149・前夜のから騒ぎ
「なんじゃお主ら。しかめっ面をしおって」
「どうかなさったのですか?」
声をかけられ、視線をビョーウ達に移した。
オレとマリリアが共に抱いている懸念ーービスキュのいっていた事を伝えた。三人の表情から、導き出した結論がすぐに分かった。
「アイテムを造るより……ですか……」
「では、そのビスキュとやらが呪術水晶を造り出したというのか」
「断言はできない。だけど、可能性は高いと思う」
「あの性格だもん、信者の身体を使っていいなんていったら喜んでやるわよ、きっと」
僅かなズレもなく同意できた。
命令どころか、奴が自ら提案したとしてもなんら不思議はない。
「でしたら、彼女さえいなくなれば水晶は造り出せなくなる、という事になりますね」
「うん。推測が正しければ、そうなる」
「是が非にも叩いておかなきゃならないわよね。あんな物を造り続けられたんじゃ、物騒でしょうがないわ」
「くくくっ……よかろう。なれば蟲喰いとやらの素っ首、わらわが落としてくれようぞ」
浮かんだ笑みから殺意が香る。目は笑っていなかった。
流石にまだ、ビョーウの殺気を流す事はできないんだろう。怯えからか、ソラが僅かに身動ぎした。
「しっかし、まぁ……」
対照的な様子で、腕を組んだマリリアが小さく息を吐いた。
図太いのか、あるいは鈍いだけなのか。呑気な口調に、怯えの色は少しもなかった。
「こうして見ると問題だらけよね。難易度でいったら、金星のクエストより上なんじゃない?」
「良いではないか。その位でなくば張り合いもなかろうというものじゃ」
「そういう事じゃなくてだな……」
「なんにせよ、不確定要素が多く有効な対策が立てにくいのが現状です。慎重に事を進めた方がよいですね」
「なるべくならアクシデントやトラブルは避けたい所だけど、そう上手くはいかないと思う。気を引き締めてこう」
グラス、ビョーウ、ソラが頷く。
そんな中、思い出したようにマリリアがいった。
「不確定要素っていえばさ、領主様の話にあったっていう能力もそうよね」
「あぁ、世界を開くってやつか」
「そうそう。結局、なんなの?」
「分からん。謎だ」
「グラスよ、心当たりはないのか?」
「…………」
すぐには答えがなかった。
しばらく考えこんだ後、困惑したような表情でグラスがいった。
「お話を聞いた限りでは、この世界に現存する魔法や魔術ではないと思います。また、保持者の能力という可能性ですが、こちらはあり得ません」
「あり得ない? それは、どうして?」
「一部の身体能力が突出している、というのが保持者の特徴だからです。その才能は自らの肉体にしか作用しませんので、外部に結界のような物を創り出す事は不可能なのです」
「そういう事か。なるほどね……」
「実際に見てみれば何か分かるかもしれませんが、今ある情報だけでは能力の特定までは……」
「ふむ。お主でも分からぬか」
「すみません、お役に立てなくて……」
恐縮したようにグラスがいった。
責める気持ちはなかったが、一方で違和感を感じた。
女神であるグラスにすら分からない能力なんて、あるんだろうか?
