136・トラの尾を踏む男達
「……と、いう訳で、この娘のお姉さんを探してるんだけど……」
しゃがみこみ、似顔絵を目の前に掲げながらオレはいった。
「知らない?」
「…………」
返事がない。
獣皮紙を顔に近づけ、再度訊いてみた。
「これ、分かるよな? ダークエルフ。見かけなかった?」
「……知らねぇよ」
ぶっきらぼうに答えたアニキが、ぷいとそっぽを向く。
見ていたロメウが不満そうにいった。
「なんだよ、おい。随分とつれねぇな」
腕を組んで見下ろす視線の先ーーアニキが座っている。子分達も座っている。
少々、衣服が破れた者。
少々、人相が変わった者。
少々、身体が傾いている者。
少々、赤く染まっている者。
少々、腕がブラブラしている者。
バラック小屋裏の空き地に、アニキと十人程の個性豊かな面々が行儀よく並んでいた。
正座で。
「ひょっとして、足がシビれたか?」
「あぁ、そうか。慣れない座り方してたから」
「……」
アニキは何もいわなかった。時折小さなうめき声が、背後から聞こえてくるだけだった。
「なんなら足を崩してもいいぞ? そのままじゃ辛いだろ」
「ふ、ふざけやがって……テメェらぁ……」
向けてきた目は、腫れた瞼で半ば塞がっている。しかし、怒りの色はまだ消えていなかった。
「俺様にここまでやったんだ……覚悟はできてんだろうなぁ……」
あくまでも、上にいるのは自分ーーそう確信している、ドスの効いた声だった。
不思議だった。
これだけ集めてリベンジマッチに挑んだ挙げ句、あっさり返り討ちにあったにしては随分と強気だ。
しかしその疑問は、続くロメウとの会話で解消された。
「はぁ? なんの覚悟だよ」
「なぶり殺される覚悟に決まってんだろうが! 身内に手を出されちゃ、ボスも黙ってねぇだろうからな!!」
「ほぉ。ちなみにそのボスってのは、誰なんだ?」
「カサンドラ様だよ!」
「え!? お前カサンドラファミリーなの!?」
目を見開いて、ロメウが身を乗り出した。
アニキがニヤリと笑った。
「後悔しても遅ぇぞ。誰に楯突いたのか、たっぷり分からせてやるからなあぁ……」
「そういう事は先にいえってんだよ、アホゥ……」
バックに組織がついているのか。なるほど、どうりでイケイケな訳だ。
勝ち誇った笑みを浮かべるアニキとは正反対のやっちまった感が、ロメウの顔を覆っていた。
ここで問題なのは、尾を踏んだ虎の大きさがどの程度なのか、だ。
「で? 有名なの? そのボスって」
「ザザ・カサンドラっていってな。暗黒街を牛耳るビッグボスの一人さ」
答えと一緒にうんざりした顔が返ってきた。
関わっちゃいけない世界の、関わっちゃいけない人物ーー近づいただけで喰い殺されかねない大物の尾をがっつり踏んでしまった、という事のようだ。
「俺らのファミリーは世界中にいる。これから先、どこにいても命を狙われ続けるんだ。せいぜい、震えて過ごしやがれっ!」
顔をボコボコに腫らし、地べたに正座しているとは思えない威勢の良さだった。
しかし、面倒臭くさそうにしてはいるものの、ロメウから恐怖心は感じられなかった。
「これはまぁ、お前の勝手なんだが……上にチクるのはやめておいた方がいいと、俺は思うけどな……」
「あぁん!? 今さらビビッてんじゃねぇぞクソザコがっ!!」
「そうじゃねぇって。“ビッグレディ”カサンドラっていやあ、ゴリゴリの武闘派だろ? その子分が堅気にボコられましたなんて、どのツラ下げて報告するんだよ」
「!!?」
「報復うんぬんの前に、まずお前達がケジメ取らされるんじゃねぇの?」
「……っっう……ぐっ……!」
ロメウのいい分に、アニキが言葉を失った。
何よりも面子を重んじるマフィアの世界で、ファミリーの名に泥を塗ってただで済まされるはずがない。
そしてそれは、身内であっても適用されるんだろう。一斉に顔色を失った子分達の怯える様を見れば、明らかだった。
「それでもやりたきゃ、好きにすればいいさ」
ロメウを見て、余裕でいる訳が分かった。
脅す側と、脅される側。
立場が逆転しているのだ。
『チクられたくなきゃ、協力しろ』
言外にそういっている。
イニシアチブを握っているのがどちらか。アニキはもちろん、子分達も十分に理解したようだった。
ならば、遠慮せず協力してもらおう。
「じゃ、話を戻そうか。ダークエルフ、見なかった?」
「み、見てねぇよ……」
「本当か? 後ろのみんなは?」
子分衆が、おずおずと首を振る。
どうやら、嘘ではないようだった。
「なら仕方ないか……」
「まぁ、こうしてお近づきになれたのも何かの縁だ。せっかくだから、アニキ達にも協力してもらおうぜ」
「あぁ、それはそうだね。じゃあさ、悪いんだけど、手を貸してもらえる?」
「て、手を貸すだぁ?」
「うん。スラムに彼女がいないかどうか探して欲しいんだよ」
「テメェ! 俺にパシリしろってのか!?」
「違うって。善意の協力者になってっていってんの」
「それをパシリっていうんだよ!!」
「まぁまぁ、カリカリすんなって」
イキり立つアニキを諌めるように、ロメウが割って入ってきた。
「これはな、保険だよ」
「はぁっ!? 何いってんだ!」
