145・こっちにおいで
【閲覧注意!】
今回、一部に過激で残酷な表現があります。閲覧にはご注意くださいますよう、よろしくお願いします。
五対十枚の白い刃が、薄闇にぼんやりと浮かび上がっていた。前後左右からじりじりと距離を詰めてくる刺客達ーーしかし、その様子は明らかに異常だった。
感情の動きがないのだ。
たった今、意味もなく仲間が殺された。しかも、指揮官であるビスキュにだ。
にも関わらず、彼らからは反応が伺えない。いかに訓練された暗殺者とはいえ、恐怖や驚愕といった感情が皆無という訳ではないだろう。僅かな動揺すらしないというのは、どう考えても普通じゃない。
「……武器がないけど、闘えるか?」
一抹の不安から、背後に声をかけた。しかし、返ってきた答に逡巡はなかった。
「当然でしょ。この程度、夕飯前よ」
「分かった。後ろの二人は任せる。油断するなよ?」
「あんたもね。こいつら、ただの刺客じゃないわ」
相手の異常性にマリリアも気づいたんだろう。軽口とは裏腹に、声からは緊張感が伝わってきた。
「キキッ!!」
「キャシャーーッ!!」
「!!?」
会話の終了が合図だったかのように、奇声を上げながら刺客達が襲ってきた。
同時に、オレ達も動いた。
「ギシャアァーーッ!」
繰り出される刃をパリングで払い除けた。刺客の体勢が崩れる。
「シッ!!」
ゴギイィィッ……!
こめかみに正拳を叩き込んだ。身体が真横に吹き飛ぶ。その上を次の刺客が飛び越えてきた。二つの刃が振り下ろされてくる。両の手首を取り右足を振り上げた。
ズドオォォッ……!!
鳩尾に膝蹴りーー受けた身体がくの字に折れる。両腕を捻って真横に投げた。半回転させて頭から落とす。それで動かなくなった。背後で風切り音。咄嗟に腰を落とした。一瞬前まで頭があった場所を白刃が切り裂く。しゃがんだ状態のまま両手を後ろについた。左足を振り上げる。ガラ空きの顔面をオーバーヘッドの要領で蹴りつける。血を噴き出して刺客が後ろに倒れた。
身体を反転して立ち、体勢を整えた。
すると、ほぼ同時に三人がむくりと上半身を起こした。そのまま、何事もなかったかのようにゆらゆらと立ち上がる。
「ギッ……」
「ギュキ……キ……」
「キチキチキチ……」
「こいつら……」
これで、三度目だった。
倒しても倒しても、その度に起き上がってくるのだ。
ダメージも痛みも恐怖もないかのような立ち姿が、奴隷城で対峙したホブゴブリン達と重なった。
そしてもう一つ気になったのが、あの声だった。
硬いものを擦り合わせたような音? 声? が、絶えず漏れ聞こえてくる。
何かをされた暗殺者達ーー一筋縄じゃいかなそうだった。
「はぁっ!!」
ゴッ……!!
背後の声と音に目を向けると、マリリアの回し蹴りが直撃した所だった。
しかし、蹴り飛ばされた刺客が間を置かずゆらりと立ち上がる。
「ま、また……」
呟きには驚愕が滲んでいた。身体に淡い光を纏っている所を見ると、魔法で身体強化をしているようだった。
それでも、相手にはダメージを受けた様子がない。歪んだマリリアの顔からは、動揺が伝わってきた。
「大丈夫か?」
目線を正面に戻し、じりじりと後ろに下がった。
背中を合わせて話しかけると、苛立ったような声が返ってきた。
「大丈夫じゃないわよ。なんなのこいつら」
「どうやら、ザーブラが飼ってたホブゴブリンと同じみたいだな」
「薬で強化してたっていう、例のアレ?」
「あぁ。人間に使ってる分、こっちはさらにタチが悪い」
「どうする? これじゃキリがな……」
「ぶっぶうぅ〜〜! ざぁ〜んねんでしたぁ〜! ハ・ズ・レ♥ でえぇ〜〜っす!!」
マリリアの言葉を遮るように、相も変わらず場違いな声が聞こえてきた。目を向けると、ビスキュが両腕で大きくバツを作っている。
そして、オレ達の疑問を嘲笑うかのようにいった。
「あぁんなキモチビオヤジのぉ〜キッショぉ〜〜いペットとぉ〜キュキュのカワゥィ〜〜っい部下ちゃん達を〜一緒にしないでくれるぅ〜〜?」
「同じじゃない? 薬物で強化したんじゃないのか?」
「ちぃ〜がうわよぉ〜〜。おクスリなんか使ったらぁ〜身体に悪いじゃなぁ〜〜い?」
「じゃあ、どうやってこんなバカげたタフネスを身につけたんだ?」
「んふっふふふ……それはねえぇ〜〜……ヒ・ミ・ツ♥」
身体をくねらせながら、立てた人差し指を左右に振る。
あのおちょくるような仕草は、こちらの平常心を乱すのが目的なのか、あるいは素でやっているだけなのか。
判断できないのが、ビスキュの不気味な所だった。
「ならいわなくていいわ。どのみち……あんたを倒せば終わるんだからっ!!」
険しい顔で、マリリアが一歩前に出た。突き出した右手に魔力が宿る。
「聖流十字!!」
ズアアアァァァーー……ッッ!!