だとするならマリリアの件と同様、さらに上の存在が介入している事になる。
彼女に世界の管理を一任しておきながら、知らせもせずに手出しする神ーー意図の不明さが、ことさら琴線に触れたのだ。
この世界に、何かが起きようとしている。
あるいはもう、起きているのかもしれない。
そしてそれは、魔帝六人の討伐と関わっているのではないか。
違和感が漠然とした不安を伴い、心中に広がっていくのをオレは感じていた。
「まあ、よい」
そんな懸念などどこ吹く風とばかりのビョーウが、鷹揚に頷いた。
当たり前のような口調で、物騒な事をいう。
「邪魔者は全て斬り伏せるのみじゃ。方針に変わりはない」
「待て。そんな方針を立てた覚えは……」
「その通り! 障害は乗り越えるためにあるんだから! ガーンと行けばいいのよ、ガーンと!!」
テーブルをバシンと叩きながら、マリリアが同意する。ビョーウ同様、こいつの思考回路もなかなかにストレートだ。
苦笑が出た。
考えて分からないなら、考えるな。
後の事は、行動してから考えればいい。
良くいえば、合理的。
悪くいえば、大雑把。
似た者同士の二人を見て、グラス、ソラも笑っていた。
「そうだな。やるからにはガツンと行くしかないってか」
「はい。領主様達のご期待にお応えできるよう、ベストを尽くしましょう」
「微力ながらわたしもご協力します!」
話し合った結果、山積している問題が浮き彫りになった。
しかし、かえってそれが皆の結束を強める事になった。
人の本性は困難に直面した時に出るというが、パーティーでも同じなのだ。
闘わずして逃げ出すか、あるいは立ち向かって行くか。
きっとこのメンバーなら、迷わず闘い、進んで行けるだろう。
「うっし! 出発は明日だ。午前中に準備を整えて昼頃にはカロンを発とうと思ってる。ちょっとバタバタになるけど、みんな、よろしく!」
シメの言葉に、一同が力強く頷く。
決意も新たにした所で話は終わった。
するとーー
「さて、と。じゃ、わたしはおいとましようかな」
いいながら、マリリアが腰を上げた。
その一言を聞いて、皆の顔に疑問符が浮かぶ。
待ったをかける意味で、オレはいった。
「おいとまって……お前、帰るの?」
「帰るわよ。え? なんで?」
「いや、あんな事があったばかりだからさ。一人にならない方が良くない?」
「流石に今夜はもう来ないでしょ」
「裏をかいてくるやもしれぬぞ。お主だけになった所を狙ってな」
ビョーウが意地の悪い笑みを浮かべる。
それを見たマリリアが、不安そうにいった。
「そ、そんな真似するかな……」
「万が一という事もあります。念の為、泊まって行ってはどうですか?」
「その方がいいですよ。ここなら安全ですし」
「う〜ん……じゃ、そうさせてもらおっかな」
皆の意見を聞き入れたマリリアだったが、直後、何かに気づいたような顔でいった。
「でもさ、寝る所あるの? この部屋、ベッドが二つしかないわよ?」
「大丈夫だよ。オレの部屋に空きがあるから、あっちで寝ればいい」
「え”ぇっ!?」
何気ない提案に、驚きの表情が浮かぶ。
どうしてこんな反応を、と思っていると、すぐに理由を口にした。
「な、何いってんのよ、あんたは……そんな事できるわけないじゃない!」
「え? なんで?」
「なんでって、大変な事になるからよ!」
「大変な事……?」
「分からないわけ!? わたしが同じ部屋で寝るなんてグラスとビョーウが許すわけな……」
「ふむ。それなら問題なかろう」
「……へ?」
「そうですね。ソラとわたくしなら一緒に寝れますが、マリリアとビョーウでは狭すぎますものね」
「あ、あの……え? お二人さん?」
「なんじゃ。どうかしたのか?」
「えっと……聞いてた? わたしがルキトの部屋で寝ればって話なんだけど……」
「はい。ベッドの空きがあって、ちょうど良かったですね!」
「いや、そうじゃなくて! いいの? その……なんかあったらどうしよう、とか!」
「何か……あったら?」
「……んん? それはあれか? 男女の関係になってしまったら、といった事を指しておるのか?」
「そうよ! ルキトがわたしに手を出したりしたらどうす……」
「ないな」
「ないですね」
「…………は?」
「お主なら平気じゃよ。いらぬ心配をせずともよい」
「安心して寝てください、マリリア」
「はあぁっ!!??」
反対どころか、一ミリの動揺すら見えない事にマリリアが言葉を失っている。
信頼している、というのとは少しばかり違う二人の反応は、ある意味、オレの事を分かっているといえた。
「あ、あんた達……わたしをなんだと思ってるわけ……?」
「?? 何……といわれてものぅ……」
「マリリア、ですよね……」
きょとんとする顔から、ビョーウ、グラス共にこいつのいいたい事が分かっていないのが伝わってくる。
唖然としているマリリアに、オレはいった。
「あ〜……要するに、だ。お前はさ……」
「わ、わたしは……?」
「なんていうか、その……あれだ……」
「何よ。ハッキリいいなさいよ」
「……ごめんなさい」
「!!??」
グラスにした土下座と同じくらいの誠実さで詫びた。
下げた頭の上から、絶叫が聞こえてきた。
「どうして謝るのよバカあああぁぁぁ〜〜っ!!!」
バンッ!!
