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16・レベル9999の魔術士

 レイがいたのは、草原だった。

 遮蔽物のないひたすら広い大草原では、今まさに激しい闘いが繰り広げられている真っ最中だった。

 まかりなりにも、相手は四天王だ。激闘、あるいは死闘になるだろう事は予想ができるし、事実そうなっているんだから、何らおかしな所はない。

 そう。おかしな所なんてないんだ。

 ただ。

 闘っているのが『軍隊』だって事を除けば……。


『……グラス……』


『は……はい……』


『……いや……やっぱいいや……』


 質問するのをやめた。問いただした所で、この状況を説明できるはずがないからだ。

 眼下の草原では、三ヶ所に分かれて闘いが繰り広げられていた。

 数千か、あるいは数万か。ぱっと見では正解な数は分からなかったが、大規模な『(いくさ)』である事は分かった。

 そして、小高い丘の上にレイはいた。

 何やら、目の前に開いた複数のウインドウ? を見ている。


『おぉい、レイ!』


 声をかけると、レイは目を上げた。不思議そうな顔で辺りを見回している。


『ルキトだ。聞こえる?』


 戦場から届く喧騒に負けじと、声を張った。それで分かったみたいだった。


「ルキトさん? え、なんで?」


『グラスの千里眼を使って、お前を見ながら話しかけてるんだ』


「って事は、そっちはもう終わったんですか?」


『オレとノエルは終わったよ。後はお前とルキフルなんだけど……これ、何してんだよ?』


「はい。戦争してます」


 そんなん見りゃ分かるわ!


「そうじゃなくて、なんで戦闘が戦争になってんの」


「いやぁ、なんか、相手の闘い方に合わせてたらこうなっちゃいまして……」


 はにかんだ笑顔でいうレイの話を整理すると、こうだ。


 喋る肉球(四天王)が毒針を飛ばしてきたので、魔法弓(マジックアロー)で端から打ち落として応戦していた。

 ↓

 そうしたら、肉球の真ん中に浮き出してきた爺さんの顔が魔法で攻撃してきたので、爆裂魔法(エクスプロージョン)で爆破した。

 ↓

 すると、バラバラになった肉球から出てきた本体のリッチーが転移門(ゲート)を開いて不死の軍団を転送してきたので、こちらも土塊傀儡(クレイ・ゴーレム)の兵団で応戦する事にした。←今ここ


 と、いう事らしい。


「つまり、敵に付き合ってやってるわけか?」


「はい」


 にっこり笑ってレイはいった。

 それはそれは純真無垢な、穢れを知らない笑顔だった。


「そんな事する必要あるのかよ……」


「相手があまりにも必死だったんで、無視して倒しちゃ悪いかな、と思いまして」


 頭をかきながら、レイはいった。

 悪いかなってお前、いくらなんでもそりゃ、人が良すぎだろ……。

 そもそも、これから倒そうとしてる相手に悪いもクソもないだろって話だ。


『その気づかい……いる?』


「いや、ボク、こういう戦略シミュレーションみたいなの得意なんですよ。さんざんゲームでやってましたし。始めたら面白くなっちゃって」


 さすがはボッチのゲームオタク。ゲーマー魂に火がついちゃった訳か。


『で? いつ終わるの、あれ』


「そんなにかからないと思いますよ。敵右翼の切り崩しを終わらせたら、そのまま騎兵隊を迂回させて左翼を前後で挟み撃ちして、後は中央を前後左右から囲えば包囲殲滅陣の完成です」


『いや、何いってるか分からないんだけど……』


「カルタゴ軍が、圧倒的戦力差をひっくり返してローマ軍を壊滅させたカンナエの戦いで、ハンニバルが使った戦術ですよ。人類の戦史上、最も有名な戦いじゃないかな。とはいっても、今回はお互いに三万くらいの兵力なんで、ハンニバルほど緻密な駆け引きは必要ないですけどね」


