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129・和衷協同(わちゅうきょうどう)

 ギルド内は閑散としていた。

 普段なら仕事を求める冒険者達で賑わっている時間のはずだったが、まばらにしか人がいない。

 理由は明白だった。

 大半が、傷や疲労から回復しきっておらず、休養を取っているんだろう。


「っちゃあ〜……失敗したな、こりゃ……」


 思わず漏れた独り言に、ソラが不思議そうな顔を向けてきた。


「失敗……ですか?」


「うん。聞き込みしようと思ってたんだけど、肝心の冒険者がいないわ……」


「昨日の今日ですからね。討伐に参加なさらなかった方達しか仕事(クエスト)を受けていないのでしょう」


「あの程度でヘバるとはの。貧弱な連中よ」


 腰に手を当て、ビョーウが小さく鼻を鳴らした。

『あの程度』の次元が違いすぎて、もはやツッコむ気すらおきない。

 

「重傷者はいないみたいな事いってたから、もう少し賑わってると思ったんだけどなぁ……」


「聞きこみは出来そうにありませんね」


「仕方ない。外での成果に期待しよう」


 話しながら奥に進むと、カウンターにマリリアの姿があった。欠伸を噛み殺し、退屈そうに髪の毛をいじっている。


「ずいぶんと暇そうだな」


 挨拶がわりに声をかけた。それで初めて気がついたのか、眠たげな目を向けてきた。


「あ、ルキト。おはよ」


「おはよう。調子はどうだ?」


「すっかり回復したわ。チョー眠いけど」


「おはようございます、マリリア」


「おはようございます!」


「おはよう」


「朝からだらけておるのう。シャキッとせんか」


 腕を組んで見下ろすビョーウに、マリリアが肩をすくめた。


「無茶いわないでよ。激闘明けなんだからさ」


「大袈裟じゃ。あれしきでは酒席の余興にもならなぬ」


「てか、一番暴れて一番飲んでたのに、なんでそんな元気なの……」


「戦闘狂のうわばみだからな。戦って飲むほど元気になるんだろ」


「冗談に聞こえないのが怖い所よね。ま、座んなさいよ」


 呆れるマリリアに促されて、椅子にかけた。

 先程から気になっていた事を訊いてみた。


「ところで、予想以上に人がいないんだけど、みんなダメージが抜けてないのかな」


「ダメージっていうより、お酒が抜けてないんじゃない?」


「どういうこと?」


「ギルドの報奨金に領主様が上乗せしてくれたでしょ? それでテンション爆上がりして、朝まで盛りあがっちゃったんだって」


「はぁ? 宴会やってたの?」


「そ。で、全員揃って二日連続二日酔いってわけ」


「なにそのパワーワード……」


 しかも間に、ゴライアス・デスマスクの討伐クエストを挟んでいるのだ。

 思った以上に豪傑揃いなんじゃないか? このギルド。


「ぼ、冒険者の方達って、凄いんですね……」


「凄いというより、無茶が過ぎるというか……」


「あやつら……わらわを差し置いて宴会……じゃと……?」


「お前は落ち着け。無双するのは闘いの時だけでいいから」


 肩越しに振り向き、ビョーウをたしなめた。

 眺めていたマリリアが椅子の背に寄りかかり、手を頭の後ろで組んだ。


「冒険者みんながみんなって訳じゃないからね。勘違いしちゃダメよ? ソラ」


「あ、やはりそうなんですね」


「うちの冒険者(れんちゅう)は特にノリがいいのよ。悪ノリする所も含めて」


「お前なんかその代表だもんな」


「失礼ね。わたしはみんなに合わせてるだけよ。冒険者のモチベーションを保つのも、受付嬢の仕事だからね」


「も、物はいいようですね……」


「流石はマリリアさん! 皆さんの事を考えているんですね!」


 ソラがでまかせに感心している。

 どうもこの()は、人を疑うという事を知らないようだ。


「真に受けちゃダメだぞ。ただのデタラメだ」


「マリリア。あまりソラに変な事を教えないでください」


