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131・アンタッチャブル

 二階に上がり、ギシギシと足音を立てながら進んだ。

 最奥には廊下を挟んで二部屋あったが、片方のドアには立入禁止の札が貼ってある。ロメウが泊まっているのは右側の部屋のようだった。


「さぁて。起きてるかなぁ」


 ドアを数度、ノックする。

 反応がない。

 今度は、気持ち強めにノックしてみる。

 やはり、反応がない。


「返事がないですね」


「まだ寝てるか……ひょっとして、いないのかもしれないな……」


 三度(みたび)、ノックしてみた。

 これで駄目なら諦めようーーそう思っていると、返事がした。


「はぁ〜い」


「えっ?」


 小さな驚きが漏れた。

 聞こえてきたのが、思っていたのと違う声だったからだ。


「どちら様ぁ〜?」


 開いたドアから覗いた気だるげな顔を見て、また驚いた。

 出てきたのは、若い女性だった。しかも、良く見れば下着しか身に着けていない。


「あ、あれ? あの……えっ?」


 目のやり場に困った。

 動揺するオレに、彼女が怪訝そうな表情を浮かべた。


「なぁに? なんかご用?」


「こ、ここにロメウって人が泊まってるって聞いたんですけど……」


「あ、ロメウの知り合いか。ちょっと待ってて」


 ドアが閉まる。すぐに、話す声が漏れ聞こえてきた。

 しばしやり取りが続いた後、再びドアが開いた。


「ふあぁぁぁ〜……誰だよ、こんな朝っぱらから……」


 挨拶代わりの大欠伸と共に、ようやくロメウが出てきた。

 パンイチのまま、堂々と。


「お、おはよう」


「なんだ、ルキトじゃねぇか。どうしたんだ?」


「ちょっと、頼みがあって来たんだけど……」


「頼み?」


「力を借りたいんだ」


「朝からわざわざこんな所まで来たって事は、大事な用なのか?」


「うん」


「……そうか。まぁ、立ち話もなんだ。入れよ」


「入っていいの?」


「別にかまわんぜ。なんか問題でもあるのか?」


「いや、ツレがいるみたいだからさ……」


「あぁ、あいつならもう帰るから大丈夫だ。遠慮はいらねぇよ」


「じ、じゃあ、おじゃまします」


「お、おじゃまします」


 招かれるまま入った部屋は、思った以上に広かった。しかし、見えている床の面積は狭い。

 理由は明白だった。ベッドがデカいのだ。明らかにダブルくらいのサイズがある。

 単身用ではなく二人部屋。恐らくは、カップル専用の部屋なんだろう。


「じゃあ、帰るね」


「あぁ。またな、アン」


 帰り支度を済ませたアンに身体を寄せられると、ロメウが腰に手を回した。


「今度はいつお店に来る?」


「ん〜……まぁ、飲みたくなったら行くからよ」


「いい加減ツケを払えって、ママが怒ってたよ?」


「っちゃ〜……ちゃんと払うっていっといてくれよ」


「とかいいながら、いつもはぐらかして帰っちゃうんだから……」


「今日クエストの報酬が入るから、それでキレイにするよ」


「なら、ママに伝えとくね」


「頼んだぜ」


「分かった。んっ♥」


 アンが、名残惜しそうにキスをした。

 ロメウから離れると、ぼけっと見ていたオレ達の視線に気づき、ニッコリ笑っていった。


「ごゆっくり〜」


「あ、あぁ、どうも……」


 鼻唄を歌いながら部屋を出ていく。

 ご機嫌な理由がなんなのかは、流石のオレにも分かった。


「立ってないで座れよ。話があるんだろ?」


 いわゆる大人の時間を垣間見てリアクションに困るオレ達に、ロメウがいった。

 悪びれる素振りも、恥ずかしがっている様子もなかった。


「その前に……」


「ん?」


「服を着てくれ。ソラが困ってる」




「なるほどな……」


 ソラを紹介して事情を説明すると、タバコの煙をくゆらせながらロメウがいった。

 手にしたティニーシアの似顔絵に目を落とす。


「ま、いいだろ。情報(タレコミ)屋に当たってみようぜ」


「本当か!?」


「あぁ。エルフと違ってダークエルフはカロンじゃまず見ないからな。いたとすりゃ目立つから、情報もあるだろ」


