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165・妖精たちの届かぬところ

「それじゃあ、王都到着を祝して! かんぱ〜いっ!!!」


 マリリアの合図で、手にした木製ジョッキを合わせた。景気のいい音が鳴り響く。豪快に飲んだビョーウが、息を吐いて満足そうに頷いた。


「うむ、美味いの。良い酒じゃ」


「でしょぉ? ラムネアって花から作ったレオヴィオラの名物なのよ」


「へぇ。なんて名前なの?」


「ブルーフルーレ。フルーレっていうのは、おとぎ話に出てくる妖精」


 確かに、美味い酒だった。注文はまかせてといっていたマリリアの自信も頷ける。


「花の酒とは珍しいの」


「花弁酒っていうのよ。蜜を混ぜてあるから、甘口で飲みやすいでしょ?」


「ただ、強いお酒ですので注意してくださいね。飲みすぎると、いたずら好きなフルーレに妖精界まで連れて行かれてしまいます」


「なるほどね」


 口にふくむと、花の香りと蜜の甘みがふわりと広がる。まろやかでありながら、アルコールはガツンと利いている。

 何度か飲んだ事のあるバーボンに似た感じだった。ビターさがない分、こちらは癖がなくて飲みやすい。

 澄んだ青い見た目はオシャレなカクテルのようだったが、調子に乗ってカパカパ()ってしまうと、後で大変な事になりそうだ。


「ソラのも美味そうだね」


「はい! 甘酸っぱくておいしいです!」


「ジュピージュースね。そっちも、ラムネアの蜜入りよ」


「なかなかよい酒場ではないか。気に入ったぞ」


 トレイスが案内してくれたのは、想像以上に立派な宿屋だった。通された部屋は来客用に騎士団が借り上げているらしく、宿泊費はいらないとの事だった。

 その隣、渡り廊下で繋がっている酒場にオレ達はいた。王宮の騎士や兵士達もちょくちょく利用するそうで、かなりの大箱だった。


「さすがは騎士団御用達だよな」


「これは料理も期待できるわよぉ〜! マリリアさんセレクト、楽しみにしててねソラ!」


「はい!」


「その前におかわりじゃ」


「もう空けちゃったの!?」


「ちびちび飲むのは(しょう)に合わん。まとめて注文しておけ」


「はいはい、少々お待ちを。すみませ〜ん!!」


「はぁ〜い!」


「ブルーフルーレを、五……十杯くださぁ〜い!!」


「かしこまりましたぁ〜!!」


「えぇ……」


「料理の前に、お酒でテーブルが埋まってしまいそうですね……」


 はからずも、グラスの言葉は的中する事になった。運ばれてきたジョッキが並ぶと、テーブルの空きスペースがほぼなくなったのだ。


「料理が置けないじゃん……どうすんの、これ……」


「ちょっと多かった……かな?」


「かな? じゃないっつぅの……」


「心配無用じゃ」


 ダース単位で鎮座する妖精達の圧にも、ビョーウが動じる事はなかった。おもむろに掴み上げたジョッキを勢いよく傾け、何事もなかったかのように息を吐く。


「空けてしまえば問題はない。ほれ、お主らもどんどん飲め」


 いうが早いか、さらにもう一杯、喉に流しこむ。

 料理が来る前になくなりそうなペースに、ソラが目を丸くした。


「ビ、ビョーウさんって、いつもこうなんですか?」


「まぁ……大体そうだね」


「その飲み方で味が分かるのですか? ビョーウ」


「無論じゃ。こうでなくては酒の醍醐味など味わえぬ」


「一気飲みするようなサイズじゃないよな、このジョッキ……」


「関係ないわ。出された杯は一息で空けるが酒呑みの作法よ」


「そんな作法があるか」


「流石に頼みすぎたかと思ってたんだけど、そうでもなさそうねぇ」


「なんじゃマリリア。いつまでちまちま舐めておる。飲み方を忘れたか?」


「おっと。聞き捨てならないわね」


 煽られて火がついたのか、こちらの飲兵衛(のんべえ)もジョッキを口に運んだ。喉を鳴らして飲み干し、大きく息を吐く。


「ぷっはあぁ〜〜! エンジンかかってきたわぁ〜! さぁ〜! 夜はこれからよぉ〜〜っ!!」


「な、長い夜になりそうだな……」


「考えてみれば、マリリアも十分に強いですものね……」


 結局、蟒蛇(うわばみ)コンビと妖精達の対決は、料理が運ばれてくる前に決着がついてしまったのだった。




