152・二章エピローグ~殉狂者~
【超・閲覧注意!!】
今回、極めて過激で残酷な表現があります。特に女性の方は著しく気分を害される恐れがありますので、閲覧にはくれぐれもご注意くださいますよう、よろしくお願いいたします。
「四百八十二……四百八十三……」
カツン……! カツン……!
「四百八十四……四百八十五……」
カツン……! カツン……!
「四百八十六……四百八十七……」
カツン……! カツン……!
「四百八十八……四百八十九……」
薄暗く、冷たい場所だった。
快適な室温。豪華なシャンデリア。高価な絨毯。装飾されたソファ。特注のベッド。美しい美術品。可憐な花々。かぐわしい香水。極上の酒。そして、奴隷。
どれもない。
素晴らしき人生の彩り。選ばれし者の日常。成功者の特権。
あるのが当たり前だった。満たしたいだけ満たせた。
どんな願いだろうと。どんな欲望だろうと。
満たす権力があった。資格があった。それが、『奴隷商人ザーブラ』という特権階級だった。
そう、これまでは。
しかし。
今は、どれもないのだ。
「ぐっ……うぅ……ぅ……」
横向きの体勢で寝転がったまま、ザーブラは呻いた。
収監された牢の、薄く堅いマットの上。埃っぽい空気と異臭が不快に鼻腔を刺激する。
しかし、真に悪辣だったのはそんな物ではなかった。
呼吸をするだけで走る、痛み。
肉ごと皮膚を削ぎ取られた尻と背中、折れた左腕、そして、皮を剥がされた顔と抉り取られた右目。
満身創痍の身体から、耐え難い痛みと粘つく脂汗が絶えず湧き出してくるのだ。鎮痛剤ですら気休めにしかならない痛みに、じくじくと身体を蝕まれているのだ。
「ぁ……ぐぁ……」
声を出すのも苦痛だった。
しかし、出さずにいられなかった。
膿のように滲み出す苦痛に苛まれながら、ザーブラは考えていた。
なぜ、こんな事になった?
なぜ、こんな目に合わなければならない?
男奴隷を捕獲して売り飛ばし、女奴隷は躾てから売り飛ばす。
特に、お眼鏡にかなった女奴隷は、自ら可愛がってやった。
入念に。
たっぷりと。
時間をかけて。
そのどれもが喜びに身悶えた。
全身から汗を吹き出し、両の目から涙を流し、涎と絶叫を撒き散らし、小便を漏らしながら。
憐れで矮小な、雑草のように無価値な者ども。
そのままではなんの価値もない。存在意義もない。
だから、教えてやったのだ。与えてやったのだ。
生まれてきた意味を。
産まれてきた理由を。
全ては栄光に祝福された選ばれし者、このザーブラ様を喜ばせるーーそのためだけに己があるという事を、分からせてやったのだ。
それだけの事なのに。
価値なき者どもの価値なき人生に、彩りを与えてやったのに。
なにゆえ、こうも理不尽な扱いを受けなければならないのか。
この世に、神はいないのか。
いたとすれば、なぜ自分の善行を見ていないのだろう。
なぜ、聖なる下僕にこのような苦難を与えるのだろう。
なぜ……なぜ……なぜ……
分からなかった。
考えても考えても、答えは出てこなかった。
「やはり……神など……」
いはしないのか……。
「神は、おられます」
「!!!?」
半ば朦朧とした意識の中、唐突にその声は聞こえた。
驚きのあまり身動きできずにいると、視界が顔で塞がれた。
「ひっ!!」
咄嗟に、身体を後ろにずらした。激痛が全身を駆け巡る。ひとしきりうめき声を上げ、涙が滲んだ左目を開けた。
そこには、純白のローブを身に着けた男の姿があった。
上半身を横九十度、直角に曲げた奇妙な姿勢でこちらを凝視している。
「なっ……な……!!」
言葉が出てこなかった。驚きと激痛で、呂律が回らなかったのだ。
そんなザーブラをしばし観察した後、男は身体を真っ直ぐに戻した。
「何者ですか……あ、あなたは……?」
ようやく絞り出した問に、男が反応した。
「ゴレキヨ、と申します。貴方様をお救いに参りました」
「ゴレ……キヨ……」
改めて、ザーブラは男を見た。
頭髪はなく、眉毛すらない。目の下に土気色の隈がくっきりと浮かび、異常なほどに頬が痩けている。上背はかなりあるようだったが、ガリガリに痩せているのが想像できた。
大袈裟な程に大きく上げた口角で、笑っているらしい事は分かった。しかしそれ以外、顔のパーツが一切動いていない。筋肉だけで作り出したかのような笑みだった。