「ありがとうございます、ロメウさん!」


 ぱっと顔を輝かせたソラを見て、ロメウがニヤリと笑った。


「いいって事よ。これ程の美人なら、ぜひ会ってみたいしな」


「いい忘れてたけど彼女、里で一番の剣士らしいぞ。下手にちょっかい出したらぶった斬られかねないから、気をつけてな」


「バ、バカヤロウ! そんな、お前、下心なんかねぇよ!」


「動揺してるじゃんか。そもそも、笑顔がやらしいんだよなぁ……」


「俺にだって節操くらいあるっつぅの。手当たり次第って訳じゃないんだぜ?」


「どうだか……」


「と、とにかく!」


 灰皿でタバコを揉み消しながら、咳払いをしてロメウがいった。


「早速行こうじゃねぇか。情報集めによ」


「はい! よろしくお願いします!」


 元気にそういったソラに、ロメウが笑いかけた。

 今度の笑顔は、父親のように優しかった。




 最初に向ったのは、冒険者ギルドだった。昨日の報酬を受け取ったロメウが、革袋をポンポンと弄んでいる。


(こいつ)がなくちゃ、話は聞けないからな」


「いや、金なら出すよ。情報が欲しいのはオレ達なんだから」


「建て替えとくから後で返してくれりゃいい。お前、情報料の相場を知らねぇだろ?」


「それはそうだけど……いいの?」


「あぁ。俺ならボッタクられる心配もない」


 どうやらここは、お言葉に甘えた方が良さそうだった。どのみち、裏社会のクセ者相手にオレでは太刀打ちできない。


「分かった。全面的にお任せするよ」


 その判断が正解だった事はすぐに分かった。

 ギルドのある繁華街を抜け、再び戻ってきた歓楽街の入り組んだ裏道でも、ロメウに迷う様子はなかった。

 やがてそこすらも抜けると、いっそうゴミゴミとした一角に出た。

 明らかに貧困層向けの薄汚れた建物が並ぶ街並みは暗く湿り、お世話にも治安が良いようには見えない。

 裏社会への入口がそこかしこで口を開けているかのようで、独特の“匂い“が漂っていた。

 知らずに足を踏み入れてはいけない世界ーーしかし、そんな場所でもロメウに躊躇いはない。

 まるで我が家の庭を散歩しているような気軽さで、ズンズンと奥に進んでいく。


「なんかヤバそうな所だけど、こっちで大丈夫なのか……?」


 雰囲気の異様さから、不安にかられて訊ねてみた。

 ロメウが、肩越しに振り向いた。


「ここはスラムとの境にある地区だから治安に関してはお察しだが、道は合ってるよ」


 そういっている間にも、道端でたむろしている人相の悪い三人組がこちらをガン見してくる。

 そいつらをやり過ごすと今度は、足を投げ出して地面に座った男がトロンと濁った目を向けてきた。すれ違いざま、甘い香りが漂ってくる。

 怯えたソラが、身体を寄せてきた。


「そう心配すんなって。俺がいれば大丈夫だからよ。まぁ、慣れない内はお前らだけで来るのはやめといた方がいいけどな」


 いわれなくても、余程の理由がなければ立ち入りたくなどない。

 そんな事を思っていると、ふいにロメウが声をかけてきた。


「着いたぞ。まずはあそこからだ」


 目線の先にあったのは、黒く変色した木造の建物だった。

 しかし、店なのか住居なのか、あるいは廃墟なのか。

 見た目からは判断ができなかった。


「あそこ……って……」


「ああ見えて酒場だよ。一応な」


「え、営業してるんですか?」


 ソラが驚くのも無理はなかった。

 看板など、もちろんどこにも出ていない。

 そして何より異様だったのは、入口前の石畳が半乾きの赤黒い液体で濡れていた事だ。

 ここで一体、何があったのかーー知る(よし)もないし、知りたいとも思わなかった。


「ちと薄汚れちゃいるが、商売はちゃんとやってる。ま、行ってみれば分かるさ」


 そういうと、ロメウはスタスタと歩いて行ってしまった。


「あ、ちょっと……待ってくれよ!」


 ソラと二人、慌てて後を追った。

 謎の液体を踏まないように大きく迂回し、慣れた様子で扉を開けたロメウに続いた。




 外観から想像したとおりだった。縦に長い室内はテーブル席がなく、カウンターにスツール五つが並んでいるだけの狭い店だった。


