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135・SPYs×PYS(スパイス×パイス)

 またしても出てきたのは、教団の名前だった。

 これまで起きてきたあらゆる事件の元凶ーー災いの()む伏魔殿が、ぽっかりと口を開けているかのようだった。


「よりによって、あそこかよ……」


 ロメウが苦い顔をするのも無理はない。

 表向きただの宗教団体を装っているその裏では、組織ぐるみで犯罪行為に手を染めているのだ。これまで出てきた断片的な情報だけ見ても明白な事実だった。

 倫理観の壊れた巨大なカルト教団ーー調査対象としては、最悪の部類に入るだろう。


「まだ本人と決まった訳じゃないけど……確認するのは簡単じゃないだろうねぇ」


 椅子の背に身体を預け、腕を組んでポルロがいった。

 対象的に、ソラが身を乗り出した。


「事情を話して、面会させていただく事ってできないですかね」


「確かに、直接会えれば早いんだけど……」


「聖女の護衛じゃあな。おいそれとは近寄れないだろうよ」


「やはり……難しいですか……」


「そもそも、入信したとしても簡単には見れないくらい聖女様のガードは固いからね。腹心の十聖華にすら、幹部クラスじゃなきゃ接触できないみたいだし」


「見れない? 聖女様ってお会いする事もできないんですか?」


 顔を向けたオレ達に、諭すような口調でポルロがいった。


「信者にはランクがあってさ、ある程度まで上がっていかないと駄目なんだ」


「じゃあ、下っ端はアリマの顔すら知らないのか」


「ううん。実物を見れないってだけで、映像は見せてもらえるんだよ」


「あぁ。メルメスストーンか」


「チッ。やっぱり持ってやがんだな……」


 ロメウが舌打ちをした。

 どうやら、先のクエストで懸念していた事が現実味を帯びてきたようだった。


「一目でいいんです。何か、会える方法はないでしょうか……」


「う〜ん……教祖様と違って、聖女様は表に出てこないからねぇ。神格化された聖なる存在みたいな扱いだからさ、神殿に籠もりっきりなんだよ」


「そうなりゃ必然的に、護衛も出てこない、か。こりゃ、外からってのは難しいな」


「かといって、入信して出世して、なんてやってられないもんなぁ」


「ひとまず教団の件は置いといて、他を当たるって手もあるけど……」


「こうまで条件が合ってるんだ。優先順位でいったらむしろ、その剣士が先じゃないですか?」


「わたしもそう思います。街での生活に慣れていない姉が、誰かの手を借りずに姿を隠せるとは思えません」


「だよねぇ……」


「さて、どうしたもんかねぇ……」


 ロメウが発した一言を最後に、会話が途切れた。

 この問題を打開する方法はないものか。誰もが眉間を皺で捩っている。

 場の雰囲気が、暗く沈んでいった。


「揃ってシケた顔してんじゃないよ」


 そんなどんよりした空気の中、張りのある声が浴びせられた。下を向いていたオレ達の顔が自然と上がる。


「これでも飲んでシャキッとしな」


 メリッサだった。

 ぶっきらぼうにいいながら、手にしたトレーからカップを配る。

 コーヒーの香りが、ふんわりと漂ってきた。


「なんだおい、やけにサービスがいいじゃねぇか。どういう風の吹き回しだ?」


「辛気臭いのに居座られたんじゃ、店の運気が逃げちまうんだよ」


「好きでやってんじゃねぇよ。これでも必死で頭を捻ってたんだぜ」


「捻ったくらいで解決策が出てくるほど、立派な脳みそ詰まってんのかい」


「ず、随分と辛口じゃねぇか……」


「できない事なんて放っておきゃいいのさ。やれる事からやってきゃいいだけの話で、何をうだうだ考えこんでんだ」


 なんとも刺激の効いたいい回しだったが、どうやらオレ達の尻を叩いてくれているようだった。

 そして、いってる事も間違ってはいない。

 無理と分かっているなら、やらなきゃいい。それよりも、できる事を見つけてとにかく動く。

 単純だが、行き詰まった時の打開策としては正しいように思えた。


「……そうですね。メリッサさんのいう通りだ」


「はい。考えてばかりいても、仕方ないですよね」


 まずは、行動に移す。

 そうする事で見えてくる物もあるはずだ。


「……まさか、あんたにアドバイスされるとはな。相談料よこせなんていわねぇだろうな」


「そういうご大層な口は、場所(ショバ)代を払ってから叩くんだね」


「ごもっとも」


 腰に手を当てたメリッサが、呆れ顔で小さく息を吐く。

 コーヒーを一口飲んだロメウが、ポルロに意味ありげな視線を送った。


「んじゃまぁ、少々荒っぽい方法も視野に入れつつ、作戦を練り直すとするか」


「荒っぽい? どんな手を使うつもり?」


「そりゃもちろん、お前がひと肌脱ぐんだよ」


「ボ、ボクが?」


「教団に出入りできるルートがあるんだろ? 俺にも使わせてくれよ」


「えぇっ!?」


 ポルロが目を丸くした。

 どうやらロメウは、自らスパイをやる気でいるようだった。


「ル、ルートなんて大それたものじゃないよ。入信して、一般の信者にまぎれてるってだけで……」


「そりゃ嘘だな。お前さっきいったじゃねぇか。侵入してるってよ。言葉どおりなら、こっそり出たり入ったりしてるってこった。違うか?」


「あぅ……」


「それに……」


 ロメウがタバコを取り出した。咥えた穂先に火を点け、吸った煙をゆっくりと吐く。広がる紫煙越しに、動揺するポルロを見据えた。


