123・炎の腕(かいな)に抱かれて
立てた親指を頭上に掲げたヴェルベッタに、同じポーズで返した。すると、歓喜に沸く冒険者達の中から相乗りの馬が駆け出して来た。
ビョーウとグラスだった。
目で合図を送る。二人が同時に頷いた。頷き返して穴に飛びこんだ。
「これで、決めるっ!!」
オォ……オオオォォ……
黒く広がる大地の口から、風の唸りが聞こえてきた。
思った以上の深さだった。
しばらく真下に向かって飛び、途中にあった岩の出っ張りに着地する。
陽の届かない大穴はすでに暗く、視界が効かなかった。松明に火を灯し、真下に目を凝らす。
「まだ続いてるのか。相当な深さだな……」
足場から飛び降り、飛翔でさらに底を目指した。
すぐに空気が暖かくなってきた。太陽の恩恵がないにもかかわらず、だ。
どうやら、読みは当たりのようだった。これなら、不死身の化け物にとどめを刺せる。
「……ん?」
生暖かい空気の中を真っ直ぐに降りていくと、暗闇の底で何かが蠢いている気配があった。耳をすまし、正体が分かった。
「いた! あれだ!」
見つけた足場に降りて松明を消す。代わりに光の魔法球を作り出した。光度は低いが、松明よりは広範囲を照らせる。
薄明かりにぼんやりと浮かび上がったのは、地を這う蜘蛛の姿だった。
「ア“ぇえ“え“ェアア“ぁ“ァァ〜〜ッっ!!」
ガゴンッ!!
ガラガラガラッ……
ズズズズズ……ズシャンッッ!!
「ウゥ“おぉ“ァっ!! あ“い“ぃいぃ“あ“バあァ“ァ“ぁ〜〜ッッ!!」
ガガガッ……!!
ガンッガラガラガラララ……!!
ズジャジャジャ……
ズズッンッッ!!!
「アびィイ“ヒイ“ィ“ィア“アァァァ〜〜っッ……!!!」
歪な腕で、切り立った壁を登ろうと必死でもがいている。しかし、剥がれる岩もろともずり落ちては発狂するを繰り返すだけだった。
あの様子なら、這い上がっては来れないだろう。だが、外につながる抜け道がないとも限らない。
何より、あんな化け物を棲まわせたままでは物騒な事この上ない。
「今度詰めそこなったら、ビョーウにぶっ飛ばされそうだな……」
頭上を見た。
穴の入口にはグラスが結界を張ってくれているだろうから、外に被害が及ぶ心配はない。
見物人もいないから、力を隠さなくていい。
全力でぶっ放して、確実に仕留める。
底まで飛び降りようとした、その時だった。
「……ト……まぁ〜〜……!」
「……ん?」
上から声がした。
見上げると、二つの光が闇の中からこちらに向かって来る。
よくよく目を凝らした。
「ルキト様ぁぁ〜〜っ!!」
「ルキトおおぉぉぉ〜〜っっ!!」
「グラス、マリリア!? それに……ビョーウと……ロメウか……?」
マリリアがグラスの腰にしがみつき、ビョーウがロメウを脇に抱えている。
そのまま、四人がオレのいる足場に降りた。
「なんで、みんな揃って……」
「クライマックスに主役がいなくてどうすんのよっ!!」
「いや、意味が分からないんだけど……」
「わたくしも、お供に参りました!」
「グラス……結界は大丈夫なの?」
「ご安心ください! しっかりと張ってあります!!」
「そ、そうか……ならいいけど……。ビョーウとロメウまで来たのかよ……」
「お主はちょくちょくやらかすからのう。監視役じゃ」
「見届けて来てくれっていわれてな。ヴェルベッタの頼みだ、断れないだろ?」
ハイテンションのマリリアと違い、ロメウはいくぶん顔が引きつっていた。
まぁ、飛ぶことに慣れていない普通の人間なら当たり前の反応だ。
「せっかくだから拝ませてもらうぜ。お前さんの本気を、な」
「……ここまで付き合わせたんだ、見せない訳にはいかないよな。分かった」
「で? で? どうするの?」
「あれは物理結界だったのう。魔法は使わぬのか」
「物理攻撃で倒す。さっきお前がいってた方法でな」
「わらわが?」
一瞬きょとんとしたビョーウが、すぐにニヤリと笑った。
「そうか。なるほどのぅ……」
「あんなの、魔法以外で倒せるの? 斬っても突いても再生しちゃうのに……」
「考えがあるから大丈夫。ただ……グラス」
「はい?」
「ここも危ないから結界を張っておいて欲しいんだけど……二重はいける?」
「いけます! 安心して行ってらしてください!」
「よし。なら任せた。行ってくる!!」
「はいっ!!」
四人に見送られて飛び降りた。穴の底は、かなりの温度になっていた。やはり、地熱が上がってきているようだ。
条件は整った。
ぼんやりと光に照らされた蜘蛛を見上げながら、左右に開いた悪食の法印に両腕を突っこんだ。
ガシュンッッ!!
