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137・蠱惑(こわく)の誘い

 三人組に案内されたのは、人で賑わう野外フードコートだった。

 広場の中央、噴水を囲むようにテーブルセットが配置され、そのさらに外側を飲食店の屋台が囲んでいる。

 ビョーウとグラスが昼食を摂っている席はすぐに分かった。『目印』が二つ、立っていたからだ。


「ルキト様!」


 気づいたグラスに声をかけられ、小さく手を上げて応えた。


「なんじゃ、お主達。もう終わったのか?」


 優雅に足を組んだ姫様が、ティーカップ片手に顔を向けてくる。

 白く除いた太ももに、目印達の視線が釘付けになった。


「何を呑気にお茶なんかしてんだよお前は……」


 ソラと二人で空いた席につく。後ろの三人を見て状況が分かったんだろう。申し訳なさそうにグラスがいった。


「あの、すみません、ルキト様……」


「事情はこいつらから聞いたよ。謝るのはグラスじゃない。そうだよな?」


 問いかける目を向けはしたものの、きょとんとした顔が返ってきただけだった。

 カップを置き、ビョーウが頬杖をついた。


「謝る? まさかそやつらが粗相でもしたのか?」


「まぁ、粗相っていえばそうだな。無理矢理ソラを連れて行こうとしたし」


「……なんじゃと?」


 すっと細めた目が、オレの背後を見た。蒼い瞳に、冷たい怒りが浮かんだ。


「貴様ら……わらわのいいつけを守らなかったのか?」


「っっ!!!?」


「ちち、違います違います! 誤解ですっ!!」


「おおお、俺達、そんな、何もしちゃ、いい、いな……!!」


「いいわけはいらぬ。一本で勘弁してやろう。腕を出せ」


 ビョーウが足組を解くと、後ろから小さな悲鳴が聞こえてきた。

 立ち上がろうとするのを、慌ててソラが止めた。


「わ、わたしは大丈夫でしたので、あの……」


「未遂に終わったからもういいよ。そもそも、原因はお前だろ」


「わらわが原因? 何をいうておる」


「こんな連中を使ったら、周りに迷惑かけるに決まってんだろうが……」


「安心せい。手荒な真似はするなと命令してあるからの」


「守れない命令なんかしてないのと同じだろ。大事(おおごと)になる前にやめさせろよ」


「捜し物なら人手は多い方がよい。ゆえにこやつらに協力させておるのじゃ。問題なかろう」


「問題しかないからやめさせろっていってんの! 悪目立ちしてるだけだろうが! それと! そこに突っ立ってるヤツらはなんだ!?」


「ん? こやつらか?」


 ビョーウが背後に目を向けた。それだけで、目印二人が緊張に顔を強張らせた。

 もっとも、つるつるに剃り上げられたスキンヘッドの下、原型がない程に人相が変わっていたため、あくまでそう見えた、という程度でしかなかったのだが。


「身の程をわきまえぬ愚か者どもを教育してやったのじゃ。今は心を入れ替え頭を丸め、わらわに仕えておる。のう?」


「ふぁ、ふぁいっ!!」


「ビョーウ(ひゃま)の、お、お(ひゃく)に立てるひょう、努力、ひたひまひゅっ!!」


 なるほど、ボコボコにされたリーダーってのは二人組だったのか。

 まぁ、ビョーウに声をかけて失ったのが髪の毛だけですんだのだ。僥倖といっていいだろう。姫のご機嫌が悪かったなら、首ごと失っていてもおかしくはなかった。


「とにかく、やめさせろ。今すぐ部下たちを呼び戻させるんだ」


 ソラの頼みで探しているティニーシアと勘違いして、ソラを(さら)おうとしたのだ。良く分からないけどダークエルフを連れてくればいい、程度にしか考えていない連中を、これ以上野放しにはしておけない。


