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132・乞人(こいびと)忌避人(きひびと)

「なるほど……姉ちゃんをねぇ……」


 似顔絵に目を落としてロレンツォがいった。

 食い入るように見ながら、記憶を掘り起こしている。そんな目つきだった。


「お嬢ちゃんに似てるな。姉妹揃ってべっぴんだ」


「い、いえ、わたしは、あの、姉ほど凛々しくも、綺麗でもないので、似てるなんて……」


「んなこたねぇって。顔つきがそっくりだ。なぁ?」


 緊張が解けていないんだろう。ソラの表情と声は固い。

 しかし、気にも留めていない様子で親しげに語りかけたロレンツォが、ロメウに話を振った。


「あぁ。将来はタイプの違う美人になるだろうぜ」


「そ、そんな事は……」


 頬を赤らめたソラが、言葉に詰まった。熱を()まそうとするようにミルクを一口飲む。


「とはいっても、あんたが手を貸してる理由はお嬢ちゃんじゃないんだろうけどよ」


「あ? どういう意味だよ」


「スタイルのいいキリッとした美女。どストライクじゃねぇか」


 含みのある笑みと似顔絵がこちらに向けられた。

 思わず、呟きが漏れた。


「あぁ。やっぱりそうなんだ……」


「やっぱりってなんだよ! 納得すんじゃねぇって!」


「凄腕の剣士なんだろ? 手を出すなら気ぃつけた方がいいぜ。その辺の姉ちゃん達とは違うんだ、いつもみたいにビンタの一発じゃ済まねえだろうからな」


「い、いつも……?」


「普段どういう遊び方してんの……」


「俺の事はいいんだよ! 見た事があるのかないのか、どっちなんだ?」


 女性に頬を(はた)かれるなんて、そうそうあるものじゃない。

 ドン引きするオレ達を尻目に身を乗り出すロメウに、冷静な声が返ってくる。


「ここ最近はねぇな。ダークエルフ自体、久しぶりに見たぜ」


 目を向けていわれたソラの顔に落胆が浮かんた。

 グラスを手で弄びながら、ロメウがいった。


「噂くらい入ってないか?」


 ロレンツォが、無言で首を振る。


「カロンじゃ珍しい種族だからな。いりゃあ目立つはずなんだが……」


「ダークエルフのコミュニティみたいなのってないんですか?」


「あるかもしれねぇが、聞いた事がねぇ。エルフならあるのは知ってんだけどよ」


「元々、群れるのが嫌いだって話だしな。グループを作るような事をしてるかどうか……」


「え? そうなの?」


 ソラがこっくりと頷いた。


「集団生活に向いているとはいえないと思います。自立して一人でも生きていけるようになって初めて一人前と認められる風習が、根強く残っていますから」


「なるほどな。エルフがデカい村を作るのに対して、ダークエルフは小規模な集落しか作らないってのは、そういう理由か」


「それに、社交的な種族じゃねぇから人里にも姿を表さねぇ。だから滅多に見かけねぇのさ」


「なのにわざわざ森から出て来たんだ。その人間ってのがよっぽど重要だったんだろうな」


「姉が里を出たのは今回が初めてなんです。外の世界に疎いのはわたしと同じなので、それが心配で……」


「いてもたってもいられず飛び出して来た、って訳か……」


「相手の手がかりでもありゃあ探しやすいんだけどなぁ……」


 ソラのティニーシアに対する想いは、身の危険を(かえり)みない無謀ともいえる行動から伝わってくる。

 情が移ったんだろう。

 似顔絵をカウンターに置いたロレンツォからは、先程までのような軽い雰囲気がなくなっていた。