明日に備えて荷物をまとめていると、勢いよくドアが開いた。
立っていたのはマリリアだった。夕食を買いに下の酒場に行っていたのだが……
「お前、それ……」
料理よりも目を引いた物があった。ピッチャーサイズの酒樽を、両手に二つも下げていたのだ。
「飯を買いに行ったんじゃないのかよ?」
「…………」
答える代わりに、持っていた物をまとめてテーブルに置く。
そして、椅子をオレの隣に移動させ、ドスンとかけるが早いかカップをつき出してきた。
「んっ!!」
「え? いや、今日は深酒できないぞ? 明日が早いか……」
「いいから! ついでっ!!」
こちらの都合など聞いちゃいない。顔につきそうな勢いでぐいぐいとカップが押しつけられてくる。
諦めて酒を注ぐと、一息で呑み干してしまった。
「っぷはあぁぁぁ〜〜!!」
そして再び、カップをつき出す。
酌をしながら、オレはいった。
「どうしたんだよ。なんでそんなに荒れてんの」
「……」
返事がない。
無言でこちらを睨んでいたかと思うと、またもや豪快に酒をあおってから言葉を吐き出した。
「どうしたじゃないわよ! 揃いも揃ってなんなのよあんた達はっ!!」
「だから、なんなのって、なに?」
「…………」
「いってくんないと分からな……」
「呑まにゃやっとれんわっ!!」
残りの酒をまとめて喉に流しこみ、乱暴にカップを置く。
今度は自分で酒樽から注ぎ、一口呑んでさらに続けた。
「わたしなら平気ってどういう意味よ!? こんなに可憐な美少女を捕まえてさぁっ!!」
ああ、なるほど。
さっきのアレを気にしてるのか。
酒を呑んでクダを巻く酔っ払いのどこに可憐要素や美少女要素があるのかはなはだ疑問だったが、本人に自覚はないらしい。
「あぁ、いや、あれはその……悪かったよ。ついつい、さ……」
「ついつい……何よ」
「本音がで……あっ!」
失言に気づいて口を閉じた。
遅かった。
視線が二つ、頬に刺さりそうな冷たさでこちらに向いている。
「じ、じゃなくて! そう! 照れ隠し! 照れ隠しだよ!!」
「本心ダダ漏れじゃない! 照れじゃなくてそっち隠しなさいよ、バカ!!」
テーブルにドンとカップを置き、マリリアが身を乗り出した。
オレの両手首を手で押さえ、ぐりぐりと頭を顔に押しつけてくる。
「だぁ〜れぇ〜がぁ〜トドメ刺してなんてぇ〜頼んだのよおおおぉぉぉ〜〜……」
「ごめん! ごめんって!!」
ひとしきりゴリゴリやると、気が済んだのか椅子に座り直す。
そして、空いたカップに並々と酒をつぎ、ガッ! と渡してきた。
「付き合いなさいよ、ちゃんと!」
「は、はい……いただきます……」
「ったく!!」
勢いをそのままに、ぐびぐびと呑み続けるのを横目に、オレも飲んだ。
しばらく黙っていたマリリアだったが、やがてボソリといった。
「何よ……最後の夜だっていうのにさ……こっちの気も知らないで……」
今までの剣幕が嘘のような声だった。
沈んだ様子が気にかかり、顔を覗きこんだ。一点を見つめたままのマリリアは、気づいていないのか微動だにしなかった。
「あんたと一緒にいて……グラスとかビョーウを見てて……久しぶりだったんだから……こんな気持ちになったのなんて……」
俯いていた顔がこちらを向いた。見た事がないくらいの、意を決したような表情だった。
「わたしだって……ホントは……」
酒のせいか、あるいは感情が昂っているんだろうか。青紫色の瞳が、微かに潤んでいるように見えた。
「ど、どうしたんだよ、お前。なんか、変だぞ……?」
「ねえ、ルキト……」
「!?」
すっと身を乗り出され、オレはたじろいだ。身体を引いた分だけ、マリリアが前に出てくる。
「あのね、わたし……」
