表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

134/183

133・獣の掃者

 石畳の剥げた路。生え放題の雑草。壁に穴の開いたボロ家。木枠だけの廃墟。バラック小屋。良く見れば中に人がいる、裂け目だらけの布テント。

 さっきまでの狭苦しい路地よりは幅のある路だった。

 しかし、積み上げられた瓦礫に邪魔され、散乱するゴミを避けなくてはならない分、こちらの方が歩きにくい。


「すごい所だな、こりゃ……」


 ホコリっぽい空気と鼻につく異臭、どこかから漂ってくる焦げ臭い匂いが荒廃的な空気に絡みつく、掃き溜めのような街ーースラム。

 ゴミを漁る薄汚れた猫と目があった。


「商業都市カロンの、いわば暗部だ。ま、スラムなんて、どこも似たようなもんだけどな」


 老人がぴくりともせず路上に転がっている。赤ん坊を抱いた女性が虚ろな目で座りこんでいる。ゴロツキがチラチラとこちらを盗み見ている。子供達が建物の陰から様子を伺っている。

 意志のない目。小狡そうな目。物欲しそうな目。

 映しているのは、希望ではない。明日でもない。

 緩やかな死。死から遠ざかる(すべ)。あるいは、生き長らえる(すべ)

 希望ではない何かに(すが)る瞳はくすみ、色褪せ、暗く沈んでいた。


「こ、こんな所に、店なんてあるんですか?」


 声には不安が滲んでいた。

 先頭にロメウ、殿(しんがり)にはオレがつき、ソラを守るように前後から挟んで歩く。

 示し合わせた訳ではない。自然とそうなっていた、いや、そうせざるを得ない雰囲気がこの場所にはあったのだ。

 しかし、それでも安心できない心理が、落ち着きなくキョロキョロする挙動から見て取れた。


「もちろん。こんなんでも一応は『街』だからな。宿もあれば飯屋や酒場、ギャンブルができる場所だってちゃんとあるんだぜ」


「スラムの飯か……食べたくないな……」


「いや、それが意外と食えるんだ。酒なんか混ぜ物だらけだけどな。まぁ、材料がなんなのか、どこから調達してきたのかを考えない前提ならば、だがよ」


「お、お腹が痛くなりそうですね……」


 代わり映えのしない風景が続いた。

 さほど入り組んではいないものの、こうまで景色に変化がないと、これはこれで迷いそうだ。

 しかし、行き交う住人にはある変化があった。


「獣人が増えてきたな」


 街を奥に進むにつれて、目に見えて人の数が減ってきているのだ。


「もともとスラムはヤツらのテリトリーだ。人族が住んでるのは、入口付近のごく狭い場所だけなんだよ」


 獣人といっても、ぱっと見オレ達と大きくは変わらない。特徴的な耳と尾があるというだけだ。

 通り過ぎ、すれ違い、あるいは好奇の目を向けてくる彼らは、耳の形、頭髪の色と模様で肉食か草食かをうかがい知る事ができた。


「……あれ?」


 と、様々な毛色の獣人達を眺めている内に、気づいた事があった。


「どうかなさったんですか?」


 肩越しに、ソラが顔を向けてくる。

 小さく手を振って答えた。


「いや、なんでもないよ」


「?」


 そういいながらも内心、ある事実に驚いていた。

 獣人達の耳が、頭ではなく人と同じ位置にあったからだ。


 ここじゃあ、あれがデフォなのか……。


 常々、思っていた。

 ラノベに代表されるジャパニーズファンタジーに出てくる、耳が頭にある獣人(かれら)の側頭部ーーすなわち、オレ達人間の耳がある部分は一体、どうなっているんだろう。

 まさか、人と同じ耳があるとは思えない。やはり何もなく、つるんとしているんだろうか。それはそれで、マネキンみたいな不気味さがある。

 これまで、確認したくともできなかった。なぜなら彼らのその部位は、必ず髪で隠れているからだ。

 坊主頭、モヒカン、あるいはスキンヘッドの獣人だっていていいはずだ。

 しかし、見た事がない。

 なぜか。


 ……大人の事情?