「まぁ、ないもんは仕方ねぇ。取り敢えずダークエルフに関する目撃情報を集めといてくれよ」


「了解。なんか入ったら知らせるぜ」


「それと、ポルロの居場所を知らないか?」


 話題を変えられ、ロレンツォが片眉を上げた。


「どこにもいねぇんだよ、あいつ」


「ヤツなら、メリッサんとこに入り浸ってるよ」


「はぁ? どうしてまた、あんな所に?」


「タネ(せん)もねぇのに勝負しちゃあ負けて、ちょくちょくトラブル起こしてただろ? だもんで、ここらの店じゃ出禁になってんだよ」


「それでスラムまで行ってんのか……」


「もう一月(ひとつき)くらいになるんじゃねぇか? わざわざ負けるために出張ってるんだ、ご苦労なこったぜ」


 と、ここで、何かを思い出したような呟きが聞こえた。


「そういやぁ……一月前って……」


「ん? どうかしたか?」


「いや……ちょっとヤバい情報(ネタ)があってよ。それが耳に入って来たのがちょうど一ヶ月くらい前だったんだよ」


「どんな情報(ネタ)だ?」


逆撫(さかなで)逆愛(さかめで)がリーベロイズにいるらしい」


「えっ!?」


 口にグラスを運びかけたまま、ロメウの動きが止まった。

 見開いた目をロレンツォに向け、絞り出したような声で確認する。


「本当か、それ……」


「あぁ、間違いねぇ。王都に滞在してる。ブラックギルドの連中がピリピリしてるっつぅ話だ」


「奴ら、何しに来やがったんだ……?」


賞金首(くび)の換金だと。文字通り、生首をぶら下げて来たってよ。SSが一つ、Sが四つ、Aが二つで申請したらしい」


「……で? その内いくつが金になったんだ?」


「ゼロ。どれもグチャグチャで、本人かどうか分からなかったそうだ」


「いつも通りか……」


「な、なぁ……」


 突然始まった血生臭い会話ーー眉間に皺を寄せるロメウに訊ねた。


「そいつら、何者なんだ?」


「……あぁ。逆撫(さかなで)のヒトツ、逆愛(さかめで)のフタツっていってな。賞金首狩(ブラックリスト・ハント)り専門の狂人コンビだ」


「姉妹で『死夜(ねや)(しとね)』っつうパーティー組んでんだよ。とんでもなく(つえ)ぇらしい。狙われてるって知ったSSS(トリプル)の賞金首が、自分から出頭してきたなんて噂があるくらいだ」


「姉妹……女なのか……」


「ブラックギルドってなんですか?」


賞金稼(ブラックリスト・ハンター)ぎ用のギルドさ。荒っぽい連中が多いんでな。冒険者ギルドとは運営が別になってんだよ。リーベロイズ国内じゃ、王都にだけある」


「なるほど……」


「たった二人のパーティーでそこまで名が知れ渡ってるって事は、かなりの階級(ランク)なんだろうな」


 まさか、世界に七人しかいない九金星(ナイン)って……。


三銅星(スリー)だよ」


「え?」


「二人とも三銅星(スリー)だ。信じられないだろうけどな」


「だって今、賞金首がビビって自首したって……」


 ロメウがタバコを咥えた。パチンと鳴らした指先に小さな火が灯る。穂先を炙り、吸い込んだ煙と一緒に言葉を吐き出した。


「腕だけなら間違いなく一流だ。だが、奴らには問題があってな。賞金首ってのは本人確認ができないと懸賞金が出ない。だから、なるべくなら生け捕りで、それが出来なきゃ死体なり首なり装備品なり、証拠になるもんを持ってこなきゃならないんだが……」


 手にしていたグラスに口をつけ、喉を潤してロメウが話を続けた。


「あの二人が持ってくるのは、原型がないくらい顔面が『壊れた』首ばかりなんだと。闘いでそうなったんじゃない事は一目で分かるらしい。なぜなら、ほとんどが腐りかけてるから」