蝋燭の灯りを写した瞳に、吸いこまれそうになった。少しづつ距離を縮めてくる顔はほんのりと上気し、吐息が、微熱を帯びたアルコールのように甘く妖しく鼻腔に触れた。
「マ、マリリア……?」
意識を釘付けにされた。言葉を紡ぐ唇に。濡れて揺らめく双眸に。感情が香る表情に。
心をしっとり包みこまれたかのような、甘美で優しい感覚ーーこれは、そうだ。
かつて幾度か体験した事のある、あの感覚だ。
動けなかった。
今までと同じように。
そして、動揺した。
思ってもいなかった相手にこれを感じた事に。
「わたし、さ……わたし……」
気づけば、塞がれていた。灯りと体温でほんのり赤く染まる顔に、視界の全てが。
「あんたと……」
瞳が、近づいてくる。
唇が、近づいてくる。
徐々に、徐々に。
「マ……」
灯りの、目眩にも似た揺らめきの中、切なさが心を掠めた。
それは、仄かな熱に浮かされて見る、微睡みの中の夢ーー
「マリリア……」
「あんたと……い……」
「そこまでじゃっ!!!」
バンッッッ!!!
「!!?」
「!!??」
だったのだが、途中で叩き起こされた。
いや、むしろ、何が起きたのか。
マリリアと二人、分からずフリーズしていると、ビョーウを先頭にグラス、ソラが部屋になだれこんできた。
「ダメですマリリア! それ以上はいけませんっ!」
「まさかこやつにまで……油断したわ!」
「なな……な……???」
「あんた達……な、何してんのよ……?」
「それはこちらの台詞じゃ! 貴様、ルキトに何をしようとした!?」
「何もしてないわよ! 話してただけじゃない!」
「距離が近すぎます! あれではまるで、キ、キス……を、しようとしていたような……」
「はぁ!? そんな訳ないでしょ!!」
「ではなぜ顔を近づけたのじゃ! 他に考えられまい!」
「あの雰囲気は確かに……マリリア!」
「ビ、ビョーウさん、グラスさん、落ち着いてください……」
「これが落ち着いておられるか! 危うく不覚を取る所だったわ!!」
「だから不覚ってなに!? わたしにそんな気はないんだって!!」
「貴様になくともルキトをその気にさせたなら同じ事よ! こやつの優柔不断を舐めるでないわっ!!」
「え”っ!!?」
「ビョーウのいう通りです! ルキト様は誘惑に弱い方なのですから!!」
「グ……グラス……?」
「ルキトのヘタレっぷりなんて百も承知よ! だからわたしにその気があったとしても手を出せる訳がないっていってんの!!」
「ぬぅっ! やはりその気が……白状しおったな、マリリア!」
「違うって! そもそもそんな度胸ないのがルキトでしょ! いきなり覚醒するはずないじゃない!!」
「それは分かりません! いくらルキト様でも、万にひとつくらいは……」
「万一なんてある訳ないんだって!! 真正ごりごりのDTなのよ!? 転生しても治らないんだから、生涯治らないわよっ!!!」
「ぬぅっ!?」
「それは! ……そうなのですが……」
「お前ら……お……お前……ら……!!」
色恋沙汰に関する修羅場のはずだった。
それが、気づけばオレがボロクソいわれるだけの、違う意味での修羅場になっていた。
クリティカルヒットにザクザク心を抉られるダメージの中、気づけば魂からの叫びが迸っていた。
「とっとと寝ろおおおおぉぉぉぉーーーっっ!!!」
翌朝。
目を覚ました時にはマリリアの姿がなかった。
どうやら、帰ったらしい。
グラスとビョーウには、昨夜の釈明を本人の口からさせるといっておいた。後ほど、誤解はしっかり解いておこう。
そんな話をしながら朝食を摂っている席に、突然、ティラがやってきた。
何事かと思っているオレ達にこういった。珍しく、動揺が見え隠れする声音で。
「ザーブラが、殺されました」




