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167・うるせぇやつら

 マリリアのいいように、バーニーが困ったようなはにかみを浮かべた。

 そんな事はお構いなしとばかりにロックスタがまくし立てる。


「八階層の隅から隅まで探したってのにいないんすよ迷宮核(ダンジョン・コア)! マジでどうなってんすかねあそこ!!」


 真っ赤なメッシュの入った金髪を逆立て、左の頬に三本の古傷がある。首にはぐるりとタトゥーが入っていた。太い眉と目力のある青い瞳は、いかにも押しが強そうだ。

 素肌の上に直接羽織った裾の長いジャケットは黒い鱗柄、下半身には赤い(なめ)し革のパンツ。胸と腹部にも、首と同じ奇妙な柄のタトゥーが入っていた。

 両肩から両腕、膝から下にしか鎧をつけていない軽装で、槍を二本、背中に差している。

 機動力重視の装備と、高火力の二本槍(ツイン・スピア)。典型的な前衛(アタッカー)といった出で立ちだった。


「隅から隅って……いつから潜ってたの?」


「昨日の朝っす! 丸一日かけて収穫なしなんて、やってらんないっすよ!!」


「た、たった一日で八階層まで行ったのかい? 相変わらず無茶するねぇ君たちは……」


「んなもん余裕っすよ! なんせオレがいるんだか……ん?」


「……」


 高笑いの一つもせんばかりだったドヤ顔がそのまま固まる。表情が、見る見る変わっていった。


「……テッ……!」


「…………」


「テメェはマリリア!! なんでこんなとこにいやがんだ!?」


 ようやく気づいたロックスタが、目を剥いて後退(あとずさ)る。

 両手を腰にあて、胸を反らしたマリリアの反応はしかし、至極冷静だった。


「余計なお世話よ。アンタこそ、こんな所で騒ぐんじゃないわよ暑苦しい」


「このヤロウ、よくもノコノコと……オレに何したか忘れたわけじゃねぇだろうなぁっ!!」


「挑んできたのはソッチだし。わたし、ヤロウじゃないし」


「アレのせいでなぁ、未だにうなされる事があんだぞこっちゃあ!! 人様にトラウマ植えつけといて涼しい顔してんじゃねぇぞ、こらぁっ!!」


「知らないわよ、バカ」


 にべにもない対応に、ロックスタがわなわなと身体を震わせている。小さく首を振るバーニーが印象的だった。


「な、何をしたんですかね、マリリアさん……」


「……聞かない方がいいんじゃないか?」


「そうですね。触れないでおきましょう……」


「どうせ、ろくでもない事じゃろうて」


 尚も食い下がろうとするロックスタだったが、その前にストップがかかった。


「おい、ロックスタ。こんなとこで騒いでんじゃねぇよ」


「周りに迷惑かけるなっていつもいってるでしょ、ったく……」


 騒ぎを聞きつけたメンバー達が止めに来たのだ。

 その内の一人が、肩に手を置いてマリリアに笑いかけた。


「久しぶりね。元気そうで何よりだわ」


「メテルさん!」


「ウチのバカがすまなかったな、マリリア」


「…………」


「ビーさん、ジャラさんも! 元気だった!?」


「あぁ、変わらずだよ。コイツもな」


「……ム」


「ホントだ。相変わらず無口だわぁ」


