174・残念な答え
一夜明け、迷宮攻略初日の朝を迎えた。これからギルドに顔を出し、その後、現地へ向かう予定だった。
留守番のソラには、芳香水晶を預かっておいてもらった。ティラから使いがあっても、迷宮内にまでパフュームバードを来させるのは危険だからだ。
「皆さん、お気をつけて行ってきてください!」
耳をピンと立てたソラに送り出され、オレ達は宿を出た。
朝のギルドは今日も盛況だった。昨日と変わらず受付に長い列ができている。
声をかけるためにバーニーを探した。
すると、冒険者達の話す声が耳に入ってきた。
「はぁ? 本当かよ、それ」
「本当だって。小便チビりそうなツラして腰を抜かしてたって話だ」
「どこのどいつか知らねぇが、正気じゃねぇな。ヤロウがガチモンの貴族だって分かってんのか?」
「そりゃ分かるだろ。二言目にはお家の名前を出すヤツだからな」
「あんなのと揉めるなんて、よくやるぜまったく……」
断片だけでなんの話をしているのかが分かった。
どうやら、昨日の一件がすでに広まっているらしい。よくよく聞いてみれば、そこかしこで話題になっていた。
「でもさ、振っただけで直剣が折れるなんて、あるのかしら」
「ある訳なかろう。小枝でもあるまいし、木剣ですらそのような真似は不可能だ」
「では、亀裂でも入っておったんかいのぅ」
「それはないんじゃない? だってご自慢の宝刀なんでしょ?」
「うむ。相当な業物と聞くな」
「そういえば以前、鑑定に出した事があったらしいですよ。額を聞いてびっくりしました」
「ほぅ。どれほどの値がついたのじゃ?」
「五百万ジルだったそうです」
「ごっ……五百ぅ〜〜っ!!?」
「我らの稼ぎ二十年分、といった所か……」
「恐ろしい金額じゃの……」
「ですよねぇ……」
「そ、それさ、もし弁償ざたにでもなったら……」
「……」
「……」
「……」
…………。
「……ねぇ、ルキト」
「みなまでいうな」
マリリアの引きつった顔。見ただけで、いいたい事は分かった。
「オレ達は何も聞かなかった。そうだな?」
「なんじゃ、あやつら。昨日の事をいうて…… 」
「あぁ〜〜っ!! そ、そうね! うん! 聞いてない聞いてない! なぁ〜んにも聞いてないっ! じ、じゃあさ! 早くバーニーさんに会ってから逃げ……迷宮に行きましょう!!」
無理やり作った笑顔で応じたマリリアがそそくさと歩き出す。心なしか、動きがぎこちなかった。
「何を慌てておるのじゃ。おかしなヤツじゃのう……」
「と、とりあえず、行きましょう」
事の重大さに気づいていないのは当人だけーーまぁ、ビョーウらしいといえばそれまでだった。
ともあれ、長居をしたくないのはオレ達も同じだ。早足でマリリアを追いかけた。
「おはようございます、バーニーさん!」
ちょうど、受付嬢との話を終えたタイミングだった。マリリアの挨拶に気づいたバーニーが、こちらに歩いて来る。
「おはよう。これから行くのかい?」
「はい! これより突入いたします!」
「迷宮は久しぶりなんでしょ? あまり無茶しないようにね」
「大丈夫! 任せといて!」
「おはようございます、バーニーさん」
「おはようございます」
「おはよう。準備は万端かい? ルキトくん」
「はい。このとおり」
背負った荷物を見せた。
と、いっても、寝袋や薪といった大きい物は入っていなかった。グラスが収納魔法を使えたからだ。
あるいは、軽装に見えたかもしれない。しかし、バーニーが苦言を呈する事はなかった。顔を引き締め、オレ達を見渡しながら諭すようにいった。
「不確定要素が多い迷宮だ。想定外の事が起こる可能性も十分にある。くれぐれも注意を怠らず、何か問題が起きたらすぐに引き返して来ること。絶対に無理はしないように心がけてね。いいかい?」
「はい。気を引き締めていきます」
「わたしがいるんだから平気だって! 安心して待っててよ!」
「そうだね。吉報を待ってるよ」
バーニーが穏やかな笑みを浮かべる。力強く親指を立てたマリリアが、意気揚々と宣言した。
「迷宮核とお宝、まとめてゲットしてくるから! 攻略報酬よろしくね、バーニーさん!」
「ははっ、分かった。用意しておくよ」
「じゃ、行ってきますね」
「行ってまいります」
「…………」
「うん。行ってらっしゃい」
小さく手を振って見送られ、その場を後にした。長く伸びた行列を横目に入り口へ向かう。
順番が来るまでの手持ち無沙汰から、冒険者達は例の話題で持ちきりだった。
「……まだビョーウの事は知られていないようですね」
「まぁ、時間の問題でしょうけどね……」
「さっさと行こうぜ。長居は無用だ」
顔を寄せて囁き合ったオレ達の足が、自然と速くなる。グラスとビョーウが注目されているのにはヒヤヒヤしたが、単に見とれているだけのようだ。
杞憂だった事に安堵の息を吐いた。