 やはり『この世界』はガバ……奥が深い。


「なんだか、ここの皆さんの方が活き活きした目をしていますね」


 埒もあかない考えが強制終了した。

 オレが耳に注目している間に、ソラは別の所を見ていたらしい。

 確かに貧しい身なりではあったが、生きる意思がうかがえる目ばかりだった。


「獣人族は人族より文明のレベルが低い。オレらからすれば最底辺の生活でも、本人達にとっちゃ気にするほどじゃないのさ」


「そもそも持っていないから、ここでの生活も故郷での生活も大差ないって訳だ」


「そういうこった」


 やがて、先頭を歩いていたロメウの足が止まった。

 眼前には、壁の大半を(つた)で覆われた建物があった。


「到着だ」


「あれ? なんか、思ってたより……」


「ちゃんとした建物ですね。壁も屋根も壊れていませんし」


「主人のメリッサってのがやり手でな。ここらじゃ有名な賭場(とば)なんだ。この時間ならポルロのヤツも……」


 頑丈そうな建物を眺めながら、ニヤリと笑ってロメウはいった。


「尻尾の毛まで毟られ終わってんだろ。話をするには丁度いいぜ」


 あくまで、負ける事が前提ーーそういう意味でも、ポルロを信頼しているようだった。




「イカサマしやがったなテメェっ!!」


 扉を開いて出迎えてくれたのは、笑顔でも挨拶でもない、殺気立った声だった。

 ソラがびくっと身体を震わせ、反射的にオレは身構えた。


「あん? 騒がしいな」


 しかし、ロメウはいたって冷静だった。躊躇する事もなく、ズカズカと中に入っていく。

 石造りの店内には、四脚の椅子に囲まれたテーブルが五セット、間隔を開けて配置されている。

 そのうちの一つ、最奥の席に二人が座っていた。片方の背後には三人の男が立ち、小太りの男を剣呑な目で()めつけている。


「イ、イカサマなんかしてないよ!」


「ウソつくんじゃねえ! ノーチェンジでこんな手が出る訳ねぇだろ!!」


「そんな事いわれても……」


「あ〜らら……」


 イチャモンをつけられて萎縮しているのがポルロだろう。

 オーバーオールの上にチェック柄のシャツを羽織った姿は、喋るクマさんといった印象だ。


「今日はもう店じまいだよ」


 呆気にとられて見ていると、低い女性の声がした。

 バーカウンターに両手をつき、冷めた目を向けてくる赤毛の獣人。

 上背のあるがっしりした身体に、白いワイシャツとボディラインにフィットした黒のロングスカートを身に着けている。シンプルな服装が、ガタイの良さをより強調して見せていた。

 女性らしいのはスカートと、後ろで束ねた赤髪だけーーさしずめこちらは、大型の肉食獣といった雰囲気だった。


「よ、メリッサ。残業お疲れさん」


 ロメウが応じると、メリッサが僅かに目を広げた。不機嫌そうな声が返ってくる。


「あんたか。用事なら後にしな。これからゴミ出しをしなきゃならないんだ」


「用があるのはアイツにだよ」


 泣きそうな顔をしているポルロを、ロメウが顎で示す。メリッサがふんと鼻を鳴らした。

 