「う〜っす」


 声をかけたロメウに、カウンターの中から痩せぎすの男が目を向けてきた。

 白いシャツにベストをつけ、白髪の混じった黒髪をポニーテールにした、バーテンダー風の男だった。


「あぁ、あんたか」


「店の前くらい掃除しとけよ。なんだありゃ?」


 スツールにかけるロメウに習い、オレ達も座った。

 男が、肩をすくめる。


「いちいち気にしてらんねぇって、あんなの」


「また喧嘩か?」


「チンピラに絡んだ酔っ払いが頭カチ割られただけだよ。死体が転がってるわけでもなし、放っておきゃすぐに目立たなくなるさ」


 天気の事でも話しているような二人に、ソラが目を丸くしている。

 当たり前だ。

 雨は雨でも血の雨が降ったなんて眉一つ動かさずにいわれたんじゃ、善良な一般市民にはリアクションが取れないだろう。


「まぁ、いいや。いつもの。ハーフウォーターにしてくれ」


「ハーフ? ストレートじゃないなんて、珍しいな」


「朝からんな濃い酒が飲めるか。迎え酒だから薄めでいいんだよ」


「分かった。そちらは?」


 男がオレ達に顔を向けてきた。

 何気ない素振りをしてはいるが、オレとソラを警戒しているのが伝わってきた。


「え〜っと……ソフトドリンクはあります?」


「兄さん。ここは酒場だぜ? お子様向けのジュースなんざねぇよ」


「ツレに絡むなよロレンツォ。なんかあんだろが」


 ロメウにたしなめられ、ロレンツォがため息を漏らした。


「あるとすりゃ、ミルクくれぇだな」


「じゃ、それを二つ。濃い目でお願いします」


「濃い目のミルク? なんだそりゃ?」


「朝から薄いミルクなんて飲めないでしょ。濃い方が身体にいい」


 ロレンツォの目が僅かに広がった。すぐに、ニヤリと笑っていった。


「おもしれぇな、兄さん。名前は?」


「ルキト。こっちがソラです」


 ソラが、無言でペコリと頭を下げる。


「ずいぶんと肝が座ってるじゃねぇの。初めてここに来たヤツは、大抵ビビっちまうもんなのによ」


「自覚があるなら、もうちっとマシな店構えにしろよ」


 タバコに火を点けながらロメウがいうと、ロレンツォが灰皿を出した。


「ウチは一見さんお断りなんでな。冷やかし避けにはこのくれぇが丁度いいんだよ」


 今度はロメウが肩をすくめた。横目に見ながら、ロレンツォが酒を用意している。

 グラスが三つカウンターに置かれると、手に取りながらロメウがいった。


「変わってんだろ。小汚ねぇ店のくせに、酒だけは高価なグラスを使ってやがんだ」


 そういえばどの酒場でも、ガラス製の食器は出てこなかった。酒は全て、木製のコップに注がれていたのだ。

 どうやら、ガラス自体が貴重であるらしい。


「小汚ねぇは余計だ。一言多いんだよ、あんたは」


 顔をしかめるロレンツォに訊ねてみた。


「なんでグラスにだけこだわってるんですか?」


「ウチがどういう店かは、知ってんだろ?」


「あ、はい。一応は……」


「酒場兼情報屋っていやぁ、『女郎蜘蛛』だ。俺ぁ、あの人を目標にしてんだよ」


「女郎蜘蛛?」


「なんだ、知らねえのか。裏社会でナンバーワンっていわれてる情報屋だよ。扱う情報(ネタ)も出す酒も一流ってぇ、伝説の人物だ」


「なるほど、それで……」


「まぁ、酒の味は悪かねぇんだよな、ここ……」


 一口飲み、グラスから口を離しながらロメウがいった。


「だろ? 今はこんなシケた店だがよ、いつかは俺も裏社会の顔役になって……」


「ただ、蜘蛛の話なら他所(よそ)でしてくれ。こちとら、昨日のクエストで腹いっぱいだぜ」


「確かにね……」


「んだよ、つれねぇなぁ……」


 話し足りなかったんだろう。あからさまにロレンツォが肩を落とした。

 最初の無愛想なイメージと一転した、意外と憎めないキャラだった。


「んな事より本題だ。酒もいいが、肝心の本業が駄目だってんじゃ、顔役も何もあったもんじゃないからな」


 タバコを灰皿に押しつけながらロメウがいった。

 ロレンツォの顔が、すっと引き締まった。

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