰り返し、壁面にナイフの先を突き刺した。
「よっ!!」
ガガッ……ガリガリガリッ……!!
柄を両手で持ち、体重をかけて下に切れこみを入れる。
それが済むと、こちらに向き直った。
「見てみろ」
「……これは……」
岩壁に、僅かな隙間ができていた。綺麗な直線である事から、人工的であるのは明白だった。
「確かに、扉があるみたいね」
「だろ?」
「新発見、ですね……」
「よく気づいたの、ロメウ」
「こんな仕掛けを見破るなんて凄いな。今度は、なんで分かったんだ?」
「さっきと逆の理由さ」
「逆?」
「暗さでカモフラージュしてたのが最初の落とし穴だ。なら次からは、暗い場所に注意して歩くだろ? つまり、明るい部分は見逃しやすくなるってこった」
いいながら、指を差す。
密集した光ゴケが、周囲よりも明るく扉部分を照らし出していた。
「最初の罠からここまで何もなかったってのも計算の内なんだろうよ。ちょうどダレてきて、注意力が散漫になる頃合いだ。なんかあると思ったぜ」
「そっか……扉を隠すのが目的で……」
「罠を設置し直して、モンスターも出ないようにしたのですね」
「全て理由があったのじゃな」
「とすると、やっぱり……」
「あぁ」
真っ直ぐに続いている道に目を向け、ロメウが頷いた。
「迷宮が改良されてるな。当たりはこっちだろうぜ。今までのルートはフェイクで確定だ」
「それどころか、迂闊に進んだら扉から出てきたモンスターに後ろから襲われるよな」
より確実に侵入者を始末する目的で設置された隠し扉、という訳だ。
「でも逆にいえば、この先に迷宮核がいる可能性が高いって事じゃない?」
「あぁ。となれば、敵さんが本腰入れてくるのはこっちの道だ」
「第一階層とは思わない方がいいかもしれませんね……」
「どうやらここの迷宮核は、少々ヒネてるみてえだ」
顎髭を撫で、口元を歪めながらロメウがいった。
「心理の裏をかいてくるタイプは、派手好きなヤツより厄介なケースがある。気を引き締めて行こうぜ」
「よかろう。では、先に進もうではないか」
「ところでこれ、どうやって開けるの?」
オレの疑問に、全員が目を向ける。
しかし、返ってきたのは意外な返答だった。
「こっちからは無理だな」
「へ?」
「無理って……開かないって意味?」
「そうだ。調べたかぎり、開ける仕掛けがない。どうやら、向こう側からしか開かないようになってるみてぇだ」
「ちょっと待ってよ。じゃあ、この扉は使えないの?」
「別の場所にスイッチのような物があるのでしょうか……あるいは、魔法錠が使われているのですか?」
ロメウが、小さく首を振った。
「いや、どっちも違う。そもそも、敵がこの通路に来るための扉だ。こっちから開けられちゃあ、都合が悪いのさ」
「ではどうするのじゃ。こじ開けて進まねばならぬのか?」
「大丈夫だ。正攻法が使えないなら裏技を使えばいい。俺の読みが正しけりゃ、なんとかなる」
「裏技?」
「まぁ、実際に見た方が早いだろ。ちょっと離れててくれ」
「?」
いわれた通り後ろにさがると、再びロメウが扉部分を蹴り始めた。
先ほどよりも執拗に繰り返す衝撃で、光ゴケがボトボトと落ちている。
しばらく続けると、下げていた革袋から金属の棒を取り出した。先が直角に曲がった、バールのような道具だった。
「まさか……こじ開けるつもり?」
「そこまでヤワな扉じゃねぇよ。こいつはな、ちょっと細工するために使うのさ」
「??」
「まぁ、見てなって。よっ! っと……」
平たく削られた先を扉のすき間に突き刺し、両手で持って力を込める。
何度か繰り返し、壁面に目を凝らしながらロメウがいった。
「こんなもんかな……」
再び、革袋に手を突っこむ。
次に取り出したのは、紐で巻かれた獣革紙の束だった。
「さぁて、上手くいってくれよ……」
呟きながら、広げたすき間にゆっくりと獣革紙を差し入れていく。
一枚目を入れ終えたが、特に変化はなかった。
続けて、二枚目を差し入れる。それでも何も起こらなかった。三枚目を入れる。変化はない。
ロメウが繰り返す謎の行動に、オレ達は揃って首を捻った。何をしているのか、見当がつかなかったからだ。
四枚目がすき間に消える。