「そうかい。なら丁度いい。これ以上残業するのは御免だからね」


「あぁ。ゴミ掃除は任せて、金勘定でもしててくれよ」


「相変わらず口が減らない男だねぇ……」


「さて、許可も出た所で……」


 ロメウが顔を向けてきた。特に動揺している風でもなく、緊張している訳でもない。

 ありふれたトラブルーーこれが、スラムでの日常なんだろう。


「ちゃっちゃと片付けるか」


「あいつらをつまみ出せばいいのか?」


「まぁそうなんだが、荒っぽいのはやめとこうぜ。ここは一つ、穏便に話し合うとしようや」


「了解。任せるよ」


 オレ達が近づいても、誰一人として気づかなかった。

 噛みつきそうな勢いで(まく)し立てる男と子分達に気圧され、ポルロが小さくなっている。

 ロメウが声をかけた。


「その辺にしとけ」


「あぁっ!?」


「ロ、ロメウさん!」


 ポルロが涙目を向けてきた。同時に、男が血走った目を向けてくる。灰色の髪と頬のこけた痩せ型の体型は、ハイエナを彷彿とさせた。


「んだテメェ! 口出しすんじゃねぇ!!」


「ギャンブルの負けをキレてうやむやにするってのはルール違反だ。大人しく払うもん払えよ」


「イカサマ野郎に払う金なんぞあるかっ! ナメた真似しやがって!!」


「サマ、やったのか?」


 ロメウが顔を向けて問うと、ポルロがブンブンと首を振った。


「し、してない! してないよ! 本当に、普通にやって勝ったんだ!!」


「だとさ」


(ひら)でこんな勝ち方ができるか! カードチェンジなしで出る手じゃねぇだろ!!」


「で、でも、出ちゃったんだから、仕方な……」


「うるせえ! ブッ殺すぞこの野郎!!」


「おい。やめとけってんだよ」


 身を乗り出す男を、ロメウが制した。取り巻きの三人が色めき立つ。

 四人揃って似たような見た目から、おそらくは同族なんだろう。


「おい! さっきからなんなんだテメェは! あぁん!?」


「関係ねぇヤツは引っこんでな! 痛い目に会いたくなきゃなぁ!」


「困った事にならないなら黙って見てたい所なんだがな。あんたら、そんな気ねぇんだろ?」


「当たり前だ! タダで帰すか!」


「そもそも、サマをやった証拠はあるのか?」


「アニキがいってんだ! やったに決まってんだろ!!」


「んなムチャクチャな……」


「無茶もクソもあるか! ふざけた真似しやがった落とし前はきっちり取らせてもらうぜ!!」


「そいつが困るってんだよ。ポルロに用があって来たんだ。五体満足でいてくれなきゃ、無駄足になっちまう」


「知ったこっちゃねぇんだよ! さっさと失せろっ!!」


「まいったね、こりゃ……」


 ボリボリと頭をかいて、ロメウが下を向いた。

 頭に血が昇っているハイエナ達に、話し合いましょうは通用しそうになかった。


「代わろうか」


 このままじゃ埒があかない。肩に手を置いていうと、ロメウが顔を上げた。


「結局、こうなるのかよ……」


「全種族に通用するシンプルな方法で説得してみるよ」


「ま、仕方ないか」


 前に出ると、五人の目がオレに向く。

 ハイエナのアニキが、鼻の頭に皺を寄せていった。


「チッ! 今度はガキかよ、邪魔くせぇ」


「そういうなよ。時間は取らせないからさ」


「面倒だ。オイっ! こいつらをつまみ出せ!!」


「うっす!!!」


「いいね。分かりやすい」


 スイッチの入った獣が三匹、臨戦態勢を取った。

 背後からの足音で、ロメウとソラが離れるのを確認する。

 一方のポルロはというと、椅子から動けずただオロオロしていた。


「あ、あの……あ……」


「大丈夫だから。座っててください」


「う……うん……」


 一声かけ、目を正面に向けたままゆっくりと広いスペースに移動した。警戒しながら近づいてくる子分達だったが、武器を出す様子はなかった。


「へぇ。素手喧嘩(ステゴロ)か。なかなか、太いじゃんか」


「余裕カマしてんじゃねぇぞらぁっ!!」


 叫びながら、先頭の一人が大きく踏みこんできた。脇腹を狙った右回し蹴り。

 予備動作もたっぷり、隙もたっぷり。

 初手でこれは、流石にナメすぎだ。


 ゴガッ!!


「!!?」


 鈍い音が響いた。

 蹴り足を肘と膝で上下から挟んで壊す交差法ーー蹴り足挟み殺し。

 同時にではなく、肘か膝、どちらかを先に当てるのが上手く捕るコツだ。


「……っっぐああぁぁぁーーっ!!」


 挟んでいた右足を離すと、子分Aが床に倒れこんだ。折らないよう加減はしたものの、しばらくは歩けないだろう。


「おらああぁっ!!」


 間髪入れず子分Bが拳を振ってきた。ヘッドスリップで躱す。伸びた右腕の下。死角からのカウンターーーショートアッパー。


 カコンッ……!


「……っ……」


 正解に(チン)を打ち抜くと、子分Bの両膝から力が抜けた。すとんと、身体が真下に落ちる。


「!??」


 呆気にとられた子分Cが目を白黒させている。距離を詰めて右腕を突き出した。人差し指で右目を、薬指で左目をそれぞれ狙う。

 目突きは、中指を使わない方がやりやすい。長過ぎて人差し指が刺しにくくなるからだ。


 ボッ……!!


 指先が眼球に吸いこまれていく。届くまで、あと数ミリーー肩を入れきらず、貫手を寸止めした。


「……っと。危ない危ない」


「っ!!!?」


「勢い余って抉っちゃうとこだったよ」


 眼の前で指をうにうにと動かして見せた。子分Cの額から、汗がどっと吹き出した。


「……ひっ……!!」


 一歩下がり、腰を抜かしてその場にへたりこむ。

 まずは、三人。説得は上手くいったようだった。


「テテ、テメェっ!!」


 血相を変えたアニキが椅子を蹴って立ち上がった。焦りと怒りで顔が引きつっている。

 ロメウの声が聞こえた。


「流石はヴェルベッタに膝をつかせたマーシャルアーツだ。切れ味がいいねぇ」


「ふ……ふざけやがってえぇ……!!」


 震える唇から言葉を吐き出すと同時に、手がゆっくりと腰に伸びていく。

 下げていた鞘から、短剣(ダガー)が抜かれた。


「上等だ……斬り刻んでやるよ……」


「もうやめろって。そいつを抜いたら、喧嘩じゃ済まなくなるぞ」


「ここでケツ捲ったんじゃ、こちとら商売上がったりなんでな……」


 目が据わっていた。

 腹を括り、返って冷静になったんだろう。ここから先は危険な領域ーー命の奪い合いになる。


「……やれやれ……」


 アニキの口からは、獣特有の唸り声が漏れていた。

 あれを調教……いや、説得するのは、少々骨が折れそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