「お待たせしましたぁ〜!」


 さらに追加したブルーフルーレと一緒に、料理が運ばれてきた。

 大皿に乗った串焼き肉を中心に、揚げパン、ミートボールの餡かけ、魚の香草焼き、とろけるチーズが乗ったフライドポテト、フルーツ入りサラダ。

 どれも美味そうで食欲をそそられたが、中でも目を引いた皿があった。


「これ……米か?」


 生ハムがたっぷりと乗ったピラフのような料理があったのだ。

 覗きこんでいるオレに、小皿を手にしたマリリアがいった。


「見た目は似てるけど、米じゃないの。サフナっていう草の種よ」


「草の種? へぇ〜、そうなんだ」


 良く見てみると、米粒よりも丸い形をしている。小さい大豆、といった方が近いのかもしれない。


「味の想像がつかないな……」


「香りが良くて美味しいですよ。サフナは元々、料理に良く使われる香草ですから」


 グラスが焼き魚を指さした。なるほど、上に乗っているこれがそのサフナらしい。


「とりあえず食べてみなさいよ。ジャスミンライスみたいで美味しいから。はい」


「お、サンキュ。いただきます」


 差し出された小皿から一口食べてみた。爽やかな香りと香ばしさが口から鼻に抜けていく。


「あ、ホントだ。美味い!」


 噛むほどに甘みも滲み出てくる。炒めてある食感はもちもちしていて、思った以上に米っぽいのもプラスポイントだった。


「生ハムに巻いてみてよ。絶品だから」


 いわれた通りにしてみた。

 思わず声が出た。


「うまっ!! なんだこれ!」


 脂身の甘さがサフナの香りと絶妙にマッチし、程よい塩分が生ハムの旨味を引き出している。これは止まらなくなるヤツだ。


「ね? 最高でしょ? みんなも食べて食べて」


 取り分けた小皿を配りながら、マリリアが勧める。口にした全員がオレと同じ反応をした。


「美味しいっ!」


「なるほど、美味じゃの。酒にも良く合う」


「サラダでしか食べた事がありませんでしたが、サフナにはこのような調理法もあったのですね」


 満足そうに反応を見ていたマリリアが、自身も大口を開けて頬張る。

 この世の幸福をまとめて口に入れたような表情が、全てを物語っていた。


「う〜ん、おいっしぃ!! この生ハムでなきゃ出せない味なのよねぇ!」


「確かに単品でも美味いな。なんのハムなの?」


「クルールバードっていう鳥。サフナを主食にしてるから、相性がいいのよ」


「鳥なんだ。その割には脂身が多いんだな」


「寒い地域に生息しているので、脂肪分が多いのです。草食ですが大型で気性も荒く、捕獲が難しいため、食材としてはあまり流通していません」


「だから王都でなきゃ食べられないのよ。カロンじゃまずお目にかかれないわね」


 米の味を思い出し、食欲が爆上がりした。皿から立ち昇る香りと湯気が、空腹に拍車をかける。


「っしゃ! せっかくのマリリアさんセレクトだ。食うぞっ!!」


「そうこなくっちゃ! ガンガン食べてガンガン呑むわよぉっ!」


 疲労回復には栄養補給が何よりも大切だ。

 まず食って、次に寝る。原始的だが、なんだかんだいって一番効果的なのはこの二つなのだ。

 串焼きにかじりつき、ミートボールを口に放りこみ、香草ごと焼き魚を頬張って、サフナの生ハム巻きに舌づつみを打ち、ブルーフルーレで流しこむ。


 ーーしゃらくせぇ治癒魔法なんざ必要ねえ。飯を食って寝ろ。獣みてぇにな。それで回復できるようになって初めて一人前だ


 修行時代、拳帝(ししょう)がいっていたのを思い出した。

 死ぬほど闘って、死ぬほど食って、死人のように眠り、全快する。

 無茶苦茶ではあったが父さんと母さんによると、拳帝(ししょう)はこれを実践していたらしい。


 ーー千切れかけた脚を食べて寝ただけで自己修復したからね、あいつ。人間の身体じゃないんだよ


 ーーひょっとして魔族かなんかじゃないかって、本気で疑った事があったものねぇ……


 にわかには信じられない話だったが、あの人ならやりかねない。

 そういう意味では説得力があるものの、真似できるかといわれればできるはずもない。


「今日はいつもよりよく召し上がりますね、ルキト様」


「闘いの傷は食って治せっていわれてるんだ。治癒魔法に頼るなってね」


