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125・カロンの二姫

 帰還した頃には、すっかり陽が落ちていた。

 ジェイミー、ローザ、ファー、カーリー、そして残った冒険者達が、ギルドの前で出迎えてくれた。


「たっだいまぁ〜! ジェイミーっ!!」


「おぉ! 帰ったか!!」


「クエスト完了よおぉぉーーっ!!」


 うおおおぉぉぉぉぉーーっっ!!!


 手綱を握ったマリリアが馬を走らせながら報告すると、留守番組から歓声が上がる。

 噂が広まっていたんだろう。周りには、近辺にある店の店員や、夜の街に繰り出してきた客達も集まっていた。同じように、拍手と歓声で迎えてくれた。


「蜘蛛は無事、討伐してきたわ!」


「そうか! よくやってくれた!」


 馬を寄せると、ジェイミー達が駆け寄ってきた。

 マリリアの後ろからヴェルベッタが声をかけた。


「お留守番ありがとうね」


「マスター! ご無事で何よ……」


 返した言葉が途中で途切れる。

 ジェイミーの表情が、見る見る曇っていった。


「お怪我されたのですか!?」


「いいえ、平気よ。怪我はないわ」


「し、しかし、顔色が真っ青です!」


「ちょっと張り切りすぎちゃっただけ。休めばすぐに回復するわよ」


「張り切りすぎ……まさか、アレを?」


「えぇ。全力で撃ったら、この有り様」


「と、とにかく中で休んでください!」


 先に下馬したマリリアが、下から手を伸ばす。助けられながら馬を下りたヴェルベッタが、そのまま肩を借りて歩き出した。


「大丈夫? マスター」


「ごめんなさいね、マリリアちゃん。あなたも疲れているのに」


「平気平気! このくらい、なんてことないって!」


「さぁ! 皆さんも入ってねぇ!」


「まずは体を休めてください! 治療設備も整えてありますから!」


「怪我人優先だ! 重傷者から運びこんでくれっ!」


 ローザ、ファー、カーリーが呼びかけ、怪我を負っている者から建物に入ってく。

 馬を下り、ジェイミーに歩み寄った。


「ただいま戻りました」


「ルキト……グラスに、ビョーウも……全員、無事で良かった」


「はい。ご心配をおかけしました」


「ほんの戯れよ。傷など負う訳があるまい」


「ふふ……そうか。流石だな」


「おいおい。俺の心配はしてくれねぇのか?」


「そんな事はありませんよ。お疲れ様でした、ロメウさん」


 そういえばこの二人が話すのを初めて聞いたが、ジェイミーは敬語を使っていた。

 以前、カロンに来て日が浅いとロメウはいっていた。よそ者同士、助け合わないと、とも。

 しかし、その割には周囲に馴染んでいるし、何より、ヴェルベッタとの付き合いも長そうだった。

 ジェイミーの口調にしても、他人行儀という感じではない。親しいベテラン冒険者に対する尊敬のようなものが見て取れる。

 つまり、初めて来た、という意味ではなく、戻って来てからまだ日が浅い、という意味だったようだ。元々カロンにいたのならば、蜘蛛との闘いで冒険者達に指示していたのも頷ける。