 どうやら、パーティーメンバー全員と面識があるらしい。再会を喜ぶマリリアだったが、放っておいたらいつまででも談笑していそうな雰囲気だった。

 声を掛けようと思っていると、バーニーが先にいってくれた。


「マリリアちゃん。そろそろルキトくん達を紹介したら?」


「っと、そうね。忘れてた」


 話を中断したマリリアが、こちらを手で指していった。


「彼らはわたしのパーティーメンバーよ。左から、ルキト、グラス、ソラ、ビョーウ」


「よろしくお願いします」


 紹介され、オレ達は軽く頭を下げた。微動だにしないビョーウを除いて。


「あれ? あんたまた冒険者始めたの?」


「ちょっと王都(ここ)でやらなきゃいけない事があってね。期間限定の復帰って感じ?」


「はっ! んなハンパな気持ちで仕事なんかできるかってんだ!」


「いちいち噛みつくんじゃない。黙ってなさい」


「へ〜いへい」


「て事は、臨時のパーティーって訳か。ふ〜ん……」


「…………」


 何かを感じ取ったんだろう。四人が向けてきた顔には探るような気配があった。

 しかしそれも一瞬の事で、今度は各々が自己紹介をしてくれた。


「ま、いっか。オレはアールビーだ。ヨロシクな」


 浅黒い肌に、細かく編んだ白と青のドレッドをポニーテールにした、痩せ型の男だった。

 鏡面加工が施されたデカいサングラスをかけている所といい、色とりどりの(かんざし)を差している所といい、なかなかにファンキーな見た目をしている。

 銀製の胸当てだけをつけ、引き締まった腹部はむき出しだった。細身の白い革パンツと黒革のショートブーツを履き、黒地のマントは青いジオメトリックの水玉模様だった。

 ぱっと見、職業(クラス)を判別しづらかったが、様々なネックレスやブレスレット、指輪や腰から鎖で下げている水晶などを見る限り、魔術師(ウイザード)タイプのようだった。


「メテルよ。仲良くしてね」


 次に、ウインクしながら挨拶したのはパーティーの紅一点、水色のロングヘアーをソバージュにした聖職者だった。

 銀糸で編みこまれたヘアバンドをつけ、身体にフィットした濃紺のローブにシンプルな銀の胸当てを装備している。

 ローブの下半身部分には深いスリットが入っており、覗いた太ももに短杖(ショートロッド)を差していた。

 深く青い瞳と少々キツめの顔は、回復魔法よりも攻撃魔法の方が似合っているように見えた。


「で、こいつはジャラだ。ほとんどしゃべらねぇけど、悪い奴じゃないから仲良くしてやってくれ」


「……ヨロシク」


 アールビーが紹介したのは、フルアーマーの騎士だった。

 細身の鎧で全身をすっぽり覆ったジャラの装備はしかし、通常の騎士とは明らかに違う点があった。

 両腕が鎖でぐるぐる巻きにされているのだ。

 どう使うか分からない鎖の他は、(つば)のない日本刀のような剣を二本、両の腰に差している。


「変わった装備だろ? 鎖がジャラジャラいうからジャラってんだ」


 アールビーがニッと笑った。

 全てを黒鉄(くろがね)で統一しているジャラは、身長がそれほどないにも関わらず独特の威圧感がある。表情が見えないのと、何よりほとんどしゃべらないのがなおさら無言の圧力を生み出していた。