「食べてうんぬんは間違っちゃいないけど、ずいぶんと極論ね。誰にいわれたの?」


「魔族」


「魔族ぅ!?」


「に、限りなく近い人」


「その方とは、もしや……」


「うん。拳帝(ししょう)の教え」


「自己回復なんて限度があるでしょうに。無茶な事いってるわねぇ」


「そういう人なんだよ。本気出せば、斬り落とされた腕くらい飯食って再生できちゃいそうだし」


「あんた……トカゲにでも師事してたの……?」


「ギリギリで人類らしい。それすら怪しいもんだけどな」


 マリリアが困惑するのも分かる。オレ自身、いってて意味がよく分からない。


「ふむ……噂の拳帝か。一度会ってみたいのう」


 会話を肴にひたすら杯を空けていたビョーウが、何気なくそういった。

 二人が顔を合わせたらどうなるかーー考えたくもなかった


「ダメっ!!」


 即答した。美しい顔に怪訝な表情が浮かぶ。


「なんじゃと?」


「絶っ対に! ダメだ!」


「なぜじゃ」


「なんでもクソもない。ダメなものはダメ!」


「す、凄いダメ出しね……」


「ビョーウさんが会うと、何か問題があるんですか?」


「むしゃくしゃしてたってだけで魔族の城を壊滅させちゃう戦闘狂とビョーウが対峙したら、どうなると思う?」


「……あぁ……」


「それは……ダメですね……」


「うん……絶対にダメだわ……」


 分かってくれたらしい。

 ニトロと火薬庫のぶつかり合いを止めるなど、命がいくつあっても足りない。


「ほぉう……それほどの腕とは、ますます惹かれるのう……」


「……しまった……」


 ここで、過ちに気づいた。余計な事を口走ったばかりに、姫様の好奇心をますます刺激してしまったのだ。


「闘いたいとか、なしだからな」


「何をいう。お主も先程やっておったではないか」


「闘いの次元が違うんだよ! お前と拳帝(ししょう)がその辺で()り合ってみろ! 街がなくなるわ!!」


「くくく……そうか、なれば……」


 不吉な笑み。これが出ると大抵の場合、次にしてくるのは……


「格闘大会とやらで()ろうではないか。呼び出せ」


 ムチャブリだ。

 しかもその要求を、オレ以外にしだしたのだ。


「ルキトと同じようにの。お主ならできるであろう、グラスよ」


「い、いえ、それは……」


「そんな友達呼ぶみたいな感覚でしていいものなの? 異世界召喚って……」


「いい訳ないだろ。聞かなくていいよ、グラス。却下だ却下」


「は、はい……」


「なんじゃお主ら、遊び心がないのう……」


「そもそも、トーナメントに出場()るなんていってないからな?」


「なに? 話が違うではないか」


「なんも違わないっつぅの。死人が出るレベルのお遊びに他人を巻きこめるか」


「ぬぅ! 何を腑抜けた事を……!」


 新たにつかみ上げたジョッキに口をつけ、一気に傾ける。白い喉をならして飲み干し、ドン! と置いたビョーウが熱弁した。


「世界中の強者(つわもの)が集まる格闘大会となれば、参加せぬ理由などないわ! 拳帝でも武王でも良い! まとめて(ほふ)ってくれようぞ!」


(ほふ)るって……殺す気まんまんじゃない……」


「トーナメントのルールって、どうなってるの?」


「武器と魔法の使用以外、全てが認められています。しかし、相手を、その……」


「殺しちゃったら失格、か。そりゃそうだよなぁ……」


「ビョーウさん……ルールを守れるでしょうか……?」


 全員の顔が姫に向いた。口に出すまでもなく、結論が一致した。


「ぜ、全力で阻止した方が良さそうね……」


「当然だ。死人の山ができ……」


「なんだ姉ちゃん! パンピングアレイ・トーナメントに出場()るつもりかよ!?」


 引きつる顔を見合わせていると、ビョーウの背後から声がした。

 隣のテーブルについていた酔客達だった。


「へぇ。細い身体してるけど、武闘家(マーシャル・アーティスト)なのかい?」


「それにしちゃ、ヒラヒラした服だな」


「見た所、冒険者っぽいの。あんたも出場()るのかい、(あん)ちゃん」


「いや、オレは、っていうか、オレ達は出ませんよ」


「あれ? そうなの?」