しかし、真に男の異様さを表していたのは口元じゃない。両の瞳だった。
輝きがないのだ。
昆虫のような無機質さは、作り物かと疑いたくなる程に生物らしさが一切ない。黒い穴が開いているだけのようにすら見える瞳は、見つめられているだけで不安を掻き立ててくる。
到底、人間の目とは思えなかった。
「わ、わたしを助けにきてくれたのですか!?」
「んっんっんっん……」
喉を詰まらせたように奇妙な声ーー笑いだと気づくまでに、しばしの時間が必要だった。
「そぉおおです! 神の名の元! お救いに参ったのです! なぜならそれが! わたくしの使命! 迷える小さき者を救済する! 神の使徒たる者の! 聖なる勤めなのですから!!」
宣誓の言葉と共に、ゴレキヨが大きく天を仰いだ。目を閉じて両腕を広げた姿勢で動きが止まる。
異様なテンションだった。まるで、自らの声に恍惚としているかのような。
牢獄で出していい声じゃないーー反射的に、ザーブラは苦言を呈した。
「しっ……静かにしなさい! 見張りに見つかってしまうでは……」
「んっんっんっんっん……ご安心ください。邪魔は入りません」
異変を警戒したザーブラだったが、すぐに杞憂だと悟った。
誰も来ないのだ。
恐らく、二人いた見張りは、もう……。
「く……くくっ……く……」
確信した。
これで、自由だ。ようやく終わる。悪夢の時間が。
そして、再び始まるのだ。
栄光に満ちた、黄金の時が。
そうだ。
このザーブラ様が、こんな所で終わる訳がない。朽ちる訳がないのだ。
大臣、そして、教団。
これまで散々、くれてやった。地位と権力を欲しいままにできるだけの金を。好きなだけ欲望を吐き出せる女奴隷を。
いいだろう。
この先もくれてやる。
全ては我が理想郷、ザーブラキングダム建国の足がかりにするために。せいぜい使ってやろうではないか。利用価値がなくなる、その日まで。
しかし、その前にーー
「くひ……ひっひひひひひ……」
分からせてやらなければならない。思い知らせてやらなければならない。
支配者たるこの自分に歯向かった、愚か者どもに。
特にあの、ルキトとかいうガキ。
殺してやる。
肉体を。
精神を。
四肢を斬り落とし、顔の皮ごと瞼を剥ぎ取り、この痛みを何百倍にもして与えてやる。
そして、犯すのだ。
目の前で、女達を。仲間達を。
目を閉じれぬ絶望の中、見せつけてやるのだ。発狂してもなお、壊れてもなお、いたぶられ続ける大事な者達の顔と、姿を。
凶悪にそそり勃つオークどもに肉体を貫かれた母親を前に、娘は発狂した。締まりのなくなった穴から、血の香る小便を垂れ流して。
殴っても切っても、空虚に笑うだけの壊れた奴隷ーー首を締めた。痙攣した秘部が再びザーブラを締めつけた。喉に爪を食いこませた。目玉がせり出す。鼻から血が流れ出る。口から舌が長く伸びる。紅色の泡が溢れ出す。夢中で腰を打ちつけた。快楽に脳が焼かれた。恍惚に視界が白く染まった。両手に骨が折れる心地よい感触ーー同時にぶちまけた。脈打つ白欲が、どくどくと娘の肉体に注ぎこまれていった。
どす黒い快楽の余韻から我を取り戻し、目を開いたーー顔があった。
狂乱に事切れた娘の。
舌を噛み切った母親の。
苦痛と苦悶と恐怖と絶望。汗と涙と鼻水と涎。そして鮮血に彩られた、美しい顔だった。
股間が熱くなった。猛る肉欲はすぐさま硬度を取り戻した。
再び、腰を打ちつけた。何度も、何度も。何度も、何度も。白濁した欲望の残滓で粘液をかき混ぜ続けた。
肉が肉に当たる音。汗に滑る皮膚。耳障りな程に荒い己の呼吸。混ざり合った体液の臭い。淫靡な香り。夢中で犯した。一心不乱に犯した。動かなくなった肉を。それでもなお欲望を掻き立ててくる肉の塊を。オークどもが吠えていた。ザーブラの口からも獣の咆哮が迸った。熱に炙られた。肉体を。神経を。精神を。脳髄を。押し寄せてくる快楽に終わりはなかった。尽きる事もなかった。身体が弾け飛びそうだった。止まらなかった。気が狂いそうだった。やめられなかった。
昇り詰め、吐き出し、ぶちまけ尽くしーーやがて意識を失うまで、ザーブラは貪り続けた。醜いオークどもと共に。美しく壊された、肉体を。