「!!?」
オレとの闘いで見せた神聖魔法ーー無数の光る十字が、ビスキュに浴びせかけられた。
「きゃっ♥ あっぶなぁ〜〜いっ♥」
ふざけた仕草、そして声ーーしかし、身のこなしは一流だった。ひらりと横に飛び退きなんなく躱される。十字の光弾が脇を通り過ぎる。しかし、向きを変えた攻撃が追尾するように再び襲いかかった。
「!!?」
不意を突かれたビスキュの身体が後方に回転する。バク転で逃れた所を、さらに十字が追尾した。
「きゃっは♥ なぁにこれ! おもしろおぉ〜〜いっ!!」
高速で追いかけてくる十字弾を避け続けるビスキュに、危機感はない。
あたかも、鬼ごっこを楽しむ子供のような無邪気さで、攻撃と戯れているかのようにすら見えた。
とはいえ、いつまでも続けている訳にもいかない。
そう判断したらしいビスキュが取った行動ーーまさに、精神病質者そのものだった。
「ちょっと失礼♥」
なんでもない事のようにいい、部下の頭を鷲掴みにしたのだ。
そして、追尾してくる十字弾の前に身体を引きずり出した。
「……ッギ!?」
ズドドドドドドドドドドオオォォォーー……ッッ!!!
「ギキキキキキキイィィーーッッ!!」
「!!?」
「えっ……!!?」
「……ッッギ……ィィ……」
魔法弾の直撃を受けた身体から、ブスブスと煙が上がっている。
ぐったりした部下を、まじまじと眺めながらビスキュがいった。
「あ〜らら。こりゃもう、使い物にならないにゃ〜」
ぶらぶらと何度か揺らし、興味を失ったように放り投げる。
致命傷だったんだろう。無造作にうち捨てられた部下は、それきり動かなくなった。
「マリリアちゅんの魔法すごくなぁ〜〜い? ルキトきゅんも強いしぃ〜〜! んもぉ〜う! 先にいってくれればもぉっと強い子達を連れてきたのにぃ〜〜! い・じ・わ・る・ねぇ〜〜♥」
「こ……こいつ……」
「なんて奴なの……」
恐らく、ビスキュの実力なら自力でなんとでもできただろう。
それを、よりにもよって味方を楯にして魔法を防いだのだ。
深く被ったフードの下、唯一見える口元がヘラヘラ笑っている。
凶と狂が混在した、邪悪で醜悪な笑みだった。甲高い声、子供じみたいい回し、ふざけた仕草。全てが不快で、神経に障る。
何より、静かな狂気を漂わせるザロメとは真逆の残忍な狂気が、恐怖心を掻き立ててくるようだった。
「でもでもぉ〜すんごい魔法もハズしちゃったら意味ないんだからぁ〜ちゃあんと当てなきゃダメダメよねぇ〜〜……」
ニヤニヤ笑いながらビスキュがいった。大きく両腕を広げ、大げさに肩をすくめ、首を振っている。
「こぉ〜んな風に……」
「!!?」
「ねっ♥」
消えた。一瞬前まであった姿が。背後から声。そして、殺気。振り向いた。マリリアのさらに後ろ。ビスキュの姿があった。手には刃。振り下ろされる。マリリアに反応はない。気づいていない。肩に左手を掛けた。思い切り引いた。マリリアが前につんのめる。
「きゃっ!?」
刃が空を斬る。右正拳。ビスキュの顔面を打ち抜いた。ガクン、と。首が後ろに曲がった。続けざまに右足を振り抜いた。回し蹴りが側頭部に直撃する。
ッッキイイィィィ……ッッ!!