「こっちの姉ちゃんはやる気満々って感じだけどな」


「なんじゃ貴様らは。馴れ馴れしい!」


「っとっと。そう怒るなって。何もイチャモンつけようってんじゃねえんだ。一つ教えてやろうと思ってよ」


 僅かに身を引きながら、赤ら顔の男が両手を振る。話を聞く気になったのか、ビョーウから挑むような気配が消えた。


「今年の大会は、例年より開催が遅くなるかもしれねぇぞ」


「開催が遅れる? なんでですか?」


「近々、ツェペリオン帝国で大規模な軍事パレードがあるらしくてな。開催時期がかぶらないよう大会を後ろにズラす予定なんだと」


「ツェペリオンって……六龍騎士団で有名な、あの?」


 マリリアが話に入ってきた。男が頷く。


「そう。あのツェペリオン帝国だ」


「なんでこの時期に軍事パレードなんか……いつもは年明けにしかやらないわよね?」


「新しい黒龍将軍の就任祝いと、お披露目だとよ」


「え? それ本当?」


 マリリアが身を乗り出した。酒を飲み、息を吐いて男が答えた。


「本当だ。細かい日程は近日中に発表があるって話だ」


「って事は、長らく空位だった黒龍将軍の座が埋まるのね……つまり……」


「あぁ。十年ぶりくれぇか? 六龍将軍が揃うってこったな」


「それは凄いイベントになるわね。パンピングアレイ・トーナメントも規模は大きいけど、流石に譲らざるを得ないかぁ……」


 マリリアが納得の表情を浮かべる。聞いていたビョーウの眉間に皺が寄った。

 明らかに気分を害した顔だったが、気にした風でもなく男は笑いかけた。


「まぁ、トーナメントがなくなる訳じゃねぇんだ。出場()る気なら準備はしっかりしとくんだな、姉ちゃん!」


「ふん。いわれるまでもないわ、酔っぱらいが!」


「そいつぁ結構! がんばってくれや! なあっ!!」


「ワシらも観に行くからの! 応援しちゃるぞい!」


「といっても、まだ先の話だけどね。しっかり稼いで旅行資金貯めておかないと、カミさんが許してくれないんじゃない?」


「ちげぇねぇ! わぁっはっはっは!!」


 いいたい事をいって気が済んだのか、男達が飲み会を再開した。

 笑い声を背中で聞きながら、ビョーウが酒をあおる。機嫌の悪さを隠そうともしていない顔つきだった。


「そんなに怒るなって。事情が事情なんだからさ」


「くだらぬ。もらった地位や肩書に価値などないわ。そのような物に一喜一憂するなど、愚の骨頂よ」


「いやいや。帝国の将軍っていったら、雲の上の存在だから」


 ビョーウの持論に、手を振りながらマリリアがツッコむ。

 苦笑いを浮かべるグラスに、ソラが尋ねた。


「そんなに凄い国なんですか?」


「えぇ。五大国でも一、二を争う軍事大国ですから。精鋭揃いの龍騎士達を率いる六龍将軍の実力は、三剣聖に匹敵するとさえいわれていますしね」


「剣聖クラスが六人もいるんですか……」


 そんなのが揃い踏みするなら、盛り上がらない訳がない。さぞかし盛大なイベントになる事だろう。


「よし。なれば予定変更じゃ!」


 機嫌が治ったのか、子供のように拗ねていたビョーウが意気揚々といった。

 嫌な予感がした。

 気乗りはしなかったものの、一応、訊いてみた。


「予定変更って、なに?」


「大会を待つまでもない。その将軍達なら、わらわを満足させられるやもしれぬ。さっさと教団を潰して帝国とやらにゆくぞ、ルキト!」


「なんでそうなるんだよ!!」


 やる気になってくれたのは結構だが、動機がおかしい。

 先程までとは一転、上機嫌で酒を飲むビョーウを見ていたら、ため息が出た。


「なんじゃ、辛気臭い顔をしおって。景気づけじゃ、どんどん飲めっ!!」


 この姫君が相手では、妖精(フルーレ)が何人束になろうと太刀打ちできないだろう。いくらがんばってみても、どこにも連れ去れはしない。

 しかし、発想のぶっ飛び具合なら、最初(はな)から妖精界の遙か先まで行っている。

 改めて思った。

 拳帝(ししょう)といいビョーウといい、天才の考えを常人に理解できる訳などない。

 それはそうだ。

 だって、おとぎ話の妖精にすら届かない所にあるんだから。

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