172・至宝の魔導師
パフュームバードにメッセージを託し、送り返してからカフェを出た。
お目当ての店に向かって、宿屋へ戻る方向にオレ達は歩いていた。
「それにしても、あんなビビる事ないのに」
いきなり頭にとまられて驚いたオレが余程おかしかったらしい。道すがら、マリリアが容赦なくイジり倒してきた。
「不意打ち食らったこっちの身にもなれよ。そりゃ驚くだろ、普通」
「だからって……飛び上がってたわよ? お化け蜘蛛に比べたらかわいいもんなのに……ぷぷぷ……」
笑いをこらえるマリリアは、たいそう楽しそうだった。
コイツ……まだ鬼ゴッコの事を根に持ってやがるな……。
「ティラさんのペットにしちゃあ、随分と無遠慮なヤツだったよなぁ……」
「あれは、パフュームバードの習性なのですよ」
後ろを歩いていたグラスが、いつの間にか横に並んでいた。会話を聞いていたんだろう。くすくすと笑っている。
「そうなの?」
「はい。芳香水晶を身に着けていると、頭や肩に留まる事が多いのです」
「へぇ。なんでだろ」
「香りに立ち昇る性質があるからだといわれていますね。上の方が嗅ぎ取りやすいのでしょう」
「なるほどねぇ。アイツが悪戯好きって訳じゃなかったんだ」
「あの……ルキトさん……」
「ん?」
呼びかけられて振り向いた。後ろを歩いていたソラが、早足で横に並んできた。
「ロメウさんとお会いできるのは、いつくらいになるでしょうか……?」
やはり、ティニーシアの事が気になっているんだろう。おずおずといった顔からは、少しでも早く話を聞きたい様子がうかがえた。
「そういえば、あやつも王都におるんじゃったのう」
「そんなに時間はかからないよな、マリリア」
「そうね。今日中には手紙が届くと思うわ」
パフュームバードの足輪には、ティラからのメッセージが入っていた。カロンに一度戻るとばかり思っていたのだがそうではなく、直接ロメウの所に向かわせると書いてあった。
銀獅子亭に宿泊している事と、依頼で日中は宿にいない事。二つを知らせるべく、ロメウの元へと飛ばしたのだった。
「なら、早ければ明日の夜にでも会えるんじゃないかな。その時に捜索の進展を聞いてみよう」
「分かりました! ありがとうございます!」
元気に耳を立てたソラが、ぱっと顔を輝かせた。
願わくば、吉報を聞かせてあげたい。そう思わずにはいられない笑顔だった。
ソラの記憶を頼りに、目的の店に着いた。
窓から店内を覗くと、正面には二階へ続く階段があり、左右二カ所の会計カウンターがそれを挟むように設置されている。どうやら、道具屋と武器屋が半々になっているようだった。
「思った以上にデカい店だな」
「これなら、必要な物は一通り揃えられそうね」
両開きの扉を開けて中に入る。
店内は吹き抜けの構造で、向かって右側が道具類の売り場、左側が武器防具の売り場になっていた。
立派な店構えと目につく看板、立地の良さも相まった人気店なんだろう。客の入りは上々なようだった。
「必要なのは道具類と、それから、携帯食ですね」
「どのくらい潜るか分からないから、食糧は多めにしとこうか。あと、水袋も大きい方がいいと思うんだけど、どう?」
「お任せします。迷宮の経験があるのはマリリアだけですから」
「オッケー。じゃ、取り敢えずわたしが見繕うから、追加で必要な物があったらいって。ルキト達も、それでい……ん?」
といったグラスとマリリアの会話を背後に聞きつつも、オレの関心は別の所にあった。
冒険者として経験を積み、魔王も討伐した。
「おい、見てみろよビョーウ! 最新作の直剣だってよ!」
しかし、この性分だけは異世界に転生した当時から変わらず、一向に治る気配がなかった。
「刀身に複雑な紋が浮き出ておるのう。奇っ怪な見た目をしておる」
「え〜っと、説明書きによるとだな……数種類の金属を混合した特殊な鋼で出来てるんだってさ」
「随分と薄い刃じゃの。これで硬度が保てるのか?」
「耐久性を保ちつつ、軽量化も実現した最新技術らしい。……お! 確かに軽いぞ、これ!」
武器防具にテンションが上がるのは、健全な男子として至極まっとうってもんだ。
だが、それをロマンと都合良く捉えてくれる女子がいるかというと……
「ちょっとあんた達! 今日の目的は武器防具じゃないでしょ!」
「攻撃の力を効率良く流すために溝が入っている、か……でも、盾としてどうなんだろうな。強度が犠牲になってる気がするんだけど」