あれは、忘れられない。麻薬に脳を浸したかのような中毒性ーー思い出すだけで股間を刺激する。心地よい欲望が、どろりと滲み出してくるのだ。
あのガキに見せつけながら、女どもをゆっくりたっぷり嬲り殺すーー身を灼く憎悪を鎮める術は、もはや極上の快楽をおいて他にはない。
股間が熱を帯びた。
想像しただけで、妄想しただけで、ザーブラは固く、そして熱く、そそり勃っていた。
「ひひひ……さぁ、何をしているのです。早くわたしをここから出しなさい……」
渦巻く欲望を抑え込み、手を伸ばした。
一人では歩く事もままならないのだ。背負われて逃げるしか方法がない。こんな薄気味の悪い男に触れるなど考えただけで不快だったが、やむを得まい。
「承知いたしました」
頷いたゴレキヨがすっと右手を上げた。
同時だった。横を向いていた身体が後ろに引っ張られた。ごろんと、マットの上で仰向けになる。
「っっ!!??」
電流が走った。
焼けつくような激痛に、ビリビリと全身を襲われた。
「っっっぐあああぁぁぁーーっっ!!?」
牢獄に、絶叫が響き渡った。咄嗟に背中をマットから離そうとした。できなかった。
「ななな何をしし、して……い”い”いぃぃぃ〜〜っ!! 」
それどころか、指一本すら動かせないのだ。
痛みと混乱に身悶えるザーブラの顔を、空虚な瞳が覗きこんできた。
「緊張する事はありません。これは、誰もが受ける事を許された、神の導き。聖なる救済なのですから」
「せ、聖なる……救済……?」
「作用です。さぁ、共に参りましょう。穢れを払い、心身を浄化し、光に満ちた世界へ!!」
つぷっ……ん……!
「……へ?」
違和感があった。
腹部に、何かが触れている。
いや、違う。
正確には、腹部に、ではない。
腹部内に、だった。
「!!!!??」
認識したと同時だった。鋭い痛みが、腹の中から湧き出してきた。
目を見開き、ザーブラは絶叫した。
「ぎいぃあああぁぁぁ〜〜っ!!?」
首を持ち上げようとした。
できなかった。
手で押さえようとした。
できなかった。
身体を起こそうとした。
できなかった。
唯一できたのは、視線を送る事のみーー目に映ったのは、腹部に突き刺さる銀の短剣を握るゴレキヨの、骨と皮だけの手だった。
「いぎぃいいぃぃぃ〜〜!! なな、なぜ、ここの、ような……!!?」
「んっんっんっんっん……」
不気味な笑いを漏らし、ゴレキヨがナイフを抜いた。それだけで焼けるような痛みが走った。
粘つく血が、とろりと糸を引いて刃に絡みついている。傷口からドクドクと血が流れ出るのが分かった。痛みが、熱さを伴って五体の隅々にまで広がっていった。
「これは、わたしが丹精こめて生み出した聖なるナイフです。一つ刺せば一つの罪を浄化し、二つ刺せば二つ浄化する。そうして全ての贖罪を済ませた時、あなたは至るのです。おぉ! 素晴らしきかな光の世界! 至高なる神、その御元へと!!」
天を仰いで、ゴレキヨはいった。神託を告げる巫女のように。神の代理たる聖職者のように。うっとりした顔で見ている。黒い目で、空洞の瞳で、見えない何かを見ているのだ。
狂ってる。
この男は、紛れもない狂人だ。チーズを切り分けるような自然さでナイフを突き立てた。ザーブラの身体に。人間の肉体に。躊躇などなかった。ありふれた日常の、ありふれた食事シーンのように、自然な仕草だった。
「ぎぎっ……い”いぃぃ……ぐっあぁ……あ”……!!」
殺される。
逃げなければ、確実に。
必死で身体を捩ろうとした。這いつくばろうとした。
できなかった。
声は出せる。感覚はある。しかし、身体に一切、力が入らないのだ。
身じろぎすらできない状況にあって、狂人はいった。
「さぁ、続けましょう。罪を清めれば、その数だけ光の国へと近づいてゆけるのです。慌てる必要はありません。一つ一つでよいのですから」
「ひ……一つ……一つ……?」
「そう、一つ一つです。心配せずとも、全ての罪を削ぎ落として差し上げますよ。たとえそれが……何百あろうとも」
血の気が引いた。
痛みも、熱さも、遥かに凌駕する冷たい恐怖に、臓腑を鷲掴みされたようだった。
これまで犯した何百もの罪? それら全てを、清める? ゴレキヨが? あのナイフで? どうやって? どうやって? どうやって? どうやって? どうやって? どうやって?