「入信したてにしちゃ、例の剣士についてやけに詳しかったしな。機密性が高いはずの、いわば特殊部隊員の実力や容姿なんて、おいそれとは漏れてこないはずだ」


「…………」


「接触してんだろ? 幹部クラスの信者によ」


「……あぁ〜ぁ……」


 ポルロが、顔を手で覆った。そのまま仰け反り、大袈裟に天を仰ぐ。


「しまったなぁ……久々の大勝ちに浮かれて、口が緩くなってたみたいだ……」


「いいじゃねぇか。サービスだよ、サービス」


「カンベンしてよぉ、ロメウさん。これじゃ、足が出るって」


「まぁ、払うもんは払うからよ。そこは心配するな」


「……っっはああぁぁ〜〜……」


 表情に、諦めの色が滲み出る。

 そんなポルロを眺めながらコーヒーに口をつけるロメウに、問いかけた。


「じゃあポルロさんって、幹部信者にツテがあるってこと?」


「情報を集めてくる従順な犬を装って取り入り、逆に教団(ないぶ)の情報を吸い上げてる、って所だろ。なぁ?」


「ご名答。ホント、ズバズバ来すぎて怖いよ、この人……」


「つまり、ダブルスパイか」


「そんな事を……危なくないんですか?」


「もちろん、身バレしたらヤバいだろうよ」


「分かってるなら、触れないでほしいんだけど……」


「ここだけの話にしとくから心配すんな。何もその幹部を紹介しろってんじゃねぇんだ。侵入方法を教えてくれさえすりゃ、後は俺がなんとかする。商売の邪魔はしないから、そこも安心してくれよ」


「ホントのホントに、口外しないでね。取り入るのに苦労したんだから。ここで関係が切れたら、全部オシャカになっちゃう」


「大丈夫だって。で? 協力してくれんだろ?」


 ロメウに習い、オレとソラも揃って顔を向けた。プレッシャーをかけたつもりはなかったが、結果的には後押しする要因になっていたかもしれない。

 しぶしぶといった様子でポルロが折れた。


「はぁ……仕方ない。分かったよ。ただしこれは別料金だ。高いよ?」


「あぁ。いい値で構わねぇ。それくらいの価値はあるんだろ?」


「まぁね。いつでも出入りできる魔法の(ルート)だよ」


「結構だ」


 咥えタバコのロメウがニヤリと笑った。ひとまず話がまとまった安心感から、場の空気が僅かながら弛緩したようだった。

 ポルロがカップに口をつけ、コーヒーをすする。

 つられて、オレも飲んだ。豊かな香りと苦みが、鼻腔と口中に広がっていく。


「それと、お前はお前で褐色の剣士について調べてみてくれ」


 タバコを消しながらロメウがいうと、頷いてポルロが確認した。


「街での情報はどうする? 集めた方がいい?」


「いや、別口で当たるから、そっちはいい」


「了解」


「っしゃ。じゃまぁ、このまま打ち合わせするとしようぜ」


 今度はこちらに顔を向け、オレとソラにロメウがいった。


「お前たちは席を外してくれ。ここからはポルロと二人きりで……」


「ちょっと待って、ロメウさ……ふあぁぁ〜〜……」


 大きな欠伸が盛大に話を遮ぎった。

 むにゃむにゃしながら、ポルロが目をこすっている。


「ちょっと寝かせてくれない? 徹夜だったから、眠くて眠くて……もう、限界……」


 お仕事モードを解除した顔には、睡魔がべったりと貼りついていた。

 半分眠っているクマさんを見て、ロメウが苦笑した。


「しゃあねぇなぁ。じゃあ、後でお前の宿(ヤサ)に行くからよ。場所だけ教えといてくれ」


「いや、今日は自分の部屋に帰って寝るから、夜にでも来てよ」


「分かった。ちゃんと寝て食っとけよ。これから、働いてもらわなくちゃなんねぇだろうからな」


「いやぁ……お手柔らかに……」


「それじゃ、後でな。メリッサ、邪魔したな」


 テーブルにもたれかかって腕を組んだメリッサが、小さく顎を引いた。

 席を立ち、オレ達も声をかけた。


「お邪魔しました、メリッサさん」


「お邪魔しました」


「……ルキト」


「はい?」


「お前は……」


 何かをいいかけた口が、途中で閉じられた。

 思う所のある目ーーしかし、途切れた言葉の続きは出てこなかった。


「……いや、いい。なんでもないよ」


「?」


「ソラちゃん、だったかい。お姉さん、見つかるといいね」


「は、はい! ありがとうございます!」


 ふっ、と、メリッサの口元がほころんだ。

 頭を下げるソラに向けた表情は優しく、穏やかだった。




 店を出た時には、ソラの表情が明るくなっていた。

 街での情報はロレンツォが、教団内はロメウとポルロが、それぞれ当たってくれる事になった。

 不確定要素は多いものの、手がかりを掴んで捜索の地盤も固まったのだ。大きな前進に、足取りも軽くなろうというものだ。

 スラムでやる事を終えたオレ達は、繁華街に戻る事にした。お礼がてらロメウに昼食でも奢って、グラス達と合流する。お互いに持ち寄った情報をシェアすれば、さらに話は前進するだろう。

 この後の予定を話すと、ソラが元気に頷いた。見る者を幸せな気持ちにさせてくれる笑顔に、ロメウがほっこりしている。

 そんなーー


「どこに行くつもりだテメェら!!」


 平和な気分を、秒で吹き飛ばしてくれたバカがいた。

 振り向くと、ガラの悪い獣人達が凶器(エモノ)とガン首揃えて集合していた。


「このままトンズラできると思ってんじゃねぇだろうなぁっ!! オォッ!!?」


 先頭でがなり立てるバカーーアニキが、血走った目でオレ達を()めつけていた。

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