手甲が装着される感触があった。
炎と灼熱の意思が、全身の隅々にまで流れこんで来る。
「さて……」
ズ……
「最後の一撃だ」
ズズズ……ズ……
「景気よく……」
ズズズズズズズ……
ッボゥッッ……!!
「打ち上げといこうぜっ!!」
ボウウゥゥオオオォォォォォーー……ッッ!!!
ゴオオォオオオォォォォォーー……ッッ!!!
引き抜いた手甲が、空気に触れて燃え上がった。
右からは赤い炎が、左からは黒い炎が、それぞれ吹き出している。
炎帝の双腕、『赫炎黑焦』。
「闘氣創造! 炎之精霊!」
おびただしい数のファイアーワイバーンが飛び交う霊峰、火竜の巣。
その中心、火口の底で赤々と燃えたぎる灼熱の中にそいつは棲んでいた。
「戦闘流儀! 」
造り出した闘氣のレベルを跳ね上げて変質させたのは、マグマを自在に操る精霊王が纏う灼炎ーー
「炎熱大帝ボノウ!!」
ドッ……!!!
憤怒にも似た赤熱が、煉獄を思わせる黒炎が、両の腕に炎の皇帝を宿らせる。
ドオオオォォォゴゴゴゴゴオオォォォーーーッッッ!!!!
「ぇ“イ“っ……! いィ“ぃぎぎいぃ……!??」
渦巻く二色の獄炎は、さながら超高熱のサイクロンだった。気づいた蜘蛛がこちらを凝視したまま固まっている。
僅かに残った理性で悟ったに違いなかった。
眼の前に灼熱の兵器が在るーーすなわち、逃れられない災害に遭遇したのと同義である事を。
「不死の怪物すら竦ませる能力、か……よくもまぁ生きて入手できたもんだ」
闘気の量、質、濃度、そしてレベルを合わせる事で相手の固定特殊技をコピーするこの闘氣創造は、勇者の能力だった。物理系の技であるならば、条件を満たす事で自分のモノにできる。
闘った敵の大技を吸収する、まさに勇者のスキルーーしかし、問題が二つあった。
一つは、コピーした相手の身体から創り出したアイテムが必要な事。
この縛りは、父さんにはない。しかしオレはまだ、生身のままでは技を完コピできない。
そしてもう一つ。
どちらかといえばこちらは、致命的な問題といえる。
コピーする条件だ。
『その技を受ける事』
食らってみて、肉体的に威力を体験し、精神的に構造を理解する。当然、一度でクリアできなければ何回も受ける必要があり、高レベルのスキルであるほど危険が高くなる。
己が命を乗せて、それでもなお技の側に天秤が傾いた場合のみ発動させるーー受けるダメージを見誤ったらそこまでの、リスキーな賭けでもあった。
そうして得た技は、どれもが危険を侵すにふさわしい威力だった。また、闘気を使用するため、魔力が尽きかけた今のような状況を打開する切り札にもなる。
この闘氣創造を会得し使いこなすために闘気の使い方を学びたい、というのも、拳帝に弟子入りした理由の一つだった。
「何度も死にそうになって覚えた闘氣創造の発動条件が命を賭ける事だってんだから、笑い話にもならないよな……」
ドウウゥゥォォオゴゴゴゴオオオオォォォーーー……ッッッ!!!!
ボノウの操るマグマは一般的なものと違い、数千度にまで達する。それだけの灼熱に耐える彼の外皮から作り出したのが、この赫炎黑焦だった。
ゴ……ゴゴゴ……
吹き出す炎は必殺の威力を宿す。
が、赫炎黑焦が真に能力を発揮するのは、直接攻撃時ではない。別にあるのだ。
使いようによっては一国をすら壊滅させる、理外の存在のみが行使する事を許された力ーー
ゴゴゴゴゴ……
炎の手甲から生み出される莫大なエネルギーが、乾いた大地を揺さぶり始める。
地鳴りの轟音が、別の異音と混ざり合う。
それはーー
ズズ……
ズズズ……ズ……
地の底のさらに深い場所を這う、強大にして絶対的な原初の息吹。
ズズズゴゴゴゴゴゴゴ……
生命を生み出し、そして飲みこんでいく、惑星そのものの純粋な“力“だった。
「お……おぉっ……!! おおおぉぉっっ……!!!」
ゴゴゴゴゴオオオォォアアァァァーーー……ッッ!!!
