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138・“あいつら、狂ってる”

 富裕層の屋敷が並ぶ区画を抜けた先、街を一望できる小高い丘の上に目的の館はあった。ひときわ大きい建物のシルエットが、夕闇の中に浮かび上がっている。

 馬車で向かう道すがら、領主に関する説明を受けた。

 リーベロイズ王国オルケスタ領の統治者、エルナルト・ランツ。爵位は辺境伯との事だった。


「商業都市カロンを擁するオルケスタは、代表者が選挙によって選定されます。そのため、任期満了に伴って数年ごとに代わる領主は陞爵(しょうしゃく)叙爵(じょしゃく)もされないのが習わしになっていました。しかし、街を大きく発展させた功績を認められたランツ伯は、例外的に爵位を与えられたのです」


「平民から貴族になったのか……すごい人なんですね」


「やり手の商人がそのまま領主をしてるって感じかしら。オルケスタ自体はそんなに広くないけど、今やカロンが産み出す経済効果は、王国を支える屋台骨の一つにまでなっているわ」


「まさに、商業の街に相応しい領主、って訳か」


「それだけではなく、(まつりごと)を行う手腕も確かです。人材を積極的に起用する事で、自らの知識・経験の不足を補っているのです」


「適材適所ってやつですね。確かに、下手に自分であれこれやるより専門的な知識を持つ部下の手を借りた方が合理的だ」


「無駄を省いて(じつ)を取るって考え方なんて、いかにも商人って感じよね」


「貴族にありがちな独裁者タイプじゃないんですね」


「むしろ、誰に対しても腰の低い方です。財とは人であるともおっしゃっていましたし、人材の大切さを分かっておいでなのでしょう」


「プライドが邪魔して下の意見を聞き入れない貴族と違って、頼る事を恥としない方なのよ。平民出身なのが大きな要因なんでしょうね」


 二人の口ぶりから、ランツ伯の人となりが見えてきた。領主としても人としても、一角(ひとかど)の人物であるようだ。

 昨夜見た笑顔が頭に浮かぶ。同時に、一瞬だけ見せたあの目も浮かんできた。

 果たして、善良なだけの領主なのか。

 あるいは、何かを隠し持っているのか。

 実際に会って話せば、おのずと答えは分かるだろう。




 案内されたのは、屋敷内にある会議室だった。

 白を基調とした広いスペースの中央、巨大なマホガニーの長テーブルに二十脚程のチェアが並んでいる。

 天井から下がるシャンデリア、飾られた絵画、ダークブラウンの床材、フカフカのカーペット。

 一目で金がかかっていると分かる内装とインテリアだったが、過度な装飾のないシックで落ち着いた造りになっていた。

 執事に促されて席に着くと、ややあって重厚な扉が開いた。

 オレ達は席を立ち、屋敷の(あるじ)を迎えた。


「すみません、お待たせしました」


 穏やかにいいながら、ランツ伯が部屋に入って来た。後ろに、ヒューバーを伴っている。

 頭を下げたヒューバーに、小さく顎を引いてヴェルベッタが応えた。次に、直立の姿勢で一礼する。オレとティラもそれに習った。


「お時間をいただきましてありがとうございます。昨夜はお心遣いいただきながらご挨拶もできず、申し訳ありませんでした」


「いえいえ。勝手に伺ったのはこちらですので、お気になさらないでください。皆さんには喜んでいただけましたかな?」


「はい。冒険者ギルドを代表して、お礼を申し上げます」


「それは良かった。お身体の方は大丈夫なのですか?」


「一晩休んで、すっかり回復しましたわ」


「そうですか。流石はヴェルベッタ殿ですな」


 鷹揚に頷いてにっこり笑う顔は柔らかく、距離を感じさせない。

 人懐こそうな人物、というのが、オレの第一印象だった。


「打ち合わせの前にご紹介させてください」


 ヴェルベッタの口調が改まると、ランツ伯の目がこちらに向いた。

 変化があるかと瞳を注視してみたが、特に変った様子はなかった。


「彼がお伝えしていた新人です。先の討伐戦、最前線で活躍してくれた功労者ですわ」


「はじめまして。ルキトと申します」


「おぉ、あなたがルキトさんでしたか。エルナルト・ランツと申します。以後、お見知りおきください」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