「ちょっ……グラスまで! 変な事ってなによ!?」


「お前の言動全般だよ。教育上よくない」


「うわぁ〜……全否定とか……酷くない……?」


「ま、信頼回復したいなら真面目な所を見せてけばいいだけだ。簡単だろ?」


 下唇を突き出したたけで、マリリアは何もいい返してこなかった。

 しかし、無言の抗議に効果がないと悟ったのか、釈然としない顔をしながら腰を上げた。


「はいはい。じゃまぁ、お仕事しますかね。ちょい待ってて」


 奥に引っ込んで少しすると、トレーを両手に返ってきた。

 席につき、持ってきた物をカウンターに置く。金貨と銀貨が乗っていた。


「はいこれ、昨日の報奨金よ。こっちがルキトとグラスの分。で、こっちがビョーウの分」


「あれ? ビョーウの分があるの? 冒険者登録してないのに?」


「特別協力金よ。マスターの計らい」


「こんなに……いいのかよ」


「あれだけ活躍しちゃったんだもん、タダってわけにはいかないでしょ?」


「確かにそうか。じゃ、遠慮なく」


 自分の分を取り、背後にトレーを回す。礼をいってグラスが報酬を受け取った。しかし、ビョーウは手を出そうとしなかった。


「どうした? お前の取り分だぞ?」


「グラスよ、預かっておいてくれ」


「良いのですか?」


「よい」


「手持ちがなくて大丈夫か?」


「欲しいものは奪えば良い。問題なかろう」


「ない訳ないだろ……正気かお前は……」


「持っていても邪魔なだけじゃ。使い方もよく分からぬしな」


「使い方が分からない? お金の?」


 やり取りを聞いていたマリリアが怪訝そうにいった。

 焦ったオレとグラスは、慌ててフォローを入れた。


「ビ、ビョーウはお嬢様だから、ちょっと世間ズレしてるんだよ!」


「分かりました! お預かりしておきますので、必要になったらいってくださいね!」


「うむ」


「口調でなんとなく高貴な生まれだとは思ってたけど、まさかお金も使えないなんて……どんだけ箱入りなのよ……」


 呆れ半分、納得半分の顔だった。

 これ以上詮索されるのはマズい。そう思い、話題を変えた。


「そういえば、ヴェルベッタさんの体調はどんな感じ? ちょっと用があるんだけど……」


「……教団の件ね?」


 マリリアの表情が引き締まった。僅かに鋭さの増した目をオレに向け直す。


「うん。話せるかな」


「大丈夫だと思うわ。執務室にティラと一緒にいるから、行ってみる?」


「ああ」


「分かった」


 席を立ったマリリアがデスクスペースに一声かける。顔を向けてきたジェイミーと挨拶を交わして小さく顎を引くと、頷き返された。

 カウンターを回りこみ、奥の階段に向かった。




「失礼しま〜す」


 ノックに返事が返ってくると、マリリアがドアを開けた。

 室内ではヴェルベッタが執務デスクにつき、その脇にティラが立っていた。

 挨拶をしながら部屋に入る。


「おはよう」


「おはようございます」


 挨拶を返す二人から、昨日のダメージや疲労は見受けられなかった。

 特にヴェルベッタは、一人では歩くのも辛そうな程に衰弱していたはずだが、そんな様子はまるでなかった。


「みんな揃って、朝からどうしたの?」


「いや、昨日はかなり辛そうだったんで……」


「それで来てくれたの。ビョーウちゃんまで、心配してくれたのね」


「心配などするか。あれしきの余興でヘバるような玉でもあるまい」


「お前、いい方ってもんが……」


「ふふ……そうね。まだちょっと身体がだるいけど、もう大丈夫よ」


 ビョーウの毒舌を気にする風でもない口調も浮かべた笑顔も、無理をしているようには見えない。やはり並ではない、驚異的な回復力だった。


「ティラさまはお身体の具合、いかがですか?」


 誰かかいっていた通り、昨日は暗水衆(ダイバーダウン)も大活躍だった。

 中でもティラは、洞窟内で子蜘蛛を相手に大立ち回りをしていたのだ。疲労とダメージの蓄積は、部下の五人とは比べ物にならないだろう。