どう……やって……?
麻痺した思考でできたのは、答えの分かりきった質問を内なる自分に繰り返し問う事だけだった。
見開いた目に、ゴレキヨの顔が写し出される。
さらに恐怖した。
なぜならーー
「んん〜……んっんっん……」
優しかったから。表情には紛れもない、慈愛が満ちていたから。
本気で思っている。
善行を成しているのだと。
疑いもなく思っている。
刺す事が、救いになるのだと。
股間に、生温かい感触が広がっていった。悪臭が鼻を刺した。どうでもよかった。
今ザーブラの頭にあったのは、他の感情が入りこむ余地などない、原始的な感情ーー吐き気を催すほどの恐怖だけだった。
「いひぃいい……ぃいやだ……」
「んっんっんっん……」
「やややめてやめて! やめてぇ……!!」
「おぉ……なんとおいたわしや……そのように怯えてしまわれるとは……ご安心なさい……すぐに救って差し上げますよ……」
「いいいやだ! やだやだ!! やっ……」
つ……
「……あ”っ!!」
……ぷんっ……!
「あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁ〜〜っっ!!」
今のザーブラに、聖なる救済から逃れる術はなかった。身じろぎ一つできない肉体に、銀の異物が侵入してくる。
焼けつく激痛が波紋のように広がって、恐怖に凍てつく内臓が容赦なく犯された。
「い”だい”い”だい”い”だい”い”い”ぃぃぃ〜〜っっ!!」
「んっんっん……」
つぷんっ……
「ぎきぃい”い”ぃぃっ!!」
つぷんっ……
「ぎいぃあぁぁっ!!」
つぷんっ……
「あがあ”あ”あ”あぁぁぁーーっっ!!」
何かの作業ででもあるかのような正確さで、内臓を貫かれる。痛みが、一定のリズムで襲ってくる。
耐え難い苦痛に身体が焼き切れそうだった。
恐怖に頭がどうにかなりそうだった。
いや、むしろその方が幸せだったかもしれない。気が狂れてしまえばまだ、救いがあったかもしれない。
しかし、ザーブラにはできなかった。精神を違う世界へと飛ばす事が。現実から逃げ出す事が。
なぜならーー
ぷつっ……
めり……めりめりめりめり……
ぷちぷちぷちちちち……
……カツンッ……
「ッッ!!!??」
感じ取れたからだ。
ナイフが皮膚に刺さり、筋肉と脂肪を裂き、神経を切断し、切っ先がマットを破って地面に当たる感触ーーその全てを。
実際は一秒にも満たないであろう僅かな時を、まるでスローモーションのように長く感じた。残酷に間延びした時間の中で、痛みが発生する瞬間までつぶさに感じ取れた。そして敏感になった感覚は一つ突かれるごとに感度を増し、痛みに痛みが重なり、さらに重なり、重なり、重なり、より強く、深く、重く、痛みを産み出していく。
手足が痙攣した。
五臓六腑が痙攣した。
脳みそが痙攣した。
精神が痙攣した。
「っっぎゃあ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁーーーっっ!!!!」
声帯が捩じ切れんばかりに、ザーブラは絶叫した。陰鬱な牢獄が地獄に姿を変える。
「あ”あ”ぁぁぁがあぁーーた”ずげえ”え”ぇ”ぇ”ぇ”ーーっっ!!!!」
「……十一……十二……」
つぷん……つぷん……
「あがががががああぁぁーーーっ!!」
「十三……十四……」
つぷん……つぷん……
「だれがっ……だれ”がぁあ”あ”ぁぁぁーーっ!!!!」
「十五……十六……」
つぷん……つぷん……
「あ”い”ぃぃぃあ”あ”あ”ぁぁぁーーーっ!!!」
「んっんっんっん……」
数え唄のように数字を口ずさんでいたゴレキヨが手を止めた。
顔に、悪魔の笑みが浮かぶ。
「ご心配には及びません。牢獄は……」
ぱっくり開いた口から出てきたのはまごうことなき、言葉に姿を借りたーー
「消音結界で、しっかりと守ってありますから」
「!!!??」
『絶望』だった。
「気がねなく存分に、喜びの声を上げてくださって結構です」