「夕べギルドに伺った際、お顔は拝見しました。お仲間の方達と一緒においででしたな」


「はい」


「頼もしそうな方々でした。聞けば皆さん、たいそう腕が立つとか」


「……」


 口調や表情に、含みを持たせている感じはなかった。目つきにも瞳にも変化はない。

 どうやら、本心からの言葉であるようだ。


「三人とも期待の新人です。彼らのこれからを、わたくしも楽しみにしていますわ」


「結構結構。心強い仲間が加わって、冒険者ギルドも安泰ですな」


 ご満悦な様子で、愉快そうにランツ伯が笑った。

 笑顔を見ている内に、警戒心が薄れていくのを感じた。それどころか、好意を抱いている事に気がついた。

 悪意はない。邪悪な気配もない。

 これが演技なら大した役者だ。しかし、今の人柄が偽らざる本性であるならーー信頼に足る人物だと判断してもいいだろうと思えた。


「それでは、始めましょうか。打ち合わせには、彼も参加してもらいますので」


 こちらの思惑を知ってか知らずか、変わらず穏やかな物腰だった。肩越しに目を向けられ、ヒューバーが深々と頭を下げた。


「よろしくお願いいたします」


「ささ、皆さん。おかけになってください」


 ランツ伯が主専用のチェアに腰を下ろすのを待ち、オレ達も着席した。ヒューバーは向かいの席に座った。


「まずは昨日のクエスト、お疲れ様でした。冒険者の皆さんが迅速に動いてくださったおかげで街に被害も及ばず、近衛隊にも大した負傷者は出ませんでした。改めてお礼を申し上げます」


 ペコリと頭を下げられ、こちらも思わず頭を下げた。

 貴族というよりは、完全に庶民の振る舞いだった。


「詳細は昨日、ティラ殿から報告を受けました。もはや白光天神教(あのきょうだん)は、放置しておけない所まで来てしまっているようですな」


「はい。宗教団体の枠を超えています。ザーブラの件と合わせて考えても、極めて危険な思想が根本にあるのは間違いないありません」


「ふむ……ではやはり、本腰を入れて対策をしなくてはなりませんか。分かりました」


 両手を組んだランツ伯が、テーブルに身を乗り出した。


「まずはお互いの情報を共有してから、今後の方針を決めていきましょう」


「承知いたしました。それでは先に、先日の崩落事件についてご報告させていただきます」


 ヴェルベッタに目を向けられ、ティラが立ち上がった。

 手にした書類を各員に配り、席に戻って報告を始める。


「今お配りしたのは、崩落現場における調査報告書です。最初にあるのは事故が発生するに至った経緯ですが、これは一次報告書から追加の情報はありませんので割愛させていただきます。七ページ目までお進みください」


 各自が無言で紙をめくる。

 ページを開くと、グラフや表を織り交ぜた紙面が目に入った。


「ここからは、ゴライアス・デスマスク襲撃前に進めていたラットレース変種、および親鼠と思われる二体の亡骸と、昨日のクエストで回収した水晶の因果関係についてを新たにまとめた物になります」


「洞窟から脱出した際に持ち帰ったという水晶ですな?」


「はい。ゴライアス・デスマスクと教団の刺客が襲撃してきた理由であり、元凶です。調べた結果、洞窟の奥にあった謎の空間に染みついた魔力の正体でもありました」


「なるほど……魔力の属性と構成成分がほぼ一致していますな……」


 二つ並んだ円グラフが、残留魔力と水晶から抽出した魔力の分析結果を表していた。

 これを見る限り、同一であると断定していいだろう。


「という事は、一定期間そこに置いてあったわけですか」


「ひょっとしたら、水晶を保管しておくために作られた場所なのかもしれませんわ」


「あるいは……」


 ふと、思いついた事があった。皆の視線がオレに集まる。


「何かをするための下準備として魔力を満たしていた、とは考えられないでしょうか」


「魔力を充満させる? なんのためにそのような事を?」


「空間を支配下に置くためです。自らの魔力が満ちた領域を造り出せれば、魔法の効力を底上げする事ができます。主に、高位の召喚術などで用いられる手法です」


 先の四天王戦で紅の宮殿を召喚した際にレイが使っていた、『領域浄化』と呼ばれる魔法術式だった。

 任意の空間に魔力を固定しなければならない野外と違い、密閉された屋内ならば効果はより顕著に現れる。


「つまり、水晶を使って召喚術の下準備をしていたのかもしれない、という事ね?」


「はい。ただ、仮にそうだったとしても、本番なのか実験なのかは不明ですけど……」


「だとするなら、こちらでも良からぬ企みが進められていたのでしょうか」


「保管・準備のいずれにせよ、そうであったのだけは間違いないと思いますわ。しかし、幸いにも計画を未然に防げましたので、現段階で危惧する必要はないと思います。今後、また別の計画が発覚する可能性はありますけど……」


