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12・暴食メイドの晩餐会

 

 わりと衝撃的な一言を、ノエルはさらりといい放った。

 なにせ、ドラゴンとやり合ったあの闘いですら前哨戦でしかなかったと宣言したのだ。いわれた方にしてみればたまったもんじゃないだろう。

 しかし、そう思っていたのは、オレだけだったようだ。

 当のヒルケルススはといえば、湖の水が蒸発する程の障気と殺気を全身から撒き散らしている。

 臆するどころか、()る気まんまん。

 元々好戦的なのか、四天王としてのプライドか、あるいはその両方か。いずれにしろ、自分の力に絶対的な自信を持っている魔族特有の反応といえた。


「ギギギイイイ……ガガガ……アア……ア……!」


 悪魔そのものの凶悪な形相で、呪縛を解こうと力をこめる。

 攻撃するならまだ動けない今が好機――しかしノエルが何をやっているかというと。

 酒を飲んでた。


『いつになったら闘うんだアイツは……』


 そうこうしている内に、ヒルケルススの身体に巻き付いた刺繍に亀裂が入り始めた。

 このままでは呪縛を破られるのは時間の問題――しかしノエルは動かない。もがく敵を眺めながら、優雅に杯を傾けている。


「ギイイアアアアアァァァーッ!!」


 パッキイイイィィー……ンッ!!


 ガラスが砕けるような音と共に、ヒルケルススが自由を取り戻した。


「ギ……ル……! ギルルルル……!!」


 立ち上る水蒸気と黒い障気の中で、憎悪に染まった目がギラついている。

 格下と侮っていた人間相手に不様を晒したのだ。冷静でいられるはずがない。


「腐れザコ共が……ナメやがってええええええぇぇぇっ!」


 ヒルケルススから沸き上がる怒りは激しく渦を巻き、目に見えるような錯覚さえ覚えた。

 それに呼応するように、周囲を覆っていた水蒸気が障気と混ざり合い、無数の黒い氷柱(つらら)を生み出した。


「ケツの穴からヒキ裂いて! クソまみれの肉片にしてやる!」


 空が黒く染まる程の氷柱が、一斉にノエルの方を向く。

 しかし当人は慌てる様子もなく、備える様子もない。ただ、手にしていた杯を湖に投げ入れただけだった。


「ゴミ虫ヤロウが! ゲリグソごと内臓ぶちまけて死ねええええええっ!!」


 口汚い罵りと共に、鋭く巨大な憎悪がノエルに向かって放たれた。

 それは、小さい町なら跡形もなく消し去ってしまいそうな程に圧倒的な攻撃だったが、それでもノエルは動こうとしない。ただ呑気に見上げているだけだった。


『ノエル様!』


 叫んだグラスの声に反応したノエルが、こちらを向いてにっこり笑った。迫る脅威に気づいてすらいないかのような緊張感のなさに、思わずオレも叫んだ。


『バカ! よそ見してる場合……』


淑女(アクア・)水襞(ドレープ)


 ズドドドドドドドドドドドドッ!!


『きゃあああっ!』


 ドドドドドドドドドドドオオォォー……ン……!!!


 直撃した氷柱が大量の飛沫を上げ、雨のように降り注いで周囲を濡らした。もうもうと立ち込める水煙に視界を塞がれ、ノエルの姿は見えない。


『ノ……ノエル様……』


『大丈夫だ。心配いらない』


 やがて視界が晴れてくると、美しいオーロラが何もなかったかのようにふわふわと揺れていた。

 その後ろでは同じくノエルが、何事もなかったかのように平然としている。


「ぜ、全部防いだだとおっ!?」


 見た目は柔らかくなびいているだけの、頼りなげな水の衣――しかし実際は、鉄壁の守備性能を持つ高度な防御魔法のようだ。


「言葉遣いと同じく、攻撃にも品がないね。女性ならもっと、優雅さを身につけた方がいい」


「テメエえぇ……アタシをナメてんのかあぁ……」


「そういう訳じゃない。ただ、アドバイスをしたただけだよ」


「それがナメてるってんだよおおおおおおっ!!」


 血相を変えたヒルケルススが、尾の一本を振った。鋭利な針が、一直線に伸びてくる。


大喰女中(ローズ・リップ)