今度は右に頭が傾く。勢い余ったビスキュの身体が円を描く。そのまま石畳に叩きつけられる……はずだった。
しかし、一回転しながらも、しっかりと足から地面に着地した。
「っ!??」
ようやく、マリリアが事態を把握した。
ビスキュを見る表情に張りついた驚愕、その理由ーーコンマ数秒、オレの反応が遅れていれば死んでいたかもしれない。その事実に気づいたのが一つ。
そしてもう一つが、ビスキュの姿にあった事は想像に難くない。
「あぁ〜〜……れぇぇ〜〜……? あれあ……れ……あれぇぇぇ〜〜……??」
回し蹴りを受けた首が、四十五度に曲がったままなのだ。
頭がゆらゆら揺れている様子を見る限り、首の骨が折れている。
しかし、致命傷を負わせた実感がオレにはなかった。
あの程度の打撃で仕留められるはずがない。
その読みが間違っていない事を、誰あろうビスキュ本人が目の前で証明していた。
「あぁ〜ぁ……く……首の骨……ィイッ……ちゃっ……たぁ〜〜……ど、ど……うする……のぉ〜……これぇぇ〜〜……」
呑気な声が聞こえる。
即死して然るべきダメージを負っている身から出てきた声とは、到底思えなかった。
「ち、ちょっと、なんなのアレ……首、折れてるよね……?」
「本人がいってるんだ。間違いないだろうな」
「じゃあ、どうして平気で立ってられるワケ? おかしくない?」
「あぁ。どうやら頭だけじゃなくて、身体の作りもおかしいみたいだ」
「ぁ……あぁ〜……ル……キトぉきゅ〜ん……それぇ……ヒ、ヒド……くく……なぁ〜〜い……?」
「事実なんだから仕方ない。本来なら死んでるダメージだろ、それ」
「もぉ……ぉ〜〜う……イジワルぅ〜……なんだから……ぁ〜……な、なら、ちち……ょぉっと……ぉ〜……待っててて……ねえぇぇ〜〜……」
短剣を投げ捨て、ふらふらとビスキュが部下の方に歩き出した。
普通に考えれば、これはチャンスだ。ダメージを感じさせないとはいえ、あれでは今までのような動きはできないだろう。トドメを刺すなら、今が好機であるのは間違いない。
しかし、それでもオレは動けなかった。
「君ぃ〜……で……いい、やぁ〜……こっちに……お、おいぃでえぇ〜〜……」
「……ギッ……」
焦りも怒りもないビスキュの余裕が、えもいわれぬほど不気味だったからだ。
何かある。
そう感じ取った本能が、安易に仕掛けるのを躊躇わせた。
「はぁ〜……いぃぃ……ううごぉぃ……ちゃぁ…………ダメょお〜〜……」
警戒心が拭えずにいるオレを、気にした様子もない。
手招きした部下の一人に、握手をするような自然さで出した右手。
それをーー
「えいっ♥」
ズブンッッ!!
「!!?」
「!!?」
躊躇いもせず、ビスキュが腹部に突き刺した。
部下の身体がビクンと大きく痙攣する。
「なっ……!!?」
理解できなかった。
こいつは一体、何をしてるんだ?
その疑問は解消される事なく、何かを探すようにビスキュが内蔵を掻き回し始めた。
「えぇ〜〜……っとぉ〜〜……多分……この辺にぃぃ……」
ぐちゅ……ぐちゅ……ぐちゅ……
「がフッ……!! ぶッ! ぶぶぶフフッッッ……!!!」
「ほらほらぁ〜〜……ううごかない……のおぉ……探せなぃ……でし……ょおぉ〜〜……」
ぐっちゅ……! ぐっちゅ……! ぐっちゅ……! ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ……!!
「ごごゴおおオぉぉあァあガガがががあぁァァーー……っっっ!!!!」
ビスキュの手が容赦なく動くたび、頭が、手が、足が、五体の全てが、激しく痙攣する。迸る絶叫までが、ビクビクと震えているようだった。
生きたまま臓腑を掻き回されているのだ。激痛でショック死してもおかしくはない。
しかし、そんな状態にありながら、部下には抵抗する様子がなかった。
押さえつけられている訳でもなく、魔法で拘束されている訳でもない。
にも関わらず、無抵抗でただただ痛みに耐えている。
異常な光景だった。
「……っっ!!!」
マリリアが、口を手で押さえて言葉を失っている。
くちゅくちゅと肉をこねくる音と血の匂い、そして、絶え間ない絶叫ーーしかし、ビスキュの凶行はこれで終わりではなかった。