「そしてそして! オレ様がっ!!」


 最後に、大トリは自分とばかりのロックスタが、胸をドンと叩いて声を上げた。

 気づけば、先程からの騒がしさで冒険者達が集まり始めている。


「レオヴィオラ冒険者ギルド獅子たちの巣、ナンバーワンパーティー! 暴竜(ライオット)咆哮(ギグス)リーダー! ロックスタ様だっ!!」


 衆目の中、高らかな名乗りが室内に響き渡る。

 それに対する周囲の反応はというとーー


「はあぁっ!?」


「誰が一番だってぇ!?」


「ハッタリこいてんじゃねぇぞ、ロックスタ!」


「そもそもパーティーリーダーお前じゃねぇだろが!」


「そうだそうだ! ふざけんなこの野郎っ!!」


 大ブーイング。

 さしものロックスタも、この総ツッコミには引かざるを得ないだろう……


「あぁんっ!? 文句あんのかコラァっ!!」


 と、思ったのだが、どうやら関係ないらしい。

 引くどころか、なんの躊躇もなく頭から突っこんでいった。


「あるに決まってんだろバカヤロウ!」


「調子に乗んな、ボケ!」


「上等じゃねぇかテメェらっ! まとめて相手してやるからかかって来いやぁっ!!」


 何をしにここへ来たのか。全員が忘れているようだった。

 今にも喧嘩が始まりかねない雰囲気だったが、アールビー達に慌てた様子はない。


「はぁ……まぁたおっぱじめやがったぜ、あのアホ……」


「なんであんなに元気なのよアイツは……」


 ただ、こめかみを押さえてこれでもかと眉根をよじっている。

 刻まれた皺の深さに、彼らの苦労が垣間見えた。


「あの……凄い騒ぎになってますけど、大丈夫なんですか?」


「あぁ、平気平気。いつもの事だから放っときゃいいんだよ」


「バーニーさんとなんかあるんでしょ? 気にせず行って、ルキトくん」


「は、はぁ……」


 気の抜けた返事を返すオレとは対照的に、バーニーの様子は変わらなかった。

 いつもの事、というのは、どうやら本当であるらしい。


「では、我々は場所を変えようか。ここは任せていいかい? アールビー」


「うっす。バカヤロウはオレらで回収しときます」


「分かった。じゃ、よろしくね」


「あぁっ!! 思い出したあぁっ!!」


 話がついた所で入り口に向かおうとしたオレ達だったが、今度は背中を大声で叩かれた。

 何事かと振り向くと、凄い勢いでロックスタが走ってくる。


「お前ひょっとして、流剣のヴェルベッタと星獲戦(ほしとりせん)やったヤツかっ!?」


 グイッと近づいてきた顔に怯み、一歩下がった。その分、ロックスタが前に出てくる。


「そ、そうだけど……」


「おぉ、やっぱりっ! 強いんだってなぁ、おい! よろしくな、四刀流のルキト!!」


「あ、あぁ、よろし……待て」


 あやうく、押しの強さに流す所だった。ロックスタが口走ったソレは、ツッコまない訳にはいかなかった。


「なんだ四刀流って。どこから出たんだ、そんなの」


「どこって……聞いたんだよ」


「誰に」


「ロメウの旦那。知り合いなんだろ?」


 ……あ……


「カロンからスゲェパーティーが来るってな。リーダーのルキトってヤツが四刀流の使い手だって話してたぜ?」


 あのヤロウ…………


 必要以上にデカいロックスタの声は、周りに丸聞こえだった。

 途端に冒険者達がざわつき始める。


「四刀流の、ルキト……」


「例の、飛び級したって新人(ルーキー)か」


「あんなヒョロガリがヴェルベッタと互角に()り合ったってか? ガセじゃねぇのかよ」


「いや、見た人によると、場外ルールがなければ勝ってたんじゃないかって話でしたよ」


「それ、わたしも聞いたわ。なんでも、剣と武術の二刀流なんですって」


「じゃが、今の話では四刀流らしいぞい」


「剣術と武術、後は魔法として……もう一つはなんだ?」


「もう……一つ……」


 周囲の目が、一斉にこちらを向いた。

 畏怖が半分、好奇心が半分。

 事情を知らない彼らからしてみれば、四刀流とは言葉の通り、闘いの手段を四種類持っているという意味だ。

 元ネタがアレだなんて、思いもしないに違いなかった。


「まさか……僕達が知らない、超常的な能力を持っている、とか……」


「超常的な能力……だと……?」


 憶測が憶測を呼び、話が明後日の方にいっている。

 しかし、この誤解は解く方法がない。


 だってあんなん、説明できないじゃん……。


「……っはあああぁぁぁ〜〜……」


 地獄の底まで届きそうなくらいに深いため息が出た。

 しかし、それすらもこの男は意に介さなかった。


「なぁなぁ! 今度はオレと闘おうぜ! 模擬戦なんてチャチなモンじゃなくて真剣(ガチンコ)でよぉっ! いいだろ!?」


 返事をする気も起きなかった。

 グラスが小さく頬を膨らませ、ビョーウには睨まれている。声を殺して笑うマリリアを、小首を傾げたソラが見ていた。


 オレが一体、何をしたってんだよ……。


 妙な空気が流れた。

 それを払拭してくれたのは、バーニーだった。


「落ち着いて、ロックスタ。ルキトくん達は用があって来たんだ。試合の話はまた今度。ね?」


「いやでも、こういうのは早い方が良くないっすか!? 今なら地下訓練場(した)も空いてるだろうし、なんならこれからチャチャっと……」


 ガンッッ!!