「そ、それって、つまり……」


「落とした首を腐敗するまでアジトに置いて、何に使ってんのか。知ってるなぁ本人達だけってこった」


 カウンターに両手をついたロレンツォが、怯えたように顔を歪めた。

 流血沙汰が日常茶飯事の裏社会ーーそこに住まう住人をすら畏怖させる二人組の賞金稼(ブラックリスト・ハンター)ぎ。

 ロメウの反応が決して大袈裟じゃない事を物語っている。


「つまり、実績として認められない仕事しかしてないから階級(ランク)が上がらない、って事か」


「そうなるわな。()り方のエゲツなさを考えりゃ、(うえ)が承認するとも思えねぇ」


「ちなみにさ、ロメウは会った事あるの?」


「……一度だけ、見た事がある。離れてたし、あちらさんは気づいちゃいなかったけどな」


「どうだった?」


 一口、ゆっくりとタバコを吸う。

 細く吐いた煙を目で追いながら、静かな声でロメウはいった。


「奴らの視界に入りたくない。そう思ったな。狂気が蜃気楼みたいに立ち昇っててよ、背景が歪んで見えるんだ」


「遠目からでも分かるのか……」


「アレは、人の世にいていい生物じゃない」


 ロメウがここまでいう程なのだ。噂に(たが)わない、いや、それ以上に危険なコンビである事は間違いない。

 逆撫(さかなで)のヒトツ。

 逆愛(さかめで)のフタツ。

 近づいてはいけない存在として、心に留めておこう。そう思った。


「っと。話が逸れちまったな」


 はっと我に返り、気を取り直したようにロメウがいった。口調もいつもの調子に戻っている。

 タバコを消し、グラスに残った酒を喉に流しこんだ。


「じゃ、行くからよ。後はたのんだぜ」


 そういいながら、取り出した金貨を四枚、カウンターに置く。


「なんだ、随分と羽振りがいいじゃねぇか。昨日の報奨金か?」


「今回の分と、プラス、挨拶料だ。俺抜きでこいつらが来る事があるかもしれないから、その時はよろしくな。それと、有力な情報(ネタ)には別で払うから、情報元(ネタもと)にいっといてくれ」


「分かった。宿は変わってねぇな?」


「あぁ。いつもの所だ」


 頷きながらロメウが腰を上げる。

 オレ達も立ち上がった。


「それじゃ、よろしくお願いします」


「あの、ご馳走様でした。よろしくお願いします」


 ソラが律儀に頭を下げると、片手を上げてロレンツォがいった。


「あぁ、またな。ルキト、ソラちゃん。吉報を待っててくれ」




 店を出ると、うらびれた街の更に奥へ向かってロメウは歩き始めた。

 付いていく背中から、物騒な独り言が聞こえてくる。


「さぁて、と……借金のカタに(バラ)されてなきゃいいけどな、あいつ……」


「そんなに借金あるのかよ……」


 訊ねながら隣に並ぶと、前を見ていた目がこちらに向いた。


「毎晩のようにギャンブルやってんだ。しかも弱いときてる。金なんかいくらあっても足りないだろうよ」


「だ、大丈夫なんですか? その人」


 ソラの声には不安が滲んでいる。気持ちはよく分かった。


「どうしようもないギャンブル狂いだが、情報(ネタ)は確かだ。そのおかげで命拾いしてるくらいだしな」


「命拾い? どういう事?」


「ヤツの顧客にゃなかなかのビッグネームがいるんだよ。顔役のお気にだってんで、チンピラ程度じゃおいそれと手が出せねぇのさ」


「なるほど。強力なバックがついてるのか」


「とはいうものの、限度はあるがな」


 浮浪者風の男が、おぼつかない足取りでふらふらと歩いてくる。すれ違うまで用心深く追っていたロメウの目が、再びオレに向けられた。


「ナメられっぱなしじゃ生きていけねぇ。裏社会ってなそういう所だ。ましてやこの辺にゃ、後先考えずハネる連中がゴロゴロいる。あんまり調子に乗ってると……」


 首を掻っ切るジェスチャー。意味する所は、異世界でも同じだ。


「情報で身を守る、か。そんな使い方もできるんだな」


「一方で、武器にもなるのが難しい所なんだがな」


 ロメウがオレに顔を向けた。雑談をしているとは思えない、真剣な表情だった。


「情報で人は殺せる。扱い方も知らずに振り回してりゃ、他人はもちろん、自分の身すら滅ぼす凶器になるんだ。知らないバカは痛い目を見る。裏社会(こっちがわ)じゃ、それは最悪、死につながるんだ」


 正論だった。

 例えば火や水、包丁や車などといった道具類と同様、使い方を間違えれば惨事を引き起こすのが、『情報』が持つ恐ろしい側面だ。

 無意識に、オレは頷いていた。


「そこを分かってるって事は優秀なんだな、ポルロって人は。借金持ちってイメージとはかけ離れてるけど」


「ああ見えてロレンツォもデキるんだが、ポルロの方が上だ。情報(ネタ)の扱いが上手い。とてもそうは見えねぇがな。ヤツなら何か掴んでるかもしれねぇ。ただし……」


 頭をポリポリ掻きながら、ロメウがいった。


「五体満足でいれば、の話だがな。なんせ、これまでに殺されかけた数が数だ。バックがついてるにも関わらず、俺が知ってるだけでも片手じゃ数えられないくらいあるんだよ」


 なんでもない事のような口調はまるで、天気の話をしているようだった。

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