「確かに、この様子では他にあっても不思議じゃない。つくづく、厄介な相手ですな……」


 ランツ伯がため息を漏らした。

 これには全員が、無言のまま同意した。


「まぁ、起きていない問題についてあれこれ考えても仕方ない。とりあえず今は、警戒しておく程度に留めておきましょう。ティラ殿、進めてください」


「承知いたしました」


 頷いたティラが、再び手元に目を落とした。


「その魔力ですが、変異種三体の内、唯一筋組織が残っていた子鼠の身体からも検出されました。成分比較を見ていただければ分かるとおり、ほぼ一致しています」


「親鼠の方は……やはり駄目でしたか」


「落石の下から掘り出す事はできたのですが、骨しか残っていなかったため照会は難しいようです。引き続き分析作業は進めてもらっていますが、あまり期待はできそうにありません」


「巨大化した理由が親鼠と子鼠で違うとは考えにくいですから、同一と考えてよいのではないでしょうか」


「そうですな。むしろ、親鼠の異常性こそ、水晶の影響をより濃く受けたという証拠でしょうからな」


「次に、ラットレースが魔力によって変異した理由ですが……次ページをご覧ください」


 書いてある内容に目を通して、合点がいった。

 あの水晶がボロボロだった理由に。


「そうか……ヤツらがかじってたから……」


「鼠に代表されるげっ歯類は歯が伸び続けるのを予防するため、硬い物をかじる習性があります。彼らにとって、丁度良い硬さと大きさだったのかと思われます」


「まさか教団も、こんな事に使われるなんて思ってもいなかったでしょうね」


 巨大鼠の群れにガードさせておけば安全と踏んで計画の場を巣の奥に選んだ結果、肝心のお宝をボロボロにされてしまった。

 さらには彼らが暴れたせいで洞窟が崩落し、秘密の企みが白日の元に晒されてしまったのだ。


「踏んだり蹴ったりとは、まさにこの事ですな。水晶を直接体内に取りこんだのなら、急速に変異したのも頷けます」


「そして肝心の魔力に関してですが、次のページです」


 ティラに促され、ページをめくる。

 記されていたのは、水晶本体を分析した詳細なデータだった。


「……魔力の属性は闇、ですか」


「ここまでは予想した通りですわね」


「上位の屍霊魔術師(ネクロマンサー)、あるいは不死王(オーバーロード)クラスの、極めて高い不死の魔力を圧縮して固めたようです」


「ラットレースとゴライアス・デスマスクを不死身にした力の正体って事ね」


「あれ? なら蜘蛛には、固める前の状態で使ったんですかね?」


「いいえ。恐らくは違います」


 オレの疑問に小さく首を振って、ティラが否定した。


「水晶に加工した状態の物を与えたのだと思います。例えば、飲みこませるなどして」


「それでは二度手間のような気もしますが……ふむ。ティラ殿の事だ、根拠がおありなのですな?」


「はい。次のページです」


 水晶の正体は闇の魔力ーーここまでならヴェルベッタの言葉どおり、予想の範囲内だった。

 そう。

 ここまでなら。

 しかし、続けてめくった報告書の内容は、予想だにしない物だった。


「な……んだ、これ……」


 意図せず漏らしたオレの呟きは、恐らく誰の耳にも入っていなかっただろう。

 そう断言できる程、(みな)が一様に言葉を失っていた。

 記載されていたのは、アリマの聖液ーーそうザロメが呼んでいた水晶に含有(がんゆう)されている、魔力以外の成分だった。

 いや、正確にはーー


「こ、これは……本当なのですか、ティラ殿……?」


「はい。間違いなく含まれているそうです」


「……にわかには、信じがたい……」


「濁っていて見えなかったけど、内部にこんな物が入っていたなんて……流石に想像もしていませんでしたわ……」


 含まれている『部分』だった。

 目にした途端、気分が悪くなった。こんな物を創り出し、後生大事にできる神経がまともな訳がない。

 もはや、疑うべくもなかった。


「あいつら、狂ってる……」




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