 まるで補足になっていない説明を生き生きした顔で語るレイには、オタ特有の癖が出ていた。

 好きな事を語らせると、早口になる。


『ちなみにさ、レイ。その三万って、どうやって動かしてるの?』


「ボクの魔力です」


 当たり前だろって顔でとんでもない事をさらりといってるあたり、やっぱりこいつのチートっぷりも化け物レベルだな。


『なぁ、グラス』


 声を潜めて、グラスに聞いてみた。


『はい』


『レイの魔力ってどのくらい?』


『それが……全ステータス測定不能でして……』


 ですよねぇ。


『大体、レベルが9999っておかしくないか?』


『実はそちらも、わたくしの測定上限を振り切ってしまっていますので、正解なレベルは分からないのです』


『は? じゃあ、本当はもっと上って事?』


『はい。レイ様のいらした世界では999が上限なのですが、スキルの力でその縛りがなくなってしまいましたので……』


『どんなスキルなの?』


『〈レベルゼロ〉といいます』


『レベル……ゼロ?』


『はい。限りなく広がる『無』を指して『0』というように、無限にレベルが上がる事から、この名がついたようです』


 なるほど。

 スタートは凡人と変わらないけど、実は底のない大器晩成チートだった、って訳だ。


『だから、初期のステータスだけ見て無能呼ばわりされたのか。そりゃ、パーティーを追い出される訳だ』


『女神に会うまでは覚醒すらしていなかったスキルですからね。始めの頃は随分と辛い思いをされたのではないでしょうか』


 それにしても、だ。

 レベルが無限に上がり続けるって、ガバ神様(がみさま)のガバッぷりってのはどの異世界でも文字通り神憑ってるんだな。


『いずれにしろ、あの調子じゃ気が済むまでやらせとくしかないか……』


 戦場を見るとレイのいった通り、左翼が敵陣をほぼ崩壊させていた。

 右翼は未だに互角、中央だけが押され気味で、前線を少しずつ下げながら応戦している、といった感じだった。


『中央が押されてるな』


「兵力を左翼に多く割り振っていますからね。その分、手薄なんで押され気味なんですが、左右を制圧するまで持ちこたえてくれれば、こちらの勝ちです」


 ウインドウから目を離さずにレイは答えた。どうやらあれで、戦況を監視しつつ土塊傀儡(クレイ・ゴーレム)達を操作しているみたいだ。


『あ、そうか。中央を少しずつ下げてるのは、敵を逃がさないように深く引き込む為って訳ね』


「あれ? ひょっとしてルキトさんも好きなんですか? 戦術とか、軍略とか」


『そういう訳じゃないけど……なんで?』


「いや、それが分かる人にはあの戦術って見破られちゃう可能性があるんですよ。中央に引き込まれてる、じゃなくて、あと一息で中央を落とせる、って思わせるのがキモですから。普通、カンナエの戦いを知らなければ、劣勢だから押されてるんだろうなぁ、くらいにしか思わないんですけど……なんで分かったんですか?」


『理由なんてないけど、なんていうか、気配みたいなのが漂ってるな、って。それだけだよ』


 レイが驚きの表情を浮かべた。

 何やら考えていたかと思うと、手元のウインドウに指を走らせ始めた。


「ちょっと、これを見てもらえますか、ルキトさん」


 いいながら、ウインドウのひとつを指差している。

 グラスに移動してもらい覗いてみると、何かのリストが表示されていた。


『何これ?』


「古今東西の戦術をまとめたものです。布陣の仕方から兵の動かし方、地の利、人の利、時の利の活用法、あとは行われていたであろう指揮官同士の心理戦なんかを、ボクなりに考察してまとめてあります」


 桶狭間の戦いと表記された項目をレイがタッチすると、ページが新たに開いた。なるほど、戦の流れが図解つきで細かくまとめてある。

 その他にも、関ヶ原の戦いや大阪の陣といったメジャー所から聞いた事のない戦、海外の物らしき戦い、さらには魚鱗(ぎょりん)鶴翼(かくよく)といった陣形の解説から、吊り野伏、啄木鳥、八門金鎖など、名前からは内容が想像できないような戦術にいたるまで、スクロールした画面にズラリと並んでいた。


『すごいな、こりゃ』


「良かったらこれ、コピーしておいてください」


『コピー?』


「はい。ルキトさんには、指揮官としての才能があると思うんです。なら、いつかこの知識を役立てられる時がくるかもしれません」


『そんな訳ないだろ。兵を動かすどころか、戦に参加した事すらないんだぜ?』


「知識や経験、洞察力、応用力、思考の柔軟さ。指揮官にとって必要な要素はたくさんありますが、一番大切なのは、戦の流れを感じられる感覚なんですよ。ルキトさんは無意識にそれを感じ取っている。資質がある証拠です」


 自信たっぷりにレイはいいきった。

 まるで実感が湧かなかったが、これだけ研究しているレイにいわれると、嬉しいような照れくさいような気分になった。


『そっか。じゃまぁせっかくだから、コピーさせてもらおうかな』


「どうぞどうぞ」


 ニコニコ笑う顔を見ていて思った。

 恐らくレイの頭には、これが全部入っているんだろう。当然、使う事もできるはずだ。

 そう考えると、ノエルとは別の意味で世界をひっくり返せる存在といえる。

 そんなん二人も集めちゃって、ナーロッパは大丈夫なんだろうか。

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