「力を受け止めるのではなく、逃がすのが前提なのではないか?」
「あぁ、なるほど。受流用ってわ……」
「い〜い〜か〜げ〜ん〜に〜……しろっ!!」
「い”っ……!!」
そうはいないのが現実だ。
引っ張られた耳の痛みが、イヤというほど分からせてくれた。
「日が暮れちゃうでしょそんな事してたらっ!」
「って!! いてててててっ……!!」
「ほら! さっさと買うもの買うわよっ!!」
「マ、マリリア、あまり強くしては……」
グラスが制止してくれた甲斐もなく、手心が加えられる事はなかった。
道具エリアに強制連行されるオレに、ソラが意外そうな顔を向けてくる。
「ルキトさんって、武器防具が好きだったんですね」
「ふっ……覚えておけ、ソラ。武器防具ってのはただの道具じゃない。全男子の! ロマンなんだっ!!」
「は、はぁ……」
「情けない姿で何を格好つけておるのだ、お主は」
「武器オタクってだけじゃない。趣味に走るのは後にしなさい!」
「わかったからっ! いい加減はなしてっ!!」
ようやく解放された時には、耳が取れていないかを確かめた程だった。
と、容赦のないマリリアだったが、買い出しはソラと相談しながらやってくれている。手慣れた様子で選んでいるのを見る限り、任せておいて大丈夫だろう。
手持ち無沙汰でブラブラしていると、店の奥にある一角が目に入った。
そこに陳列されていたのは、メルメスストーンが使われた様々なアイテムだった。
「こんなにあるのか……」
封じこめた魔力を誰でも自在に引き出して使えるこの技術は、今までいた二つの世界にないものだった。
以前から気になっていた事もあり、気がつけばまじまじと見入っていた。
「何か、気になるアイテムはありましたか?」
声に振り向くと、隣にいたのはグラスだった。肩が触れんばかりの距離で澄んだ瞳と目が合う。
不意を突かれた高鳴りを鎮めるべく、慌てて視線を前に向け直した。
「す、凄い数だね。種類も豊富だし」
同じ不意打ちでも、パフュームバードの時とは訳が違う。このドキドキは、すぐには収まりそうになかった。
「魔力を補充すれば何度でも使える便利さから、冒険者にとって必需品となっていますからね。新商品の開発も盛んに行われています」
「へぇ。補充なんてできるんだ」
「取り扱いのあるお店には、専門の魔術師がいる事が多いのです。ここでもできるようですよ」
グラスが指し示した方を見ると、看板が掲げてあった。
どうやら、二階にその魔術師が常在しているらしい。
「これって、どの属性でも大丈夫なの?」
「はい。火、水、土、風、雷、光、そして闇。七種全ての魔力を封じこめる事ができます。ここには一通り揃っていますね」
「属性だけなら石の色でなんとなく分かるんだね。使い方は?」
「手に持って、『効果発動』というだけです。この言葉で、一般的に流通しているメルメスストーンはほぼ全て使えます」
「そういえば、ロメウが音声を再生した時にいってたな」
「ただ、物によっては個別の言葉が設定されている事もあります。特殊な効果や機密性の高い情報、危険な魔力が込められている場合などですね」
「セキュリティ対策もしっかりしてるんだ」
電気やガス、水道の役割を全て果たしてくれる便利な石だ。ある意味、現代日本における複数のインフラを一つで賄える、画期的な発明といえるだろう。
「造った人……メルメス・ヴァンリーフだっけ? 凄い才能だね」
「彼に与えるため、『至宝魔導師』という魔術師の特別階級が新たに制定されたくらいですからね。さらに、『魔導大公』の爵位を持つ世界で唯一の人物でもあります」
「新しい称号に大公か……そこまでの逸材なんだ」
「メルメスストーンの開発で、文明が百年進んだといわれています。五大国公認の若き天才は、人類の至宝といっても過言ではないでしょうね」
「ひょっとして……」
才能一つで国を動かし、世界を変えた存在ーーそこまで抜きん出た傑物だ。もしやという気持ちがあった。
「転生者……だったりする?」
「いいえ、前世はありません。純粋な天才です」
グラスが小さく首を振った。
そういえば、そもそもこの世界にはどのくらい転生・転移者がいるんだろうか。
オレ、ルキフル、レイ、ノエルはグラスに召喚され、イヴはノエルが連れてきた。
しかし、ゴズメスとマリリアは以前からいたのだ。
ならば、他にいても不思議じゃない。
何人が?