 しかし、グラスに問いかけられた本人はいたっていつも通りだった。


「問題ありません」


「お怪我をなさっていらしたようですけど……」


「かすり傷でしたので、すぐに治してもらいました。一晩休んで、体力も戻っています」


「そうですか。安心しました」


「ご心配いただき、ありがとうございます」


 律儀に頭を下げるティラに、グラスが笑顔を返した。

 見ていたマリリアが、呆れたようにいった。


「もう。固いよティラ。一緒に闘った仲間同士、そんなにかしこまらなくてもいいのに」


 無言のティラが、小さく頭を下げる。

 この生真面目さは、いかにも彼女らしかった。


「ところでルキト。他にも用があるんじゃなくて?」


 そう話を向けられ、ヴェルベッタに顔を向け直した。

 要件の察しはついているんだろう。オレが頷くと、ソファを目で指した。


「取り敢えずおかけなさいな。立ち話もなんでしょうから」




 勧められるまま、全員が着席した。

 当たり前のようにマリリアも席についている。


「え? お前も参加するの?」


「当たり前じゃない」


「仕事はいいのかよ」


「今日はやる事なんてないわよ。それよりこっちの方が大事でしょ」


「ジェイミーさん達は結構忙しそうにしてたけどな……」


 ヴェルベッタを見ると、諦め混じりの苦笑を浮かべていた。

 いっても聞かないマリリアの性格を良く分かっているんだろう。


「まぁ、いてくれていいんじゃない? もう一つの用って、マリリアちゃんにも関係あるんでしょ?」


「確かに……昨日の一件で、首どころか足の先まで突っ込んでるのがバレたでしょうから……」


「これまでの隠密行動が無駄になってしまいましたものね……」


「問題ないって! いずれ知られてた事がちょっと早くなっただけだし。それより、これからどうするかの方が問題でしょ。ほらルキト、話があるんでしょ? 早く早く!」


 食い気味に、マリリアが先を促す。


 なんか楽しんでるみたいなんだけど、ホントに大丈夫か、こいつ?


 一抹の不安はあったものの、今は話を進める事が先決だ。

 そう思い直し、ヴェルベッタにいった。


「教団の一件、オレ達にも手伝わせてください。今日はそのお願いと、情報を共有させてもらうために来ました」


 頭を下げ、ストレートに伝えた。

 ヴェルベッタがデスクに肘を立て、組んだ手に顎を乗せる。そのままの体勢でティラに目線を向けた。

 無言で頷かれた後、オレ達をゆっくり見回してからようやく口を開いた。


「いいでしょう。協力をお願いするわ」


「本当ですか!」


「ええ」


「ありがとうございます、ヴェルベッタ樣!」


「もったいつけるでない、()れ者が」


「ごめんなさいね。そんな気はなかったんだけど、ちょっと慎重になっちゃったの」


 ビョーウの抗議を笑顔で受け流してヴェルベッタがいった。

 確かに、事の重大さを考えれば納得できる理由だった。現場のトップという立場にあるならば、軽々に判断するわけにはいかない。


「実をいうと手が足りてなかったから、こちらこそ助かるわ。ね、ティラ」


 しかし、今のヴェルベッタに迷いはないようだった。ティラに向けた顔が、そう告げている。


「はい。協力者といっても問題の内容上、おいそれと依頼はできません。その点ルキトさん達なら信頼できますし、実力も折り紙付きです」


「っし! これで戦力増強ね! わたしもこれからは堂々と協力するから改めてよろしく、みんな!!」


 テンションの上がったマリリアが、グラス、ビョーウ、ソラ、そしてオレを見ていった。

 五大国の一つであるリーベロイズと、宗教集団、白光天神教(はっこうてんしんきょう)

 双方の存亡をかけた戦争の渦中に、オレ達は身を投じる事になった。

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