「ぐわっ!!」


「いい加減にしなさい、バカっ!!」


「…………」


 再び、ストップがかかった。

 しかし今度は、文字通りの鉄拳制裁だった。


「……っってええぇ〜〜!! 何すんだテメェら!!」


「丸一昼夜も迷宮(ダンジョン)に潜ってた直後に試合とか……狂ってんのか、お前は……」


「この程度でオレ様がくたばるかっ! ナメんじゃねぇっ!!」


「あんたの事はどうでもいいのよ! ルキトくんに迷惑かけんなっていってんの!!」


 胸元に指を突き立て、メテルが詰め寄る。

 なかなかに酷い扱いだったが、それすらも気にしないのがロックスタであるようだった。


「バッ……!! 迷惑なわきゃねぇだろうが! 強ぇヤツと闘えるんだ! 最高じゃねぇか!!」


「最高なのはお前のバカさ加減だけで十分だ。おら、もう行くぞ。さっさと報告済ませて休みてぇんだよ、オレ達ゃ」


「ならオメェらだけで行けや! こちとら戦闘モードに入ってんだよ!」


「……もう一発、イッとくか」


「ウム」


「っ!!?」


 黒鉄(くろがね)の鎖が巻きついた右腕が上がると、ロックスタの顔色が変わった。

 両手を突き出し、じりじりと後退する。


「ま、待て! 分かったから待てっ! 今日の所は勘弁してやる! それでいいだろっ!!」


「……わたし達が休んでる隙にこっそり帰って来て……なんて、考えてないでしょうね?」


「……ぁ……あぁ……」


 ゴスンッッ……!!!


「っっ……!!」


「目が泳いでんだよ、アホ」


 振り上げたままだった拳が、ロックスタの脳天を直撃した。

 ぐんにゃりした身体をジャラが軽々と担ぎ上げる。


「っつぅ訳で、オレらは帰りますわ、バーニーさん」


「あ、あぁ、うん……」


「お騒がせしてごめんなさいね。じゃ、マリリアちゃん、また今度ね。お疲れ〜」


「お、お疲れさま〜……」


「…………」


 何事もなかったかのように手を振り、四人はカウンターへ向かった。

 小さくなっていく後ろ姿を茫然(ぼうぜん)と眺めていると、周囲の冒険者達も散っていった。


「ス、スゴい音がしましたけど……大丈夫なのでしょうか……」


「いやぁ……どうだろう……」


「ま、まぁ、ロックスタに関しては、ジャラも殴り慣れているからね。平気だと思うよ」


「そ、そんなにいつも叩かれてるんですか?」


「流血はしておらなんだの。あれで割れぬ頑強さが、兜をかぶらぬ所以という訳か……」


「いや、見るのそこ!?」


 結論。

 多分、大丈夫。


 担がれたロックスタに、誰も気にする素振りを見せないのが答えなんだろう。室内は、何事もなかったかのように元の喧騒を取り戻している。

 しかし、騒ぎはこれで終わりじゃなかった。


「バーニーっ!!」


 今度は、野太い声で呼ぶ声が聞こえてきたのだ。

 目を向けると、大男が部屋に入って来た所だった。


「どこだ、バーニー!」


「は、はい! ここです!」


「おぉ、いたか。すまんが、おつかいを頼まれてくれ」


「おつかい……ですか?」


「あぁ。銀獅子亭にいる、ルキトって冒険者を連れてきてもらいてぇんだ」

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