 よそ者同士というのは、オレの警戒心を和らげるためにいったんだろう。同じ境遇の相手には心を開きやすいという心理を利用したのだ。

 そういった駆け引きは、場数を踏んだベテランなら当たり前のようにやってくる。


「なんか、扱いが軽いんだよな……」


「考えすぎですって。さ、中で休んでください」


 苦笑したジェイミーに促され、室内に入っていく。

 カロンを拠点にしつつも、あちこちをフラフラしている印象がロメウにはあった。

 単に風来坊気質というだけなのか。

 あるいは、何か目的があるのだろうか。

 色々と、謎の多い男だった。


「ルキト様。わたくし達も参りましょう」


「不完全燃焼じゃ。酒でも飲んで気を紛らわすとするか」


「あれだけ暴れといて、足りないってのかよ……」


「ま、また飲むつもりなのですか……?」


「そういえば……」


 辺りをキョロキョロしながら、ジェイミーが問いかけてきた。


「ティラはどうしたんだ? いないようだが……」


「領主様の所です。ヴェルベッタさんに頼まれて報告に行ってます」


「そうか。無事なんだな?」


「はい。配下の五人にも大きな怪我はなかったようです」


「それなら安心した。ひとまずゆっくり休んでくれ。お隣に食事も用意してもらっている」


「酒はあるのじゃろうな?」


「あぁ。といっても、樽で一気飲みは勘弁だ。商売に支障が出るからな」


「まぁ、よかろう」


 足取りも軽く歩き出したビョーウについて、オレ達は室内に向かった。




 受付前は、治療所と化していた。休憩用のテーブルセットは端に寄せられ、広げたスペースにマットが敷きつめてある。

 横になった怪我人には、治療と治癒魔法が施されていた。

 近くにいたファーに、ジェイミーが声をかけた。


「どんな状況だ?」


「はい。負傷者は多いですけど、命に別状がある人はいないようです」


「重傷者がいない? ゴライアス・デスマスクと闘ったのにか?」


「グラスさんが治癒魔法を使ってくれたおかげのようです。凄かったんですって。瀕死状態からでも、あっという間に回復してしまったそうですよ」


「なるほどな……」


「それに、ビョーウ樣と仮面の六人組のおかげだ」


 ファーから治療を受けていた冒険者が、横になったまま顔を向けてきた。


「いてくれなかったら、死人が出てただろうぜ。改めて礼をいわせてもらう。ありがとうよ」


「い、いいえ! 当たり前の事をしただけですので、お気になさらないでください」


「お主らを助けた訳ではない。ただの暇つぶしじゃ」


「またお前は、いらん事を……」


 グラスが恐縮している一方で、ビョーウは興味がなさそうにしている。

 そんな両者の話を聞いていた周りの冒険者達が、口々に称賛の声を上げ始めた。


「しかし、本当に助かりましたよねぇ。あんな化け物、わたし達だけでは倒せなかったかもしれません」


「あの(かって)ぇ身体をスパスパ斬ってんだもんな。レベルが(ちげ)ぇわ」


「ビョーウ様もですけど、仮面の人達も相当な凄腕でしたね」


「あぁ、あの六人か。人間離れした動きの」


「何者だったんだ? 見た事のねぇヤツらだったよな?」


「冒険者って感じじゃなかったわね。どっちかっていうと……隠密? みたいな……」


「いずれにしろ、攻守が上手く噛み合ったってのが最大の勝因だわな」


「あぁ。グラスちゃんも大活躍だったしよ」


「治癒魔法はホント、ありがたかったわぁ。おかげさまで傷跡も残らなそうだし」


 実力が物をいう冒険者の世界で、『強い』というのは絶対的なアドバンテージになる。

 新人だろうがベテランだろうが、よそ者だろうが身内だろうが、そんな事は関係ない。頼れる味方であるならば、出自や過去ですら問題にしない。

 強さという自己紹介を済ませたビョーウと暗水衆(ティラたち)、そしてグラスは、カロン冒険者ギルドにとってすでに身内も同然の扱いになっているようだった。


「お前だけじゃなくて、パーティー丸ごとスゲェんだもんな。羨ましいぜ、ルキト」


「いやぁ、まぁ……そうかな……ははは……」


「はははじゃねぇっつうの。特にビョーウ様は人間離れしてんぞ」


「それをいったらグラスさんもでしょ。あんな大規模な結界、初めてお目にかかったよ」


「そもそも、人間じゃないからなぁ……」


「ん? なんかいったか?」


「あ、いや、こっちの話し」


「ま、最強の矛と盾が揃ってる訳だ。これなら、ドラゴンが来ても平気じゃねぇの?」


「だな。金星(ゴールド)の連中は全員出払っちまってるけど、姫二人がいてくれりゃ安心だぜ」


 そういえば上級の冒険者を見ないと思ったが、そういう事情があったのか。

 九金星(ナイン)とはいかないまでも、金星(ゴールド)なら実力は見ておきたかったが、機会を(しっ)したのは残念だった。

 しかしまぁあの状況なら、どのみちトドメはオレが刺していただ……


「グラスちゃんが抑えてビョーウ様がトドメを刺す! いいコンビネーションじゃねぇの!」


「あぁ! 今回もそれで決めてくれた訳だしなぁ!!」


 ……ん?


「地面をぶち抜いてマグマを吹き出させるたぁ恐れいったよな。流石はビョーウ様、発想の次元が段違いだぜ」


 ……んん??


「考えたよねぇ。不死身の身体でも、キレイに溶かしちゃえば再生できないもん」


「頭脳プレーだよな。あの状況でも冷静(クール)な所がまた、ビョーウ様らしくてシビれちまうぜ!」


 ……これは……まさか……


「今回は主役を取られちゃったわねぇ、ルキト君」


「いわれてみりゃ確かにそうだ。お前、走ってただけだもんな」


 ……え……


「まぁ、あの二人がいりゃあ食いっぱぐれるこたぁねぇだろうよ。安泰で良かったじゃん」


「ヒモみてぇだけどなぁ!!」


「違いねぇ! わぁっははははははははは!!」


 ……えぇ……。


 室内にどっと笑いが巻き起こる。

 考えてみれば、子蜘蛛とは洞窟内でしか闘っていないし、ザロメとの一騎打ちも見られていない。

 魔法の撃ち合いも、煙があったせいで遠目には何をしていたのか分からない。

 飛翔(フライ)で空にいた事も、あの土壇場であの距離だったため気づかれなかったんだろう。そもそも、人が飛ぶという発想事態、普通の人間にはない。意識すらしていなかったのも理由の一つに違いない。

 つまり彼らは、マリリアを担いで逃げるオレの姿しか見ていないのだ。

 終わってみれば、能力を見せないという意味では満点の立ち回りだったといえる。

 いえるんだけど……


 なんか……なぁ……。



 後に、『白刃の舞姫』『緑光の乙姫』と呼ばれる事になるビョーウとグラスの、これが鮮烈なデビュー戦となった。

 パーティーの存在感を示し、そこそこ名前も売れ、必要な戦果も得た。

 なんだかんだで、結果オーライ。何も問題はない。

 和気あいあいと勝利の喜びを分かち合う冒険者達を見ながら、オレはそう、自分にいい聞か……


「……ヒモ……」


「げ、元気をお出しくださいルキト様、どうか、お気になさらず……」

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