 ノエルが人差し指を軽く振ると湖水が吹き上がり、大きく開いた口に姿を変えた。刃のような牙で、かぶりついた尻尾を易々と食いちぎる。


「なっ……!?」


 そのまま咀嚼した肉を飲みこむと、舌で唇を舐め回している。もっと喰わせろと催促しているみたいだった。


「そんなお粗末な攻撃は通用しないよ。イヴの時みたいに不意討ちでもないかぎりね」


「ほざけゴミグソがあっ!」


 全ての尻尾を広げたヒルケルススが、今度は一斉に針を突き刺しにきた。あの数じゃ、一つの口だけじゃ防ぎきれない。

 するとノエルは、人差し指を左から右に小さく振った。


暴食(ディナー・)晩餐(タイム)


 ザッパアアアアアアァァァァーーン!


 指先の動きに合わせるかのように、湖面に大きく波が立った。その中から、大量に水の口が吹き出してくる。

 晩餐会は、すぐに始まった。尻尾が次々に噛み千切られていく。


 バリッ! バリバリバリ……!

 くちゃ……くちゃ……くちゃ……。

 グッチャグッチャグッチャ……!

 ゴリッ! ボリ……ボリ……ボリ……。

 ズッ! ズジュルルルルル……。

 ゲエェ……ップ……!


 肉を咀嚼する音と骨を砕く音と血を啜る音が、辺りに響き渡る。

 優雅うんぬんいった直後にこれを見せられ絶句するグラスの、青ざめた顔が目に浮かんだ。

 ヒルケルススが上品に思えてくるほどの宴は、暴食の(あぎと)がエサを貪りつくした所で終わった。


「さて、気はすんだかい?」


 ひとり涼しげな表情のまま、ノエルはいった。見下ろすヒルケルススの表情はというと、怒りに引き攣っている。


「ギギギギギ……テ……メエエエ……アタシの身体をおおお……!」


「それじゃ終わりにするけど、いいかな?」


 ゆっくり上がる右手に操られ、口が一斉に鎌首をもたげる。

 まさにトドメを指そうとしたその時、ヒルケルススが自分の頭すら丸飲みできそうな程に大きく口を開け、絶叫した。


「キイィャアアアアアアアアアアーーッ!!」


 奇声は波紋のように広がり、湖を激しく波立たせた。

 耐性がなければ気が触れてしまいそうな叫びに、流石のノエルも両手で耳を塞いでいる。


『ぐっ……大丈夫か、グラス!』


『す、すみません! 声を遮断します!』


 その言葉を最後に、音だけが消えた。映像とは別にオンオフできるみたいだ。

 無音の中で、ヒルケルススは尚も凶声を上げ続けていた。

 よく見ると食い散らかされた尻尾が湖を吸い上げ、少しづつ再生している。

 尾が完全に生え変わった所で、ヒルケルススが何かをいっていた。


「……っても効きゃあしないんだよ、マヌケヤロウがっ! アタシら水魔族(すいまぞく)は、水さえあればいくらでも回復できるんだからねぇ! つまり、この湖全部が治療薬ってわけなのさあぁ!」


 音声が復帰すると聞こえてきたのは、勝ち誇ったような声だった。

 水で回復できるとか、なんとも環境に優しい魔族もいたもんだ。

 しかし、ノエルからしてみたら最悪の能力だ。なんせ敵が、湖一杯分の回復薬を持っているのと同じなんだから。ヒルケルススがドヤ顔でイキり倒すのも納得できる。

 しかし、それを受けて返したノエルの反応は、相も変わらずさっぱり理解できなかった。

 苦笑いを浮かべて、肩をすくめている。

 この流れのどこに苦笑する要素があるんだよって思ってたら、この男はまた、とんでもない事をいいだした。


「どうする? 降参するなら命までは取らないであげる」


「……あ?」


『……は?』


『……え?』


 はからずも、オレ達は揃って同じ反応をした。


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