「ルキト!」
「!?」
と、安心したのも束の間、名前を呼ばれてドキッとした。振り向くと、テーブル席で手を振る男がいた。
そこにいたのは……
「あら?」
「あやつは……」
ロメウだった。
タバコをもみ消して席を立ち、こちらに歩いてくる。
「なんでこんな所にいるんだ?」
「メッセージを受け取って来たのかしら」
「それにしちゃタイミングが悪くないか? ゆっくり話してる時間なんてないぞ?」
「今日は朝から迷宮に向かうと、お伝えしてありますものね……」
「よう」
歩み寄ってきたロメウが小さく手を上げた。オレ達を見て、ニヤリと笑う。
「やっぱりここに寄ったか。ビンゴだったぜ」
しかし、こちらの反応が鈍いのに気がつくと小さく片眉を上げた。
「ん? どうかしたか?」
「あ、いや、いきなりだったからちょっと驚いてさ」
「私たち、話してる時間ないんだけど……」
「分かってるって。これから迷宮に潜るんだろ? だから来たんだよ」
「どういう事?」
「決まってるじゃねぇか」
肩から掛けていた革のバッグをポンとたたいて、ロメウはいった。
「一緒に行くためさ。お前達と、な」
迷宮に向かう道すがら、事情を聞いた。
突然の申し出には理由があったようだった。
「教団が、何かをやってる?」
「あぁ。断片的だがそんな情報があってな。調べる必要があった所で、お前らが潜るっていうからよ。ちょうど良かったぜ」
街を出たオレ達は、森の道を歩いていた。目的地は、ここから二十分ほど行った場所にあるはずだった。
「何かって、なんなのよ」
「分からねぇ。ただ、ヤツらが穴蔵で悪だくみするってのは今に始まった事じゃねぇからな。早めに調べておいた方がいいだろ?」
「新しい階層が生まれたのも迷宮核が見つからないのも、教団が原因なのでしょうか?」
「あぁ、例の現象か。断言はできねぇが、人為的だって方が説明はつきやすいわな」
「つまり、ヤツらが迷宮核を隠してる、って事かしら」
「あり得ますね。膨大な量の魔力を含有していますから、アイテムとして活用できればとても役に立つはずです。ただ……」
そこでグラスの言葉が途切れた。
肩越しに目をやると、応じるように先を続けた。
「簡単には使えません。特殊な方法でなければ、魔力を抽出できないからです」
「あ、そっか。引き出し方って公開されてないんだっけ。確か、国家機密レベルで厳重に管理されてるんだったよね?」
「はい。ですから、一般的には換金する以外に用途はないのですが……」
「それさ、どこが管理してるの?」
「五公星です」
「…………」
無言の時が訪れた。考えている事はみな同じーーやがて、マリリアがボソリといった。
「……最悪のシナリオ、よね……」
「あぁ。だが、もしそうだとするなら……」
「動機としちゃあ十分だな」
強力なアイテムと、その力を引き出す方法。両方があるなら、教団が手を出さない訳がない。
「イヤな予感しかしないわね……」
「それ、多分あってるぜマリリア。俺も同じだからよ」
情報が、一気に信憑性を帯びてくる。
顔をしかめるロメウに、一応、たずねてみた。
「ちなみにさ……ロメウの予感って、当たるの?」
「……残念な答えなんだが……聞くか?」
「……いや、いいや。うん……」
中規模程度の迷宮が、今は魔窟に思えてくる。まだ入り口すら見えていない段階で、すでに瘴気でも浴びている気分だった。
「く……くくく……」
そんなオレ達の心情とは対照的な含み笑いが、後ろから聞こえてきた。
振り向くまでもない。誰が、も、なぜ、も、容易に想像できたからだ。
「玩具には事欠かなそうじゃの。良いではないか。くくく……」
「おいおい……なんで笑ってんだよ……」
「知れたこと。思ったより楽しめそうじゃからよ」
「……なあ、ルキト……」
しばらくビョーウを見ていた顔が、そのままこちらに向く。
呆れと疑問が、ガッツリと貼りついた表情だった。
「今の会話に、楽しい要素なんてあったか?」
「あいつの感覚を理解しようなんて考えない方がいい。時間のムダだ」
「まぁ、ビョーウならそういうと思ってたし……」
「いつもの事ですから、あまりお気になさらないでください」
グラスまでが気にかけてすらいないのを見て、ポカンと口が開く。
やがて、真剣な顔つきになったロメウが小声でいった。
「……ロックスタ達の方に行きゃあ良かったかな……」
「あ、そうだ。ロックスタっていえばさ」
「ん?」
その名を聞いて思い出した事があった。
肩に手を置き、顔を寄せる。
「四刀流ってあだ名についてなんだけど……」
「!?」
「後でゆっくり説明してくれよな?」
筋肉だけで作ったオレの笑顔を見た右目が、大きく泳ぎ始めた。
今度は確信のこもった言葉をロメウが吐き出した。
「やっぱり……選ぶパーティー間違えたわ、俺……」