なんの目的で?
開きかけた口が質問を発しようとした時だった。
「二人して、こんな所にいたのね」
後ろから声がかかった。
マリリアだった。
「あ、あぁ。メルメスストーンのアイテムを見てたんだよ」
オレ達意外に転生者がいるとするなら、彼らの存在には注意を払っておく必要がある。
各々が強力な力を持っているに違いないのだ。干渉されでもすれば、今後の活動に影響を及ぼす可能性がある。
この件に関しては、場を改めてグラスに訊いてみる事にした。
「そっちは済んだのか?」
「うん。ま、こんなとこだと思うんだけど、どう?」
頭を切り替えて訊ねると、マリリアが左手に持った木製のカゴを持ち上げた。中には選んだ道具類が入っている。
ざっと見た限り携帯食がメインで、他には布の袋と水袋、ランプと固形燃料といった所だった。
「あとは、これ」
右腕に抱えていたのは毛布と薪だった。
どうやら、迷宮内で一夜を明かす前提で選んだようだ。
「道中の灯りや火起こしは魔法でいけるから、宿泊道具がメインなんだな」
「ぶっちゃけ、あんた達がいれば飛んでけるでしょ? 進むだけなら時間はかからないと思うけど、あちこち調査するとなれば意外に手間取りそうだからさ。念の為よ」
「謎の多い迷宮ですからね。備えは十分にしていきましょう」
「じゃ、これでオッケーかな」
「はい。問題ないと思います」
「てことはさ、メルメスストーンはいらないの?」
初めて目にする新技術だ。せっかくなら使ってみたい。
そう思っていたのだが、マリリアの反応はイマイチだった。
「う〜ん……ちょくちょく潜るならいいんだけど、今のところそういう予定でもないんでしょ? 一回限りの使い切りだと返って高くつくのよねぇ……」
「で、でもさ、あればあったで便利なんじゃないか?」
「わたし達なら大抵の事は自前の魔法でなんとでもなるでしょ。あえてメルメスストーンに頼る必要なくない?」
「それはまぁ……そうなんだけど……」
「なによ。なんでそんなにこだわってんの?」
「ぶっちゃけていうとだな……使ってみたいんだ!」
「いや、子供のおもちゃじゃないんだから……」
ため息まじりにマリリアがいった。
顔には、呆れた様子がありありと浮かんでいる。
「あんた……道具オタクでもあったのね……」
「でしたら、これなどいかがでしょう」
くすくす笑いながらグラスが手にしたのは、平たい板をひょうたんのような形に加工したアイテムだった。
片手に収まるくらいのサイズで、上下に薄いブルーのメルメスストーンが埋め込んである。
「それは?」
「離れた相手と会話ができるアイテムです。風の魔力で声を運ぶ仕組みになっています」
「携帯電話か! これいいじゃん! 買おうぜ、マリリア!」
迷宮内に限らず、遠隔で会話ができるのは何かと都合がいい。日常でも使えるなら、持っておいて損はないだろう。
「そうねぇ……ま、あれば便利だし、いっか」
「決まりだ。専用のケースも買っとこう」
マリリアが差し出したカゴに人数分を入れ、そのまま受け取った。右腕に抱えていた毛布と薪もオレが持ち、これで必要な物は揃ったようだった。
「じゃ、会計を済ますか」
「そうね。わたしが立て替えとくから、後でワリカンしま……」
「この無礼者がああぁぁぁっ!!」
「!?」
突然だった。
怒号が店内に響き渡ったのだ。
何事かと思い、早足で声の方に向かった。
野次馬の中に、立ち尽くすソラの背中が見えた。
「ソラ」
「ル、ルキトさん!」
「何かあったのか?」
「それが……」
おずおずとソラが顔を向けた先。
見た瞬間、何が起きているのかを悟った。
「わたしを誰だと思っているのだ!!」
「知らぬ」
「し、知らないだとぅ!? よかろう! ならば教えてやる! 我こそは……!!」
「興味がない。失せい」
「う、うせっ……!! きき、き……貴っ様ああぁぁぁ〜〜っ……!!」
真っ赤な顔で全身を震わせる冒険者風の男と、殺気立つパーティーメンバー。
彼らに向かって、うざったそうにひらひらと手を振っていたのは……
「五月蝿いハエじゃの。さっさと消えろ」
ビョーウだった。
軽く、目眩がした。