「ほら、俺らがスラムをチョロチョロして、今日の事をポロッと話しちまったりしたら……」
「!!」
「マズいだろ?」
「……こっ……この……!!」
「裏社会は情報が早い。すぐにボスの耳まで届いちまうだろうよ。そうなりゃ困るのは俺達じゃないよな?」
「……クッッ……!!」
勝負、あり。
がっくりと肩を落とすアニキの瞳から、ギラついた光が消えた。
「クッソ……がぁ……」
「てなわけで、ヨロシクな。情報が入ったら、さっきもめたポルロに伝えておいてくれ」
伝家の宝刀を抜いたら、逆にそれを首筋に突きつけられたのだ。相手が悪かった事を今さらながら痛感し、後悔している。そんな目だった。
しかしまぁ、なんていうか、本当に……
悪いヤツだよなぁ……。
それに乗っかるオレもオレだが、したたかさという点ではロメウの足元にも及ばない。
これも一種の経験値ーー冒険者には必要な要素なんだろう。
「さてと。待たせて悪かったな」
まんまと無償のボランティアをゲットしたロメウが、成り行きを見守っていたソラに声をかけた。
どうも彼女には、刺激が強かったようだ。はっとして我に返った顔は、いくぶん強張っていた。
「あ、いえ……」
「怖がらなくても大丈夫だよ。さ、今度こそ本当に戻って、昼メシにしよう」
「朝から頭使って、いい運動もしたからな。腹も減ろうってもんだ。なんとも健康的で結構なこったぜ」
伸びをしながらのたまうロメウの独特すぎる健康論に、ソラが複雑な笑みを返した。
繁華街まで戻り、昼食を摂った。
成り行きとはいえ、スパイまで買って出たロメウに、ソラがいたく感謝していた。そこまでしてくれる理由を聞いてみた。
「遅かれ早かれ、だよ」
あぁ、なるほど。そういう事か。
後に続くであろう言葉を察し、理解した。
今後の展開を見越して、ティニーシアの件を口実にしたって訳だ。結果的に上手くポルロを丸めこめたのは、本人にとっても都合が良かったんだろう。
このしたたかさと計算高さは、味方にすると本当に頼もしい。
食事が済むと、今日の所は解散となった。
礼をいうソラに笑顔で応じ、夜の準備があるからとロメウは人混みに消えて行った。
トラブルもあったスラム訪問だったが、思ったより早く終わった。この分だと、グラス達はまだ聞きこみをしているだろう。
約束の時間までだいぶある事だし、このまま街に出てオレ達も情報を集めようか。
そんな話をしていた、まさにその時だった。
「おい! あれ見ろ!」
「おぉっ! ダークエルフじゃねぇか!!」
「っしゃ! 見っけたぜ!!」
声がしたかと思うと、人相の悪い連中がこちらに駆け寄ってきた。
行く手を遮るように、三人の男達が目の前に立ちふさがる。
怯えるソラを後ろに下がらせた。
「なんだ、お前らは?」
「間違いねぇっ! こいつだ!!」
「ラッキー! ツイてるぜ俺達っ!!」
問いかけに答えはなかった。
どうも、男達の目にオレの姿は入っていないようだった。その内の一人が、ズカズカと近づいて来た。
「お嬢ちゃん、ちょ〜っと一緒に、来てくんねぇか?」
ソラに向かって、無遠慮に伸びてきた手ーーとっさに取って背中側に回し、そのまま捻り上げた。
「い“ぃってええぇぇぇ〜〜っ!!」
「!!?」
「テ、テメェ! 何しやがるっ!」
仲間の悲鳴に、男達が動揺の色を見せた。
礼儀知らずでガサツな態度に、ムカッ腹が立った。
「こっちの台詞だ。いきなり現れて何してんのお前らは」
「俺達ゃそのダークエルフに用があんだよ! 引っこんでろや、ボケっ!!」
「オレ達には用なんかないんだよ。ふざけた真似してんじゃねぇぞ、おい」
「いいいっ!! いでででででぇぇぇっ……!!」
「くっ……こ、この……!!」
「おい! ヤッちまおうぜっ!!」
「で、でもよ、それだとビョーウ様が……」
「……ん?」
ポロッと、覚えのある名前が聞こえた気がした。
嫌な予感がした。
「黙ってりゃ大丈夫だって!!」
「おい」
「万が一バレたら、どうすんだよ……」
「ヤロウは連れてかねぇんだ! バレる訳が……」
「おい。そっちのお前」
「うるっせぇな! なんだよ!?」
「今、ビョーウ様っていった?」
「あぁん!?」
「いや、だから。ビョーウ様っていったよな? なんでお前ら、あいつの名前を知ってんだよ」
「あ“ぁっ!? あいつだぁ!? 」
「馴れ馴れしい口きいてんじゃねぇぞ! 誰の事か分かってんのかテメェ!! 」
「訊いてんのはこっちだっつぅの。ったく……おい」
「い“ぃっっ!!」
「代わりに答えろ。ビョーウを知ってるんだな?」
捻る腕に力を込めると、男がぶんぶんと頷いた。
「しし、知ってる!」
「なんで知ってるんだ?」
「お、俺らのリーダーが、街で、ナ、ナンパしたら、ボコボコにされて、それで……」
「……」
どうやら、こっちにもいたらしい。
白鬣の尾を踏んだ、迂闊な連中が。
「お、お詫びにダークエルフ探しを、て、手伝えって、いわ、いわれて……」
「…………」
自分の顔から、表情が抜け落ちていくのが分かった。
ゆっくりと、背後に能面を向けた。
「…………」
予想した通りだった。
目をパチクリさせるだけのソラは、複雑な笑顔すら浮かべていなかった。