そろそろ真意を訊ねようと口を開きかけた、その時だった。
ゴ……
「!??」
ゴリ……ゴリゴリゴリ……
重い音を立てながら、ゆっくりと扉が開き出したのだ。
後ろに下がりながら、ロメウが笑顔を浮かべた。
「オーケー、成功だ。これで進めるぜ」
「開いた……」
「え!? なんでなんで!?」
「ほう……」
「ど、どういう仕組みなのでしょうか……?」
唖然とするオレ達を尻目に、武器を抜いたロメウが慎重な足取りで扉の中に入っていった。
すぐに顔を出し、声をかけてくる。
「敵はいねぇみたいだ。来て大丈夫だぜ」
そこは、松明が灯っているだけの小部屋だった。正面奥の壁に、先へと続く穴が黒く口を開けている。
「ねぇねぇ! なんで開けられたの!?」
部屋に入るなり、好奇心を剥き出したマリリアが食い気味に訊ねた。散らばった獣革紙を拾っていたロメウが、上に目を向けた。
「あれだよ」
「あれ?」
吊られて見てみると、入り口上部の壁に水晶が取り付けてあった。
ソフトボール程のサイズで、鮮やかなオレンジ色をしている。
「あの水晶、なんなの?」
「『カッティング・フルーツ』っていう仕掛けでな。足元にある色の違う床と魔力で繋がってんだ。そこに立って接続を絶つと、扉が開く仕組みになってるんだよ」
つまり、この世界における人感センサー、といった所だろうか。
「なるほどね……それを、すき間から入れた獣革紙で……」
「鍵を開けるなんて簡単な事も、モンスターによっちゃ出来ないからな。ま、人間にはあまり必要ない、迷宮限定の仕掛けだよ」
さすが、冒険者ギルドで一目置かれるだけの事はある。
ロメウの持つ知識や技術は、一朝一夕で身につく物ではない。長い冒険者生活で培った経験が、しっかりと身についている。
「ん? どうかしたか?」
「いや……」
そういう意味では、戦力特化型のオレ達に不足している要素を補ってくれる、理想的な助っ人といえるだろう。
「なんでもないよ。行こう」
「? じゃまぁ、そうするか」
先頭をいくロメウについて歩き出した。
黒く開いた出入口の先は、灯りのない通路になっていた。前方に、小さく光が見える。
「!!?」
やがて狭い路を抜けると、広大な空間が広がっていた。
その部屋に足を踏み入れたオレ達がまずしたのは、見上げる事だった。
「なんだ、あれ……」
異様な光景だった。
枯れ果てた巨大な樹木が、ひび割れのような枝を部屋の隅々まで伸ばしていたからだ。
「ひぇ〜……でっかぁ〜……」
「なんで枯れ樹がこんな所にあるんだ……?」
「ただの巨木ではないようじゃぞ」
ビョーウの指摘が間違っていないのは、すぐに分かった。
何故なら、死んでいるようにしか見えなかった巨木の表面、樹皮部分に、真っ赤な血管のようなものが浮き出してきたからだ。
ドクン……
ドクン……
ドクン……
ドクン……
「樹木タイプのモンスター……みたいだな……」
「それにしてもあのサイズはねぇだろう。ちっと脇に逸れただけでこれかよ……」
「難易度も広さも、中規模くらいじゃ済まなそうだな、この迷宮……」
「あぁっ!? 見て、あそこっ!!」
マリリアが指差したのは、長く伸びた枝の一本だった。真っ赤な実がぽつんと生っていたのだ。
それが二つ三つと増えていき、あっという間に全ての枝が無数の実で埋め尽くされる。
見る見る大きくなっていく血色の果実がモゾモゾ動き出すのを見て、ロメウがため息をついた。
「なるほど。そう来たか……」
「ファーストコンタクトで団体様とはね。殺意マシマシだな、こりゃ」
「くくく……良いではないか。準備運動くらいにはなろうて」
「思ったより、力押ししてくる迷宮核みたいね……」
短鎚矛を構え、臨戦態勢を取りながらマリリアがいった。
「あの赤いの、全部モンスターよね。派手好きな方が厄介じゃない、だったっけ?」
「前言撤回だ。やっぱり、脳筋タイプの方がメンドくせえ。加減を知らねぇからな」
迷う事なくロメウが即答した。
すると、ここまで黙っていたグラスがやにわに口を開いた。
「あれは……樹木ではありませんね……」
「え?」
意外な指摘だった。
そしてこの後、オレ達は知る羽目になる。
はからずもロメウの認識に、間違いがなかった事を。