「ふむ……そこまでいうなら仕方ないの。おい」


「は……はひっ!!」


「聞いた通りじゃ。部下どもを引き上げさせろ」


「か、かひゅこまりまひゅたっ!!」


 ビョーウの命令に、リーダーズとチンピラ三人組が猛ダッシュで従った。

 後ろ姿を見送りながら、ソラが疑問を口にした。


「ところで、あの方達はどなたなんですか?」


「知らぬ」


「お前……素性も分からないヤツらを顎で使ってたのかよ……」


 欠片も興味がないんだろう。ビョーウの返事はにべにもなかった。

 代わりに、グラスが説明をしてくれた。


「彼らは、この辺りを縄張りにしている不良グループのようですね。リーダーのお二人は兄弟で、百人程の部下がおられるらしいです」


「それ、誰から聞いたの?」


「ご本人です。最初に声をかけてこられた時におっしゃっていました」


 さぞや満面のドヤ顔で、訊かれてもいない事をしゃべったんだろう。

 一応は聞いていたグラスと違い、雑音でしかない彼らの個人情報など、ビョーウの耳に入るはずもない。


「そんなに部下の人達がいるなら、有名なんですかね?」


「チーム名が『ヒート・ウォルヴズ』で、お二人のあだ名が『赤毛のウルフ兄弟』というらしいです」


「あ、そうなんだ……」


「トレードマーク……なくなっちゃってましたね……」


「そうでもなかろう。眉毛だけは残してやったからの。わらわの慈悲じゃ」


「ウソつけ。偶然だったくせに」


 しれっとしているビョーウに、いいつけを守らなかった反省はない。

 代わりに、グラスが再度、詫びてきた。


「本当に……わたくしがついていながら、ルキト様とソラにご迷惑をかけてしまいまして、すみませんでした……」


「そんな、お気になさらないでください、グラスさん」


「そうそう。悪いのはこいつなんだから」


「随分ないいようではないか。わらわの善意をなんじゃと思うておる」


「方法を考えろって話だよ。騒ぎは起こすなっていったろが」


 まぁ、こうなる事はなんとなく予想できてはいたものの、少し目を離しただけで数十人もの部下を従わせているとは思ってもみなかった。

 こいつが持つ影響力は、侮らない方がいいかもしれない。


「まぁ、済んだ事はもういいや。それより、何か有力な情報はあった?」


「これから集まってくるはずだったのじゃがのう」


「もういいっての。あいつらは大人しくさせとけ」


 ビョーウが無言で肩を竦める。首を振って、グラスがいった。


「商人ギルドや労働者ギルド、奴隷商ギルドでも聞いてみたのですが、それらしい目撃者はいらっしゃいませんでした」


「やっぱり、難しいか……」


「そっちはどうだったのじゃ?」


「同じだよ。どうやらダークエルフって、人前に姿を見せない種族らしい。ロメウに紹介された情報屋がいってた」


「すると、探し出すのはやはり困難ですね……」


「ただ、収穫がなかった訳じゃないんだ。実はね……」


 午前中の出来事を話す間、二人は黙って聞いていた。

 情報をシェアし終わると、グラスが明るい顔でいった。


「流石はロメウ様ですね。たった半日で、そこまで進展があるなんて……」


「ただの遊び人ではなかったか。ふむ……少しは見直してやっても良いかの」


 いうまでもないが、宿でのアレは伏せておいた。お陰で、二人のロメウに対する評価はだいぶ上がったようだった。


「どっちも早急に動いてくれるみたいだ。ロメウに関しても、早ければ今夜には教団に潜入するんじゃないかな」


「では、そちらは結果待ちですね」


「うん。(じゃ)の道は(へび)、っていうしね」


「蛇の道……? なんじゃそれは?」


「あぁ、いや、こういうのは専門家に任せた方がいいって意味だよ」


「獣道は獣に作らせろ、ですね。ロメウさん、ロレンツォさん、ポルロさんにお任せした方が、わたし達が闇雲に動き回るよりいいかもしれません」


「だね」


 いい回しは違うものの、同じような意味を持つことわざに全員が頷いた所で、ティニーシア探しの方は一段落したといっていいだろう。後は情報が入り次第、ロメウが知らせてくれるはずだ。


「さて。ここからは、もう一つの課題だ」


 気持ちを切り替える意味で、あえて口にした。

 もう一つの課題ーーすなわち、教団そのものにどう対抗していくか、だ。


白光天神教(はっこうてんしんきょう)の全貌を明らかにし、企みを白日の元に(さら)す……じゃな」


「うん。ザーブラの聖水やザロメの水晶、洞窟にあった水晶と、ヤバいアイテムがゴロゴロ出てきてる。どれも伊達や酔狂で造り出すような代物じゃない。良からぬ事を企んでるのはまず間違いない」


「痛覚をなくして身体能力を増加させる聖水や魔力を供給する水晶、そして恐らくはラットレースを変異させた水晶……肉体強化に特化した効果のある物ばかりですよね」


「組織ぐるみで身体強化の研究してる目的なんて、一つしか思いつかないよなぁ……」


 材料にも素材にも事欠かない環境が、教団には整っているのだ。信者の身体を使った研究・実験が行われていても、なんら不思議はない。

 仮に、一般人を超人に変える方法を、権力欲に取り憑かれた人物が手にしたならーー何をしようとするかなど、容易に想像できる。


「死をも恐れぬ狂人兵を大量生産し、軍事力とする事、じゃろうな。個々の武力を強化せんとするなら、肉体を改造してしまうのが一番手っ取り早い。一騎当千が十騎手の内にあらばすなわち、一軍を擁すると同義じゃ」


「そう考えると、ザーブラがいってたクーデターも奴だけの計画じゃなかったのかもしれないな……」


 今後、深く知れば知るほど出てくるだろう。教団に内包された闇が。

 そして、それが増殖し、増大すれば、やがてはリーベロイズをすら侵食し尽くしかねないのだ。


「いずれにせよ、黒幕を突き止める必要がある。教祖、大臣、聖女、その内の誰かであるのか、あるいは……」


「三者の合議であるのか、ですね」


「うん。その可能性も含めた上で、進行している計画を阻止する。ヴェルベッタさん達と連携してね。だけど、オレ達の目的はそこで終わりじゃない」


 教祖、ゴディ・ガレンタイン。

 揺籠の聖女アリマ。

 そして大臣と、王国の中枢に巣食う派閥・配下の者たち。

 彼らは一体、何者なのか。

 何が行われているのか。

 目的はなんなのか。

 そしてーー


「最終目標は、その先にある」


 裏で糸を引いているのが果たして、巨凶の一角、まだ見ぬ闇の皇帝であるのか。

 グラスが、気を引き締めた表情で頷いた。

 ビョーウが、不敵な笑みを浮かべた。

 ソラまでが、緊張した顔をしていた。


「今夜の会合で、今後の方針が決まると思う。領主が本腰を入れ始めれば、王国側も呼応して動くはずだ」


「そうなれば、教団との対立も鮮明になると思います。何か仕掛けてくるかもしれませんので、わたくし達も気をつけた方がいいかもしれませんね」


「くく……ようやく、楽しくなってきそうではないか……」


 ビョーウの口元が、妖しく吊り上がった。

 なぜかは分からなかった。

 ただ、見慣れたはずの笑みが妙に不吉な物のように感じた。

 まるで、深く暗い迷い道に誘う、蠱惑(こわく)の花ーーあるいは、何かの暗示なのだろうか。

 答えを得たのは、後に訪れた領主の館でだった。

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