「いいぃやだああぁぁぁーーっ!! あ”あ”ぁぁぁーーーっっ!!!!」
「んっんっん……んっんっんっんっん……!!」
ゴレキヨが笑う。
『浄化』を再開した殉狂者が、改めてザーブラの五体を蝕み始めた。
「十七……十八……」
つぷん……つぷん……
「がががぁはあ”あ”ぁぁぁーーっっ!!!」
数字が増えるごとに、痛みが大きさと重さを増していく。数が進むごとに、より深い地獄へと追い落とされていく。
「十九……二十……」
つぷん……つぷん……
「あばあぁぁっ!! あ”あ”あぁぁぁーーっ!!!!」
遠のきかけた意識が次の一刺しで引き戻され、それが今度は、次の一突きで砕かれそうになる。
「二十一……二十二……」
つぷん……つぷん……
「ぎいい”い”ぃぃい”いぃぃぃーーーっっっ!!!!!」
辛うじて保たれた意識にあって留まる事なく増大していくのは、身を焼き千切らんばかりの激痛。
「四十九……五十……」
つぷん……つぷん……
「五十一……五十二……」
つぷん……つぷん……
今ザーブラが在るのは、生きるためではない。
「百三十一……百三十二……」
くちゅん……くちゅん……
「百三十三……百三十四……」
くちゅん……くちゅん……
救いを求める声が届かない絶対的な絶望の中、いたぶられ、ただただ叫び、動けぬままのたうち、足掻き、耐え、全身の隅々まで苦痛に嬲られ、汗腺の全てから激痛を垂れ流し、毛穴の一つ一つから極痛を吹き出し、己が叫びに震える空気にすら痛めつけられ、それでもなお終わる事なく罪を償い続けるーー
「二百六十三……二百六十四……」
くちっ……くちっ……
ただ、それだけの……
「あがぁあ”ぁ”っっっ!!! がかかかかっっ!!!」
『痛み』を感じるためだけの、存在だった。
「ごごおおぉああぁぁぁっっ!! あ”あ”ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっっっ!!!!!」
幾度、叫んだのか。
どれだけ、叫んだのか。
これまで手にかけてきた奴隷達、その全てが吐き出した絶叫と同じだけザーブラは叫び続けた。
そして、哀れな犠牲者たち以上に渇望した物があった。
死にたい……
死にタい……
死ニ……タい……
死……ニ……タイ……
幾度、望んだのか。
どれだけ、望んだのか。
この悪魔から逃れられるなら、たとえ地獄に堕ちようと構わない。身を焼く業火ですら神の慈愛と思える程の生き地獄に、最後の最期、死の瞬間までザーブラは苛まれ続けた。
生まれてきた事を後悔し、産んだ母を怨みながら無様な死を迎えた。
人の世にあってはならない恐怖、絶望、苦しみ、痛み、痛み、痛み、痛み、痛み……それら全てに切り刻まれ、すり潰された魂。
あらゆる物を呪って終えた魂が生まれ変わる事は、未来永劫、ないだろう。
その後ーー
「三百十二……三百十三……」
くちっ……くちっ……
「三百十四……三百十五……」
くちっ……くちっ……
明け方まで、悪魔の数え歌は続いた。
「五百六十四……五百六十五……」
カツン…… カツン……
「五百六十六……五百六十七……」
カツン…… カツン……
「五百六十八……五百六十九……」
カツン……カツン……
カツン……
カツン……
カツン……
カツン……
カツン……
カツッ……ン……
数字が七百九十一に達した所で、殉狂者の手と声が止まった。
「んっんっんっんっん……」
後に残されたのは、温度のない笑い声と立ち込める血の臭い。
そしてーー
「んっんっんっんっんっんっんっん……」
凄惨な表情と鮮血で顔面を醜く汚した懺悔者の、惨殺体だけだった。
首から下、病的なほど執拗に切り刻まれた身体は骨格以外、原型をとどめている部位がなかった。
~第二章・完~
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>>>『白い天使のいる風景』




