14・本気を出せない男
酒で喉を潤すと、ノエルはこちらを向いた。
「お待たせして、すまなかったね」
穏やかな顔で詫びてくる。
その後ろでは特大の怪物が、頬張ったエサをバリバリと豪快に噛み砕いていた。
『それはいいんだけど……大丈夫なのか、あれ?』
「悪食姫なら心配いらないよ。口の中が結界になってるから、閉じちゃえば核爆発が起きても平気なんだよ」
ゴッ……クン!
グゲエエェ~……ップ……!!
食事を済ませた彼女(?)が、長い舌で唇を舐め回している。
核爆発すら食う食欲って、一体……。
『す、好き嫌いがないみたいで、何よりだよ……』
ノエルが指を鳴らすと、口達は湖に帰っていった。
そのタイミングで、漂っていた水蒸気も晴れていく。
何の事はない、終わってみれば、安定の圧勝だった。
『その娘も大丈夫そうだし、まぁ、結界オーライだな』
眼前で繰り広げられていた化け物対決の最中も、イヴは安心したように眠っていた。それほど、ノエルを信頼しているという事なんだろう。
『それにしても四天王と闘わせるなんて、ずいぶんとスパルタ教育だな』
「そんなつもりじゃなかったんだけどね。彼女にはおつかいを頼んだだけだったんだよ。持って来てくれた所で喧嘩になってしまったんだ」
『おつかい? 何を持ってきたんだ?』
「城にあるわたしの……うっ……」
話の途中で、ノエルは小さなうめき声を上げた。足元をふらつかせ、額に手を当てうつ向いたまま動かない。
『あ、おい、ノエル!』
『だ、大丈夫ですか?』
「うん、大丈夫。ちょっと無茶がすぎたみたい」
『結構なハイペースだったからな』
魔力は使用量が同じでも、時間をかけて放出するより短時間で放出する方が身体にかかる負担が大きい。
いきなり全力疾走すると、慣らしながら走るより心臓にかかる負担が大きいのと同じだ。
ましてや、あれだけデカい魔法を連続して使ったのだ。消費魔力自体も相当なものだろう。
「調子に乗ってやっちゃったからね。過剰摂取、ってやつかな」
そうそう、取りすぎたなら、しばらく休んで……ん?
『過剰摂取? 大量消費の間違いだろ?』
「いや、なにね。イヴの成長ぶりを見ていたら嬉しくなってしまってさ」
ノエルの視線を追って下を見ると、椅子の影に何かが転がっていた。
水晶を加工して作り出したらしきその形には、見覚えがある。
『……どっかで見たことあるんだけど、あれって……』
『はい……お酒のボトルですね……』
「持ってきてもらったのはいいんだけど、ちょっと飲りすぎちゃったかな」
飲み過ぎかよ!
てか、そんなもんわざわざ異世界から持ってこさせるなよ……。
『お前……酔っぱらったまま闘ってたのか……』
「酔うって程の量じゃないよ」
いや、普通に酔うだろ。
空のボトルだけでも、四、五本はあるじゃねぇか。
『これから闘おうって時に、よくもまぁこんなに飲めるもんだ……』
「厳選した逸品ばかりだからね、味は保証つきだよ。見て、これなんか、二百年熟成のヴィンテージ物でさ、地下迷宮の最下層でバジリスクが守ってたのを……」
未開封のボトルを一本取り上げ、ノエルは楽しそうに語り始めた。
ついさっきまで四天王と闘っていたとは思えない能天気さだ。
この飄々とした感じは、傍目には手を抜いて適当にやっているようにしか見えないだろう。
しかし、実際は違う。
ノエルは、常に意識して実力をセーブしている。
無意味にキャラを守っている訳じゃない。闘いが苦手な訳でもない。
しかし、本気を出さない。いや、出せないんだ。
自分の力が、世界の秩序を根底から覆してしまう事を分かっているから。
――わたし達が本気で闘り合ったら、この世界がなくなってしまうかもしれない
さっき、何気なくいっていた言葉を思い出した。
確かに、その通りだ。
今思えばあれは、軽口なんかじゃなくて、思わず出た本心だったのかもしれない。
てことはなんだ、無自覚とは正反対のキャラって事か。
『やっぱり真面目だな、あいつ』
意識せず呟くと、不思議そうにグラスが聞き返してきた。
『ノエル様が……ですか?』
『ははっ、まぁいいや。それより、本当に大丈夫かな』
『ステータスを見てみましょうか?』
『そうだな。一応、見といて』
『はい』
このスキルはオレも持っているが、グラスの目を借りている今の状態じゃ使う事ができない。
一通りうんちくを語り終え、当たり前のように開封したボトルから新たな酒を注ぎながらノエルがいった。
「確認なんて、必要ないのに」
『一応だよ、一応。酔っぱらって、ステータス異常が出てるかもしれないし』
ノエルは肩をすくめただけで、何もいわなかった。
『どうだ?』
『はい。えっ……と……異常はな……あ、え? ……えぇっ!?』
『なんだ、どうした?』
『魔力が……残っていません!』
『魔力が残ってない?』
『はい。それに、全ステータスが異常に低いです。このレベルであれだけの呪文を使ってしまったため、体力まで大量に消費しています。これでは、身体が……』
『ノエル、どういう事だ?』
オレの問いかけに、ノエルは答えなかった。
ただ、その顔が一瞬険しくなったように見えた。
「おい、聞いてるのか!?」
『ああ、ごめんごめん。聞こえているよ』
『お前、身体は本当に大丈夫なのか?』
「本当に平気だよ。だって彼女が見てるステータスって、偽装だから」
『偽装?』
「そう。偽の情報さ」
戦闘において、敵の情報はとても重要だ。
体力値、魔力値が総合的に実力を判断する材料になるのはもちろん、能力の偏りを知る事で有効な戦略が立てやすくなる。
といっても、例えばザインやヒルケルススのように高レベルな相手だと、測定不可の領域にまで達しているので意味はないが、大抵の敵には極めて有効な判断基準になる。
ある意味、戦力を数値として見る事ができるステータス可視化は、最も実戦向きのスキルといえる。
そこを、ステータス・プロテクトで見せなくするのではなく、あえて偽の情報を掴ませる。
肝心な部分はきっちり隠し、常に闘いに備えている。
いい加減なように見えて、本当に食えない男だ。
『信じていいんだな?』
「なんならこのまま、大魔王に挨拶でもしてこようか?」
冗談か本気か分からない口調だったが、嘘をついているようにも無理をしているようにも見えなかった。
『分かったよ。信用する』
必要な時に必要な分だけ小出しにするノエルの本気が、リミッターを外して全開になったらどうなるだろう。
なんて好奇心、ルキフルあたりには間違っても抱かせないようにしないとな。