双極のサイクロンが磁力を発しているかのごとく引き寄せたそれが、地殻を燃やし、溶かし、灼き抉りながら湧き上がってくる。
両腕を振り上げた。
「おおおぉあああぁぁぁーーっっっ……!!!」
ギュゴゴゴゴゴオォアアアァァァァァーーッッ……!!!
「イ“っ……!! あァア“あ“ぁ……っいい“ぃ“っ……ぁ“……!!!」
赤黒の厄災に、不死たる身を恐怖に戦かせる蜘蛛の言葉にならない悲鳴が混ざり合う。
渦巻く熱量、その“重さ“に耐えきれなくなった腕を真下に振り下ろした。
「赫灼々王……」
ゴッッッッ……!!!
「黑諚噴焱雨!!!!」
ドオオオオオオオォォォォォォォォォーーーッッッ!!!!
拳が地に触れた瞬間、終末さながらの光景が眼前に広がった。
大地を抉って幾筋も吹き出してきたのは、赤々と燃えたぎるマグマだった。
眠りから覚めた灼熱が、直立する柱の如く天に向かって伸びていく。
ボウゥッッ……!!
「ッッ……!!!??」
ゴオオオォォアアアアァァァァーー……ッッ!!!
「イ“イ“ぎぃいィ“ア“あぁぁアア“あ“ぁァぁ〜〜っっ……!!!」
蜘蛛の身体を、紙のように貫き、灼きながら。
オオオォォゴゴゴゴゴオオオォォォォォーーーッッッ……!!!!
ドドドドドドドドドオオォォォーー……ッッ!!!
高く吹き上がったマグマは、すぐに頭上から降ってきた。
赤黒く燃えたぎる雨が地を灼き、見る間に溜まって炎の沼を作り出す。
灼熱の精霊王ボノウが放つ闘氣は、引き寄せたマグマの温度を五千度以上にまで上昇させる。一般的なマグマが摂氏千度ほどである事を考えると、物理的に耐えるのは不可能だ。
囚われた蜘蛛にはもはや、足掻く意外に成す術はなかった。
「エ“ぇエァ“あぁ“ぁ“っっ……!!」
バシャバシャバシャッッ……!!
ジュジュウゥゥゥ……ッッ!!
「アぁ……ア“あアあ“ぁぁ“ァ“ァ〜〜……っっ!!!」
バシャシャシャシャッッッ……!!!
ジュオオオオォォォォォォォ〜〜……ッッ!!!
もうもうと煙が渦巻く。蜃気楼が炎熱地獄を揺らす。落石で飛び散り、マグマがさらに広がっていく。
「い“ィ……っヒィ“ッ……イいぃい“イィ“ぃ……っっ!!」
ジュジュジュウウウゥゥゥゥ〜〜……!!!
燃え盛る巨体が、ずぶずぶと灼岩の沼に飲まれていった。その間にもマグマは吹き出し続け、溜まり続けている。
上下から溶かされて細胞の一つすら残らず消失してしまえば、さしもの不死も再生はできないだろう。
「……っイ“ィ……イっ……ィ“ィ……!!」
ゆっくりと沈んでいく蜘蛛の顔が、身を灼く炎と煙の隙間から見えた。
思えばこいつも犠牲者なのだ。強制的に改造されたあげく、利用されていたに過ぎない。
人の道を外れ、神の摂理に逆らう愚かな人間のエゴは、罪のない生物の安息をすら食い物にする。
「……許してくれとはいわない。代わりに、ケジメは奴らからきっちり取ってやる」
「ィあ“ァ……アァ“ぃ……ィ“……!」
「だから……もう眠ってくれ」
「あ“ァ……ァ“……ぁ……」
「せめて、最後は……」
「……ぁ“…………」
「大地に還るんだ……」
「………………」
ゴオオオオオォォォォォーーッッッ……!!!
うねるマグマの上で、炎が燃えていた。
それは、憐れな不死を浄化し包みこむ、大いなる者の慈悲なのか。
あるいは、命を弄ぶ反逆者に対する、怒りなのか。
答えは分からなかった。




